22:あんたの責任を履き違えるんじゃないよ!!と母は言った エリシア ②
アニーから話を聞けることになったのですが、その際に初めてアニーの状況を知りました。
私はアニーが冷遇されているとは思っていなかったのです。幸せな結婚をしているか、もしくは幸せではないにしろ普通の家庭を築いていると思っていました。
しかし、アニーを案内してきた使用人がアニーを見る目は使用人の目ではありません。屋敷の雰囲気や使用人の態度を見れば自ずとそういうことは分かるのです。仕方なく私は人払いをしたうえで盗聴防止のマジックアイテムを使用することにしました。
アニーはそれを見て驚いていました。私にマジックアイテムを教えたのはアニーなのですけれどね、昔とは逆になりましたね。
アニーから聞けた話は衝撃的でした。マジックアイテムと才能の相乗効果による洗脳じみた誘導なんて想像すらしたことがありませんでした。
そしてその誘導が私に行われていたなんて。アニーは私が少しずつ冒険者に馴染むように、そしてアニーに依存するように誘導されていたというのです。言われてみればそんな気もしますが、すぐには信じられませんでした。
さらに驚くべきことにアニーが私の価値観を変えていくことにジェイクが必死で抗っていたことも知りませんでした。そう、私は何も知らなかったのです。ただ楽しいことだけに溺れて愚かにも人を疑うということすらしませんでした。ジェイクは必死に私を守ろうとしていたのに……私はそんな彼を傷つけてばかりだったのです。
本当はもっと話を聞きたかったのですが、残念なことに今回は時間の関係もあり話を途中で切り上げざるを得ませんでした。今回聞けたのはペトリリザードに出会う前までです。ですからラルフとの結婚まで関わっているかどうかはまだ何とも言えません。ただ、ラルフとの結婚ですら決めさせられたのか自分で決めたのか正直自信が持てなくなりそうです。
それでも最終的に自分で結婚することを選んだのならば最後まで責任をもって生きるべきでしょう。ここで人のせいにして責任を押し付けるのは楽ですが、その楽の代償を払わせられるのは子供達になるのですから。
最後にレイラが無事治ったことだけは伝えておきました。今のアニーの状況ならばきっと知らないでしょうから。予想通りアニーは何も知らされてはいない様でした。泣き出してしまったアニーに報告書を渡してその場を去ります。
実はこの後もう一件行くべき場所があるのです。
「待たせました。急いで行って下さい」
待たせておいた馬車に乗り込み指示を出します。子供たちはマリーとエリーが見てくれているとはいえあまり放っておくわけにもいきません。ですが今日は必ず行かなければならないのです。ペルナ村へと。
八年ぶりに訪れた村は変わっていませんでした。懐かしいままです。訪れた私に気が付いたのか村の誰かが母を呼んできたようです。
「……お貴族様が来られるような村ではありませんが、何か御用でしょうか?」
母のそんな態度にあの頃は心が折れましたが、今は母の気持ちも分かります。貴族の横暴にさらされていた頃にその貴族の身内になりそうな私が来ればああせざるを得ないでしょう。
「……ラルフが亡くなりました。ですからもうこの村に不当な圧力をかける人間はもういません。本当に……ラルフが申し訳ありませんでした」
私には地面に跪き頭を地に擦り付けて謝罪をするくらいしか出来ないのです。もちろん貴族としてはあるまじき行為です。これが公になれば私は大きな代償を払わざるを得ないでしょう。それでも謝りたかったのです。迷惑をかけてしまった人達に。
「このバカ娘!! 貴族がそんな姿を見せるんじゃないよ!! 早く立ちな!!」
母が慌てて私を立たせてドレスについた土を掃ってくれたのです。
「……母さん……どうして?」
「あれからあたし達だって勉強はしたんだ。だから前よりは貴族がどういうものか理解しているし、冒険者がどういう存在かちゃんと理解しているよ。まったく……あんたは貴族になったんだからあんな風に謝罪しちゃダメじゃないかい……場合によっては処刑されちまうんだろう?」
私は驚いて声が出ませんでした。まさか母が知っているとは思わなかったのです。でもどうやってそんなことまで知ったのでしょうか?
