23:彼女の出て行った後
すみません、嘘こきましたm(__)m
もう一話伸びました。
心から謝罪申し上げます。
いつの頃の話だっただろう。僕とエリシアが十二の頃くらいの記憶だろうか。
僕とエリシアが村の外れのフェレーヌの花が咲き乱れるお気に入りの場所で互いに背中をくっつけながら空を眺めている。
「ねぇ、ジェイク」
「なに、エリシア?」
「ジェイクは有名になりたいとか偉くなりたいとか思わないの?」
「急にどうしたんだよ」
僕が苦笑しながら背中の感触を楽しむようにエリシアを押している。
「だって、村に来る行商のおじさんとかが男ならそういう野望は持つって言ってた」
「また、変なの聞いてきたなぁ」
僕は知っていた。教えたのは行商のおじさんではなくて護衛の冒険者のおじさんだということ。
「僕はそのつもりは無いよ」
「なんで? ジェイクはそういう気持ちないの?」
「まったく無いわけじゃないけれど、それよりも大切な人を笑顔にしたいと言うほうが大事なんだ。名誉や地位で大切な人を守れるかもしれないけれど。それを手に入れるために一緒にいられなくなるなら、それが原因で手放してしまうくらいなら最初からいらない。僕の夢はね、田舎の村の大切な奥さんを大事に笑顔に出来る人間になることなんだ。」
僕の言葉を聞いたエリシアは満足そうにそっかと呟いた。そしてそのまま後ろから僕を抱きしめて頭を包み込むように抱きしめた。
「ずっと一緒だよ、ジェイク」
フェレーヌの花が風に吹かれて揺れている、まだ短いエリシアの髪を揺らしながら吹き抜けていく。何故か僕の背中が温かく感じる、今はもうない温もりなのに。
――ああ、こんな温かさはいつ以来だろうか
「……ん!……ェイク……さん!……ジェイク義兄さん!!」
誰かが僕を呼んでいる。誰だろう、エリシアじゃない誰か。そういえばエリシアはどうしているのかな、起きなきゃ。
ゆっくり目を開けると泣いているアリアが僕の名を呼びながら覗き込んでいる。あれ?なんでアリアがいるんだろう。
「アリ……ア?なんでここ……に?」
喉が渇いているのか声が掠れて出ない。僕は風邪を引いて……エリシアに何かあったのか泣いていた・……そこまで覚えているけれどそこから先の記憶がない。
「なんで? じゃないわよ!! 死に掛けていたんだからね!」
死に掛けていた?どういうことだろう。
「お母さんがお姉ちゃんを呼び出して話し合いという喧嘩したんだけど、お姉ちゃん雨の中飛び出しちゃうから私が探しに行ったの。どうせお義兄さんの所だと思って行ったらお義兄さん雨の中倒れているし、お姉ちゃんいないし。慌てて駆け寄ったら物凄い熱で急いで人を呼びに行ったんだよ」
「そうだよ、あんたは死に掛けていたんだからね。酷い風邪引いた上に雨に打たれたもんだから悪化して、一時は危ない所までいったんだよ。幸い隣村の薬師の薬があったから何とかなったけどね」
お義母さんがそう言った後、アリアの横で生きた心地がしなかったよと呟いた。聞けばシェリアさんが馬を飛ばして隣村まで薬を取りに行ってくれたらしい。本当にありがたいな……あとでお礼言わないと。
「丸一日……僕は寝て……いたんですか?」
水を貰いながら聞いてみる。最悪二日位だろうか?
「お義兄さんが寝ていたのは四日だよ! なかなか目が覚めないからそのまま逝っちゃうんじゃないかもと思って必死になって呼び掛けたんだよ!!」
逝っちゃうって――まぁ、死に掛けたのだから正しい表現なのかな?
「エリシ……アは?」
僕がそう聞くとお義母さんが困った顔をしながら頬に手を当てた。
「それがね、いないのよ。あの馬鹿娘」
「どういうことですか?」
「お姉ちゃんね。あの後ケートまで戻ったらしいんだけれども、今日依頼を受けて出発してしまっていたの。クレイスって言う冒険者の人が教えてくれたんだけど、お貴族の依頼で魔物を討伐に行ったらしいって。一週間くらいかかるって言ってた」
「……一週間か」
話をしたいのに一週間も待たないといけないなんて。参ったなぁ…エリシアの誤解を解かないといけない。
「エリシアと何を話したんですか?」
僕はエリシアが何故ここまでショックを受けたのか知りたかった。
「あたしがあの娘を呼んだんだよ。いい加減腹を割って話さないといけないところまで来たからね」
お義母さんはそう言うとベッドの横までイスを持ってきて座った。
「エリシアに聞いたんだよ、どういうつもりなのかって。もう一年以上も冒険者やってるじゃない。村にほとんどいないし、顔をろくに見ていないんだよ。このままの状態を継続するのは正直あたしは嫌だね」
「私もお姉ちゃんに言ったの。ラルフさんって言うお貴族様の家に住んでいるって言うからそれって妾じゃないって」
「なんだって! エホッ、ゲホッ」
大声を出して咳き込んだ僕の背中をアリアがさすってくれた。いったいどういうことだ!?
