21:彼女への贈り物
感想と考察欄でいろいろご迷惑をおかけしました。
反省しています。
今後は気を付けようと思います。
エリシアから手紙で帰りが遅れると連絡があった。言い合いになってからもうすでに一週間。僕はエリシアがいつ帰って来てもいいように準備だけはしておく。
あの言葉はショックだったけれど、あれがエリシアの本音だとは思っていない。だからまずはエリシアが帰って来たらそのことは伝えようと思う。もっともエリシアが謝ってくれたらの話だけれど。まぁ、その心配はしていなかったりする。エリシアはそういうところは間違えないから。
エリシアが帰って来たのは十日後の夕方だった。帰って来たエリシアは真面目な顔で話があると言ってきた。いつになく静かなエリシアは椅子に座ると対面に座った僕に向かって頭を下げてきた。
「まず、すぐに帰って来なくてごめんなさい。なんか、帰るタイミング逃しちゃってズルズル引き摺ったのは私が悪いから。それでね、話っていうのは……この前の……暴言なんだけれど」
僕の顔色を窺うように話すエリシアは怯えているように見える。僕相手に言葉を選びながら話すなんてとても悲しかった。だから僕は先にちゃんとどこに怒ったのかを伝えておこうと思う。あくまでも僕はラルフさんに怒ったのだから。
「……僕が怒ったのはラルフさんの距離感がおかしかったからだよ。もちろん、エリシアにも気を付けて欲しいけれどね」
「……はい。そうだよね、ごめんなさい」
そんな常識的なことすらも言われないとあの時は気が付かなかったのだろうか? それとも誰かに怒られたのだろうか?
「常識的なことを守ってくれるならそれでいいんだよ。家族同然でもマナーはあるからね」
「……ラルフはお兄ちゃんみたいな人だって思ってたから考えが甘くなっていたみたい。今後は気を付けるね」
兄のようにか……エリシアが兄のように慕っていても向こうは違うみたいだしね。今までエリシアの周りに同い年の男の子が僕とオーベルしか近くにいなかったからかな? それが裏目に出たみたいだ。
「分かってくれるんならそれでいいんだ……」
本当は言いたいことがまだあるけれど、今言っても追い打ちにしかならないだろう。人は反省している時に必要以上に言われると反発するかそれ以上に落ち込むだけであまり意味が無い。むしろ言わないことが反省を促す方が多いからここはこれくらいにしておこう。エリシアがこれ以上おかしくならないように環境を変えた方が良さそうだ。幸いあと二週間ほどで約束の一年だ。この日までにエリシアの環境を変えれるように今からいろいろ考えておこう。
「もうラルフにあんな真似はさせないから」
「分かったよ、エリシア」
エリシアを抱きしめて僕がここにいると伝えておきたい。昔と違って戦う人になったとしても僕の妻なのだし、簡単に見捨てることなんて出来はしない。そんなことをするくらいなら最初から結婚なんてしないのだから。
あっという間二週間が過ぎ、約束の一年がやってきた。
きっとエリシアは冒険者を続けたいと言ってくると思う。レイラさんのお金の件や、今まで出来た貴族や商人とかの付き合いもあるだろうからすぐに辞めることは出来ないだろう。
この日までいろいろ考えたけれど、まずはパーティーから抜けてもらおうと思う。今のエリシアならソロでも冒険は出来るだろうから。お金は減るかもしれないけれど、そもそもエリシアが全て責任を持って払わなければいけないものでもないのだから。環境を変えるには一緒にいる人間を変えるのが先決だろうし。
これでラルフさんから距離を取ることが出来るようになるだろう。エリシアに釘は刺してあるから必要以上の接触も無くなるはずだ。
