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17:大元の問題はそもそもそこにある ジェイク ①

ジェイクの最後の話です。全部で四話。

長いとか言われたらごめんなさいとしか言えません。

「思ったよりも衰弱が無くて良かったです。もう大丈夫そうですね」


「ありがとうございます。ジェイクさん、本当に何と言っていいか……」


 レイラさんの体は思っていた以上に健康だった。石化毒と呪いの影響で衰弱していると思っていたのだけれど、二週間もすれば以前のように歩き回れるくらいには回復していた。これは予想に過ぎないけれど、石化していたことで体への代謝という負担が無かったことと、呪いによって状態維持されていたことの結果的な副産物だと思う……まぁ、確証はないけれど。


 あれから神殿はパニックになった。もっともそれも無理もないだろう。今まで治せなかった呪毒を治したのだから。ケートの神殿の皆さんはすぐに情報統制をしてくれたのだけれど、運悪く中央の神官が滞在していたみたいですぐに中央の神殿にバレたらしい。そのせいでこんな連中までやってくる。


「というわけでして、ジェイク様にはぜひ中央神殿までお越しにいただければいいかと……」


「前の方にも言いましたがここは病室です。そういう話をするのならお引き取り下さい」


 レイラさんがそろそろ普通の生活に戻れるかどうか見るために彼女の病室で診察しているときにまでやってくるのだ。ちなみに追い返したのはこれで二人目だ。神官なら病室での振る舞いくらい知っていろと思う。無神経な神官を追い出してレイラさんに僕は謝罪する。


「すみません、レイラさん。騒がしくしてしまって」


「気にしないでください、ジェイクさん。悪いのは中央神殿の方達ですから」


「そう言ってもらえると助かります……うん、経過は順調ですね。もう普通の生活に戻ってもいいと思います」


 レイラさんは完全に元の体に戻ったと言ってもいいね。他の患者さんも経過は良好のようだし。他の治癒師でも治療できるように呪いを可視化出来る術を作成して公開したから僕がいなくても問題はない。あの呪毒は呪いさえ解呪すれば解毒は簡単なのだから。


 レイラさんには石化した後何があったのか全てを話しておいた。レイラさんには聞く権利があると思ったから。僕とエリシアが別れたことを話した時は泣いてくれたんだよね。僕がもう終わったことだからと話し続けてようやく泣き止んでくれたっけ。優しい人だねレイラさんは。


 “女神の剣”が解散していたことにショックを受けたレイラさんは気丈にも次の日は表面的には立ち直っていた。もちろん心の中はそんな簡単には切り替えることは出来ないだろうけれど、それでも凄い人だと思う。仲間のことは気にかけながらもちゃんとこれからを前向きに考えているようだ。


 僕も完全に吹っ切れたとは言えないけれど、前よりかは前向きになれた気がする。一緒にはいないけれど、エリシアの幸せを願うことくらいは出来るのだし、こうしてエリシアの仲間を救うことは出来たのだから。ちなみにレイラさんにシェリアさんが無事に結婚したと伝えたらすごく喜んでいた。本当はシェリアさん達を呼びたいのだけれど、今神殿は外から人をを呼べるような状況じゃない。僕の情報を求めてどうやら貴族などがいろいろ手を出しているようだった。だからシェリアさんにはこちらから会いに行こうと思っている。


 人生はままならないものなのだと父さんが昔言っていたっけ。今は本当にその通りだなぁと思うよ。


「ジェイクさんはこれからどうするのでしょうか?」


「旅をしようかなと思っています。エリシアが夢見ていた冒険がどういうものか知りたいので」


「……その旅に仲間はいるのですか?」


「戦士のヒューバートにクレイスとクレイスの奥さんのミコトさんが一緒かな?」


 クレイスにはさん付けするのをやめたんだよね。クレイスはもう僕の友人だと思っているから。クレイスにそう伝えたら暑苦しいくらい喜んで抱き締めてきたっけ。ところでミコトさん……なんでそんなに息が荒かったんでしょうか?


