5:私と旦那様
ゴブリンキングを倒した私達はケートへと無事帰ってこれた。
と言っても亡くなった人もいるので手放しで喜べないけれど。
「エリシアは今日はどうすんの?」
今日の報酬を受け取った後アニーが声をかけてきた。
予想外の危険な目にあったのでギルドが報酬を増やしてくれたみたい。見てみたら銀貨が七枚入っていてびっくり。
これなら何かジェイクにお土産買って帰ろうかな。
「ジェイクにお土産買って帰りたいから、買い物かな?」
「なるほど、私も一緒に行っていい?」
アニーも何か買いたいのがあるのかな? それならシェリアやレイラも誘ってみようかな?
「あたしは呑みに行くからパスしとくよ」
シェリアは酒場に行くのか。ちょっと残念。
「私は大丈夫ですよ」
レイラは大丈夫みたい、なら三人で行こうかな。
何がいいかな? ジェイクってあまり欲しいもの言わないから何を買えばいいか迷うなぁ。
「それでエリシアは何を買うわけ?」
アニーにそう聞かれてもまだ決めていないとしか言えないよ。
「ジェイクさんはどういうのが好きなんですか?」
「うーん」
お茶を淹れるのは好きだけどジェイクの薬草茶の方が美味しいし、薬草茶はジェイクが作るからなぁ。そう言えばポットが古かったなぁ。
「ティーポットとかどこで買えばいいのかな?」
「それなら私知ってるよ」
アニーがお店を知っているみたい。
「アニーはケート出身ですか?」
「そうだよー」
レイラの質問にアニーが笑顔で答えた。へー、アニーはケート出身なんだ。それならいろいろ聞けるかも。
「ここが一番良いティーポットを置いているかな? もちろん手が届く範囲内のだけどね」
「可愛らしい外観のお店ですね」
レイラの言う通りレンガ調の壁に赤い屋根が可愛い。なんかオシャレなお店で村には無いからちょっと緊張しちゃう。
「行くよー」
アニーがさっさと入って行ってしまった。ええと、入ってみようかな。
「わぁ~、このカップ可愛い」
「これも可愛いですよ、猫の絵のお皿ですよ」
私とレイラは店内の可愛い食器に夢中になって見てしまっている。だってこんなに可愛いんだよ? これは買うしかないよね?
「おーい、目的忘れてない?」
「「あっ!」」
……忘れていました。
ジェイクが好きなのは可愛いよりも使い勝手のいいモノだからどれにすればいいのかな?
「分からないならお店の人に聞いてみたらー?」
アニーの言う通りだね。こういうのは分かる人に聞けばいいんだ。
「すみませーん」
アニーのアドバイス通り聞いてみたらおススメのティーポットを教えてもらえて助かっちゃった。レイラも気に入ったカップを見つけたみたいで買っていた。
でもレイラ、さっき猫可愛いって言っていたのに何で牛のカップ買ってるの?
「ありがとうね、アニー」
「いやいや、気にしない気にしない」
アニーって結構頼りになるんだね。困ったときはアドバイス聞いてみようかな?
「私からもお礼を申し上げますね」
「レイラは硬いなー。ま、いいけれどね。どういたしまして」
さて、お土産も用意したしシェリアの所へ行ってみようかな?
「それいいね。一緒にご飯食べたいー」
「賛成です。そうしましょうか」
それじゃ、シェリアのいるお店へ出発!
