4:紅茶も飲めない平民などに ラルフ ①
ラルフ編開始です。
これから何話か気持ち悪い男が出るかもしれませんのでお口直しの準備をm(__)m
彼女を初めて見た瞬間恋に落ちた。そう言っても過言ではないだろう。
それは私が冒険者として活動を始めて三年が経ったある日のことだった。辺境の領街ケートの近くでゴブリンが繁殖しており、最悪ゴブリンキングが発生しているかもしれないという依頼だった。
このケートという街は辺境に位置しており、ある特殊な事情を持っていた。不思議なことにいろいろな魔物が生息しているのだ。それこそ足を伸ばせば高ランクの魔物に出会うことだってありえる。たまたまそういう特徴を持ったが故に、冒険者がいろいろな経験を積むために集まってくる駆け出しの街、それがケートだった。
その頃はもう高ランク冒険者への道が見えるくらいには活躍していた私は、当然その依頼で戦力として数えられていた。たかがゴブリン如き大した相手ではないが、ゴブリンキングは少々話が違う。
中堅の冒険者でも一人で戦うのは無理がある相手だ。だから他の冒険者と一緒に倒すことになっていた。ならば私が主力となってゴブリンキングを葬る栄誉を得るとしよう。そう考えていたのだが、それは予想外の事態で叶わなくなった。
ゴブリンキングが仲間のゴブリンを囮にして逃げ出したのだ。しかも運の悪いことに、討ち漏らしを掃討するために集められていた初心者の方へと向かって行ったのだ。運の悪い連中だが仕方があるまい、助けようとしても間に合わないだろう。仲間のオイゲンやコントールもそれを分かっているのだろう。私がこのまま初心者達が殺されるであろうと想像した時、彼女はそこにいた。
美しい赤い髪に生命力に満ちた瞳。整った顔はどこぞの貴族の令嬢だと言われても驚かなかった。ゴブリンキングをなまくらで斬りつける姿が美しかった。あのように剣を美しく振るう女性が持つにはふさわしくないゴミのようななまくら。金が無かったのか、あんなものしか買えなかったというのだろうか?
仲間であろう女性達と見事な連携を見せながら戦う姿は美しかった。気が付けばゴブリンキングは地に伏していた。何ということだろう、初心者がゴブリンキングを倒してしまったのだ。
しかし、一番きわどい戦い方をなんなくこなしていた赤毛の彼女はそんな凄い事実に気が付いていないのか、仲間と一緒にゴブリンキングを打倒した喜びを分かち合っていた。
見惚れるとはこういうことを言うのだろうか、私は彼女から視線を外すことが出来なかった。赤く燃えるような髪も、美しい顔も全てが魅力的だった。剣の才能もきっと凄まじいモノを秘めているに違いない。私がそう考えていると、仲間のオイゲンが心配のあまり少しキツイ言い方で注意しに行ってしまった。
ちょうどいい、これで話しかける口実が出来たのだから。私はオイゲンをなだめる様に話しかけた。
「少し落ち着いた方が良い。それにあれは逃げていた方がかえって危険だった。彼女らの判断は仕方ないものだよ」
自分たちの成果を認められて嫌な人間はいない。思った通り彼女を含んだパーティーメンバーは嬉しそうにしている。これで第一印象は問題ないだろう、まずは知り合わなければな。
「すまなかった、私はラルフ・スフィールドという者だ。彼はオイゲンといって私のパーティーの戦士をやってくれている」
自己紹介をすると魔術師の女性と戦士風の女性は何かに気が付いたようにピクリと反応をした。貴族であることに気が付いたようだ。彼女はピンと来なかったようで何の反応もない。まぁ、いい……分からないのなら分かるようにすればいいだけの話だ。
その日は向こうの名前を聞くこともせずその場を離れた。どうせケートにいるのだ。ギルドで会うこともある筈だ。より距離を縮めるのはそれからでもいい。
ケートに戻ると私はお目付け役として付けられた家令のフォルドに命じて秘密裏にあの女性のことを調べさせた。すると彼女の名はエリシアというらしく、近くの村から冒険者になる夢を持ってこの領都ケートまで出てきたのだそうだ。運の悪いことに既婚者らしく、夫婦仲も特に問題が無いようだ。
忌々しい話だ。あんなに素晴らしい女性が平民だということは不幸でしかないが、結婚しているというのは彼女の唯一にして最大の過ちだと言っても構わないだろう。私の妻になる女性が平民の妻などであって良い筈がない。