「……ならその旅に魔術師が増えても構いませんよね?」


「え?……ええ、まぁ」


 レイラさんは荷物をまとめだすと僕に向かって笑顔でこう言ったのだ。


「不肖ながら魔術師レイラ・オールドレイ、ジェイクさんの旅に同行させてもらいます。いいですよね?」


 有無を言わせない迫力に思わず僕はうなずいていた。まぁ、レイラさんはいい人だし悪くはないかな。







「聖癒師ジェイク・エイル。すぐに王都の中央神殿まで来なさい。大神官様がお呼びだ」


 神殿が牽制したからか貴族の動きが落ち着いてきたのでここを離れることにした。いつまでもここにいても意味は無いし、僕にはやりたいことがあったから。


 ケートの神殿の皆さんに別れを告げて、仲間と一緒にこれから旅に出ようと言うときにやって来たのは中央神殿の遣いだった。しかも僕の知らない呼称に家名までついている。痩せぎすの神経質そうな遣いは落ち着きなく僕にそう告げた。


「僕はジェイクです。その聖癒師というものも良くわかりませんが、エイルなんて名前は僕にはありません」


「聖癒師は治癒師の最高峰の存在だ。中央神殿が認めなければ名乗ることすら許されない偉大なる名誉だ。そして聖癒師となったからには家名の一つも無ければ話にならん。よって以前途絶えた治癒師の名家の名を名乗ることが許可されたのだ。理解したなら早く向かえ、大神官様を待たせてはならん」


 偉そうな態度も落ち着きがないと逆に威厳が無くなるらしい。しかし、僕の了解もなく勝手にそんなことをするなんて……何の力も無かった頃の僕なら大人しく従っただろう。でも今は違う。


「畏まりました、今すぐにでもこのジェイク、向かわせてもらいます」


「ふん、すぐにしろよ」


 誰が知らない名前なんか名乗ってやるか。とりあえずうっとおしい遣いは追い払ったことだし、向こうの都合なんか知ったことか。わざわざ僕を呼びつけるということは僕に価値があるということだ。なら焦らしてやろうじゃないか。


「それでどこら辺から回っていくんだ?」


 クレイスが僕の考えを見透かしたように聞いてくる。


「依頼を受けながら王都まで行けばいいのでは?」


 ヒューバートが地図を広げながら道を確認している。


「クレイス様が行くところに私も行きますよ。それにジェイク様がいれば退屈しないで済みそうですし……じゅるり」


 なんで僕とクレイスを見ているのでしょうか?……目が蘭々としていてなんか怖いです。


「でしたらいろんな村を回りながら行きませんか? その方が遅れる言い訳にもなりそうですし。人助けを非難する神殿なんてありませんよ」


 レイラさんが提案してくれた案はいいかもしれない。途中に困っている人がいれば可能な限り助けておきたい。僕が以前困ったときにクレイスが手を貸してくれたように今度は僕が他の困った人に手を貸せるなら嬉しいのだから。


 ケートの神殿の人が教えてくれたけれど、僕の名前は伏せたままで“命を繋ぐ者”という二つ名だけを明かして残りは伏せられているらしい。しかも勝手に僕の後ろ盾になったことまで公言したのだとか。


 中央がそういうつもりならこっちだって考えがある。そういうやり方にはうんざりしているんだからな。






 ケートを出てから三か月が過ぎた。僕達は冒険者として活動しながらのんびりと移動していた。離れる前にちゃんと村に立ち寄って挨拶は済ませてある。


 シェリアさんなんかレイラさんと再会できて大泣きだったから出発が二日ほど遅れちゃったけどね。僕の家はアリアやおばさん達が手入れしてくれていたから少し泊まるくらいなら問題は無かった。もっとも修行中も何回かは村に帰ってきていたからあまり変わっていないのは知っていたけどね。必ずまた帰ってくると約束をして僕達は旅立ったのだ。


 パーティーも結成したのだけれど、名前がミコトさんの主張により“優者の行進”になった。なんでも優しく優れたる者の歩みを表現したかったとのことだ。クレイスは苦笑していたけれどね。


 旅は順調だった。神殿の遣いがたまにやってきて烈火のごとく怒りながら催促してくるけれど、助けを求める人を放っておけというのが神殿の公式な見解でしょうかと尋ねてやれば黙りこくってしまい、最近はうるさく言わなくなってきた。まぁ、神殿の評価も上がるから問題ないと思われたのだろう。今はそれでいいや。必要なのは実績なのだから。


「レイラさん、大丈夫ですか?」


 次の村までの道の途中、雨に降られてしまい近くの洞窟で立ち往生することになった。思いっきり濡れてしまったので服を乾かさないといけない。魔術師だから僕と同じようなローブを着ているせいで濡れると重いはずだ。濡れたローブが容赦なく体温を奪っていく。


「大丈夫ですけれど、このままでは風邪を引いてしまいそうですね」


 ヒューバートが火を起こしてくれたので服を乾かすことは出来そうだ。先に女性陣に乾かしてもらい僕達男性陣は外套や濡れたローブだけは脱いでおく。ふとレイラさんを見てみれば干している服に風を当てているようだ。


