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9:私の勝ちなのだぁぁぁぁ!! ラルフ ⑥

 エリシアと結婚をしてから気が付けば七年の歳月が経っていた。結婚生活は満ち足りていたものだった。夫婦で冒険者活動を続け、様々な魔物を討伐し名声も栄誉も手に入れたのだ。


 “勇気の剣”は私の結婚を機に解散したので今はもうない。オイゲンとコントールは今でも冒険者を続けているだろう。友人と呼べる関係ではなかったが、気が合う仲間ではあったので元気でいるのならそれでいい。


 思えばあいつらは平民でありながらも不思議と私にとっては不快な存在ではなかった。ドライな付き合い方をしていたからというのが大きいだろうが、きっとあいつらにとっては私が貴族であることが大した意味はなかったのだろう。通常ならば許しておかないことだが……まぁ、あいつらなら許してやるとしよう。もう会うこともないだろうしな。


 エリシアとの間に一男一女を儲けたので跡取りの心配もない。一応子爵という爵位は持っているので貴族としては跡取りは必要だった。三男であるが故に公爵家を継ぐことなどできまいが、それでもそれなりの扱いをされる子爵というわけだ。これに私とエリシアの名声と栄誉があれば子爵で終わることもあるまい。今は王都にそれなりの大きさの屋敷を構えて生活をしており、エリシアと子供達にあとは侍女のマリーとエリーに料理人のグンドいった少数の使用人しかいない。多すぎても邪魔なだけなので必要な人数がいればそれで良かった。


 子育てはエリシアに一任している。乳母に育てさせることも考えたが、スフィールド公爵家では母親が育てることの方が多いせいでエリシアが自分で育てることにしたらしい。正直に言えば私は乳母任せで構わなかった。エリシアと過ごす時間を子供に取られるのは不満ではあるが、エリシアの望みであるのならば許してやるとしよう。妻に寛大であることをエリシアはきっと感謝しているだろう。


 アニーには約束通り裕福な商人を紹介してやった。その商人も優秀な癒し手の才能を持つ女性を欲していたからちょうど良かったのだ。もちろん紹介をするだけなのでそれから先は知ったことではないがね。


 それでも結婚したというのだからアニーなりに努力はしたのだろう。もはや付き合いはないがあれはあれで好きにやっていることだろう。


 エリシアは実家と再度交流を持とうとしているようなのだが、もう忘れてしまえば良いものを。あのような貧しい村のことなど汚点でしかあるまい。エリシアはもう貴族なのだ。あのような平民とは違う生き物なのだから切り捨てても許されるというのに。


 義姉がエリシアを教育した際に過去の不義理を指摘して反省を促したようだが、平民相手にそこまで考えるなど未来のスフィールド公爵家夫人としてはいかがなものだろうか。そこら辺はきっとあの兄がなんとかするだろう。目立った才能もない平民風情にそこまで温情をかける必要などないのだ。


 そう、全て問題なく私の人生は順風満帆だ。何の問題もないのだ。そう何の問題も無かったのだ……あの忌々しい目さえ無ければ。










 始まりは二年程前だったろうか。王都の近くに出現したキマイラをエリシアが一人で討伐したことがあった。キマイラは個体差によって強さが大きく違うとても危険な魔物だ。だがそれを討ち果たすことが出来たのならばそれはまごうことなき英雄の所業だ。折しも運悪く腕利きの冒険者は出払っており、騎士団も貴族の貴い血を守るために出動することが出来なかった。そこへエリシアの名声がこの英雄に成れる機会をもたらしたのだ。


 生憎とその時の私は所用で王都を離れており、そのことを知ったのは全て終わった後だった。エリシアも私が戻るまで待っていれば良かったものを。たかが平民の村が一つや二つ壊滅する程度の被害ならば放っておいても良かったのだ。貴族や王都に被害が出れば問題だが、王都の壁はキマイラがいかに強かろうと破ることは出来まい。ならばキマイラに平民を餌としてくれてやっている間に時間稼ぎも出来たのだ。結果私は英雄に成る機会を逃し、エリシアはさらに名声を上げ英雄へと至ったのだ。


「……妻の栄誉は夫の栄誉でもあるのに……なぜ私にも称賛がないのだ?」


 私がそう呟いても意味はないのだが呟かずにはいられなかった。貴族にとって妻は夫の物であるべきだ。ならば妻が得た名誉も名声も夫に帰属すべきであろう。ところがそうはならずにエリシアが王都一の剣士であるとの話まで持ち上がってきたのだ。


 私がいれば一人でもキマイラなど十分に討伐できたのだ!!