しかし、貴族といえど命令して離婚させることは流石に無理だ。神殿を敵に回しても碌な目に合わないのだから。そんなことをすれば父にもうるさく言われるに違いないだろう。貴族の当主としての責任でしか私を見てこなかったあの父にこれ以上干渉されるのは好ましくない。
私は如何にして彼女を平民の夫から解放し、私の妻にするか考え始めた。そして、貴族として迎え入れるためにどうすればいいかを検討したのだ。
私はスフィールド公爵家の三男として生まれた。母は正室だったが長らく子供に恵まれず、側室の方が先に男子を二人生んだために後継を生むことが出来なかった。そのおかげかその後に生まれた私は母に溺愛されて育った。妹のアレイシアも溺愛されてはいたが、私の方がより愛されていただろう。それは私が母にとっての待望の男子だったせいなのかどうかは知らないが。
私はスフィールド公爵家にとっては所詮兄達に何かあった時のスペアに過ぎない。だから家の名誉を汚すような真似をしない限り父には放置されていた。母には愛されていたから気にはならなかったが、初めの頃は心のどこかで父に認めてもらいたがっていたのかもしれない。
しかし、成長するにつれてそんな希望など持たなくなり、父には何も期待することは無くなった。母に対してはそれなりに良い夫をやっているようだったが、私と妹のアレイシアにとってはいてもいなくても構わない存在になっていた。
そうして育てられた私には叶わないことなど数えるほどしかなかった。全て母が叶えてくれるので不満など持ったことが無かった。そんな私が小さな暴君へと成長したのは当然だと言えるだろう。気に入らないことがあれば当たり散らし、欲しいものがあれば奪ってでも手に入れる。
当然そんな子供が歓迎されることもなく、父の手配で就けられた教師の手により厳しく矯正用の教育を受けさせられた。そこで私が知ったのは欲しいものがあればただ奪い取るのではなく、誰にも文句を言わせないようにすること。気に入らないことがあれば自分で動かず他人にやらせることだった。
結局暴君のように振る舞えば他者に嫌われ何らかの妨害を受ける。ならばそのような心配が無いようにあらかじめ手を打ってから行動に移せばいい。無策で他者を踏みにじるのは無謀だということを学んだ。
そうして成長した私は取り繕うことを覚えて自由を得た。母から与えられることは嫌いではなかったが、自分の手で何かを成し遂げてみたくなった。王都で騎士になることも考えたが、父の影響力は決して小さくない。私が何も成さずともそれなりの地位が与えられるだろう。
冗談ではない! あの父から与えられた地位など欲しくもないし、そんなものは望んではいない!
私は自分の力で手に入れたかったのだ。誰にも与えられていない自分の成果というものが欲しかった。母が私にいろいろ与えてくるのは母にとって一種の逃避であることは知っていたから拒絶する気は無かった。だがそれももう十分だろう。私は一人の人間として認められたいのだ。
王都では得られそうにもない実戦で磨かれた名誉が欲しかった私は、冒険者として活動することにした。幸い私には剣の才能があったので困難など無かった。途中で知り合ったオイゲンとコントールという二人の仲間を得た私は冒険者としての名誉の階段を順調に登っていた。オイゲンもコントールも生きていくために金が稼げれば良いというタイプだったのでランクが上がることは願ったり叶ったりだったようだ。
エリシアは私の妻になるためにこの街にやって来たと言っても過言ではないだろう。そう思ったのは私を訪ねてきた妹のアレイシアからエリシアの話を聞いた時だった。
「お兄様、私面白い方を見つけましたわ」
「ほう、それはどんな人物なんだい? アレイシア。アレイシアのお眼鏡に適う存在ならさぞかし有望な剣士だろう?」
私がそう言うとアレイシアはうっとりと頬を染める。アレイシアはどうしてか剣士という生き物が大好きで、魔剣や珍しい剣を集める趣味があった。そして気に入った剣士に良質な剣などを褒美として与えることを楽しんでいるようだ。どうしてこうなったのかは知らないが、事実アレイシアの剣士の才能の目利きは正確だった。
だから今回も間違いなど無いと分かっていた。私には良質な剣しかくれなかった妹が気に入ったという剣士だ。どんな人物なのだろうか。
「私、その方にクロノスフィアを授けましたの」
クロノスフィアだと!! いくら頼まれても、いくら金貨の山を積まれてもアレイシアが頑として首を縦に振らなかったあの魔剣を!?
