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16:ある少女の結末 アニー ⑥

 あれからまたエリシアがやってきた。前回からちょうど一月後のことだった。


「アニー、元気でしたか?」


「なんとかねー」


 エリシアが来るのであたしへの食事などはまともになった。どうやらあたしの生活はエリシアに守られているらしい。


「じゃあ、今回はペトリリザードの頃から話すね」


 それにしてもエリシアはどんな気分で話を聞いているのだろうか? 怒ることなく冷静に聞いているけれど、あたしの心理術でも読み切ることは出来なかった。怒っていることは分かるのにそれを露にしようとしないのはどうしてなのか分からなかったのだ。







 ペトリリザードのことは今でも忘れられない記憶だよ。あたしが何も出来ずにレイラを石にしてしまった記憶だからね。


 あたしには手に負えなかったペトリリザードの呪毒。あの時あたしはレイラが倒れた時も治せると思っていた。だからあたしの手に負えないと分かった時は絶望したよ。またあたしは大事な人を救えずに奪われるのかって。


 シェリアも冒険者を引退したし、レイラも治療のためにケートの神殿にいることになってあたしは凄くショックだった。聖癒師なんて人じゃないと治せなかったんだからどうしようもなかったんだろうけれどね。


 レイラが石になる直前あたしが寂しがり屋だって言ったこと覚えてる?


 きっとあの時にはレイラに何か気づかれていたんだと思う。でもあたしはレイラとシェリアがいなくなったことのショックの方が大きすぎてそのことを見ないふりをしたんだ。


 あたしはそれから歯止めを失くしたんだともう。ペトリリザードを討てば英雄に成れるのは間違いなかったから、なんとしても討ち果たしたかった。レイラとシェリアの敵討ちのつもりでもあったんだ。勝手な話だけれどね。






 だから一度エリシアが敵討ちを諦めた時は内心焦っていたんだ。直接会いに行ったでしょう?


 あの時エリシアはまだ諦め切れていないってわかったよ。冒険者であることにプライドを持つように仕向けたからそうなるのも当然だよね。けれど、同時にジェイクさんのことも強く思っているっていうのも理解したんだ。


 ジェイクさんにも会ったけれど彼があたしの思っているような人じゃないことも理解できた。


 ……でもね、もう止まれなかったんだ。エリシアの想いを踏みにじってまで歩き始めた道を間違っていたから諦めますなんて出来なかった!!


 もうあたしはおかしくなっていたんだよ。


 エリシアに施した教育のおかげでエリシアはジェイクさんが折れる形で復帰したけれど、この頃から元々のエリシアの性格とあたしが誘導した性格が少しずつ反発し始めていたようで前よりも感情的になっていることが分かったんだ。あたしはそれすら利用したんだ。


 シェリアが好きな人と結婚できてよかったと思ったのは本当だよ。あの結婚式は暖かったなぁ。


 ……続けるね。


 それからはラルフに指輪で挑発させてみたり、ラルフが貴族としての教育をエリシアに施すのを手伝ったりしながらあたしは焦っていたんだ。思った以上にジェイクさんが人が出来ていたとしか言えないんだけれど、思うようにエリシアとの亀裂が入れられなかったんだ。


 ペトリリザードを倒して英雄になってもジェイクさんは変わらなかった。変わらずエリシアを愛し続けて受け止め続けたんだ。


 だからあたしはエリシアがジェイクさんから離れていくように仕向けることにしたんだ。


 だからあたしはケートの神殿での治療のための予算が削られたときに神殿が治療を続けるためにエリシアを利用したんだ。


 お金を稼ぐには貴族とかに近づけばいい。そうなればエリシアは後戻りできなくなるし、ケートの神殿にはお金を入れられる。


 ケートの神殿の皆はあたしにとっては大事なものだったから。それはエリシアよりも大事だったんだと思う。


 実を言えばこの頃にはエリシアは自分で動くようになっていたんだ。きっと貴族とかの生活が性に合っていたんじゃないかな?


 逆に言えばあたしの手を離れ始めていたということでもあるんだ。ほら、以前エリシアがジェイクさんのお酒をかってに飲んでしまってすごく落ち込んだ時があったでしょう?


 あの時が一番不安定だったと思うんだ。でも最後のころはエリシアの中で折り合いがついたのかそういう不安定さは見られなかったからね。あたしが思うにエリシアは欲張りになったんだと思う。


 初めは純粋に冒険が楽しかったんだろうけれど、有名になるにつれていい食事やお酒などに触れるようになってそれが当たり前になっていったんだろうね。まぁ、あたしがそうなるように誘導したんだけれどね。人間は一度上げた生活水準は落とせないからね。最終的にはそうなるのは分かってたよ。


 だからエリシアがラルフへ抗議したジェイクさんに怒ったときはあたしはほぼ誘導が終わったことに気が付いたよ。エリシアが自分でジェイクさんの下を離れるように切り替えたのは成功だったんだ。つまりジェイクさんよりもエリシアの方が簡単な相手だったんだよ。


 でも最後まであたしはエリシアの味方だというスタンスを守るためにジェイクさんとエリシアの仲を心配する振りをしていたんだ。そこまでしたからパーティーメンバーで住むことになった家にもエリシアは来てくれたんだよ。


 エリシアはパーティーメンバーを信用していたんじゃなくてあたしを信用していたんだ。だから実はあれはエリシアはラルフのことはどうでも良かったのだと思うよ。


 あとはエリシアが一番よく知っているんじゃないかな?


