5:彼女は過ぎたものだ ラルフ ②
お待たせしました。
いつも誤字報告ありがとうございます。
アニーとの契約をしてからしばらく経った。あれから私はたまにエリシア達と依頼を受けたりしながら少しずつ接触をするようにしている。まずは知り合いから始め、今はそれなりに親しい仲にはなれただろう。
以前、止めを刺し損ねていたオーガに私が襲われた時にエリシアが助けてくれたが、あれはとても感動したものだ。夫の危機を妻が救う、なんとも美しい話ではないか。流石は私のエリシアだ、そこまで私を思ってくれていると思うと今すぐにでもあの卑しい村人の下から解放したくなってくる。
しかし、残念ながら未だにエリシアは私の愛には気が付いていないし、私への思いにも自覚が無いようだ。アニーが何とかすると言っていたが、何の効果も現れてはいない。いったいどういうことだ。
「それでアニー、そろそろいい加減何らかの成果を見せて欲しいのだが?」
「んっふー、そうだねー。そろそろいいかな?」
何の進展も見られないので痺れを切らした私はアニーを愛用しているレストランへと呼び出した。呼び出されたアニーは図々しくも食事を要求してきたので報告次第だと言って先に話させる。
「次、一緒に依頼を受けることがあったらエリシアにこの前のお礼をさせて欲しいって言ってみてよー。もしそれで断られても私が上手く運ぶから」
確かに以前オーガの不意打ちから助けてもらった際にお礼をしたいと言っておいた。なるほどそれを利用するのか。しかし、何を贈ればいいか悩むな。
「贈り物はマジックアイテムがいいよー。それも装飾品のやつ」
「……何故だ? 理由があるんだろうな」
「もっちろーん! だってマジックアイテムっていう逃げ道があればエリシアを誘導するのは難しくないからね。それに自分の奥さんが他の男性から贈られた装飾品なんて着けていたら誰だって怒り狂うよー。そうすればエリシアとの間に必ず小さなヒビが入るからね。どんなに小さくてもヒビはヒビだから、それを広げるのは難しくないしね。あと、自分の贈った贈り物を付けていると思うとエリシアがラルフ様の物になった気がしない?」
なるほど、それは悪くない手だな。しかし、私が贈った物を身に着けているエリシアか……悪くはないな。あのつまらない村人なんかでは贈ることの出来ない物を贈ってやろう。それを見て自らの小ささに震えると思うと胸が空くようだ。
しかし、それだとエリシアは夫以外の男から物をもらうような女だということになるが……そんな女だというのか?
「もしかしてエリシアの貞操観念を疑っている? だったらその心配はいらないよ。エリシアは貞操観念はしっかりしているからねー。だから冒険に使う必要な道具っていうのと命を救ったお礼っていう二つのちゃんとした理由が必要なんだよー。どちらかが欠けていたら誘導も無理だったかもしれないくらいエリシアはしっかりしているよ。エリシアにいろいろ吹き込んでおいたからねー。だから大丈夫、それに心配なら結婚した後に再教育しなおせばいいのさ。どうせ貴族として教育するんでしょー?」
なるほど、そういうことか。先に理由付けをしておいてから実行に移すということか。まぁいい、物は試しだ。まずはやってみるとするか……まだ始まったばかりなのだ。焦らずゆっくり行くことを忘れてしまってはもったいないからな。
ちなみに遊びのようなモノだがエリシアを手に入れる一環として、以前コントールが呟いた“赤雷の剣姫”の二つ名の噂を広めさせることにした。私の従者をやっている者に命じて適当な冒険者にその噂を吹き込ませる。後はそれを繰り返せば自然と定着していくだろう。
こういう二つ名が広がるような冒険者は優秀なことが前提だ。やがて冒険者の間だけでなく、商人や貴族にもその名が伝わり始めれば冒険者を辞めることも出来なくなっていくだろう。いずれ私の物であることを皆が知るとして、万が一にでも逃がすことのないように外堀は埋めさせてもらう。
エリシアの夫という分不相応な立場にいる卑しい村人……ジェイク。こいつには必ず報いを受けさせねばならない。しかし、まずはエリシアをこの手に収めることが先決だ。
ワイバーンが出たという緊急依頼が出たために私達“勇気の盾”はエリシア達“女神の剣”と一緒に依頼を受けることにした。オイゲンやコントールはギルドへ恩が売れるから問題ないと言っていたから大丈夫だろう。こいつらと私は不思議と気が合った。お互いに不要に干渉にしないというのも良かったのかもしれない。
ワイバーンは問題なく退治することが出来た。しかし、エリシアに以前助けてもらったお礼がしたいから二人で買い物に行かないかと誘ってみたら断られてしまった。やはりそういうところはしっかりしているようだった。もっともアニーが私と買いに行くからそれを受け取ればいいと誘導し始めると、素直に受け取ることを約束してくれたのだが……もしやアニーはそういう洗脳系の道具でも使っているのだろうか?