「それでね、アニーが結構頼りになるんだ」
家に帰った私はジェイクにゴブリンキングを倒したことを話した。ジェイクはビックリしていたけれど怪我がないと分かると安心してくれたみたい。
それもそうだよね。最初は安全な依頼だって聞いていたんだから当たり前だよね。
やっぱり冒険者やめてって言われるかなって思ったけれどジェイクはそれは言い出さなかった。約束を守ってくれようとする旦那様が大好き。
というわけで今日は私が夕飯を作ることにしました。なのでジェイクには休んでいてもらうつもりです。
「ありがとうエリシア」
と言いつつも休まずに取り込んだ洗濯物を片付けているジェイクがいるのですが、なかなか休んでくれないなぁ。
「ジェイク休んでいいんだよ? 疲れているでしょ? 最近私がいないから家事は全部ジェイクがやっているわけだし」
「それを言ったらエリシアは依頼で疲れているでしょ?」
むぅ、手強い。これは言い合うよりもお互いに頑張って早く終わらせたほうが良いみたいだね。
今日はジェイクの好きなイモのスープを作ろうかな。それにパンで十分かな、夕飯だからこんなものでしょ。
「イモ、イモ、イモー」
鼻歌を歌いながら料理をしていると洗濯物が終わったのかな? ジェイクがやって来た。
「エリシア楽しそうだね」
「うん、愛する旦那様に食べてもらえるから嬉しいに決まってるよ」
冒険者もやめたくないから毎回は作れないけど、出来る限り作ってあげたいんだよね。ジェイクが美味しそうに食べてくれるのを見るのが好きなんだ。
出来上がったスープをよそってパンを食卓に並べる。
窓から差し込む夕日が家を赤く染めていく。綺麗な夕日だからかな? 照らされたジェイクが眩しそうに眼を細める。それがとても優しそうな顔に見えて私の胸が鳴った。
大好きな旦那様。
私の我がままを聞いてくれるだけじゃなくて支えてもくれる優しい人。
きっと寂しい思いもさせてしまっているかもしれない。
それでも私は冒険者の夢を諦めたくはないんだ。
だからせめて約束の時まで頑張らせてください。
愛する……あなた。
「どうかしたの?」
見つめられていることに気が付いたのか不思議そうな顔をしてる。
「大好きだなぁって思ってただけだよ」
「なんか恥ずかしいよ」
それは我慢してください。私の大事なエネルギー源なので。
明日、またケートで依頼を受けるので今日は一日ゆっくりジェイクと過ごすことにします。といってもジェイクはお仕事があるし、私も久々に家事がしたいな。
洗濯物を洗いながら鼻歌が自然と出てくる。ジェイクは鍋や鍬などを修理したり作ったりする村の鍛冶師だから服も汚れちゃう。だからこうして洗っていって綺麗になっていくのが楽しくてしょうがない。
だってやっぱり綺麗な服を着てほしいし、ジェイクのために何か出来ているっていうのがより実感できるから好きなんだよね。
「いい天気だし乾きそう」
空は青く流れる雲が少しだけ太陽を隠す。そんな雲から逃げるように顔を出した太陽の光が差し込んできて、私と洗濯物を照らした。
「そろそろお昼かな、ジェイクは忙しそうだし簡単なものにしようかな」
確かパンはまだあったはず。燻製肉も残っていたはずだからそれを挟んでしまえば手軽に食べられるよね?
ちゃっちゃと準備を済ませて仕事場へ持っていく。ジェイクの仕事場から槌が金属を叩く甲高い音が聞こえてくる。
中に入るとむわっとした熱が出迎えてくる。ジェイクはよくこんな場所で仕事できるなぁ。今は春だと言っても熱いよ? ここ。
「ジェイクー、お昼だよ」
声をかけてみたけれど聞こえていないみたい。それにしても何を作っているんだろう?
覗き込んでみると打たれているのは私の剣だった。
「あれ? なんかあったの?」
息がジェイクにかかるまで近づいてようやく気付いてくれたみたい。すごい集中力だけれどちょっと寂しいよ?
