20:彼女の知らない話は言えない話
今回はいろいろ明らかになりますよ~
考察して頂いた皆さんはどこまで当たっていたでしょうか?
その反応もあると嬉しいですm(__)m
エリシアと喧嘩をした次の日、僕は疲れた体を引きずって家に帰って来た。普段はこんなに疲れたりしないのに、やっぱり精神的なものが原因かな?
日はもう沈みかけ夕日が染める赤も夜の暗闇に押されて消えかかっている。
家に入ろうとしたした時に後ろから声をかけられた。それは聞いたことがある声だった。落ちついた品のある男性の声。
「おかえりさないませ、ジェイク様」
僕に声をかけてきた男性はフォルドさんだった。僕がラルフさんに呼ばれた時に迎えに来たあの年配の男性だ。
「……何か御用ですか?」
僕がそう尋ねるとフォルドさんは少し話があるという。玄関前で話すことでもないようなのでとりあえず中に案内する。フォルドさんは狭い家に何も言わずに立っていた、僕が座って待っててもらうようお願いすると初めて椅子に座ってくれた。
とりあえずフォルドさんに茶菓子と薬草茶を出してみる。口に合わないかもしれないけれど生憎と家にはこれしかない。一応自信のある薬草茶を出してみたけれどどうかな?
「口に合わないかもしれませんが」
「これはこれは、ありがとうございます。ジェイク様」
フォルドさんに出した薬草茶は血行を良くする効果と疲労回復効果のあるやつにしてみた。ここまで来るのに疲れただろうし、顔色があまり良くないから血行を良くした方がいいかもしれないと思ったからだ。そこまで強力なモノじゃないからちょうど良いと思う。
「ふむ、これは良い薬草茶ですね。これなら売り物になると思いますが?」
「あくまで個人的にやっているだけなのでそのつもりはないですが、ありがとうございます」
意外と好感触みたいだ。まぁ、お世辞かもしれないけれど。
「それで何の用ですか?」
「大事なお話です。あなたさまの将来に関する」
「僕の将来ですか……何と言うか抽象的な言い方ですね。出来ればもっと分かりやすく話してもらえませんか?」
「……そうですね、まずは謝罪を。私としても話しにくい内容が故に遠回しな表現になってしまいました」
意外だった。フォルドさんはもっと僕に対して高圧的に出るものだと思っていた。フォルドさんの僕を見る目は穏やかで、そしてどこか申し訳なさを宿していた。
「以前の振る舞いから警戒するのも分かります。私もそういう風に振舞いましたから」
「今日は違うのですか?」
「言い訳だと理解はしていますが言わせて頂きますと、あの時はどうしてもお連れしろとラルフ様より厳命されておりましたのであのような態度をとりました。そのことについてはお詫びします」
そう言って深々と一礼をした。
「話を聞かせてください」
丁寧な対応をされれば僕だって丁寧に返す。僕の雰囲気が変わったのを理解したのかフォルドさんは姿勢を正すと話し始めた。
「今、ペルナ村に行商人が来る頻度が減っておりますね?」
「ええ、商品の質も悪いみたいですね」
僕が頷くとフォルドさんは表情に出さないけれど嫌そうな感じを受けた。何か関わっているというのだろうか?
「率直に言いましょう。この村への行商には圧力がかかっています」
驚いた、まさかこんなにあっさりと言うとは思っていなかった。普通こんな謀を貴族が素直に言うことなんてないはずなのだから。
「私はそもそも今回のやり方には賛同していません。わが主よりラルフ様を支えよと命じられておりますのでお仕えしておりますが、今回ばかりは……」
フォルドさんは悔しそうに声を震わせながら話す。僕はそんなフォルドさんの姿が嘘だとは思えなかった。この人は本当に賛同していないのかもしれない、そう思わせる何かがあった。もしこれで騙されたのならそれはそれだけフォルドさんが凄いということなのだろう。
「ただ、勘違いされぬ様申し上げますがラルフ様も公爵家も何もしてはいないのです」
「どういうことですか?」
何もしていない? それなら今の状況は有り得ないはずなのに……まさか!