「あたしらに嫌がらせをしていた貴族の家のフォルドっていう人が来てね、ジェイクがいなくなったことや嫌がらせについて謝罪してくれたんだ。それでその後から定期的に本とかを送ってくれるようになったのさ。おかげであたしらでも勉強できたんだよ」
フォルドは一言もそんなことは言いませんでした。まったくフォルドらしい行動です。フォルドには感謝してもし足りないですね。
「本当に……皆……ごめんなさい」
申し訳なくて涙がこぼれてきます。母はそんな私を抱きしめてくれました。ただ謝ることしかできない私を誰も責めることなく見守ってくれていたのです。
「次は来るって言ってから来るんだよ。少しくらいは準備してやれるからさ」
私が泣いてしまったことで時間が無くなってしまったのですが、母は何も言わないでそう言ってくれました。もう一回アニーに話を聞かなければなりません。その時に全て聞くことが出来るでしょう。その後村に戻って来て全てを話そうと思います。母にそう言うと分かったからしっかりおしと言ってくれました。
「……次は子供達もつれて来な」
私が帰ろうと馬車に乗り込もうとした時、母の声が聞こえました。私は急いで振り返りましたが母はすでに背を向けて歩き出していました。私はその背中にただ頭を下げることしか出来ませんでした。
あれから一月後、また私はアニーを訪ねていました。残った話を聞くために。
「以上、あたしの裏切りの話だよー」
アニーから全てを聞いたとき私の胸にははただ悲しみだけがありました。愚かな自分自身への怒りもよりも、そうすることでしか幸せになれないと思い込んでいたアニーがあまりにも悲しかったのです。
「……分かりました。そういうことだったのですね。私は耳障りのいい言葉ばかり聞き入れていたのですね……」
「……私のせいだって言わないの?……あんたのせいで私は大事な人を失ったって怒っていいんだよ!?」
驚き詰め寄ってくるアニーに私は首を振りました。アニーの責任は無いとは言いません。もし本当に誘導されていたとするのなら、私が自分で決めたことだと言えないのかもしれません。
しかし、それでも私はアニーのせいにするわけにはいかないのです。そうしてしまえば楽にはなれるでしょうが、子供達はそんな理由で生まれてきたことになってしまいます。親が愛し合っていたからこそ生まれてきたというのが子供たちの生まれてきた理由であるべきです。決して誰かの思惑の結果であるなどと認めるわけにはいかないのです。だから私はアニーを責めません。
今まで生きてきた道が間違っていたとしても、それが自分で選んだ間違いでなければ……それまで犠牲にしてきた全てに申し訳が立ちません。
「……アニーのせいにすることは簡単ですが、全て最終的に私が決断したことです。だから今の現状もジェイクを失ったことも全て私の責任です」
私はただ、話を聞きに来ただけなのです。責任を追及しに来たのではなく、何が起きていたのかを知るためだけに。
「あたしを赦すの?……」
「……アニーもラルフも赦す気はありませんよ。でも責任を問う気はありません。アニー、もしあなたが罪の意識があるのならそれを抱えて生きてください。私はもう自分の人生の決断を他人に任せる気も、責任を押し付ける気も無いのです」
私に誰かを赦す権利はありません。多くの人に迷惑をかけてきましたから。だからアニーも自分で決めてください。この後どうやって生きていくのかを。
「もう会うことはないでしょうがアニー、あなたも自分を見つめ直してください。まだ間に合うはずです」
だからアニーに最後に伝えておきたかったのです。自分の過ちと向き合えばやり直しは出来るのだと。
アニーと最後の話を終えた次の日、私は子供達と一緒に村を訪ねました。子供達には何もない村だから大人しくしておくようにと言っておいたのですが、果たしてどこまで大人しくしていられるのやら。マリーとエリーが側にいてくれるのですが、最近は体力的についていくのが大変なようです。
「……おかえり」
母はそう言ってお茶を出してくれました。懐かしい薬草茶です。そういえばジェイクが教えていましたね。
