24:そろそろ迎えに来てくれませんか? レイラ
今回はあえて短いです。
ジェイクさん。あなたが先に旅立ってしまってからもう二十年の月日が流れました。気付けば私は七十五のおばあさんです。
そうそう、子供達は自分達もすっかり年寄りになったのに私のことを年寄り扱いするんですよ。
思えばあなたに初めて会ったあの日からあなたのことが好きだったのだと思います。最初はエリシアの旦那様だと思っていたので、自分の気持ちを深く考えないようにしていました。ですがシェリアがオーベルさんのことを好きになって会いに行くようになってからは少しずつあなたのことを意識していたように思います。
落ち着いていて優しいところが大好きでした。仲間の大事な人だと思っていたから諦められていたんです。でも私が石になっていた間に全てが変わっていました。
大事な仲間は結婚していてほぼ引退しているような状況になっていました。それは八年も経てば仕方のないことでしょう。ですがエリシアとあなたが別れていると聞いたときは衝撃のあまり泣いてしまいました。
あなたはあの涙を悲しんで流した涙だと思っていたのかもしれませんが、実はそれだけではなかったんですよ。
諦めなくても良くなった……そんな身勝手な涙でもあったんです。もちろん悲しかったですし、二人に起きた理不尽な出来事に胸が痛みました。でも心の奥底では悦んでいる醜い感情があったのも事実なのです。
私の生まれた家は昔から優秀な魔術師を数多く輩出するいわゆる名門でした。もっとも私の持って生まれた才能は兄の邪魔になり、兄と兄を溺愛する母からは憎まれ疎まれました。父は事なかれ主義だったので助けてくれる家族はいなかったのです。
一刻も早く家を出たかった私は生きていくための手段として冒険者に憧れました。あなたは知らなかったでしょう? 話しませんでしたからね。
だから手っ取り早く強くなるために私はアカデミーに入ることにしたのです。もっとも前に話したようにうっかり飛び級してしまったおかげで、国に目を付けられそうになったのですけれどね。
ちなみに今は実家に感謝しているんですよ。家に居場所がないおかげで好きな学問を学ぶことができました。それに都合のいい駒として扱おうとしてくれたおかげで家を捨てる勇気が貰えたのですから。
結果的に大好きなあなたに出会うことが出来たのですから。そうそう占ってくれた親友にも感謝しなければいけませんね。
あなたが私を治してくれてからは毎日が弾むように幸せだったのですよ。側にいることが出来るだけで満たされていたくらいでした。
ただ、なかなか話すことが出来ずにいたアニーの疑惑は私の心に影を落としていました。
もうすでに終わってしまっていることを私が蒸し返してもいいのか悩んだんですよ。でもこのまま何も言わないで全て終わったことにしてしまうのは耐えられませんでした。
そもそも私がアニーが何かしていると気付いたのは石になる直前でしたので何の意味も無かったと言えばその通りです。せめて言葉だけでもと何とか残した言葉は届いていなかったようですし。
あの神殿裁判事件の影響でアニーの暗躍とラルフの欲望に引き裂かれたことがハッキリしましたが、その事実をあなたは公表しませんでしたね。
どこまでも優しくて心の広かったあなたが私が焼いた焼き菓子を子供達に食べられて落ち込んでいたのは意外でした。でもそんなあなたも可愛かったんですよ。
あなたが私のことを好きだと言ってくれた時はとても嬉しかったんですよ。一緒に旅に出てから三年後のことでしたね。今でも昨日のことのように覚えています。
才能を測るマジックアイテムを量産するために必要な材料を確保するための旅の途中でしたね。あなたが真面目な顔をして私に花束を持ってきた時何かあったのだろうかと思ったんですよ。
「その……いつも支えてくれるレイラに……その……僕と一緒に生きてくれませんか!」
顔を真っ赤にしながらそう言って花束と一緒に指輪を出してきたあなたは可愛くて、それでもどこかカッコよくて私の心を動かしてくれましたよね。長い旅の間にあなたいう人がとても素敵な人だと知って私はどんどん好きが止まらなくなっていきました。
あなたの妻になれてからはあっという間に時が過ぎ去った気がします。すぐに長男に恵まれて、次の年には長女が生まれました。あなたは生まれてきた子供達に惜しみない愛情を注いでくれましたよね。
才能という壁が人の人生を潰しやすいこの世界で生きていくことは大変です。だからこそあなたは誰もがその才能を知ることが出来る社会を作ろうとしました。それは決して容易い道でもましてや安全な道でもありませんでした。あなたは優秀な治癒師でしたがそれ以上に多くの人の心に諦めずに歩み続ける姿を見せ続けてくれたのです。