 なぜそれを理解して私に栄誉を与えようとしないのだ!


 私は胸に燻る不満を表に出さないように努めながら、栄誉を得る機会を窺っていた。少しでも可能性を求めて紳士クラブやギルドなどに顔を出していた。王都の近くにまた魔物でも出てくれればいいのだが。


「旦那様、最近お忙しいようですけれど、何かあったのでしょうか?」


 そんなある日、私が栄誉を得るために活動していることに気が付いたのだろうか? 


 家に帰った私にエリシアがそんなことを聞いてきた。エリシアを避けていたわけではないのだが、最近付き合ってやれていないのも事実だ。


 たまたま私とエリシアの予定が噛み合わなかっただけなのだ……ああ、そうだとも。


 エリシアがそれとなく聞いてきたので誤魔化しておくことにする。私は妻に嫉妬などしてはいないが、それでも貴族として男として栄誉を求めるのは当然のことなのだ。決して妻に嫉妬して避けているわけではない。


「いや、大した用事ではないよ。すまなかったね、寂しい思いをさせて。今夜は少しだけ一緒にゆっくりしないか? 良いワインを貰えたのだよ」


 ただ、そのことを素直に話すことが何故か出来なかった。話せばまるで私がエリシアに嫉妬しているように思われるのではと思うと私のプライドが耐えられなかった。もちろんそんな馬鹿な話はあり得ないの。そんな風に思っていたらエリシアが心配そうに私を見つめてくる。


 愛情深いエリシアは心配ついつい心配してしまうのだろう……ただ、なぜそのように寂しそうでいてどこか力強い目をするのだ?


 エリシアと過ごしながらもあの目が頭にこびりついて離れなかった。


 それからは何度か一緒に晩酌をしたり話をしようとエリシアは誘ってきたのだが、真剣な話をしようとするエリシアの目の力強さに耐えきれず気が付けば逃げ出すようになっていた。


 エリシアは辛抱強く何度も話し合おうとしてきたのだが、あの目で見られたくない私は少しずつエリシアを避けたり、話を途中で切り上げてそれ以上は聞かないようにしていた。


 そんな生活が一年程続いたある日、エリシアが私と話そうと遅くまで待っていたことがあった。もっとも待ちきれず寝てしまった様だが。寝ているエリシアの髪を撫でながら私は何故こうなってしまったのだろうかと考えていた。


 エリシアのことは愛している。しかし、あのどこか力強い目に見覚えがあって仕方がないのだ。しかもあの目は非常に不快に感じてしまい自分でも抑えられない。


 エリシアに非はないのだろうが……いったい私はどうしてしまったのだろうか?


 記憶を遡るように思い出していくとエリシアの寂しそうな顔が浮かんでくる。


 何故だエリシア……何故そんな顔をする?


 何不自由ない生活を送っているのだから不満に思うことなど無いはずだ。私がいつも側にいなくとも問題などあるまい。私の妻なのだから私が望むときに側にいればいいのだ。


 これではまるで私がエリシアを幸せに出来ていないようではないか!?


 私は何も間違ってなどいない!! エリシアは! エリシアは!……ジェイク君の妻でいるよりもはるかに幸せなのだ!!


 そう心が叫ぼうとしたとき、ふと脳裏にあの忌々しい目が浮かんできた。私に歯向かうように、そして哀れむようなあの忌まわしい目が。


 そうだ! あの目だ!


 不遜にも私を見てきたあの力強く決して従おうとはしない忌々しい目!