「ねぇ、皆は赤ちゃん興味ない?」
私が母と話があるので大人しくしておくように言われていた子供達は妹であるアリアの一言に反応しました。
「見たいです!」
「赤ちゃん! 見る! 見るです!」
「それじゃぁ、お姉ちゃんのお家までしゅっぱーつ」
アリアに手を引かれながら歩きだした子供達を見てマリーとエリーが心配そうな表情をするので付いていくように指示を出します。これでアリアだけに任せなくてもすむでしょう。
「アリア……子供が生まれていたんですね……」
「去年生まれたよ。相手は行商に来た商人でね、村に店を出すって張り切っているよ」
「そうだったのですね……今日お父様は?」
「仕事だよ。働かなきゃ食べていけないからね。本当はこの場にいたかったみたいだけどあたしが仕事に追い出したよ」
母はそう言って笑いました。豪快で強引なところもある母はそういうところは変わっていませんでした。昔に比べれば大分丸くはなりましたが。
「それで聞かせてくれるんだろう? いろいろと」
私は頷き返すとこれまで分かったことを全て話しました。全てを語るにはとても長い時間が必要だったように思えました。母はその間口を挿むこともなくずっと静かに聞いてくれていました。
「……これで全てです。本当にジェイクには何と言えばいいか……」
私の愚かさゆえに招いたことです。本当に償いようのないことをしてしまいました。ジェイクにも村にも……母さんたち家族にも。だから今日みたいに訪れることを許してもらえただけでも本当はありがたいのです。ましてやラルフとの子供達まで村に入れてもらえるのですから感謝しかありません。
とは言え、もうこの村には来るつもりはありません。あれだけのことをした女です。今日ここに来たのもちゃんと謝罪を済ませるためです。私のような女がいていい場所ではないのです。帰ってから村への補償の話をアレックスお義兄様にしようと思います。
全てを話し終えた後、母から私が出ていった後何があったかを聞きました、あの時のジェイクは風邪を引いていて私のせいで危うく死にかけたらしいのです。こういったかけてしまった迷惑を村の皆に謝って母にも謝りました。ただ肝心なジェイクには謝れていません。
「……そうさね、あたしはここまで自分の娘がバカだとは思っていなかったよ」
「……そうですよね。本当にごめんなさい、もう二度とあんな真似はしませんし、ここにも顔は出しません」
私がそう言って頭を下げた時に鋭い痛みが頭を襲いました。
「いったぁぁぁぁぁ!!」
「だからお前はバカ娘なんだよ! まったく」
いつの間にか母の手にはお玉が握られており、それで叩かれたようです。
「いいかい!? あんたに非があるとすれば、それはジェイクに取った態度くらいなもんさ。それ自体もあんたとジェイクの間で話して解決すればいいくらいのもんなんだよ!……本来はね。強いて言えばジェイクが風邪を拗らせて死にかけたことはあんたがまともじゃなかったせいくらいかね。それもまた間が悪かったせいもあるのさ」
「……母さん?」
「あんたの責任を履き違えるんじゃないよ!! 男と女の間に理屈に合わない問題なんて付きものさ! それでも互いに擦り合わせながらやっていくもんなんだよ。ジェイクがあんたが冒険者をやることに反対していなかったのならそれは悪いことじゃないのさ。むしろそのことについてあんただけに文句を言っていたあたしらも問題だったのさ」
母は何を言っているのですか? その言い方ではまるで私の責任がもっと軽いと言っているように聞こえてきます。そんなことは有り得ないのに。
「一番の問題は夫婦の問題に横からしゃしゃり出てきてかきまわしたラルフっていうバカ貴族とアニーっていう迷惑な女のせいだろうに。あんたに隙があったことは事実だろうけどさ、それは悪いことじゃなくてただ残念なだけだよ。あんたには自分の人生への責任はあっても、今回の件の非を含めた責任まで背負う義務は無いんだよ!」
権利がない!? では誰がその責任を負うのですか!?