「何しているんですか?」


 いつもより薄着なレイラさんをあまり見ないように気を付けながら僕は訊ねた。するとレイラさんは僕に向かって風当ててきた。


「な、何を?……って暖かい?」


「本来は熱風を送って焼き尽くす呪文ですが使い方次第でこんなことも出来るんです」


 あっさりと言ってのけるレイラさんだけれど、今の僕なら分かる。それはとても大変なことなのだと。呪文なんて簡単に威力を調節できるモノじゃない。一歩間違えれば制御を失って暴走するのにレイラさんは完璧に制御している。本当に凄い魔術師なんだなぁ。


 雨は降り続けており今日はこのまま洞窟で寝ることになった。もちろん危険な生き物などがいないかは確認してあるので大丈夫。一応魔物避けの結界は張ってあるけれど人間には意味が無い。だから不寝番は必要だった。僕が最初に起きておくことになった。火を絶やさないように気を付けながら振り続ける雨を見ているとふとエリシアがどうしているか気になった。


 最後に見た顔は泣き顔でろくな会話すら出来てはいなかった。もうラルフさんと結婚してしまっているので僕にはどうしようもないし、どうするつもりもない。そのこと自体は吹っ切れたのだが、村にされた仕打ちやエリシアに何があったのかだけはそのままにしておく気はなかった。


 エリシアが今幸せならそれでいいし、もし何か困っていれば僕に出来ることならしてあげたいと思う。そんなことを考えているといつの間にか時間になったのかレイラさんが横に座って来た。


「……エリシアのことですか?」


「分かりますか?……僕ってそんなに顔に出ますかね?」


「いいえ、でもそんな気がしたんです」


 レイラさんはそう言って焚火に薪を追加した。パチパチと火が爆ぜる音が雨音に混ざってまるで音楽の様だった。


「……実はエリシアのことについて話しておかないといけないことがあります」


 レイラさんはそう言って僕を見てきた。まるで懺悔をするかのように不安に濡れた瞳は僕に赦しを求めているかのようだった。


「エリシアはおそらく洗脳に近い状態だったんだと思います。私は最初はエリシアが冒険者に馴染んできたからだと思っていました。でもいつもタイミングよくアニーがエリシアにアドバイスをしていることに気が付きました。それ自体は何の問題も無かったのですが、その後エリシアの価値観が少しずつ変わっていることに気が付きました。もっともそれに気が付いたのがあのペトリリザードと戦う直前でそのときに問いただすことも出来ず……そのあと私は石になってしまいました。石になる前に最後にアニーに踏みとどまって欲しくて何とか言葉は残しましたが……それも足りなかったようです」


 エリシアが洗脳に近い状態にあった……納得できる話だ。僕もずっと疑っていたから。でもそれがアニーさんの仕業だったなんて想像もしていなかった。どうやったのかも分からないけれど、もしそうなら僕はアニーさんを赦すことは出来ない。


「アニーを赦してほ良いと言っているわけではないのです。アニーには罰が必要ですから。ただ今アニーがどうしているかが知りたいのも事実です……今でも私にとっては仲間なので」


 それは仕方がないことだと思う。レイラさんにとってはまだ数か月前くらいの出来事なのだ。僕らとは流れた時間が違う。それを僕らに合わせろと言うのはあまりにも酷だろう。


「……それは僕がどうこう言う権利が無いので何とも言えませんが、アニーさんのことも調べてみようと思います。王都で話したい相手もいるので」


 この際使える物はなんでも使ってやろうと思う。僕が神殿にとって都合のいい英雄になるのならそれを利用させてもらう。この七年間僕はずっと思っていたことがあった。才能の大小で人生が決まってしまうこの世界で才能を知らないが故に不幸な人生を歩む人は多いはずだ。また、才能に振り回されて人生が歪んでしまった人もいるはずだ。本来ならば神殿がそういう人たちを導いていくべきなのに逆に才能を利用して人を踏みにじる手伝いをしている始末だ。


 だったら僕がその流れに一石投じてやる!


 僕が才能を知っていればエリシアもまた違う人生を歩んでいただろう。エリシアの才能が最初から分かっていればもっと違う形でサポート出来たはずだ!


 だから僕は今は多くの人を救いながら名前を売ることを目的としている。純粋に人を救っているわけではないのだから褒められたことではないけれど、今は力が必要だった。僕はレイラさんに今思っていることを伝えてみた。レイラさんは驚いたけれどどこか納得したようにうなずいた。


「その夢お手伝いさせてもらいますね。いらないって言ってもついて行きますからね」


 そう言ってレイラさんはどこか楽しそうに笑っていた。

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