18:僕であるために ジェイク ②
旅は順調だった。ケートを出て四ヶ月後僕達は港町に来ていた。ミコトさんがそろそろ魚が食べたいと爆発したのが理由だったりする。中央神殿も最近は僕達の名前が有名になってきたおかげか前ほど高圧的な態度を取ることは無くなってきた。まぁ、王都には半年くらいかけて行くつもりだったからあと二ヶ月はゆっくりあちこちを回っていけそうだ。
「これです。この魚と塩の調和がまさにうおぉって感じです。美味しいですクレイス様!」
「……俺の分も食うか?」
「ミコト姐さん……俺の魚食ってますよね? ね?」
何と言うか賑やかな食卓だ。でも僕はこんな食卓は好きだ。適当に見つけて入った店は当たりだったようで同じように賑やかに騒いでいる人が多い。
「食べていますか? ジェイクさん。美味しいですよこの魚」
レイラさんが魚を食べながら僕に聞いてきた。確かに周りを眺めるのが楽しくて食べていなかったや。
「そうですね、いただきます……美味しい!!」
魚の油と塩が程よく合わさって調和のとれた味わいになっている。村では川魚しか食べていなかったからこういう魚は新鮮だ。
「ほら、ジェイクも飲めよ。今日は何人も診て疲れたろ?」
クレイスが地酒を注いでくれた。確かに今日は何人も治したから少し疲れた。港町らしく漁師の患者が多かったのだ。荒っぽいからしょっちゅう喧嘩するらしく、生傷の絶えない彼らは漁をする際に魔物が襲ってくることもあって大怪我をしやすいのだ。そういう患者を何人か治したらお礼にと今日の夕飯をご馳走してくれることになったのだ。
僕は治療する際にお金は少ししか取っていない。だから患者には神殿からの慈悲だと言っておくことにしている。今回だけ特別でそう何度も出来ることではないとちゃんと釘を刺しておくのだ。そうしないと普通の治癒師や癒し手にまで迷惑が掛かってしまうから。
「ふふ、ジェイクさんはお酒が強いんですね。全然顔色が変わっていませんよ」
レイラさんが面白そうに僕の頬を突いてくる。良く見ればレイラさんのカップにも地酒が注がれていたようで中身は残っていなかった。
「それなのに女性に優しくていろいろ気が利くなんてどんな反則さんなのでしょうか。これは罰が必要でうすね」
酔っていますね。これは完全に酔っ払いだ。クレイスはさっさと酔い始めたミコトさんを連れて部屋に上がってしまうし。ヒューバートはいつの間にかいなくなっている。あいつさては娼館に行ったなぁ? 文句は無いけれどこんな状態のレイラさんをどうしろと?
「聞いていますね? ジェイクさん。聞いていないのなら耳に直接言うしかありませんね。それでは失礼して」
そう言って僕の耳を掴もうとするので慌てて止めるとレイラさんは捕まりましたーとか言ってキャッキャと笑っているし。その後何とかレイラさんを部屋に送って行って僕は寝かしつけてきた。クレイスはミコトさんと同じ部屋だし、レイラさんは部屋を一人で取れたのだ。ちなみに僕はヒューバートと一緒。あいつは今日は部屋に入れないでおこうかな。冗談だけど。
港町を出た僕達は王都への道をゆっくりと歩いていた。王都への途中にそれなりに大きな街が二つほどあるのでそこに寄ってから行こうと思う。これまでに僕の夢に協力してくれる人を集めながら旅をしてきた。神殿の中には僕のように今の体制を問題視しているひともいるのだ。
「ジェイク様、あそこにディノイーグルに襲われている馬車が」
ミコトさんがそう言うと前方に馬車らしきものが止まっているのが見えた。良く見てみるとその周りを鳥のような生き物が取り囲んでいる。ってよく見えるなぁあれがディノイーグルだって。ディノイーグルは集団で狩りをする魔物で大勢で獲物を取り囲んで逃がさないようにしながら生きたまま啄んでいく。だからこいつに襲われたら囲まれる前に逃げるしかないのだけれど……あの馬車は囲まれていた。