「だから、お願いジェイク。約束を延長できないかな?」
予想通りエリシアは僕に続けたいと言ってきた。エリシア、それは分かっていたんだよ? 僕は君の冒険は否定しないけれど、今の環境には口を出させてもらおうと思う。
「今、貴族とかの依頼も受けているし、商人とも付き合いがあって……その……すぐに辞めるのはね……」
一生懸命に今の状況や仕事の関係を説明してくるエリシアに僕はちょっと待ってと声をかける。勢いが付き過ぎて前のめりになっていたエリシアはキョトンとした顔をしている。エリシア、言いたいことは理解しているからね。
「……そう言うと思っていたんだ。実際、すぐに辞められる状況でもないよね?」
僕だってすぐに辞めることが出来るなんて思っていない。それに今は辞めさせるつもりもない。最近、隣村に薬師がやって来たらしいからその人に教えを請いに行こうと思っている。すぐに役に立つようになるとは思っていないけれど、それでもこれでエリシアと一緒に冒険者として活動する下地くらいにはなるはずだから。
「街の方ではエリシアのように結婚していても冒険者をやっている人もいるらしいからそのこと自体は否定しないけれど、続けるにあたって一つ条件があるよ」
「何? どんな条件でも聞くから教えて!」
「三ヶ月以内にパーティーを抜けてソロの仕事を専門にして、それが条件だよ。だんだん仕事を変えるのにそれくらい時間かかるよね?」
その後は僕と一緒に冒険に行けばいい。薬師として役に立って見せるから、それならエリシアと一緒にいられる。これが僕の覚悟だ。そのためにシェリアさんにいろいろ聞いてみたのだから。
「どう? エリシア」
「分かった、約束する」
まだ薬師からの手紙の返事は来ていないけれどきっと大丈夫だと思う。この辺の村には薬師が少ないから増やせるなら増やしておきたいはずだ。万が一何かあった場合に一人では手が足りないからね。
それからエリシアはケートに戻って仲間に今後の予定を話しに行った。これくらいの話ならちゃんと伝えることが出来ると思う。最悪彼らが反対したら僕が話をしにいくつもりだ。エリシアの変化の理由が分からない以上、環境にあると考えるべきなのだから。
一月後、家に帰って来たエリシアと一週間ぶりの夕食の時間を過ごしていた。
「最近、あまりお酒を飲みたいと言わなくなったね」
「ああ、うん。安酒はあまり美味しくないから我慢することにしてるんだ。どうせなら美味しいほうがいいし。最近のお気に入りはドゥルハス産のワインかな」
安酒ってあれは僕らにはちょうどいい値段のお酒なんだけれど……金銭感覚の狂いを以前から感じていたけれど、酷くなってきているようだ。エリシアくらいの冒険者になると稼げるお金がそんなに違うのだろうか? 僕が追いつくべき女性は凄い所にいるんだね。
それにしてもエリシアの食べ方が綺麗になっている気がする。前が綺麗じゃなかったというわけじゃないけれど、どことなく所作が綺麗なんだ。
「何と言うか、エリシア、食べ方変わったね」
「うん、貴族の依頼で食事を一緒にすることがあったから覚えることにしたの」
依頼でそういうこともあるんだ……想像もつかないや。それにしても本当に丁寧に綺麗に食べている。前みたいに味わうこともなく食べられるよりは嬉しいけれど、なんか複雑な気分になるなぁ。悪いことじゃないんだけれどね。
スープだって全く音を立てないように飲む姿はまるで貴族の様だ。僕だって母さんにそこら辺は厳しく育てられたからできないわけじゃないけれど、エリシアは本当に努力したんだね。