ああいったものは神殿が厳しく管理しているからそれは有り得ないと思うが。ましてやそんな才能など聞いたこともない。どうやってエリシアを誘導しているかは不明だが、それが私に向かなければ問題はあるまい。しかし、今後は一応気を付けておくとするか。
もちろんエリシアに贈る物はアニーと一緒に買いに行ったりなどしてはいない。あらかじめそれなりに良いものを用意してあるのだ。
ネックレスタイプの防護のタリスマンだ。指輪はまだ受け取ることは流石に無いだろう。しかし、それ以外で目立つものとなるとピアスやネックレスだろう。腕輪も考えたが、剣士であれば腕に装飾品を着けるのを嫌がるかもしれない。ならばネックレスタイプで今は我慢しておくしかあるまい。
私は家に帰ろうとしているエリシアに声をかけて呼び止めた。
「エリシア、少しいいか?」
「はい、どうかしましたか?」
以前の礼ということで防護のタリスマンをエリシアに渡すとエリシアは驚いた後困ったように渋り始めた。エリシアに似合うだろうと美しい金の装飾が見事な物にしたのだ。中央に埋め込まれた青い宝玉はなかなか手に入らない逸品だ。エリシアの夫では到底買うことなどできない品だ……だというのになぜ渋る!?
「にひひ、うまく渡せたー?……ってあれ? なんかあった?」
私とエリシアの様子を見に来たアニーがやって来たようだ。しかし、アニーが根回しをしているにも関わらずまだ渋るか。いい、実にいいぞ、こうでなくてはな。簡単に物に目が眩むような尻の軽い女などエリシアではないのだからな。
アニーがエリシアへ問題がないことを説明し始めたが、それにしてもよくここまで口が回るものだ。装飾品だがマジックアイテムだから装飾品としての意味など無いなどと言う一見筋が通っていそうで全く通っていない説明には呆れより感心したくらいだ。
ましてや依頼中だけ着けておくなどという要は夫に見せない方法まで提示しているのだからな。おかしなことを言っているのは分かるのだが、不思議と筋が通っている様に聞こえるのだから奇妙なものだ。結局エリシアは受け取ったので問題はないが、確かにアニーの誘導によって上手く進んだと言ってもいいだろう。
「まずはこれでいいんだよ。ま、ゆっくり行こうよ」
そう言って笑うアニーが少し不気味だった。
ある日、私が冒険者ギルドに入ると何やら騒がしかった。聞けば初心者冒険者がギルドの忠告も聞かずに危険だと言われている地区へ行ってしまい大怪我をして帰って来たらしい。その地区には今トレントがいるのだが、討伐依頼が出ていてまだ達成されていなかった。怪我の具合は酷く長くは保たないだろうとのことだ。
どうやらその初心者はトレントを倒して名を上げようとしたようだった。依頼を受けたわけでもないので無駄な行為でしかないのだが、功を焦ったらしい。まったくもって愚かなことだ。
私はその話を聞いて幼い頃のことを思い出していた。
昔、父と客人が応接間で話しているのを偶然聞いてしまったことがあった。たまたま通りがかっただけだったのだが、その時聞こえてきた話に興味が湧いたのだ。
「それにしてもラブレ男爵は愚かなことをしたものだ。無理な投資に手を出して借金が嵩み過ぎて自殺するなど……」
「元々金に困っているようだったから賭けに出たのだろが、結果は自滅だ」
当時はすぐには分からなかったが、後から調べてみたら簡単な話だった。ラブレ男爵という人物がより良い地位を得ようといろいろと工作をしたが上手くいかずに借金を抱えてしまった。それを何とかしようと賭けでしかない投資に手を出して破産したという下らない末路の話だ。
父は成り上がろうとするラブレ男爵のやり方があまりに露骨かつ醜い方法だったので潰すつもりだったようだが、結果はラブレ男爵の自滅。これでは無様すぎて嗤う気にもならないだろう。
事実、私はラブレ男爵の自滅には嫌悪感すら感じた。高名な剣士に剣で戦って敗れた結果死が待つのならそれは受け入れよう。高位な者同士謀略で争って敗れた結果恥をさらすのも受け入れよう。
何故ならばそれは私が貴族として戦った結果であり、相手が優れていたことの証明だからだ。もちろん使える手は全て使うし、利用できるものは全て利用する。その上で私を上回る者などそうはいないのだからそれは納得せざるを得ないだろう。