「いったい誰に渡したのだい?」
知りたかった。あの魔剣を妹に託されるような才能の持ち主を。
「エリシア様という女性の剣士ですわ。赤髪の綺麗な方でしたわ」
……これは素晴らしいとしか言いようがなかった。私が見染めた女性は妹が認めるくらいの才能の持ち主だったのだ。これなら貴族として迎え入れることも難しくはなくなった。そう、エリシアは私に出会うためにケートまで来たと言っても良いだろう。
私は訝しがるアレイシアをもてなしながら何でもないように振舞った。まだ、妹といえど話す段階ではないのだ。たとえ私の妻になることが決まっていても。
エリシア達“女神の剣”と一緒にフレイムリザード討伐を受けることになった。もっともそうなるように話を持って行ったのだがね。
フレイムリザードは剣で斬るのは難しい魔物だが、エリシアは気にすることなく斬り捨てていく。この程度など彼女には何の問題にもならないらしい。素晴らしいさすがエリシアだ。
我々が難なく依頼をこなして帰ろうとした時だった、私にエリシアの仲間のアニーが近づいてきたのだ。いったい何の用だというのだろうか?
「私がエリシアとの仲を取り持ってあげよっか~?」
何だと?……この女はいったい何を言っている? 訝しげな私の様子など気にもしないようにアニーは話を続ける。
「ラルフ様がエリシアを気に入っているのは分かっているんだ~。だから私が今の旦那と上手くいかなくなるように誘導していくから、その隙間に上手く潜り込めばいいってこと」
「何が目的だ?」
この女は何が欲しいのだろうか? 金か? それとも私に取り入ろうというのだろうか?
私がそう尋ねるとアニーはニシシと笑うと意外なことを言ってきた。
「もし、失敗したりしたら切り捨ててくれてもいいからさ、上手くいったら良い結婚相手を紹介してくれない?」
……これが本心かどうかわからないが、まぁどうでもいいだろう。どちらにせよ私に損はなさそうだ。確かに使えなかったり私に害が及びそうになる場合は切り捨てればいいだけなのだから。
「具体的にはどうするのだ?」
「私がエリシアにいろいろ冒険者としての常識を教えていくよ。まぁ、その中には少数の人たちの場合とかも入るかもしれないけれどね。そうすればただの村人でしかないエリシアの旦那さんとは少しずつ価値観がずれてくると思うよ。後は冒険にのめり込めるようにサポートするし、ラルフ様のこともフォローするかな」
「随分と遠回しな手を使うのだな?」
私は敢えてそういう言い方をしてみる。今はまだ直接的な手に出にくい以上は仕方がないのは理解している。だからこそ、この女がどこまで理解しているか知りたくなったのだ。
「だって権力を振りかざすのはしたくないんでしょう? だったら時間をかけてゆっくり落としていかないと。無理矢理な手は後の仇になりかねないよ?」
なるほど、理解はしているらしい。まぁ、無理矢理な手はやり方しだいなのだがな。そこら辺は理解できていないようだ……所詮平民か。
「いいだろう、上手くいけば良い縁談を用意してやる」
「りょうか~い。それじゃあ契約だね」
精々役に立って見せろ、私のためにな。アニーは仲間の元へと何もなかったかのように戻っていった。あの振る舞いを見ていればそれなりに役に立つことを期待して良さそうだな。
さぁ、私の妻よ、卑しくくだらない夫から解放してやろう。だから、安心して私に愛されるといい。
ラルフ編続きます。