「ああ、エリシア。もしかしてもうお昼?」
私が持っているパンに気が付いて、もうお昼だって思い出したみたい。
「そうだよ、はいお昼のおやつ」
本当は一日二食でいいんだけれどジェイクみたいに体を使う人はおやつを食べないとお腹が空いちゃうんだよね。
「うん、美味しい。ありがとうエリシア」
「どういたしまして。それでどうしたの? 私の剣になんかあったの?」
私が首をかしげるとジェイクは恥ずかしそう笑った。
「いや、メンテナンスしようと思ったら結構ガタが来ていたから少し調整しなおしていたんだ。今日の仕事は終わってるから時間もあったし」
そうだったんだ。うぅ、持ち主の私が気付いていないのはまずいよね。今度からちゃんと剣の状態も見れるようにしないと。
「そうだ、ジェイク。私に手入れの仕方教えてよ」
「僕が!?」
そうです。ジェイク、あなたが旦那様がいいのです。
「僕は職人と名乗るのもおこがましいレベルなんだけど……」
確かに剣とかを作る人からしたらまだまだかもしれないけれど、ジェイクくらいの腕の人はいっぱいいると思う。ジェイクは自己評価が低いんだから。
「旦那様に手取り足取り教えてほしんだけれど?……ダメ?」
くらえ! 必殺おねだり視線。
顔を覗き込むようにして近づけるとジェイクは顔を逸らしながら分かったよって承諾してくれた。顔を真っ赤にして可愛いなぁ。もう何度もお互いの恥ずかしい姿を知っているくせにこういうのはまだ慣れないみたい。
「やるからにはちゃんとやるからね」
「はーい」
こういうイチャイチャも悪くないよね?
「あ、お姉ちゃん」
午後からのんびりと家の周りを掃除をしていると妹のアリアが近づいてきた。私と同じ赤い髪が特徴の可愛い妹。
大きな籠を持っていて中には野菜とか入っている。
「今日はいるんだね」
なんかジトっとした目で見てくるんだけれどなんなのさ?
「いるけれどそれが?」
「だって最近いないことがあるでしょう。お義兄さん一人で寂しそうだし……」
それを言われるとつらいものがあるんだよね。ジェイクに甘えているのは分かっているんだけれど、せっかくのチャンスは逃したくはない。
なんとか勇気をだして一歩踏み出してみたんだから、そう簡単に諦めることなんて出来そうにない。
「それは分かっているんだけれどね」
「そんなに冒険者って良いものなの?」
アリアの顔に分かりませんって書いてある。それはそうだよね、今でこそそれなりに仕事の一つとして認識されているけれど、昔は半端者が名乗る職業だったらしいから。
今は領主様や国が手を出しにくい魔物の間引きとか、貴重な素材を集めたりするいろいろな仕事の代行者としての役割が認められているからちゃんとした職業なんだけれど。
ギルドが出来てキチンと管理されるようになってからはより信頼され始めているらしいから、今では偏見は減ってきたんだけどこういう田舎の村ではまだそういう目で見てくる人もいるみたい。
実際、冒険者のみで生きていける人は一握りだから安定はしていないんだけどね。
「私は好きだよ。依頼とかで冒険するのが楽しいんだ」
「それはお義兄さんと過ごすことより大事なことなの?」
「どちらが大事とかそういう話じゃないよ。ジェイクと話し合って決めたことだから」
「二人で話し合ったんならそれでいいけれど……あまり家を空けないでよね?」
「んー、頑張ってみます」
依頼次第だけれど家には帰るようにしないとね。アリアに感謝しないと。
「それじゃまたね、お姉ちゃん」
「じゃあね」
アリアに手を振って家に戻ろうとしたとき
「ごめーん、この野菜お裾分けに来たんだった!」
おいおい妹よ、忘れないでよね?
「じゃあ、行ってきます」
またケートに行って冒険者として活動しに行く。なんか出稼ぎに行くみたい。
「気を付けてね。パーティーの皆さんによろしくね」
見送りをしてくれるジェイクの頬にキスをする。
「エ、エリシア!?」
「ちゃんと帰ってくるから……続きは帰ってから」
恥ずかしいけれどこれくらいはサービスしてあげたい。
我ながら恥ずかしいことをしたなと思って、顔が赤くなっているのが分かった。
帰ったらジェイクと……
いけない、いけない。気を取りなおしてしっかりしないと。
ペンテ爺さんに乗せてもらってケートへと向かう。
遠ざかっていく村を見ながら自分の帰ってくる場所をしっかりと見ておく。
さぁ、ここからは冒険者エリシアの時間だ!