「詳しく聞かせてください」
「あたしはあの娘に聞きたかったんだ。これからどうしたいのか、どうするつもりなのか。そもそもちゃんと考えているのか……でもあの娘は何も考えていなかったんだよ、ジェイク。冒険者が楽しいから、冒険が好きだからそれだけしか頭に無かったのさ」
お義母さんはそう言ってため息をついた。
「それで向こうでどんな生活をしているのかって聞いたんだ。そしたらちゃんと食事も家事も問題ないって言うからおかしいと思ってね。冒険者なんて宿屋暮らしのその日暮らしだろ? だからちょっと問い詰めて見たんだよ。そしたら……」
「そうしたら?」
「パーティーで借りた家に住んでいるって言うんだよ。そこでは使用人が全部やってくれるから問題は無いってさ。理由は宿代がもったいないからだとさ。あたしは呆れてものも言えなかったよ。アリアがああ言うのは仕方ないね」
お義母さんはそこまで話すと水を取りに席を立った。入れ替わるようにアリアが椅子に座る。
それにしてもそういうことか……お義母さんやアリアからすると大した違いじゃないのだろうけれど、貴族の家に住むのとパーティーで済むのは少しわけが違う。経費節約のためにそうするパーティーもあると以前クレイスさんから聞いたことがある。
とは言えこれは話してほしかった。流石にこれは許可したくないからね。多分、言うタイミングを失くしてしまって言い出せなくなったんだろうけれど……エリシアは何でそんなに怯えているのだろうか?
それにしても大分エリシアらしさがなくなっている。まるで僕に怒られたくなくて逃げている子供の様だ。やっぱりエリシアをパーティーから外すのは間違っていなさそうだ。
「それであたしがあの言葉を言ったらお姉ちゃんが物凄く怒り出して私はジェイクの妻だからいまの言葉は取り消せって言うから、わたしもついカッとなって言っちゃたんだ」
「何を言ったんだい?」
「お義兄さんの誕生日も忘れてた人にそんなこと言う資格ないじゃない。そんなに冒険が大事なの? 家族より大事にする冒険なんておかしいって」
アリアは唇をかみ締めた。でもね、アリア。あれはエリシアのせいにするのは流石に酷だよ。エリシアの過失でもないのに責めたら、他のことまで聞く耳持たなくなるはある意味しょうがない。ただでさえいつも一方的に言われていたからなぁ。
「だからあたしは言ったんだ。約束の一年とか関係なくもう冒険者辞めなさいって。さもないとジェイクとの家庭を失うよって。そしたらあの娘ったら飛び出して行っちまったんだよ。」
戻ってきたお義母さんが水と薬を持ってきてくれたようだ。
それにしても、そういうことだったのか。エリシアが逃げ出した理由にも納得がいったよ。今のエリシアは少し心が疲れているみたいだ。エリシアと話し合えたらしばらく村を離れることも視野に入れておくべきかもしれない。
「とにかく今は体を治すことだけ考えな。話はそれからだよ」
薬を飲んで横になりながらぼんやりとエリシアが泣いていた顔を思い出した。きっと僕に裏切られたと思ったのだろうな。本当は違うのにそれを伝えることも出来ないのが辛い。
眠りに落ちていくなかで僕はエリシアのこと思いながらそのまま意識を失った。
結局丸三日程寝込むことになり、その間お義母さんとアリアが看病をしてくれた。三日後には体がなんとか動くようになった。そして同時に村に嬉しい報せが流れた。
シェリアさんの妊娠が分かったのだ。村はシェリアさんの妊娠に沸いた。久しぶりの明るいニュースにみんな沈んでいた気持ちが明るくなったのだ。何せ村では最近子供が生まれていなかったから年寄り連中が年甲斐もなくはしゃいでいる。
「おめでとうオーベル」
「ありがとうな、ジェイク」
「ありがとうよ、ジェイク。なんか不思議な気分だよ、あたしが母親になるなんて」
病み上がりということでオーベルお祝いを持って行こうとしたらオーベルとシェリアさんが来てくれた。最悪の事態を想定して今回はシェリアさんには近づかないように寝室からは出ないでおく。オーベルとシェリアさんはいつも食事を取っている部屋にいるからここまで離れていれば大丈夫かな?