 あたしが勝手に作り上げた理想のジェイクさんと現実のジェイクさんのギャップに苦しんだエリシアはとうとう爆発したわけで、後は修復できなくなるようにしばらく会わせないようにしたわけ。この頃にはあたしの言うことは信用してくれるように……依存するまで仕上げたからね。引き離すのは簡単だったよ。


 もっともジェイクさんが出ていったのは予想外だったけれどね。


「以上、あたしの裏切りの話だよー」


「……分かりました。そういうことだったのですね。私は耳障りのいい言葉ばかり聞き入れていたのですね……」


「……私のせいだって言わないの?……あんたのせいで私は大事な人を失ったって怒っていいんだよ!?」


 あたしは堪えきれずに立ち上がってエリシアに詰め寄った。でもエリシアは首を振ったのだ……なんで!?


「……アニーのせいにすることは簡単ですが、全て最終的に私が決断したことです。だから今の現状もジェイクを失ったことも全て私の責任です」


 エリシアはハッキリと迷いのない目で言い切った。


「じゃぁあ、どうして……あたしのところへ?」


「知りたかっただけです。何が起きていたのかを。すべてを知ったうえで受け止めるために来たんです」


「あたしを赦すの?……」


「……アニーもラルフも赦す気はありませんよ。でも責任を問う気はありません。アニー、もしあなたが罪の意識があるのならそれを抱えて生きてください。私はもう自分の人生の決断を他人に任せる気も、責任を押し付ける気も無いのです」


 なにそれ……そんなこと言われたらあたしはどうすればいいわけ?……罰も無ければ赦しもないなんて……ただ罪を抱えて生きていくしかないなんて。


 あたしは何も言えなかった。エリシアは帰る前にこう言って去っていった。


「もう会うことはないでしょうがアニー、あなたも自分を見つめ直してください。まだ間に合うはずです」


 ……間に合うわけなんてないじゃん。






 それからしばらくあたしは前と同じように過ごしながらもエリシアの言葉が頭から離れなかった。そのせいか家庭教師先の家では前のように夫に都合のいい教育は出来なくなっていた。


  「先生! なんで自分で考えることが大事なの?」


「人の言いなりで生きていくのは自分への裏切りになるからでしょうか?」


 どの口が言うのやら。あたしが言ってもいい言葉なんかじゃないのは分かっているけれど、あたしが歪めかけているこの子供だけは、これ以上あたしの罪に巻き込むことは出来なくなっていたのだ。


 エリシアの赦さないけれど責任は問わないという言葉があたしの胸に刺さり続けている。きっといまのあたしをアルファルド様に見られたら失望されるんだろうなぁ。


 ライアーも呆れていると思う。せっかくライアーが忠告してくれたのに無駄になってしまったな。


 結局あたしが仲間を踏みにじって得たものは裏切りと搾取される人生だけで、何も暖かいものは残っていなかったのだ。ならばせめてこれ以上あたしが誰かの温もりを奪うことなど無いようにしたい。






 最近夫が前にも増して家にいない。使用人達も何も知らないようで屋敷が落ち着かないでいた。あたしに出来ることなんかないから大人しく部屋にいようと思って戻ろうとした時、屋敷に何人もの騎士達がいきなり押し入ってきた。


「いったい何の騒ぎなのですか!?」


 愛人がまるで女主人のように振る舞うのを気にもしないで騎士は屋敷全体に向かって大きな声を張り上げた。


「この家の主は捕まった! この家の主には様々な容疑がかかっている! 全員その場を動くな!!」


 夫はいったい何をしたのだろうか?


 混乱して動けないあたしの前に騎士がやってきてあたしの腕を捻り上げた。そして親和のピアスを取り上げたのだ。


「アニー夫人だな。あなたには洗脳及び禁忌術使用の疑いがかかっている。同行してもらおうか」


 あっという間に縛られたあたしはそのまま用意されていた檻の中に放り込まれた。檻は馬車に繋がっていてそのまま移動できるようだった。


「行くぞ!!」


 何が起こったのかもわからないままあたしは連れていかれたのだ。


 こうしてあたしは罪人になった。





 捕まった後あたしに待っていたのは厳しい取り調べだった。寝かせてなどもらえず、夫の犯したという罪について喋らされた。何も分からないのに取調官たちはあたしにはいそうですと言えと言ってくる。


 知りもしないことを白状できるわけもなく、勝手にいろいろな罪について自白したことにされた。ちなみに夫の悪事が暴かれたのは、夫が敵対する商人を暗殺しようとして失敗したことが原因らしい。なんでもその場に居合わせた“命を繋ぐ者”と呼ばれている冒険者のおかげで失敗したのだとか。夫は思ったよりも愚かだったようだ。あたしも人のことは言えないけれど。あたしの力がバレたのも夫が喋ったらしい。


 洗脳の容疑に関してはどうやって洗脳のマジックアイテムを手に入れたのか、どこへやったのかを厳しく聞かれた。親和のピアスとあたしの才能の合わせ技だと説明しても嘘をつくなと言われて殴られた。何度も説明したのにあたしが本当のことを話さないと思ったのか、取調官はいなくなって代わりに拷問官へと変わったのだ。


 何日も酷い拷問にかけられた気がする。時間の感覚が分からなくなった頃、あたしに拷問官はこう言ったのだ。


「喜べ、お前の罪が確定したぞ。洗脳と王都騒乱罪で死刑だ」


 どうしてこうなったのかは分からないけれど、あたしには罰が与えられるらしい。


 ……でもこれでいいのかもしれない。いろんなものを踏みにじった裏切り者には当然の末路なのだから。




次はジェイクで物語の決着をいったん着けます。

ここまで待たせてすみませんでした。

結果的に多くの人にストレスを与えるだけになり申し訳ありませんでした。

次回はジェイクのその後と成功の話です。

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