19:英雄に憧れた少女 ジェイク ③
アニーさんを救うためにはまずはアニーさんにかけられた謂れのない罪を拭い去る必要があった。幸いなことに全てアニーさんに押し付けたことが原因で、いろいろな罪状を馬鹿正直に認めると有り得もしない事態が起こることが分かった。
どうやれば一週間前に殺した人間に命じて誘拐させることが出来るのだろう。資料を改竄したりしたおかげで時系列が滅茶苦茶になっておりこういう矛盾した内容ばかりになっているのだ。きっと内容を確認せずに処刑するから辻褄合わせなどしてはいないのだろう。酷いものになると昨日王国の辺境にいたのに今日には王都にいることになっているくらいだ。
これらの資料などはジャンさんやヒューバートが集めてきてくれた。意外なことにクレイスさんはこういうのは苦手だったようでヒューバートが頼りになったようだ。ヒューバート曰くクレイスさんは魔物の情報を集めるのは一流だけれど、人の情報はそこまで得意ではないとのことだ。ミコトさんは街噂などを調べてくれたのだが思ったよりも噂は流れていないようだ。ミコトさんは人から話を聞くのが上手なので、彼女が聞き出せないということは噂になっていないということだ。
「つまりまだ表沙汰にはなっていないのですね」
「いろいろ根回しが終わった後に大々的に発表して公開処刑するつもりなんだと思う」
調べて分かったことなのだが神殿はアニーさんが洗脳のマジックアイテムを持っていたことにして、それを封印したという実績にしたいようだ。そのためにそういう成果の調整だけは真面目にやっているということだ。王族は今回の件をわざわざ問題にして貴族と揉める理由は無いし、スフィールド公爵家は一生懸命抗っているようだけれど、後手に回っているせいで正直勝ち目は無いみたいだ。ただ、全ての貴族が敵に回っているわけではなく日和見の貴族も多いようだ。もしそうならいくらか勝ち目はある。
「ジェイクさんはどうするつもりなのですか?」
「ようは今、貴族たちに明確な反対勢力が無いことが原因なのだから、僕が神殿を割ってやろうと思う」
既にケートの神殿には協力を取り付けている。他にもいくつかの神殿が協力を表明してくれている。皆中央神殿のやり方にはうんざりしているのだ。あとは最後の一押しが必要だ。
「だからレイラさん、付き合ってよ」
「……え!?」
何故か顔を赤くしたレイラさんはビックリした後固まってしまった……僕は何かおかしいことを言っただろうか?
「お会いできて光栄ですよ。聖癒師殿」
今僕の目の前にはスフィールド公爵家の当主になったばかりのアレックス・スフィールド公爵がいる。年は僕より二つくらい上かな? 金の髪に青い目とよくいる貴族の特徴だけれど、目は笑っていない。普通に怖いタイプだよ。
「貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。こうしてお会いできるとは光栄の至りです」
「私のようなものまでお招きいただきありがとうございます」
「いやいや、レイラ・レイクシアーズ侯爵令嬢と言えば音に聞こえたアカデミー主席の伝説の卒業生だ。宮廷魔術師としての未来も確実と言われていた才女がまさか冒険者として訪れるとは……何があるか人生とは本当に分からないものだな」
レイラさんから家名まで聞いたことは無かったからなぁ。レイラさんは話したくはない様子だったし、聞き出せるような機会も気も無かったからなぁ。僕にとってレイラさんは仲間でしかなく、家がどうとかはどうでもよかったから。
「それで何の用で当家まで? 知っているだろうが当家は今慌ただしくてね。それとも妹に会いに来たのだろうか?」
「いえ、エリシア様に会いに来たわけではありません。今日はその慌ただしいことに関して話があってきました」
「ほう?」
僕の話に興味を持ったのか雰囲気が少しだけ変わった。まぁ、まだ目は怖いけれど。
「僕はラルフ様が起こした僕に関してのトラブルに関して謝罪や賠償を求めません。ただ貴族としての責任を追及することだけを求めます」
「ジェイクさん!? 何を考えているのですか!?」
「私も聞きたいね。どういうつもりだい?」
「代わりに村への仕打ちの賠償とアニーという罪人を救うことに手を貸して欲しいのです。僕は今回のやり方には不満があります。ラルフ様の行ったことはラルフ様の責任です。アニーという女性の責任にして良い筈がない。それは他の貴族も同じです。いくら政治的な駆け引きだからってこんなやり方を認めたらそれは取り返しのつかない一歩になります」
「本音は?」
本音と来たか……良いだろう。話さないと納得しないみたいだしね。怖いけれどレイラさんが着いて来てくれたから踏ん張れる気がする。
「僕は今の才能に振り回される世界に問題を感じています。自分の才能を知っていれば生き方だって変わってきますし、その才能をどう使えばいいか導きを受けることも出来ます。また自分の才能を知らないが故に思いもがけない活躍をしてしまい望まぬ道を歩む人もいます。だったらこの際にちゃんと才能を把握しておくべきです。もちろん貴族などの特権であることは知っていますが、もうそういう時代ではなくなっていると思うんです。実際僕のような存在がいます。僕は中央神殿のやり方に異を唱えるつもりです。これからきっと増えますよ僕みたいな人は」