「この人ったらもう生まれてくる子供のおもちゃやら作ろうとしてるんだよ。気が早いって言ってるのにね」
「いいじゃねぇかよ、つい嬉しくてさ」
オーベルは拗ねたように言いながらも笑っている。でもオーベルらしいや。
「昔からせっかちだったからね、オーベルは。でも僕も嬉しいよ、オーベルの子供なら甥や姪みたいなものだしね」
「そうだな、俺たちは兄弟みたいなもんだ。もっとも兄はおれだろうけどな」
「中身は子供みたいなもんだけどね」
自分を兄だというオーベルに笑いながらシェリアさんがつっこんだせいでたまらず僕は吹きだしてしまう。オーベルもそりゃあないぜと笑いながら頭をかいていた。
僕はこんな時間が大好きだ。大事な家族と過ごせる時間、生まれてくる新しい命。
だからもう分かっていたんだ。
いまこの村には十分な薬は無い。もしシェリアさんに何かあれば……僕は自分を許せないだろう。
――覚悟を決める時が来たのかもしれない
「村長、ちょっといいですか?」
次の日、僕は村長の家を訪れた。出て行くことを予め言っておかないと余計な心配をかけてしまうので言うなら早めに言わないといけない。
「どうかしたのかい? ジェイク」
村長はいつもの穏やかな顔で出迎えてくれた。
「ジェイクちゃんの薬草茶にはかなわないかもしれなけれど、どうぞ」
村長の奥さんがお茶を出してくれる。ちょっと熱いけれど深みのある美味しいお茶だこれ。
「じつは村長、一週間後に村を出て行こうと思います」
「なんじゃと!?」
「今回、僕が風邪を引いたことで痛感しました。村には薬が足りていないって。それに……」
「シェリアさんの妊娠か……」
「妊婦に何かあっても薬が無ければどうしようもないです。それにシェリアさんのことだけじゃないです」
「ジェイクちゃん、他に何かあるのかい?」
奥さんが村長の隣に座ると聞いてきた。
「森じゃな」
「はい。自給自足でやっていけるかもしれませんが、森の恵みがあるから何とかなるわけで。それも森に頼り切ればそんなに長くはもちません」
「……こんな狭い村なら自給自足は出来んかのう?」
「食料は何とかなるかもしれません。でも薬は無理です」
村の近くで採れる薬草では対応できる状況が限られていた。ましてやこの村には薬師がもういない。僕も薬師と言えるほどの知識も経験もない。隣村の薬師に頼り切るのも危ないのだから。だったら行商は生命線だ。
「……そうか、すまんな。何もしてやれんで」
村長が申し訳なさそうに言うけれど僕はその必要は無いと思っている。悪いのはラルフさんであって他の誰でもないのだから。そしてその日の夜に村のみんなを集めて話すことになったのだ。
「納得いかねぇぞ!!」
「ちょっとあんた。落ち着きなよ」
オーベルが僕の胸倉をつかみながら叫んだ。シェリアさんが止めようとしているけれどオーベルは聞く気が無いようだ。まいったなぁ。
「だから言ってるだろう。食料は自給自足できても薬はそうはいかないんだ。シェリアさんだってこれから子供を生むっていう命がけの役目があるのに、薬とかいろいろ足りないんだよ!」
「だからって!……ちくしょう!!」
「オーベル、僕だって村を出ていきたいわけじゃない。それにエリシアへの愛がなくなったわけじゃないんだ。でも僕の両手じゃ抱えられるものにも限りがある。エリシアへの愛も村のみんなも大事なんだ。だってこの村もエリシアの大事な場所だから。薬草を使わねば薬草茶は淹れられないって言葉があるだろ?それに僕はこのまま大人しく諦めて出ていくつもりはないよ。僕は隣村の薬師に弟子入りしようと思っているんだ」
僕の言葉にオーベルが悔しそうに頭を抱えて座り込んだ。シェリアさんが慰めている間に村のみんなに説明しておこう。最悪、隣村で修行できなくても他の場所に行けばいい。エリシアと一緒ならどこでも行ってやる。
「そういうわけで一週間後に出ようと思います。エリシアが戻り薬師に弟子入りすることを説明して一緒に出て行こうと思っています」
これに関しては僕はわがままをエリシアに通すつもりだ。もしついて来てくれないというのならそこまでの関係だということになるのだから。でも僕はエリシアを信じている。
「なんてことだよ……こんなことになるなんてさ……」
「そうだよ、お義兄さんが出て行く必要なんかないじゃない。お姉ちゃんの責任なんだから! お姉ちゃんに責任取らせればいいじゃない!」
アリアはそう言うけどもう事態は好転しない。エリシアがラルフさんを問い詰めても何の意味も無いし、かえって村に八つ当たりされるかもしれない。それにエリシアが信じなかった場合は完全に村と決別することになりかねない。僕はエリシアには村という故郷は残しておきたい。
「それでもお願いします」
僕には頭を下げることしか出来ないけれどそれでもエリシアのために残せるものは残しておきたい。
「……分かったよ、頭を上げておくれよ」
「……お義兄さん……」
ありがたいことだと思う。僕達のわがままを聞いてくれるのだから。みんなには感謝しかないや。こうして村のみんなと話しながら僕は少しずつ準備をし始めた。
気が付くと話数が伸びる病にかかりました。
これは治るのでしょうか( ;∀;)




