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20:薬草茶を飲む誰かのために ジェイク ④

 僕が乱入すると大勢の目が一気に僕を見てきた。でも大丈夫だ、僕の側にはレイラさんもいるし大勢の仲間もいる。群衆の中を見てみれば協力を取り付けた人たちも混じっている。


「……あなたは誰ですか? これが神聖な裁判だと理解しての所業ですか?」


 裁判長がそう尋ねてくる。これが神聖な裁判だって? だったら裁判所でやればいいものを。被告人として立たされているアニーさんは酷い怪我をしている。明らかに拷問の後だ。こんな真似までして一人の女性に押し付けようとするなんて!


「理解しています。これが神聖な裁判を模倣したただの公開処刑だということを!」


「な! なんだ貴様は! 何の根拠があってそんなことを言っているのだ!」


 エーランド公爵が怒鳴り散らしてくる。事前に容姿を聞いていたから誰か分かる。太った体型に禿げた頭に頬に大きな傷。この傷は戦いで負ったものじゃなくて若い頃に剣の訓練中にこけて出来たものだとか。ようは荒事は苦手な分政治がそれなりに得意なタイプだ。もっとも今回はラルフさんという特大の弱点があったからここまで出来たような物でそうでもなければ相手にもなっていないだろう。


「おお! ジェイクではないか! 遅かったではないか! そなたもこの罪人の裁判を見に来たのだろう?」


 一番豪華な服装をの神官がそう言いながら僕に近づいてくる。この人が大神官だな。僕の発言を誤魔化そうと必死なのだろう。大きな声で僕の紹介をし始めた。ありがたい手間が省ける。


「皆さん! この若者が今話題の“命を繋ぐ者”です。彼は若くして治癒師の最高峰のである聖癒師の称号を得た稀代の天才です!! ジェイクもこの悍ましい犯罪者の末路を確かめに来てくれ――」


「違いますよ」


 僕の言葉に再び沈黙が訪れた。アニーさんなんか僕がジェイクだと分かると目を見開いて諦めたような顔をしていたのに、僕が否定した瞬間更に目を真ん丸にして驚いている。申し訳ないけれどちょっとだけ胸がスッとしてしまった。


「僕はこの裁判もどきの茶番を否定しに来ました。この裁判は犯してもいない罪を裁く場になり果てています!」


「何を根拠に言っているのだ! そんなことなどありはしない!」


 エーランド公爵に賛同した連中がわめいているけれど知ったことか。僕はその声を無視してレイラさんに資料を渡してもらう。全ての資料を把握しているレイラさんがいなければスピーディーに攻めることが出来ないのだから。それに僕が知らない知識も教えてもらえる。僕の代わりに答弁だって出来る人だ。今は僕にとってこれ以上ないくらいの相棒なのだ。


「アニー被告の罪状の一つに辺境のタンダスの街で婦女に暴行したとありますね?」


「それがどうした!?」


「その次の日に王都で商人が押し込み強盗で殺されていますがこれもアニー被告の仕業だと?」


「だからどうした!? そういう数多の罪状を裁くための場だここは!」


「確認ですがこれは人にやらせたのですね? それとも自分で?」


 エーランド公爵が人にやらせたのだ!と我慢の限界のように怒鳴り散らしてくる。でも調書の中身くらいは見て欲しかった。こんな簡単な誘導に気がつかないのだから。


「タンダスの街から王都まで軽く一月はかかります。そのくらい遠い距離の犯行を人に指示してやらせていたと? ましてやこの二件目の犯行は一件目の次の日ですよ? それともそんな前から指示していたとでも?」


「ジェイク! いい加減にせんか! そんなことはどうでもいいことであろう!」


 大神官がふざけたことを言ってくれる。これがどうでもいいことだって? とんでもない! ラルフさんの罪までアニーさんに押し付けることになるなんて認めるつもりは一切無いんだ! これはラルフさんが僕に残した呪いみたいなものだ! これ以上あいつのせいで理不尽な目に会う人間を増やすつもりなんて僕には無い!


「こんな矛盾だらけの罪状に証拠がどうでもいいというのですか? それが中央神殿の見解ですね?」


「だから何だと言うのだ!」


「でしたら僕は中央神殿とは金輪際関係を断ちます! 導くべき立場にある神殿が権力と一緒になって腐敗しているなどとても看過できる話ではありません! アニー被告には本来犯していない罪状が不当にも被せられています! 正しい裁きもなされずに何が裁判ですか!」


「衛兵! この二人を外へ連れ出しなさい」


 裁判長がそう指示して僕らを追い出そうとするけれどそうはいかない。レイラさんが見ている群衆に向けて声を上げた。


「皆さん! 先ほどの上げた婦女暴行も押し込み強盗も全てそこの貴族が関係しているのです! それを揉み消すためにアニー被告は利用されました! このまま私達が追い出されれば他にも同じような罪が揉み消されます! それでいいのですか!!」