大事なのは勝利や敗北ではない、名声や名誉なのだ。だからそれらを守るためなら私は敗北すら受け入れよう。貴い者と争うということはそれだけで名誉なのだから。
それぐらい私は優れていて選ばれた者なのだ。もっともエリシアのように私より剣に優れている者だっているだろう。だが、そんな妻を持つことになる私の名声や名誉もまた確実なものになるということだ。どんな最後であれ培った名を汚すような死に方は許容できるわけがない。
だから今回のようにエリシアを手に入れるのは結果の分かり切ったゲームのようなものだ。私が平民に負けることなど有り得ない。なので今回は過程を楽しませてもらうことを重視している。
それにしても自滅としか言いようのないその愚かな冒険者は所詮その程度の存在だったということだ。自滅などという私には決して受け入れられない最期を迎えた愚か者の話を背に私はギルドを後にした。
アニーの手腕は確かだった。エリシアは少しずつ冒険者の流儀を覚え、以前の何も知らない田舎娘から一人の冒険者へと変わっていった。酒を覚え、男どもをあしらうことを覚え、最近は猥談もある程度はこなせるようになっていた。
なるほど、エリシアは学習能力が高いのかもしれない。ならば貴族として教育を施せばすぐに馴染むことだろう。私の妻に相応しい性質の女性だ。外堀を埋めておくために以前から流させていた噂もそろそろいい感じで広がってきている。
エリシアには私がふさわしいと思っている冒険者連中が勝手に噂してくれているだけだがね。私がしたのはエリシアにはただの村人の夫がいるという話をしただけだ。これで彼らは勝手に憤り噂を流してくれるのだからありがたいことだ。
そんな日々を過ごしていたある日、私達は“勇気の盾”と“女神の剣”と他数組のパーティーと一緒にウッドタートルという魔物を討伐する依頼を受けていた。依頼自体は大したこともなく終わったのだが、その後恐ろしい化け物が現れたのだ。
黒い体躯にトカゲのような見た目の恐ろしい化け物はあっという間に数人の冒険者を殺してしまい、毒のブレスで次々と数人の冒険者を石に変えてしまった。
エリシアの仲間のレイラが身を挺してエリシア達を庇った様だがその後は身動き一つしない。その後皆で化け物に襲いかかったがまともに戦えていてのはエリシアだけだった。
一度絶体絶命の危機に陥ったエリシアに逃げろと叫んだが何の意味もなかった。エリシアが迫りくる死の恐怖を前にその眼に諦めの色が浮かんだのは無理もないだろう。それぐらい恐ろしい化け物だったのだ。しかし、エリシアの仲間のシェリアのおかげで危機を免れたのは幸いだった。シェリアをよくやったと褒めてやってもいいくらいだ。
何とか撃退には成功したが、エリシア達は多くの犠牲を払った。魔術師のレイラが石になり、戦士のシェリアが引退を余儀なくされた。“女神の剣”は解散することとなったのだ。
しかし、この私が大した役に立っていないということを認められるだろうか? これが貴い者に負けたのならば受け入れられる。しかし、相手は魔物だ。このまま魔物にコケにされたままでいいのだろうか?……いや、そんなことは許しておけない。必ずどんな手を使ってでもあの魔物を殺そう。私を嗤った報いを受けさせるのだ。そのためにはエリシアが必要だ。
それにしてもこれはチャンスではないか? エリシアの性格ならばこのまま仲間の仇を討たない等という可能性は低いと考えられる。ならばエリシアが頼ってきた時に私と共にパーティーを組むように仕向ければより一緒にいられることになる。
幸いオイゲンもコントールも怪我はなかった。私はこの考えを二人に伝えることにした。エリシアを妻に迎えたいということも含めて。二人はあの化け物を追うことには反対しなかった。あの化け物を倒せばかなりの収入が見込めるのが理由だそうだ。
エリシアの件は二人共私の邪魔はしないが協力もしないという方針を伝えてきた。どちらにも肩入れする気はないらしい。それならそれで構わなかった。邪魔さえしなければそれでいいのだ。アニーも一緒に引き込めば更にエリシアを私の物にするための準備もはかどるだろう。
幸いなことにエリシアからパーティー結成の話を持ってきてくれたから手間が省けた。これからのことを考えて私は心が躍っていた。本格的にエリシアをこの手に収めることができるのだと。
しかし、その後意外な報せがもたらされた。エリシアがあの化け物を追うことを断念したという報せだった。