「そんな責任はラルフを育てた親がとればいいんだよ。アニーって女の場合は本人が取ればいいさ。あんたの責任はあんたが取りな。持ちきれない分はあたしらが少しでも背負ってやるから。だからあんたは一番大事な責任だけを考えるべきなんだ」
「……私の一番大事な責任……」
「子供達がいるだろう? あたしらからすれば嫌いな男の子供だけど、愛する娘の子供でもあるんだ。それに親の咎が子に向かうなんてそんな惨いこと出来るわけないだろうに。だからあの子達は無関係なんだよ。子が親を選べないんだからせめて親がしっかりしてやらないといけないだろう?だからあんたの一番の責任は子供達のことなんだよ」
……母の言う通りかもしれません。私は自分のしたことに責任を感じて全て自分が背負うべきだと思っていました。でもそのために子供達をないがしろにするのは本末転倒でしかないのでしょう。
子供達のことは心から愛しています。それなのに私はまた自分が楽になるために全てを背負おうとしたのでしょうか? だとすれば私の性根は変わらないままのですね。
「全部自分で背負おうとする人間が楽になれるもんかい。そんな苦しい道を選ぼうとするのはよほどの聖人かバカだけだよ。そしてあんたはバカだよバカ娘。もう一回言っておくよ! あんたの責任を履き違えるんじゃないよ!!」
母親というものはこんなにも暖かい物なのでしょうか。言葉はキツクてもしっかりと愛情が込められているのが分かるのです。
「あたしら家族や村の連中は昨日あんたが謝ってくれたからもうそれでいいのさ。いつまでも根に持っていたってしょうがないからね。だからあんたの責任は子供達とジェイクのことくらいさ。ジェイクはね今は立派になっているよ。治癒師になったんだって聞いているよ。なんでも“命を繋ぐ者”とか言われているらしいじゃないか。あんたなら会えるんじゃないのかい?」
“命を繋ぐ者”!! まさか……レイラを治した人がジェイクだったというのですか!?
正直に言えば素直に信じることが出来ませんでした。もし本当ならばジェイクはそれくらい凄いことをしたのです。でも心のどこかでは納得できている部分もありました。だってジェイクは昔から凄い人でしたから。
「まぁ、話はここまでだよ。ずいぶん長い間話しちまったからね。子供達のところへ行っておやり。あたしは夕飯の準備をしておくよ……今日は泊まるんだろう?」
母の言葉に私は頷きました。もう時間も遅いですし、予め手紙で村長に宿泊の許可は取っていましたので。家は空いている家を使わせてくれるそうです。そのことを母に言うと母は笑いながら言いました。
「バカ言うんじゃないよ。ここに泊まればいいさ。部屋なんか空ければいいんだからね」
それって父が追い出されるということでは? 聞くことも出来ずに私は母の言葉に甘えることにしました。
その日の夜は賑やかでした。父と母に妹のアリアとその夫にまだ一才の赤ちゃん。姪は可愛い顔つきをしていてまるで妹の赤ちゃんの頃にそっくりでした。
それにオーベルとシェリアも来てくれたのです。久しぶりに会う仲間に私は思わず泣いてしまいました。シェリアも何もしてやれなくてごめんと泣きながら言うのでお互いに泣きながら謝っていました。
結局心配した子供達と母の一括でその場は収まり久しぶりに暖かい夕食となったのです。子供達も嬉しそうで。私はこんなことすら子供たちに与えられていなかったことに気が付きました。するとそんな私に気づいた母がこう言ったのです。
「頑固なあたしが変われたんだ。あんたはこれからこの子達に与えてやればいいんだよ」
そうですね。私は私なりに出来ることをしようと思います。まずはジェイクに会おうかと思います。謝りたいですし、伝えたい感謝もあります。
「またいつでも来なさい。私達はお前の親なのだから」
父がそう言ってくれ、母が頷きました。こうして私はようやく一つの責任に決着をつけられたのです。
それからジェイクに連絡を取ろうとしましたがどうも上手くいきません。どうやら神殿が邪魔をしているようです。もっともその神殿もジェイクとは何やら上手くいっていない様なのですが。一応王都を目指しているということなので、待っていた方が入れ違いにならずに済むかもしれません。
村への補償の件を話すとアレックスお義兄様が少し待ってくれと言ってきたので待つことにします。流石に私個人の資産ではとても足りないのでここは待つしかありません。
そうして村での一夜から二月ほど経ったある日、驚きの報せが飛び込んできました。
――アニーが捕まったというのです。