 エリシアの目を見ているとあの忌々しい目を思い出すのだ!


 気づいてしまえばもうダメだった。私はエリシアに見られることを恐れるようになり家に帰る時間もどんどん遅くなっていくようになっていった。







それからというものふとした拍子にあの忌々しい目で見られている気がするようになった。別に誰が見ているというわけでもないのだが、どこからか視線を感じる気がするのだ。


 初めのころはもしかしたらあの卑しいジェイクが私を見ているのかと思って探したがどこにもいなかった。それでも視線は消えず私を哀れむような、そして力強い目で見てくる。


 家に帰っても気が休まらず、酒場であの目を忘れるように酒を浴び、赤毛の女を乱暴に抱いた。気が付けばエリシアと上手くいかなくなってから二年の月日が流れていた。そして今に至る。



 他の女のところエ時間を潰してから家に帰ると今日はエリシアが待っていた。


「お帰りなさいませ。外は寒くありませんでしたか?」


 私のコートを受け取ろうと手を差し出してくるが、エリシアの目を見られなくなった私は視線を合わせず、返事もしないでにそのまま部屋へと向かう。


 構わないだろう……夫のすることに口を出さなければいいのだ。


 エリシア、君がそんな目で見てくることがいけないのだよ。


 君のことは愛しているが、君のあの目で見られるたびにあの卑しい平民が浮かんでくるのだ!!


 そんな私を追いかけるようにエリシアが後ろから絞り出したような声をかけてきた。


「せめて、せめて理由を教えてもらえませんか? どうして私は避けられているのかを?」


「……エリシア、君は……明日からしばらく出かける、子供達を頼む」


 私はこの状態から脱却するためにはどうしたらいいかをずっと考えていた。


 ああ……認めようではないか。私はエリシアのキマイラ討伐の功績に嫉妬していた。結局私はエリシアの功績の眩さを直視できていなかっただけなのだ。ならば私もそれに負けないくらい、いや……上回るくらいの功績を上げればきっと元のように戻れるはずだ。


 今ここでエリシアの愛にすがれば私は私ではなくなるだろう。ならばこれは神が私に与えた試練だということだ!


 あの忌々しい目も私が試練を乗り越えれば必ずや打ち砕くことも出来よう。私はエリシアの功績に嫉妬したのであってあの目に負けているわけではないのだから。







 次の日、朝早く無理矢理従者を連れて出発した私は馬を飛ばしていた。目的地はここから馬を飛ばせば三日ほどで着く古城だ。そこには昔から火竜が住み着いているという話だ。火竜は自らの財宝を守るために住処を動かず、何もしなければ問題がない相手と言われている。ならば今もまだそこにいるだろう。


 今まで誰も討伐に成功していない存在だ。討ち損ねればマズいかもしれないが失敗しなければいい。私にはエリシア以上の功績が必要なのだ。ならば多少の無茶はせざるを得ないだろう。


 従者は伝説の生き証人になってもらうつもりだ。不安そうだが問題はない、これは上手くいく。必ずきっとだ!


 途中休憩のために立ち寄った町でおかしな噂を聞いた。ペトリリザードの毒で石になった者たちが治ったというのだ。馬鹿な! 今まで多くの者が挑んで敗れていった毒だぞ!?


 聞くところによると、命を繋ぐ者と呼ばれる治癒師が呪いを解き毒を癒したらしい。全くもって不快な話だ。これから私が伝説を作る前に先に話題に上がるとはな。私は何故かこの話題に苛立ちながらも私は無視できないでいた。思い出すのだこの話題を聞けば聞くほど。あの忌まわしい男を。