「お気付きになられたようですね。ジェイク様は本当に賢いお方のようだ。そうです、ラルフ様はあなたのことをあまり好まれない。それが商人に伝わっただけです。後はラルフ様とエリシア様を見た商人が勝手にこの村へ自主的に行かなくなったり、商品を売らなくなっただけなのです」
冗談だろう……そんな理由で僕らに害をなすなんて商人の風上にも置けないじゃないか。
「商人たちがそうなるのも無理はありません。基本的に行商人は仕入先が決まっていますが、その仕入先は大店であることが多いのです。逆を言えば大店に嫌われれば行商は難しくなります。そしてラルフ様は妹のアレイシア様への贈り物の購入先をここら辺の大店に競わせることにしたのです。要はラルフ様に一番気に入られた商人がその権利を手に入れるのです。スフィールド公爵家は国内有数の大貴族です。気に入られれば王室御用達の可能性もゼロではありません」
つまり僕がいる村に良くすれば競争で不利になるから行商に圧力をかけたと……本当に最悪な連中だ。
「贈り物選びには時間をかけると公言されておりますので直ぐには決まらないでしょう」
「……要はエリシアと別れろと?」
「……エリシア様の前から姿を消せば十分だと思われます。もちろん直ぐに決断できることではありません。もっともラルフ様は直ぐにでも決断すると思っておられる様ですが……結婚とはそこまで軽いものではありません」
教育は受けているはずなのにそんなことも分からないなんて……。
「でも、諦めてはくれませんよね?」
「ええ、諦めることはないでしょう」
難しい話だ。こんな話を簡単に村のみんなに話すことは出来ない。公爵家の嫌がらせなんて噂が流れたらそれだけで問題になりかねない。
ましてやエリシアに話でもしたら大ごとになりかねない。万が一そんなことになったら最悪僕だけの首では済まないだろう。こういう時はエリシアの真っ直ぐな所が裏目に出るなぁ。
かといって僕が要求を呑まなければ嫌がらせは続く。薬や塩は欠かせない物資だし、嫌がらせの期間が長ければ長いほど影響は大きくなる。村のことを思えば直ぐに要求を呑むべきなのは理解している。でもそれはエリシアと交わした結婚という誓いを一方的に破ることになる。それはエリシアへの裏切りだ。
こういう時に相談したいクレイスさんは最近忙しいようで、手紙だけは届くけれどいつ帰って来られるかは分からない。クレイスさんくらいに強いとあちこちから呼ばれるみたいだししょうがないのかもしれないけれど。とは言えあまり頼りすぎるのも良くないんだけれどね。
――僕はどうするべきなのだろう
「先ほども申しましたように決断は直ぐに出来ないと理解しております。ですので、なんとか良心的な商人にかけあってみようと思います。どのくらい時間を稼げるか分かりませんがやってみましょう」
どうしてここまでしてくれるのだろうか? フォルドさんにはそんな理由は無いはずなのに。
「よろしいのですか? お立場もあるのでは」
僕がそう聞くとフォルドさんは首を振った。
「本来ならばお諌めするべきなのです。ですがラルフ様は耳を貸しては下さいません。ひとえに私の力不足です。せめてこのくらいはするべきだと思って今日は参ったのです。それにこのようなことは本来貴族のすることではないのです」
それにしてもラルフさんはどうしてここまでするのだろうか? 仮にエリシアを気に入ったとしてもやり過ぎな気がする。それにやり方が回りくどいのも気になる。
「なぜここまでするのかとお思いですね?」
顔に出ていたのだろうか。フォルドさんは僕を見ながら聞いてきた。そして目を閉じたまま話し始めた。
「ここだけの話とお約束ください。……ラルフ様はスフィールド公爵家の三男としてお生まれになられました。ラルフ様には二人の兄上がいらっしゃいますが、お二人のお母上は側室なのです。正妻の方はなかなかお子に恵まれずそれは心を痛めておられました。実際側室の方との確執もあり余計に辛かったことでしょう。いかに正室とはいえ嫡男は長男であるラルフ様のお兄様が継がれます」
……これは本当にここだけの話にしないと殺される話だよね。フォルドさんもこんな話を漏らしたとなればただじゃ済まないだろうに。
「ようやく授かったラルフ様を奥様は実に可愛がられました。望むままに欲しがる物をお与えになられており、旦那様が気付かれた時にはもう既に我侭な暴君へと育っておりました。これではいけないと行われた再教育の結果、幾分かはマシになられましたが、欲しいと思ったものをあらゆる手を使ってでも手に入れようとする悪癖だけは直りませんでした」
その悪癖の結果がこれだとは文句の一つも言いたくなる。貴族に言っても無駄だと分かっているしフォルドさんに当たるのは筋違いなので言わないけれど。
「このようなことまでするということはそれ程までにエリシア様をお気に召されたということなのでしょう。もっともだからと言って許されるものではありませんが……」
「その当主様に報告は出来ないのですか?」
そうすればラルフさんを諫めてくれるのではないのだろうか?