「クレイスは突貫して良いから注意を引いておいて。ヒューバートは襲われている人を保護しておいて。ミコトさんは一匹ずつ確実に潰していってください。レイラさんは突風を起こしてディノイーグルの邪魔を。僕は馬車を中心に結界を張ります」
皆に指示を出しながら僕は守護の術を皆に展開する。これでディノイーグルくらいの攻撃なら二、三回は無効化できる。それを合図にミコトさんが大きな弓を引き絞りながら矢を放つと一度に二羽のディノイーグルが貫かれた。レイラさんの魔術が突風となってディノイーグルのバランスを崩してくれる。その隙にクレイスが突貫してディノイーグルに向かって大きな声を張り上げた。まるで獣のような大きな声にディノイーグルの意識が向かう。
流石はヒューバートでその隙を見逃さずに襲われていた御者を助けて馬車の中に押し込めた。後は僕が馬車ごと結界を張るだけだ。最初は苦労したけれど馬車丸ごと結界を張ってしまえばもう馬車を気にする必要はない。あとは掃除をするだけだ。
「皆さん伏せてください!」
レイラさんの合図に合わせて伏せると上を熱い風が吹き抜けていく。これはこの前言っていた魔術だ。ディノイーグルは全身から煙を出しながら落ちてきた。こうなったら怖くはない。それからディノイーグルを掃討し終えた僕達は馬車に声をかけたのだ。
「もう大丈夫ですよ。怪我人の治療をしたいので開けてください」
するとゆっくりと扉が開いて中から怪我をした御者と青白い顔の商人が現れた。それにしても護衛は雇わなかったのだろうか?
「おお、助かりました! それで申し訳ありませんがロバートの治療をお願いします」
ロバートと呼ばれた御者は腕を中心に怪我をしていたので跡が残らないように気を付けながら治していく。何でも商人が言うには護衛として雇った冒険者は逃げてしまいロバートさんが犠牲になりながら逃げていたらしいのだが、囲まれてしまったらしい。絶対に商人を馬車から出さなかったらしく商人からとても感謝されていた。
片づけが終わった後移動することになったのだが、護衛をしないかと商人は言ってきた。商人はジャン・ダルジャンというらしくそれなりに大きな店の主人なのだとか。レイラさんがあのダルジャン商会の会長ですか!って驚いていたから凄いのかも。
「いやしかし、馬車ごと結界で覆ってしまう治癒師など聞いてことがありませんよ。普通は囲めて二人くらいですからね」
「いえ、まだ修行中の身ですから」
「それだけの実力を持ちながらまだ高みを目指されるとは!!」
なんだろう、この持ち上げられる感が凄い苦手だ。とは言え悪い人ではなさそうなので話だけは合わせておく。ジャンさんは商談の帰りだったらしく、無事に帰ることが出来なければとても困ったことになっていたらしい。まさか冒険者が逃げるとは思わなかったらしいけれど。まぁそれはそうだろう、普通は逃げたりなんかしない。
「よろしければ今晩は我が家にお越しください。夕飯をご馳走させてください」
皆に目で聞いてみると問題は無いようだったから取り合えず受けとくかな。僕の目的のためにも知り合っておきたいしね。
ジャンさんの家の夕飯はとても豪勢だった。元々寄るつもりだった街にも家があるらしく今晩はそこでお世話になることになった。しかしこんなご馳走は初めて食べると言ってもいいくらいだ。僕は会話をしながらも全ての料理の味を忘れないように味わっておく。料理をやめたわけじゃないし再現できるなら再現してみたかった。
「皆さんは王都へ行かれるのですか。噂によると王都には凄腕の治癒師がいるとか」
そう言う形で噂が広がっているのか。僕はそうですねと適当に合わせておく。皆も美味しい食事に夢中なようだ。僕が周りは焼けているのに中はレアになっている肉料理に舌鼓を打っているとジャンさんが突如苦しみだした。
「ジャンさん!!」
慌ててジャンさんに駆け寄ると呼吸がおかしい……浅く何度も呼吸しながら目は充血している。間違いない、毒だ!