そうなれば貴族だけの優位性は無くなるだろう。自分で才能に気が付いた人間は貴族の言う通りになると思ったら大間違いなのだから。いろんなモノが進んで行けば才能に気付く機会なんて増えていくのだ。
「……増えていくか。確かに時代が進んで行けば我々貴族が独占し続けることは難しくなるだろう。今でも現にこうして君が私の前にいる。弟がやらかさなければ妹は我が家に来ることもなかっただろう。ならば今までのように考えるのは危険だろう……だが勝ち目はあるのかね?」
「これだけの神殿の協力を取り付けています。皆今の中央神殿のやり方に問題を感じているのです。そして才能に関する扱いにも問題視している人達です。五日後アニーの裁判が開かれると聞きました。僕はその時に乗りこむつもりです。」
僕は各神殿から届いた手紙や協力してくれる人たちの署名を見せた。これらはジャンさんやケートの神殿の皆さんが集めてくれたんものだ。署名をしてくれた以上裏切られる心配は少ない。
「署名か……君はいつの間にこんな準備を」
「王都に来るまでの間にいろんな街を歩いてきましたから」
「……これに賭けてみるか。実は今回かなり窮地でね、当家と敵対している家に借りを押し付けられると大分マズいことになるのだよ。ほぼ確実に私に向こうの家の令嬢が嫁ぐ流れになるだろう。既に妻はいるが敵対している家は同じ公爵家でね。正妻にしなければ必ず揉める、つまり結果的に乗っ取られるわけだ。だからなんとしてもこの窮地はしのぎたい。そのためには多少の責任を追及されても構わないのだ……それに本当に責任は感じているのだよ、ラルフの件はね」
アレックス様はそう言うと僕に頭を下げた……貴族が頭を下げるなんて。この人は本当に申し訳なく思ってくれているのだろう。僕はアレックス様を今回の件では信じてみようと思った。本当に信じられるかはすべて終わってから決めればいい。
「なら協力し合いましょう。僕らの目的は違うけれど手は取り合えるはずです」
「出来るなら末永い協力関係でいたいものだ」
アレックス様が差し出してきたその手を握り返す。しっかりと握り合った手は互いが裏切らないように確かめているかのようにも感じた。
「やりましたねジェイクさん!!」
レイラさんは固唾をのんで見守ってくれていたので我を忘れて喜んでくれた。一番の難関だったスフィールド公爵家との協力を取り付けることが出来たのだ。あとは裁判まで準備を済ませておくだけだ。
「裁判に行くときは気を付けたまえ。君が行くことを嗅ぎつけられる可能性もある。今回の裁判は途中入場は認められないらしい。よって君を無きものに出来れば良し、出来なくても間に合わないようにすればそれで十分なのだから。本来は私が手配したいところだが協力し合っていることを悟られたくはない。だから表向きは今日の話し合いは決裂したことにしよう」
「分かりました。それでは五日後に一応確認ですが裁判の際にラルフ様の名誉とスフィールド公爵家の名誉に傷がついても良いのですね?」
忠告はしっかりと心に刻んでくとしてこれだけは確認しておかないといけない。
「ああ、構わない……妹について聞かなくてもいいのかな?」
「元気でやっているならそれで十分です。もちろん今回の件で大変だとは分かっていますけれど……一応伝えてもらえますか。僕は自分の道を見つけたから、エリシアは自分で決めた道を歩いて行って。いつかきっと僕らの道は交わる時が来ると」
「……そうか。伝えておこう、それではな」
それから僕達はスフィールド公爵家を後にした。エリシアに会わなかったのはこれで良かった気がする。会えば話したいことがいっぱいありすぎてきっと本来の話をする余裕なんて無かったかもしれないから。前のような愛情とは違うけれどエリシアの幸せを祈っているのは確かなのだから。
それにしても本当に凄く緊張したよ。レイラさんがいてくれて良かった。僕がレイラさんにお礼を言うとレイラさんは顔を赤くしながらもどういたしましてと言ってくれた。それにしてもレイラさんはもうちょっと落ち着いた雰囲気だと勝手に思っていたけれど旅に出始めてからは意外な面ばかりを見つけられている気がする。
それから五日後、僕達は裁判が開かれる中央神殿へと向かっていた。通常は裁判所でやるのだけれど今回は神殿が動いていることもあって裁判所ではなく神殿で行うことになったらしい。大勢の人が見に来ているらしく、ほとんど公開処刑だ。
それにしても神殿に向かうための馬車は二台用意しておいて正解だった。隠しておかなかった方の馬車は良く見れば壊されており途中で事故を起こすように細工されていたのだ。
「こりゃ嗅ぎつけられたな」
クレイスの言う通りだろう、まぁ僕も隠しきれるとは思っていなかったので構わない。
「ジェイクさんは必ず神殿まで行ってください。俺たちが何が何でも守りますから」
ヒューバートの言葉にクレイスとミコトさんが力強く頷いてくれた。こんなに頼もしい仲間がいるのだから僕は僕のするべきことをしよう。馬車で向かっていると二台の黒い馬車が僕らの真横に並んで走り始めた。きっとスフィールド公爵家を乗っ取りたい公爵家の妨害だろう……ええっと確かエーランド公爵家だったっけ?