「ふざけるぁー! そんな横暴が通るかよ!」


 声を上げてくれたのはジャンさんだった。他にも僕に協力してくれる人たちが次々に声を上げてくれている。やがてその声は他の観衆にもうつっていく。


「静まれぇ!」


 ひときわ大きな声が聞こえたかと思うとそこには立派な外套に身を包んだ男性が立っていた。言われなくても分かる、国王陛下だ。皆一斉に跪くけれど僕は跪かなかった。問題だとは理解しているけれどここで跪けば僕は国王に服従したことになる。ここで服従してしまえば裁判の行方をこの王様に預けることになりかねない。


「なぜ跪かぬ?」


「まだ裁判が終わっていないからです。陛下に服従すればどのような裁きが下ろうと何も言えません。ならばまだ膝を折るわけにはいかないのです」


 すると陛下はそうかそうかと頷いた後大声で笑い始めた。


「気にった! 良い! 赦す! そなたは余に服従しない自由をやろう!」


 おいおい冗談だろう、この王様は本気で言っているのか? うちの国の王様はあまり優秀な方じゃないと勝手に思っていたけれど実は厄介なタイプなのかもしれない。


「裁判長、裁判を続けるがよい」


 陛下のおかげで会場は静まり返ってしまったけれど確実に流れは変わった。さっきまでのような勢いはエーランド公爵には無く僕の質問に支離滅裂な答えを繰り返すばかりだ。


「つまりこれらの罪は全てアニー被告が洗脳のマジックアイテムを所持していたという前提から始まっているのです。そして所持していたという事実は確認されていません! つまり最初から罪を着せるために始められた裁判なのです……もっとも残念ながらアニー被告が洗脳に近しい行為を行っていたことは事実です。でもだからと言ってやってもいない罪を被る必要も無いのです」


 観衆に聞こえるように僕は声を張り上げる。一人でも多くの人に正しい罪状が伝わるように。


「彼女が洗脳したのは一人の少女と家庭教師先の子供だけです。その家庭教師先の子供に関しても彼女の夫によって強制されて行っていたものでした。よって裁かれるとしてもこの二件だけなのです。裁判長、これが裁判だと仰るのなら正しい罪状による相応しい判決をお願いします」


 裁判長はしばらく黙りこくった後折れたようにうなだれながらこう呟いた。


「本日はこれにて閉会します」


 勝った! まずはこれでアニーさんは理不尽な裁判からは救えたはずだ。僕は呆然としている大神官の前まで行くと署名の書かれた紙を見せつけた。


「大神官様、本日をもって私こと聖癒師“命を繋ぐ者”は中央神殿との一切の関りを断ちます。そして才能をもっと幅広く知ることが出来る体制を作り上げることをここで宣言します!」


 これは一種の挑戦状だ。中央神殿だけではなく国へ喧嘩を売っているに等しいのだから。でもここでこの波に乗れた者がここから先生き残れる気がしていた。陛下も流石にこれには驚いただろうかと思ってみてみればハトが豆をぶつけられたような顔をしてこちらを見ている。


 アレックス様が報告していなかったのだろう。とは言えすぐに気を取り直したのかすぐに僕の意見に初めから賛同していたかのように振舞い始めた。やっぱり食えない人だ。この流れに置いていかれることのほうがマズいとすぐに気が付いたのだろう。


 こうしてアニーさんは正式な裁判で裁かれることになった。とは言え洗脳は結構重い罪なので楽観はできない。道具ではなく本人の才能という点が判断が難しい所だ。他の押し付けられた罪状に関してはそれぞれ正しい捜査の下結構な数の貴族が捕まった。エーランド公爵も多数の罪状によりほぼ処刑が決まっているそうだ。


 スフィールド公爵家はあの後火竜に結構な額の財宝を慰謝料として支払い、ペルナ村へラルフさんが行ったことを謝罪して賠償をしてくれた。ラルフさんが犯した罪を公表して貴族名簿から除名したのだ。もっともエリシアのことはぼかしてもらった。子供達のことがあったからだ。自分達の母親が洗脳の結果結婚したなどと知る必要は無いだろう。そんなことを突き付けて何が救われるのだろうか。


 あれはエリシアが自分で決めた部分は確かにあるのだから、仮にそれが過ちでもエリシアが決めたことを否定する気は僕には無かった。ラルフさんが貴族から除名されたことでエリシアは貴族ではなくなりかけたが、アレックス様の妹という形で養子に入ることで解決したらしい。今回の件でスフィールド公爵家は少なくないダメージを負ったけれど、あのまま余計な借りを押し付けられているよりかはマシだとアレックス様は笑っていた。


 ヒューバートやクレイスにミコトさんも怪我一つ無く無事で良かった。彼らなら大丈夫だと信じて正しかったんだ。あとエリシアだけれど、裁判の後エリシアの姿は無くあれから会ってはいない。会わないということがエリシアの選択なのだろう。でもそれでも良かった。エリシアが助けに来てくれたあの時、僕はエリシアがちゃんと自分の意志で生きていると分かった。きっとエリシアはこれからも貴族として生きていくのだろうけれどもう大丈夫だろう。僕を叱咤するくらいにはなったのだから。