「デトフィシケーション!!」
呪いもない毒なんて僕にとっては無いも同じだ。術が効いたのかすぐに呼吸が落ち着いてくる。僕が治療している間にヒューバートとミコトさんが給仕を取り押さえていた。レイラさんが懐を探ると何やら瓶が出てきたようだ。
「ジェイクさん、これが毒ですか?」
「たぶんね、でもそれは開けないで下さい。この毒はすぐに気化してしまうから証拠が消しやすいんです。使われた方も死亡後に毒が分解されるから証拠が残らない暗殺用の毒です。だからそこの給仕はプロです。死なせないで下さい」
僕が言うまでもなくクレイスが舌を噛まないように口の中に何か入れておいたようだ。。これで万が一自害用の毒があっても噛めないだろう。もっとも自害しようとしても僕が死なせはしないけれど。
「こ、これは!?」
騒ぎを聞いて駆けつけてきた他の使用人が僕達を見て驚いている。取り合えず僕は衛兵を呼んでくるようにお願いしておいたのだった。
その後はジャンさんが意識を取り戻すまで僕達は衛兵の監視の下大人しくしておいた。犯人だと思われる給仕は奥歯に毒物を隠していたので取り上げておいた。衛兵が連れて行ったので今頃は牢屋だろうか? 死なせないで欲しいのだけれど、そこは衛兵を信じるしかない。
意識を取り戻したジャンさんのおかげで僕達の容疑は晴れたようで、監視からは解放された。どうやら僕達がジャンさんをわざわざ罠に嵌めて殺そうとするのは意味が無いことに気が付いてくれたようだ。それから分かったことなのだが、ジャンさんは今商売上争っている相手がいるらしいのだが、黒幕はきっとその商人だろうということだった。きっと護衛の時から罠に嵌められていたと考えてもいいだろう。
「いやはや、二度も命を救ってもらって申し訳ない。私で出来ることで良ければ何かお礼をさせて下さい」
そう言って頭を下げてくれるジャンさんは遠慮せずに仰ってくださいと言ってくる。
「ジェイク。だったら話してみたらどうだ?」
クレイスがそう言って僕に促してくる。皆には僕の目的は話しているし、賛同してもらっているのでこれはチャンスだと思ったようだ。確かにジャンさんのような商人の助けがあれば心強いかもしれない。僕が今の才能に関する問題を何とかしたいという話をするとジャンさんは思ったよりも話に食いついてきた。聞けばジャンさんも若い頃は自分の才能が分からずに手あたり次第いろいろ試してみたらしい。結局商人に落ち着いたのだけれど、それまでの時間は無駄とは言わないがもっと有効的な使い方が出来たのだろうと思っていたらしい。
「私も中央神殿のやり方は好きにはなれませんでした。そういうことなら是非とも力を貸しましょう!」
これで大きな一歩を踏み出すことが出来た!
ジャンさんは僕達の活動を支援してくれると約束してくれた。もちろん商人だから儲けにならないことはしないし、させるつもりも無いけれど。そうして僕達が魔物に困っている人を救ったり、病や怪我に苦しむ人を救いながら王都に着いたときに衝撃的な報せをジャンさんから聞いたのだ。
――アニーさんが逮捕されたのだ。
ジャンさんに頼んでエリシアやアニーさんの情報を集めることを頼んでいたのだ。エリシアに関してはラルフさんが亡くなっていたことには驚いたけれど、それはエリシアの今後が心配なだけでラルフさんが亡くなったこと自体はどうでもよかった。僕にとってはそれくらい彼自身にはもう興味が無かった。火竜に挑んで亡くなったというが何故そんなことをしたのだろうか。おかげでスフィールド公爵家は厳しい立場に立たされかけているらしい。
エリシアは今は王都に住んでいるらしく、いろいろ動き回っているのだとか。会いたいとは思わないけれど心配ではあった。他の人の妻になった女性に会いに行くのはあまり褒められたことではない。ましてや夫が亡くなった後ともなればなおさらだ。
それよりも今はアニーさんだ。どういうことだろう、なぜアニーさんが捕まったんだろう!?
