22:彼女の信じていたもの
筆が乗ったので連日投稿です。
エリシアを見送って家に入ろうとした時だった、向こうから誰かやってくるのが目についた。良く見てみれば見知った顔、フォルドさんだった。フォルドさんは玄関先までやってくるなり頭を下げてきた。
「申し訳ありません、ジェイク様」
「いきなりどうしたんですか!?」
驚いた僕は慌ててフォルドさんを止める。このままでは話が出来ないので椅子に座らせて鎮静作用とリラックス効果のある薬草茶を出した。薬草茶を飲みながら少し落ち着いたのかフォルドさんはみっともないところをお見せしましたと謝ってきた。
「いえ、気にしないでください。僕は驚いただけですので」
「そう言って頂けると助かります」
しばらく無言の時間が続いた。沈黙を破ったのはフォルドさんだった。
「まずは謝らせてください。全ては私の力不足です」
「何があったんですか?」
「ラルフ様に私が援助していることが発覚いたしました。その結果私はラルフ様から遠ざけられもう手を出すことは出来そうにありません……申し訳ありません」
そう言ったフォルドさんの顔は悔しそうだった。そうか、バレてしまったんですね。でもフォルドさんは精一杯頑張ってくれていたのだから感謝しかない。
「辞めさせられたわけではないのですよね?」
僕のせいで辞めさせられたのならそれはとても申し訳ないことだ。だから僕はフォルドさんに聞いてみた。
「側仕えとして命じられたのはわが主であるご当主様ですのでラルフ様が勝手に解任はできません。ただ、もともと私を疎ましく思っておいでのようでしたので、遠ざけるいい口実にされたのは事実ですが」
「そんな……申し訳ありません。僕のために無理をさせてしまって」
「いえ、公爵家の名誉のためですので、ジェイク様のためだけではありません。それにラルフ様に報告したのは以前一緒にいた従者なので私の管理が行き届いていないことが原因です」
フォルドさんはそう言うとお茶を飲み干しもう一杯頂けますかとおかわりを頼んできた。こうやって美味しそうに飲んでもらえると嬉しいな。僕はお茶菓子も一緒に出してみることにした。ハチミツを練り込んだ焼き菓子だ。口に合うかな?
「どちらにせよこれで商人への働きかけは出来なくなりました。私が援助した分かえってこれからが厳しくなるかもしれません。比較的良心的な商人も締め出されてしまったようなので」
「そうですか……仕方ないですね」
これ以上フォルドさんに頼るわけにもいかない。いよいよ時間が無くなって来た。エリシアに薬師になることも含めて話さないと。もちろん全部話すことは出来ないのだけれど。
僕は帰って行くフォルドさんにお礼を言って見送った。さて、村長にこのことを話さないと。流石にそろそろ皆に話さないといけないだろうし。
「――以上が行商に来る商人が減った理由です」
次の日、皆に村の集会所に集まってもらい、事情を説明することにした。僕が今起きていることを話し終えると村の皆に沈黙が舞い降りる。僕は覚悟を決めていた。どんな理由があっても黙っていたのは僕なのだから、全部お前のせいだと責められてもおかしくはない。
「ジェイクに黙っておくように言ったのはわしなのでな。そう簡単に皆に話せる内容でないと思ったので口止めしておいたのだ」
とは言え、エリシアを狙っている貴族であるラルフさんのことをずっと隠しておくことも出来るわけがなく、仕方なく話すしかなかった。村長がそれも含めて僕が黙っていた理由を説明してくれてありがたかった。
そんな沈黙を最初に破ったのはオーベルだった。オーベルは僕を真っ直ぐ見ながら聞いてきた。一切の嘘、誤魔化しを許さないというかのように力強い瞳で。
「ジェイク、一つ聞いていいか?」
「……うん、いいよ」
「お前、出て行くつもりだったのか?」
ドキリとした。正直に言えば取れる手段なんかもう有りはしない。出来るのはただ耐えて引き延ばすだけ。これ以上は僕がこの村に残り続けると言う悪あがきしか残っていなくて、根本的に解決する手段なんかあるわけがない。