だからあなたが念願の多くの人が才能を知ることが出来る様になり始めたのを見届けた時に泣かずに誇らしそうに胸を張っていたのを皆は流石はジェイクだと言っていたのを知っていましたか? ちなみに私はあなたが心の中で泣いていたのを知っています。でも真面目なあなたはそれで終わりではなく始まりだと知っていたから気を抜かなかったことも分かっています。
今あなたはどうしているのでしょうか? もしかしてそちらでも誰かを助けているのでしょうか? 孫の一人が人に害をなす竜を倒したそうですよ。泣き虫だった長女の息子です。あなたが泣き虫だから心配だと言っていたあの孫です。
私は子供達と孫に囲まれて幸せです。でも時々どうしようもなく寂しくなります。あなたがいないことはもう慣れているはずなのに、どうしてかふとあなたに会いたくて仕方が無くなるのです。私は結局年を取ってもあなたのように落ち着いた人にはなれないようです。
叶うならあなたに会いたい。もう一度あなたを愛して愛されたいのに……あなたはもうこの世にはいません。あなたが亡くなった時に何度もあなたの後を追おうと思ったことか。
でもあなたが見届けたかった世界の続きを可能な限り私は見届ける義務がありました。私たちが変えてきた世界は決して誰もが幸せな世界だとは言えません。今だに才能に人生を狂わされる人はいるようです。それでもいつかは人は才能に振り回されずに生きていけるようになると信じているのです。
長くなりましたがそろそろ時間の様です。もうすぐ孫娘が迎えに来る頃でしょう。また来れそうなら来ますね。その時はまたいろんな話を聞いてくださいね。
ただ、あなた。少しだけ待つのに疲れました。
だから……そろそろ迎えにきてくれませんか?
レイラはジェイクの最愛の妻として知られており、同時に後の歴史の中でも最強の魔術師候補に常に選ばれている英雄である。全ての属性の魔術を超一流の技術で行使するその姿は後に“虹彩の魔術師”と呼ばれるようになっており、創作物の中でも良くモデルにされることがおおい人物でもある。
ジェイクとの間に一男一女を設け八十歳まで生きたその生涯は当時の寿命を考えるとかなりの長寿である。レイラはジェイクを支え続けたと言われているが彼女自身も積極的に活動しており、中でも女性が働きやすい環境を整える運動の先駆けと言われている。
神殿裁判事件のジェイクとの活躍は未だに演劇化されることがあり、主役のレイラ役を巡って毎回熾烈な争いが繰り広げられるという。
シェリアはエリシア、レイラ、アニーと同じ冒険者パーティーを結成していたという女性の名前ではあるが、詳細は残っておらず一部の学説では創作だと主張する学者も存在している。
アニーは神殿裁判事件のあとその生涯をケートの神殿で過ごしたと言われている。悪事に使いやすいその才能を人の心の傷を理解し、時には上手く傷から目を逸らさせながら癒す手伝いをするようになったと近年発見された資料に書いてあった。それが今でいうカウンセリングのようなものではなかったのかと議論になってはいるが、詳細は判明しておらず論争の決着が着くのはいつになるかは不明である。なおアニーは35歳で病没したことだけは資料に残っており、当時の貴族の日記に心から安堵したと書いてあることからその貴族との間に何らかの繋がりがあったのか、もしくはそれだけアニーの洗脳の才能を恐れていたのかは分からないが当時の洗脳に対する扱いが伺い知れる貴重な資料となっている。
ヒューバートはジェイクと共に冒険を繰り広げた戦士として知られている。昔は短慮な性格だったようだが、年を重ねてからは慎重かつ経験豊富な戦士として慕われたらしい。没年は不明だが彼の墓だとされている墓が王都の王立墓地に残されている。
クレイスはジェイクの仲間であり親友のような存在であったようだ。“巨人殺し”と呼ばれていたほどの凄腕の剣士で巨大な剣を自在に振り回していたらしい。多くの冒険をジェイクと乗り越えながら伝説の剣士の一人となって今でも人気は高い。中でもフロストジャイアントの群れを殲滅した話は彼とジェイクの冒険譚の中でも屈指のエピソードである。
晩年は妻のミコトと共に東に向かうと言って旅立っていったらしいが、東のどの地方でも彼の足跡をたどることは出来ない。死亡したとする意見や別の世界で冒険をしているなど多くの説が存在している。筆者的には別の世界で冒険をしていることを希望したい。
ケリー・レイクシアーズ作 「英雄達のその後」より
これで薬草茶はお終いです。
ここまで長い間お付き合いください誠にありがとうございました。
多くの励ましや感想が励みになりました。今後も執筆は続けていくつもりなので、また別の作品でお会いしたいと思います。
本当にありがとうございました。