「実は私も無関係ではないようなのです」
なんでもあの暗殺騒ぎの犯人を雇ったのがあの商売敵だったらしく、それがアニーさんの夫だったのだそうだ。僕が毒を特定したことで入手ルートがバレ、捕まった暗殺者がアニーさんの夫の子飼いだったのが分かりそこから芋づる式にズルズルと悪事が明らかになったらしい。
そして明らかになった悪事の中にアニーさんの名前があったのだ。これは独自に入手した極秘情報ですがと言いながらジャンさんが教えてくれたのは意外な話だった。アニーさんは話術や詐術、心理と言った人の心を操る才能にとても長けていてそれを利用して夫の都合のいいように動かすために有力者の息子などの家庭教師をやっていたというのだ。
もっともそれは表向きの話で実際は無理矢理やらされていたらしい。家での扱いも酷いもので道具のような扱いだったのだとか。それにしてもアニーさんも才能に振り回された人間だということか……だからと言って彼女がエリシアにしたことは赦せる話ではない。ちゃんと犯した罪に相応しい罰は受けるべきだ。僕やエリシアのためというよりも本人がこれからを生きていくためにも。
「このままだとアニーという女性は処刑ですな」
そんなことを考えているとジャンさんがそんなことを言ってきた。
「何故ですか!?」
レイラさんが納得できないと声を荒げる。
「どうやら貴族がいろいろと丸く収めるために罪を押し付けて処刑してしまうようです。表向きは貴族を唆したことや洗脳のマジックアイテムを使用した罪ですが、実際は洗脳の力を恐れた連中とラルフという貴族に協力していた貴族が自分たちに飛び火することを恐れたことが主な理由の様です。そこへスフィールド公爵家と敵対しているエーランド公爵家が貸しを押し付けるために根回しをして、ラルフという貴族の横暴も他の貴族が犯した犯罪の容疑も全てアニーさんの仕業にして終幕という形にしたいようですな。要はアニーという女性に洗脳されていたのだからラルフという貴族は悪くはないと。従って彼に協力した我々も悪くないとね」
なんだそれは。それはアニーさんを生贄にして逃げようということか……あってはならない話だ!
アニーさんは確かに人の心を踏みにじったことは事実だろうしそれは罪だろう。でもやってもいない罪で裁かれて殺されるなんて見逃して良い話じゃない。ここでアニーさんを見捨てればあの時苦しんだ自分を見捨てるようなものだ!
それにラルフさんの罪まで背負わせることは認めることなんて出来ない! あれは死しても彼が背負うべきものだ!
「スフィールド公爵家は素直に認めて火竜へは財宝を慰謝料として渡し、ラルフという貴族の横暴には謝罪する予定だったようなんですがね。貴族にしては真っ当な連中が割と多い家ですよ。当主が変わってからは大分まとなも家になったようですよ。先代は実に貴族的な方でしたからね」
そうしてスフィールド公爵家に貸しを押し付けて自分たちの都合のいいように持っていこうというわけだ。スフィールド公爵家自体に良い感情は無いけれどだからってこれは見過ごしても良いことは何一つも無い。
「ジェイクさん……アニーの罪を赦してくださいとは言えませんが……どうか命は助けられないでしょうか?」
レイラさんが申し訳なさそうに聞いてきた。クレイスやヒューバートは苦い顔をしている。ミコトさんは……ぼくを見て微笑むだけだ。
答えなんて決まっていた。心配そうに僕を見てくるレイラさんに僕はちゃんと目を合わせて答えた。
「裁きを受けるなら正しい罰であるべきだ。だから僕はアニーさんを救おうと思う」
レイラさんはありがとうございますと言いながら泣き出してしまった。おろおろ慌てる僕を微笑ましそうに見てるんじゃないよそこ!