 ああ、まただ……あの忌々しい目がこちらを見ている気がする。







 町を出てしばらくすると古城が見えてきた。従者は強行軍で息も絶え絶えだが大丈夫だろう。私はしばし休むと古城へと向かっていく。


「お、お待ちください」


 おっかなびっくり追いかけてくる従者を無視して私は古城を進んでいく。しばらく進むとそこには一匹の赤い竜がいた。


 大きな牙に何も通さないであろう鱗、そして鋭く尖った爪が光っていた。


「……何用だ、人よ」


 トカゲが偉そうに尋ねてくる。ふん、一応口はきけるらしい。


「我が栄誉のためにその首貰いに来た。潔くその首を差し出すといい」


「……冗談にしてはつまらず、本気にしては無力な者よ。見逃してやるから立ち去るといい」


「竜は冗談も上手いらしい。これは我が英雄譚の幕開けだ! お前が強いというのならば口ではなくその力を示せ!」


「……良かろう」


 火竜がそう言った瞬間凄まじい熱さの風が通り過ぎて行った。いや、それは風なんかではなかったのだ……竜のブレス……そう言われているものだったのだ。


 顔が焼けるように熱い!


 のたうち回りながらブレスが吹き抜けていった場所を見ればそこは綺麗に溶けていた。確かあそこには従者がいたはずだが……。


 何とか立ち上がり剣を構えるが顔の痛みで集中出来そうにない。気が付けばすぐそばに竜の爪が迫っていた。


「グァァッ!!」


 何とかかわそうとしたがかわし切れずに右腕がかすってしまった。それだけなのに私の腕はあっけないくらい簡単に千切れて飛んで行ってしまう。


 剣ごと腕を持っていかれた私にはもう立ち向かう術がなかった。竜はまるでつまらないモノを見るかのように私を見た後、哀れみの目をしていた。


 ……私はこの目も知っている……私を哀れむように……見下すように……つまらないモノを見る目を向けてきた……そうだ……ジェイクだ。


 ジェイクもこんな目で見てきたことがある……私に従わないという反抗の意を込めた力強い目と、愚かなものを見るような哀れみの目。


 ふざけるな……ふざけるな!!


 またか!? また私をそのような目で見るのか!!


 たかが平民の分際で! 私を見下すなぁぁぁぁ!!


 おのれぇぇぇl!! ジェイクゥゥゥゥゥ!!


 (ジェイク)に殴りかかろうとしたその瞬間、何かに弾き飛ばされた。そしてそのまま私の周りが光り始める。


「な、なにを!?」


「もうよい、近くの町まで送るが故にそのまま帰れ。そなたでは届かんよ高みにはな」


 目も眩むような光に包まれた後、気が付けば最後に立ち寄った町にいた。いきなり現れた私に驚いているのか平民どもがざわついている。


「ちょっとあんた! 凄いケガじゃないか!」


 平民が馴れ馴れしく近づいてきて私に触れようとしてくる。振り払おうとしたけれど足に力が入らずに崩れ落ちてしまった。だんだんと意識が遠ざかる中、あの忌々しい目が私を見下ろしていた。

 





 ここはどこだ? 誰かが私のそばでうるさく話している。ああ、痛い。焼けるような痛みが全身に走っている。まだあの忌々しい目が私を見下ろしている。


 おのれジェイクめ!

  

 私は貴様などに負けてはいない! 貴様などに負けることなど有り得ないのだ! たかが平民の分際で、私に歯向かうなど赦されないのだ! 


 だからその目をやめろと言っているのだジェイク!! 私をバカにするな!私は貴族なんだ! 私を見るなぁぁぁぁぁ!!


 私は! 私は! 貴様などに負けた訳ではぁぁぁぁぁ!!!!


 忌々しいあの目を抉ろうと伸ばした手は届かず、そのまま私の意識は遠ざかっていく。


 あぁ、どこからか声が聞こえてくる……。


 ――奥様の名声に嫉妬しての無謀な行動だったそうですよ。


 ――まったく迷惑なことをしてくれたものだ。


 ――しかし、公爵家の方ともあろう人が自滅とは。


 ――ああ、なんと無様な最期でしょうか。


 ……私は……。

◆ラルフ(27歳)

※血統に左右されない才能に限り(剣術除く)


全才能:平均55/75

剣術:80/80


ラルフはある意味万能ですが、究極の器用貧乏でもあります。



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