「もしそういうつもりだったっていうんなら許さねぇ! お前が出て行って全部丸く収まるなんて言わさねぇぞ! お前は何も悪くねぇんだ、それにこれはお前が全部抱え込む話じゃねぇだろ!?」
立ち上がり顔を真っ赤にしながらオーベルが僕を睨みつけてくる。でもその顔は怒っているのに泣いているようにも見える、そんな顔だった。
「そうじゃよ、わしらじゃ何もできんかもしれんがジェイクが出て行って解決なんていうのはわしは嫌じゃね。それに原因がジェイクにあると言うのならエリシアちゃんが冒険者になるためにケートまで送っていったわしも同罪じゃろ?」
「そうですよ。そのお貴族様が悪いのであってジェイクが悪いわけではないのですから。それにあたし達はジェイクの両親に恩があるんだよ。恩人の子を犠牲にして助かろうなんて真似お断りだよ、あたしは」
ペンテ爺さんとパルテ婆さんがオーベルに続くように言ってくれた。両親が残してくれた村のみんなとの絆に心から感謝するとともに申し訳なくなる。
「そうだ、そうだ。ジェイクを追い出すのはダメだ!」
他の村のみんなも次々に貴族の横暴に負けるなと言ってくれる。気がつくと皆が僕を追い出すことに反対していた。
「このことはエリシアちゃんに言ったらダメなのかい?」
パルテ婆さんがそんなことを聞いてきた。でもそれは出来ないんだ……婆さん。
「ダメじゃ。エリシアはその男を信用しているようじゃからな。言えばかえって反感を買って厄介なことになりかねない。嫌がらせの理由が理由じゃからな。それにその男に話してしまうかもしれん。そうなると嫌がらせでは済まなくなる可能性がある。領主様に言えないのもそういう理由じゃ。証拠がないからの」
村長がそう言うとみんな悔しそうに顔をゆがめる。
「とにかく、わしらが出来ることで今の状況を変えてみようかの」
村長がそう言った時だった、集会所のドアが勢いよく開かれて三バカが入って来た。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらドカドカと音を立てて入ってくる。
「おいおい、皆~大丈夫かぁ? こんな疫病神を追い出さないなんておかしいだろう?」
三バカのリーダーがそう言いながら皆を見回す。皆に白い目で見られていても気にしていないようだ。どういうことだろう? そんなに胆力があるタイプでもないのに。
「村の一員を追い出すことなど出来ようか! 恥を知らんか!」
村長に怒鳴られてもどこ吹く風だ。
「そんなこと言ってもこいつが疫病神なのは事実じゃないですか~村長」
「そうそう、エリシアとジェイクのせいじゃないですか。こいつらのせいで村が苦しいわけでしょう?」
取り巻きの二人がそんなことを言いながら村の皆に話しかけるように言う。
「だから俺は提案するつもりなんだけど、エリシアとジェイクのせいなんだから責任取ってもらえないかなってなぁ? お前が出て行けよジェイク! お前のせいでこんな事態になってんだろう!? なぁ! こいつを皆で追い出してそのお貴族様に協力しようじゃないか! そうすりゃ上手くいけば報酬が貰えるかもしれないぜ? それに行商の問題も解決だ! これの何がおかしい!? そもそもエリシアが冒険者になったことが悪いんだろ!!」
三バカのリーダーはそんなことを言いながら皆に向かって話し続ける。でも皆は呆れたように見るだけで誰も賛同はしなかった。
「……あんたの言いたいことは分かるけれど、だからと言ってジェイクを追い出すこととは無関係だろうに。それにあんたにあたしの娘を悪く言われる筋合いは無いよ」
お義母さんが淡々と言い返すと三バカのリーダーはうっと言葉を詰まらせた。皆の視線に耐え兼ねたのかそのまま逃げるように集会所を出ていく。
「ちょ、待ってくれってば!」
取り巻き共がそう言いながら慌てて逃げていくのを見ながら村長が深々と溜息をついた。
「とにかく、今日はここまでにしようかの」
村長がそう言って皆で今後の自給自足の方法を話し出した。気持ちを切り替えたのか、みんな真剣に意見を出し合っている。みんなありがとう。