 それから一週間後アニーさんに判決が下った。判決は生涯幽閉だった。







「生涯幽閉と言ってもケートの神殿から出てはいけないってだけで神殿内は自由なんだけれどね」


 収監されているアニーさんにレイラさんと一緒に会いに行ってみた。以外にも元気そうで良かった。僕は予め許可を取っていたのでアニーさんの怪我を治していく。どうしても治せない傷跡も出来てしまったけれど日常生活を送れるくらいには回復したはずだ。


「はぁ~、もう信じられないよ。あのジェイクさんが凄腕の治癒師なんて。普通こんな傷は治せないんだよ」


「努力しましたからね」


 僕がそう言うと努力だけで済ませないでと怒られた。それもそうだけど結構大変だったんだよ?


「アニー、本当に……良かった……あなたが処刑……されるかと」


「……あたしもごめん……バカなことしたって思っているよ。レイラの忠告聞かないでごめんなさぁぁぁぁい」


 二人して抱き合って泣き出してしまったので僕は泣き顔を見ないように背中を向ける。女性の泣き顔を見るなんて失礼なことをしたら今は亡き母に殴られる。しばらして泣き止んだ二人にそっと癒しの術をかけてあげると恥ずかしそうに笑っていた。泣くと腫れるからね。


「ケートの神殿の皆が掛け合ってくれたんだって。もちろん監視は着くけれどあたしは神殿の中なら自由があるし、これからは神殿の中であたしに出来ることを探しながら償いのために一生を使っていこうと思っているんだ」


 アニーさんがそう決めたのなら僕が言うことは何もなかった。もしかしたら処刑されていた方がアニーさんは楽になったのかもしれない。これから彼女の人生には苦難の連続が待っているだろう。それだけのことを彼女はしたのだ。でもそれでも生きて償うことでただ死ぬことよりも幸せになれると僕は信じている。


 ――何かを得るには何かを失う必要があるのと同時に、得たモノには責任が伴うのだから。





 いろんなことが片付いた後僕達は王都を発つことにした。今は貴族連中がうるさいのもあるし、才能を多くの人が知れるようにするためには才能を調べる道具がもっと普及する必要がある。なんでもそれを作るには貴重な鉱石が必要なのだとか。しかもそれは人が立ち居るには厳しい場所で見つかることが多く、そう簡単には手に入らないことが普及していない理由の一つではあるらしい。


 だったら僕らが採りに行ってやろうじゃないかということになった。僕らの“優者の行進”は最高峰のメンバーが揃っているパーティーだ。僕らが行けない場所には他の冒険者が行くのは難しいだろうから。


「まぁ、気楽にいこうぜ。焦ってもろくなことは無いからな」


「そうですよ、クレイス様の言う通りです。ところでジェイク様、今晩はお魚でしょうか?」


「ジェイクさん、どこまでもついて行きますからね。ところで姐さん、俺の干し肉食いながら魚を要求するのはあんまりです」


 賑やかな仲間だけれど頼りになる仲間だ。僕はレイラさんに振り向いて声をかけた。


「それじゃこれからもよろしくね、レイラ」


「はい、よろしくお願いいたします。ジェイク」


 さぁ、冒険を始めよう。


 多くの不条理を打ち砕くための冒険を。


 そしてその冒険をいつか彼女に伝えよう。


 僕の英雄が守ってくれた物語を。


 薬草茶を淹れるには薬草を使う必要があるけれど、淹れたお茶は誰かに飲ませることができるのだから。

  ジェイクと言えば今から500年ほど前に活躍した治癒師である。“命を繋ぐ者”という二つ名を持ち聖癒師として生涯活動した。“優者の行進”のメンバーであるレイラと結ばれ一男一女を設ける。中央神殿改革など多くの変革に関わり多大な名声と多くの支援者を得ながらも要職に就くことは無く、生涯人を救い続けた。死後に聖人として認定されたが、彼を知る者にはそんなことには何の価値も見出さない人だったと笑われたという。癒し手や治癒師からは尊敬する人物に挙げられることも多く、現在までにジェイク以降の聖癒師は認定されていない。


 また妻のレイラに対しても深い愛情で知られ愛妻家としての顔も知られている。当時としては珍しく子育てに参加する男性として知られており、彼の子供相手でも褒めるところは褒め、ダメなことはダメだとハッキリ教える教育方法は現代では再評価され始めている。


 権力に関わらずに神殿を変えた偉人として後年評価され、改革の結果神殿は権力との距離を空けるようになった。また、才能を計る道具の普及にも力を注ぎ多くの人が自らの才能を知ることが出来るようになった功績は大きい。そのことから人材発掘体制の父と呼ばれるようにもなる。


 なお彼にはエリシア・スフィールドとの婚姻歴があるという説もあるが、俗説の域を出ておらず現在の主な学説では創作だと判断されている。

               


                  ケリー・レイクシアーズ作 「英雄達のその後」より  

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