「可能です。ただしそれは一番の悪手になります」
「どうしてですか!?」
僕は驚いてつい大きな声を出してしまった。フォルドさんは落ち着いてくださいと言いながら事情を教えてくれた。
「エリシア様がただの冒険者なら釘を刺していただけたかもしれませんが、優秀で名声も高く美貌もお持ちです。これだけの要素が揃っているといかに旦那様といえども貴族の当主です。今回のラルフ様の行いは大きな問題ですのでラルフ様を諌めるよりもエリシア様を取り込んでしまうほうが利も大きく問題も小さくて済むと判断されるでしょう。一度旦那様が動けばラルフ様の行いとは比べ物にならない勢いで事が進みます」
つまり、息子の不始末よりも問題を最小限に抑えて無かったことにした方がいいと思われるってことなのか。
「ならなぜ、ラルフ様は言わないのですか? そのほうが早く目的が達成できるでしょうに……なるほど、そう言う事か」
僕は気付いてしまった。ラルフさんは自分の手でエリシアを手に入れたいんだ。これはラルフさんにとっての冒険と同じなのだと。ふざけている! これじゃまるで人の人生を使って遊んでいるのと同じじゃないか!
「お気づきのようにラルフ様は楽しんでおられます。それに奥様から与えられることは受け入れられるのですが、旦那様から与えられるのは嫌という感情もあるのでしょう」
「複雑な関係ですね」
僕がそう呟くとフォルドさんはまことに難解ですと呟いた。どうでもいいけれどそんなことに巻き込まないで欲しかった。乳離れできていない子供の癇癪と何が違うというのだろう?
「分かりました。教えてくれたことには感謝しますが……」
「良く考えてから答えを出されるとよろしいでしょう。」
僕にそう言うとフォルドさんは帰って行った。気が付けば月が明りのついていない家の中を照らしだしていた。
こんな真似をされても何も出来やしない……僕は無力だ。
無力だということがそんなに悪いことだと言うのなら。
力があることがそんなに正しいと言うのなら。
僕はそんな正しさを真っ向から否定してやる。大人しく出て行くと思ったら大間違いだ。僕に出来るだけのことをやってやる。村に迷惑をかける訳にはいかないからまずは村長に話さないといけない。村長は直ぐに出て行けとは言わないと思うけれど……正直に言えばこれに抗う方法なんて考えつかない。それでもこのまま大人しく言いなりなんて無理だ。
どうすれば裏をかける? 向こうの言い分を叶えた振りをしてエリシアと共にある方法は無いのか?
眠気も食欲も無かった。ただ、どうすればいいかだけ考え続けていた。
それから少しは行商人達が来る頻度や品の質がマシになってきた。フォルドさんが上手くやってくれているのだろう。村長に話したら今は村の皆にも黙っておくように言われた。
「貴族の言いなりになって村の一員を追い出すなどペルナ村の村長としては簡単には呑めんわい」
そう言ってくれた村長だけれど村長も分かっていたんだと思う。僕だって理解はしていた。
僕には時間が与えられたのだ。
今回の裏側の一つです。
実はこんな事態が起きていました。
こうなってくるといろいろ変わると思いませんか?( ̄ー ̄)ニヤリ