「ジェイクさん! ここは任せて先に行ってください!」
ヒューバートがそう言って馬車を飛び出して並走する黒い馬車に取りついた。そのまま馬車を奪うともう一台の黒い馬車に体当たりをかましたのだ。ヒューバートは大丈夫だろうか?
「あいつは意外と身軽だからな。無事に決まっている」
クレイスがそう言いながら馬車から身を乗り出して屋根に括り付けておいた大剣を取った。目の前にはバリケードが設置されている。たった一人に罪を着せるためにここまでやるのか!! スフィールド公爵家を乗っ取る絶好のチャンスだから決して逃したくないのだろう。
「先に行ってろよ、ここは俺が切り開く」
クレイスがそう言うと屋根に乗ったまま剣を振るった。魔力の刃がバリケードを粉々に打ち砕と同時に物凄い音が響いた。
凄い! 流石は“巨人殺し”だ! こんなことが人間に出来るなんて!
神殿はもう目の前だ。クレイスとミコトさんは追ってを防ぐためにその場に残ってくれている。後は僕とレイラさんだけだ。
「もう少しです、ジェイクさん」
御者をしてくれているレイラさんがそう言って励ましてくれる。あと少し、もう少しで……見えた! 馬車が滑り込むように神殿へとたどり着く。ここまで来れば……そう思っていた僕の視界には神殿の入り口に並んでいる冒険者を見て言葉を失った。
「残念だったな、もうすぐに裁判が始まる。まぁ、あんたらは頑張ったよ。でもそれもここまでだ」
相手の人数は十二人……こっちは実質レイラさん一人だ。いくらレイラさんでも魔術師がこれだけの相手を一気に相手するのは現実的じゃない。魔術師は前衛がいて初めて魔術を安全に行使できるのだから。
「さて、分かったらさっさと帰りな。あ、そっちのお嬢さんは置いていっていいぜ」
どうすればいい! ここまで来て何も出来ないなんて嫌だ! 赦せない相手でも見捨てることなんてしたくは無いんだ! でもこのままじゃ!
「ここは私が切り開きます。ジェイクさんは先に行ってください」
「出来る訳ないだろ! そんなことをすれば!!」
「だったらここで諦めるんですか!? 違うでしょ! 変えるんでしょう!? 歪な体制を!!」
そうだけれど……でもここでレイラさんを置いていくことなんて出来ない! それに裁判に勝つにはレイラさんは必要不可欠な存在だ!
「何をグダグダ言ってやがんだ? あぁ? 叩っ切られねぇと分からねぇみてぇだなぁ!!」
焦れた冒険者が僕らに向かって来て刃を振り下ろそうとした瞬間後ろから光が飛んできた。それはまるで良く知っているような暖かい光だった。光が通り過ぎた後、冒険者の剣は綺麗な断面を残して半ばから断ち斬られている。
これはクレイスの使っていた魔力の刃!?
「あなた達の相手は私がします。その二人には手は出させません!」
懐かしい声だった……そう、僕が良く知っている声だ。振り返らなくても誰だか分かる。そうか、エリシアはこんなことまで出来る様になっていたんだね。
「エリ……シア……ですか?」
レイラさんが信じられないといった表情で驚いている。僕だってエリシアがここに来るとは思っていなかった。エリシアは最後に見た時よりも大人になっていた。綺麗に伸びた髪は風になびいて踊っている。胸当てを着けてクロノスフィアを構える姿はとってもカッコよかった。
「何をしているのですか!! 早く行ってください!! 間に合わなくなりますよ!」
そうだ! ここでボーっとしている場合じゃない。エリシアに叱責されて急いで僕はレイラさんの手を引いて走り出した。エリシアを見れば分かっているというように頷いてくれた。神殿の中へと駆け込もうとする僕達に他の冒険者が剣を振り下ろそうとするけれど僕はもう怖くはなかった。エリシアが任せてといったのだ。だったら僕のするべきことは信じて走り抜けるだけだ。
魔力の刃が次から次へと剣を断ち切っていく。ただの一本も僕達へとかすることもなく通り抜けることが出来た。僕は嬉しかった、エリシアが選んだ道がどんな形であれ今のエリシアは紛れもなくエリシアが憧れた英雄そのものだ。僕らは不幸にも離れ離れになってしまったけれど、それでも何も残らなかったのではないのだと分かったのだから!
走り抜けて見えてきた。大勢の人がアニーという一人の女性の裁かれる裁判を見に来ている。皆の助けを借りてここまで来たんだ。僕は才能という自分ではどうしようもない運命に振り回される人を減らすためにここまで来たんだ。たった一人に押し付けて何もかも終わらせようとするなんて許さない。アニーさんにはキッチリと自分の罪の分だけ償ってもらう。
――だから
「これよりアニーの裁判を開始――」
「その裁判! 待って下さい!!」
僕の戦場はここだ!