それにしてもまた髪を伸ばし始めたのかな? 前くらいのが好みだけれど、髪型くらいはエリシアの好きでいいとは思うし。肩から先へと伸び始めた髪は絹のように肩からこぼれていく。
「エリシアの髪また伸ばし始めたんだね。何かあったの?」
「貴族関係の依頼で場合によってはパーティーにも出ないといけないことがあるんだ。そういう時って髪を結い上げないと正装にならないんだって。付け髪もあるけど事情のある人しか付けないから悪目立ちしないためにも自前の髪がいいんだって。それで私も伸ばし始めたんだ」
「なるほど。エリシアはそういう依頼が多いの?」
ソロになるために依頼を選び出したからかな? 貴族や商人たちが個人的に繋がりを持とうと行動してきたみたいだ。まぁこれは予測出来ていたことだから構わないけど。
「最近結構多いかな。パーティーに出る系の依頼はだいたい領主様のご息女の護衛だからね」
領主様まで……エリシアは凄いなぁ。僕も気合入れていかないと共に行けるようになるまでに一生かかりそうだ。僕はエリシアが成長していく姿を見ながら、共に冒険者をやる日を思って気持ちを新たにしていた。
幸い隣村の薬師からは弟子入りを認めてもらえたから、準備を整えて行かないと。向こうの返事には秋の収穫が終わってからおいでと書いてあったからそれまでに準備をしないとね。エリシアにはまだ黙っておこうかな。エリシアがソロになれそうな目途が立ったら教えようと思う。本当はエリシアに相談すべきなんだろうけれど、これは僕のわがままだ。僕だってエリシアを驚かせてみたくなったんだ。
ある日、僕が家に帰るとエリシアがドレスとまではいかないけれど綺麗な服を着て紅茶を飲んでいた。素材からして違うと分かる服だけれどこんな服も持っていたんだ。
台所を見れば散らかっていた。あの様子を見るに自分で淹れたのかな? あの散らかりようは自分で台所に立たない人の散らかり方だ。家事を習う前のシェリアさんがあんな感じだったなぁ。仕方ない後で一緒に片付ければいいか。
ふと僕の鼻に紅茶以外の香りが届いた。花の香りだと思うけれど、家には花を飾ってはいない。どこからだろうか?
「エリシア何か花の匂いがしない?」
僕が尋ねるとエリシアは液体の入った瓶を取り出して見せてきた。エリシアが動くたびにほんのわずかだけれど花の香が広がる。嫌いな匂いではないけれど、これは何だろう? 不思議な感じがする……これは魔力かな?
「これの匂いだと思うよ。不快な匂い?」
「いや、いい匂いだけれども――香水?」
エリシアが香水を手首にほんの少しだけ落とすとさっきよりも強い花の香がふわりと広がった。それと同時に魔力が少しだけ強くなる。やっぱりこれはマジックアイテムだ。
「親和の香水って言って人からの第一印象が良くなる効果があるマジックアイテムなの。もっともたくさん使ったからといって効果が強くなるわけじゃないけれど」
第一印象が良くなると言うのはあまりにも抽象的だなぁ。仕組みとしては第一印象というよりも好感を得やすくなるものなのかもしれない。もっとも第一印象が良ければ以降は個人の努力次第だから香水は補助的な物でしかないのだろうけれど。
「でも珍しいね。台所がちらかっていたのは」
多分、最近料理をしていなかったのだろうけれど……それにしても下手になったなぁ、エリシアは。
「……料理しなくなったんだね」
僕の呟きにエリシアは少しだけ困ったように微笑んだ。
「料理はその仕事をしている人が作る方が美味しいしね」
プロが作るご飯と家で作るご飯は違うのは当たり前なのに。そんな当たり前のことを忘れているのだろうか?