それから話し合いの結果、村のみんなで森に食料を採りに行ったり、ケートへ買出しに行ったりして足りないものを補うことにした。幸いお金はエリシアが持って帰った分があるから村のみんなの為に使うことが出来た。
それから嬉しいことに話し合いの次の日、クレイスさんが戻ってきてくれた。事情を話したら僕らでは手に入れづらい物を買ってきてくれると約束してくれた。
僕はなんとか出来る方法はありませんかと聞いてみたけれど、流石にクレイスさんでもこの状況をどうにかすることは難しいらしく、何とか知り合いを頼ってみると言ってはくれた。もっともあまり期待しない方が良いとも言われたけれど。スフィールド公爵家は国内有数の大貴族だから正面切って戦う貴族なんていないらしく、公になって騒ぎになるのは誰も望まないらしい。
「なんかあと一つ、切り札があればやれそうなんだがなぁ」
なんて言っていたっけ。
そして話し合いの次の日、今日はエリシアが帰ってくる予定の日だ。なのに……。
「……世界が揺れている」
朝、目が覚めたら世界がグラグラ揺れていた。頭がガンガンと殴られたかのように痛み、やけに体が熱い。喉も痛いなぁ、これは風邪をひいたかもしれない。
「薬あったかなぁ」
薬は村で買って各家に分配するから量は決まっている。けれども一時期行商が滞ったせいで薬が少なくなっていた。近くの森で採取できる薬草では限度もある。とにかくこのまま寝ていてもしょうがないから薬を探そうと立ち上がるとめまいがした。
「これはまずいかも……オーベルを頼ろう」
エリシアはいつ帰ってくるか分からないから当てには出来ない。僕はふらつく体に鞭を打って玄関に向かった。なんとか外へ出ようとドアノブを握った瞬間、ドアが急に開いて僕は危うく倒れそうになった。なんとか体勢を立て直すとそこにはエリシアが立っていた。
「あれ? ……エリシア?」
エリシアはうつむいたまま動こうとせず、よく見てみれば全身濡れていた。外はいつのまにか雨が降っていた。
「帰ってきたんだね、おかえり……エリシア」
朦朧とする意識でなんとかエリシアにおかえりが言えた。助かった、エリシアがいればオーベルのところまで行かなくても良い。正直もう立っているのが辛かった。
「あのねエリシ――
「ジェイクはどうなの?」
僕がエリシアに説明しようとした時、いきなり抱きついてきてエリシアは尋ねてきた。濡れたエリシアの体は冷たく冷え切っていた。熱い僕の体から熱を奪っていくようで意識が遠くなる。
「な……にが、エリシ……ア?」
「ジェイクも私が冒険者辞めて家に居たほうが良いの?」
僕の胸に顔を埋めたままそんなことを言ってくる。居た方と居ない方のどちらが嬉しいかと聞かれれば当然居る方が嬉しいに決まっている。ただ、僕は側に居るということを満たすためなら自分から新しい世界に飛び込んでやるつもりだ。
ただ、今は弱気が口からこぼれてしまった。弱っていたからだろうか? 熱で朦朧としていたからだろうか。理由は分からないけれど少しだけ寂しさが出てしまった。
「……確かに、エリシアが居たほうが嬉しいよ。でも」
「やっぱり……ジェイクもそう……なんだ」
でも、エリシアが喜ぶほうが嬉しいから僕も冒険者になると続けるつもりだった。でもその言葉を言う前にエリシアは僕の言葉を遮った。そしてやっと上げた顔は涙で濡れていた。
「エリシア?」
「ジェイクだけは……ジェイクだけは分かってくれると思っていたのに!!」
まるで泣き叫ぶようなそんな声でエリシアは叫ぶと僕を軽く押して走り出していった。外の雨は弱まるどころかエリシアの涙のように激しさを増していく。
僕は慌ててエリシアを追いかけようとして地面に顔から突っ込んだ。土の味と鉄の匂いがする。僕を打ちつける雨に逆らうように立ち上がろうとするけれど足に力が入らない。段々と暗くなっていく視界に焼きついていたのはエリシアの泣き顔だった。
皆様も体調にはお気を付けください。
新型だけではなくインフルエンザもありますからね。
というわけであの日の真実です。
病気の人間の言葉は本音じゃないですもんね。誰だって弱気になります。