「それはそうだよ。プロには敵わないよ。でも家事はそれとは別だと思うけど」
「ほら、そこはいつもは使用人の仕事だったりするから。人の仕事奪ったらいけないし、それぞれ役割があるんだよ」
使用人?……エリシアは何を言っているのだろう? 使用人なんか僕らがなるなら分かるけれど、今の言い方じゃまるで使う方みたいだ……これは近いうちケートに行った方が良いのかもしれない。もっとも今は秋の収穫に向けて農具の修理などが忙しいからすぐには行けそうにないのだけれど。
「ちょっと時間見つけて練習しておくね」
エリシアはそう言いながら僕に紅茶を淹れてくれた。以前、ラルフさんに出された紅茶と違って風味が落ちているけれど、僕はエリシアが淹れてくれた方が嬉しいかな。
それにしてもエリシアはもう一回鍛え直さないといけないみたいだ。まぁ、それも楽しむことにしようかな。
次の日の昼、僕はエリシアにデートをしない?と声をかけた。僕は予め用意しておいた物をこっそり準備しておく。
エリシアは喜んでくれて、どの服がいいか悩みながらさっきから二着の服を交互に睨んでいる。しばらく悩んだエリシアは結局シェリアさんの結婚式の時にも着たあの薄い桃色のワンピースを着てきたみたいだ。とても綺麗で思わず見とれてしまったくらいだ。
エリシアと一緒にお昼の準備を済ませておく。これでお気に入りの場所で食べられそうだよ。中身はパンにチーズと贅沢にハムを挟んだものだ。デートだからちょっとだけ贅沢しちゃったけれどいいよね?
エリシアを連れ立って歩いていると皆が僕らを見ている。最初は悪目立ちかなと思ったけれど、ほとんどの人はエリシアの綺麗さに驚いているようだった。エリシアに見えないように上手くやれよって合図してくる人もいたくらいだ。もちろん眉をしかめる人もいたけれど、それらはどうせ何もしなくてもそんな顔をする。
ただ、一番イラついたのはあの三バカが嫌らしい目でエリシアを見ていたことかな。お前らに見せるためにエリシアが綺麗にしているわけじゃないって言ってやりたいくらいだ。
僕達のお気に入りの場所に着いたら僕は服が汚れないように布を敷いておく。せっかく綺麗な服なんだから汚れたら悲しいからね。風が気持ちよく吹いていく。風に揺らされたエリシアの髪が流されて踊るように舞う。
フェレーヌの花が風に踊らされてシャラシャラと音を立てる。夏の太陽が僕らを照らすけれど、風が心地よいから不快さはないかな。青い空がまるですぐそばにあるみたいで太陽をこの手で掴めそうだ。もっともそんなことをすればきっと熱くてたまらないだろうな。横で手を空に伸ばしているエリシアに僕は心が安らいだ。幼い頃はこうして一緒によくここでお昼寝していたね。
「エリシア、これ貰ってくれるかな?」
僕はエリシアにそっとフェレーヌの花を模した髪飾りを差し出した。つい最近用があってケートに行った際に露店の商人から買った物なんだけれどね。たまたま見つけてこれはエリシアが喜ぶと思ってすぐに買ったんだよね。
「これジェイクが選んだの?」
「うん、たまたま見つけたんだ。エリシアに似合うと思って」
淡い紫の小さな花が太陽の光を反射してキラキラ輝いている。これがエリシアの赤い髪に良く似合うと思うんだ。長い髪もエリシアに似合うからこれで髪をまとめてくれると嬉しいな。
「ありがとう~ジェイク~」
エリシアが嬉しそうに僕に抱き着いてきた。もちろんそんなに高いものじゃないけれど、今まで結婚指輪以外をあげたことが無かったから、こういう贈り物をするのは少し恥ずかしい。でもこれはちゃんと自分で貯めたお金で買ったからね。エリシアが家に入れてくれているお金は生活費以外には使っていない。
「ごめんね、なかなかプレゼントをあげられなくて」
「ううん、ありがとう。嬉しい」
僕はまだマジックアイテムとかは買ってあげられないけれど、これから一緒に行くから。そうすれば僕も買えるようになるかもしれない。だからこれは最初の一歩だよ。
フェレーヌの花の髪飾りを贈った次の日、依頼に出かけるエリシアを見送りに行く。
「それじゃ、行って来るね。今回は三日くらいで終わると思うから、終わり次第来るよ」
「気を付けてね。帰りを待っているからね」
出発するエリシアを見送って僕はそろそろエリシアに話そうと思う。薬師になることにしたんだって。どんな顔をするかな?
僕は少しだけ浮かれていた。
23話で第二章を終われそうです。
その次から最終章になります。
これからもよろしくお願いします。




