4:私と女神の剣
今年はこれで最後です。
ゴブリンキングが手にした棍棒が唸りをあげながらまた一人の初心者冒険者を叩き潰す。
そのまま近くで腰を抜かしていた初心者をなぎ払おうとしているのが見えた。
冗談じゃない。これ以上誰かが死ぬのなんて見たくないからそれはやらせない!
採取用のナイフを顔目掛けて投げつけるとゴブリンキングは棍棒を持っていない手で払い落とした。
その隙を突いて腰を抜かした初心者冒険者を蹴飛ばして安全圏まで逃がしておく。
「早く逃げて!」
私の声で初心者冒険者は這いながらも逃げていくのが見えた。よかったこれなら大丈夫かな。
ただ、しまったなぁ、皆よりも先行して来てしまったから私だけで対峙することになっちゃった。
それでもゴブリンキングの前に立ちはだかって他の冒険者に意識が向かないように剣をちらつかせる。
せっかく助けたのに他の冒険者に襲い掛かられたら意味が無いしね。
正直どのくらい強いのか分からないけれどやってみないと分からない!
私目がけてゴブリンキングの棍棒が振り下ろされるのをかわしながらなんとか隙を探す。凄く重い攻撃だなぁ、こんなのに当たったらタダじゃすまないなぁ。
しかも攻撃が激しすぎて隙が無いように見える。攻撃は見えるのに踏み込むことが出来ない。
今の私だと受け流すことも、かいくぐりながら攻撃することも難しいみたい。かわすだけなら出来るのに。
「まいったなぁ、逃げっぱなしだよぉ」
攻撃をかわしながらどうしようか考えていると急にゴブリンキングがうめき声をあげた。
「エリシア、よくやったよ!他の冒険者は避難し終わったよ。」
シェリアが後ろからゴブリンキングを斧で斬り付けたみたい。背中を斬られて怒ったせいでシェリアに目標が移ったみたい。
それにしても私が引きつけている間に避難を済ませていたなんて皆凄いなぁ。私は反省しないといけないね。仲間がいるんだから一人で突っ走らないよう気をつけよう。
ゴブリンキングの方はシェリアが棍棒を盾で受け流しながら斧でしっかりとダメージを与えている。シェリアは凄いなぁあんな戦い方もあるんだ。
「このままシェリアだけに戦わせるつもりないからね」
シェリアに意識が向いている今なら攻撃できそうだ。ゴブリンキングの棍棒に注意しながら懐へ飛び込んで隙だらけの胴を斬りつける。誰かが引きつけていればこんなに攻撃しやすいんだ。
なんだろうこの感じ。
ただ剣はそのまま無防備な胴を薄く切っただけだった。どうして剣が弾かれたの!?
「うそ、あんまり効いてない」
どうやら武器の質の差みたい。ジェイクが作ってくれた剣は、分かってはいたけれどあんまり質が良くないみたい。
ゴブリンくらいなら問題なかったけれどこのレベルの相手になると剣の質が足を引っ張っているのが如実に出ていた。
でも、無理を言って作ってもらったんだ。これはむしろ武器について甘く見ていた私が悪い。
「効きが浅いなら!」
一回でダメなら効くまで同じところを斬ればいいだけだよね。剣の質は腕でカバーしてみせる。胴を狙うのはやめて棍棒を持つ手を狙って攻撃してやる!
ゴブリンキングはシェリアに苛立ったのか攻撃が激しくなってシェリアが押され始めた。このままじゃまずいと思ったときにシェリアの体が淡く光った。
「守りの加護よ! プロテクション」
アニーがシェリアに何かをかけたみたい。癒し手だと聞いていたけれど癒しの術以外も使えるんだ。シェリアが受けるダメージが明らかに減り始めた。
「エリシア!なんとか隙を作ってください。シェリアはそのまま受け流しながら隙をうかがって下さい。アニーはそのまま支援を続けて」
レイラが魔術を飛ばして嫌がらせをしつつ指示を出してくれているから戦いやすい。
そうか! これが仲間と一緒に戦うってことなんだ。
シェリアが攻撃しやすいようチクチクと攻撃をして嫌がらせをしてみる。するとゴブリンキングは目を血走らせながら私のほうに棍棒を振るってくる。シェリアはその隙を逃さず重い斧の一撃を叩き込んでいく。
シェリアの攻撃のタイミングがなんとなく分かった気がする。それにレイラの魔術が発動する気配のようなものも感じられるようになってきたかも。
あ、ちょっと離れておこう。レイラの魔術が飛んでくる気がする。
「吹き荒れろ!アイスストーム!」
レイラの氷の魔術がゴブリンキングの周りで吹き荒れて視界を奪う。その隙にシェリアが離脱してアニーに傷を癒してもらっていた。
「癒しの加護よ! ヒーリング!」
私も息を整えておこうかな、大分疲れたけれど気力は不思議と充実している。一回でも攻撃が当たれば死ぬかもしれないのにドキドキが止まらないのはなんでだろう。
視界が戻ったゴブリンキングが棍棒を私に叩きつけようとするけれどそんな攻撃には当たってやれない。逆にその手を斬りつけてやる!
「エリシア! あたしも行くよ!」
シェリアが復帰してゴブリンキングの注意をそらす。でも私も忘れないでよね?
アニーも途切れることが無いように防護の術をシェリアにかけ続けている。ちゃんと効果時間を把握しているんだ。アニーも凄いなぁ。
「こっちこっち」
私とシェリアに翻弄されてゴブリンキングは狙いが甘くなり攻撃に精彩を欠いてきた。血を流しすぎたからか反応も少し鈍くなってきている気がする。
「お前たち、逃げるんだ!」
突如そんな声が聞こえてきた。声のした方を見てみると巣の方角からベテラン冒険者が駆けつけて来たみたい。
だけど今更逃げるなんて出来ない、そんなことをすれば逆に押し切られるし他の初心者も危険だしね。
それに私達ならコイツは倒せる!
「大掛かりな魔術を使います!合図をしたら離れてください!」
レイラがそう言いながら呪文の詠唱を始めた。大掛かりな魔術ってどんなものなのだろう。
今までは特に詠唱とかしていなかったから、多分凄いのが来るとしか分からないけれど。
だってその証拠にレイラに大きな力のようなものが集まっていっているのが分かる。
「レイラの方に行かせるか!」
シェリアがゴブリンキングの行く手を阻む。こいつレイラが危険な存在って分かってるんだ。やらせない!
「もらったぁぁぁ!」
何度も同じ場所を斬り付けた私の剣は棍棒を持つ腕を斬りおとした。
斬りおとす瞬間さらに剣の扱いが分かった気がする。これならもうこのジェイクの剣でもゴブリンキングくらいなら相手に出来ると思う。
腕を斬りおとされて凄まじい悲鳴をあげるゴブリンキングの首にシェリアが斧を叩き付けた。でも首を切り落とすまではいかず、斧が首に喰い込んで引き抜けなくなったみたい。
「準備が出来ました!離れてください!」
レイラの合図だ!
シェリアはそのまま斧から手を離して距離をとった。私も距離をとって離れておく。するとレイラに集まっていた大きな力が解き放たれたのを感じた。
「神鳴る一撃、天を切り裂き愚者に裁きを与えん!ミョルニル!」
轟音と共に雷がゴブリンキングを貫いた。シェリアの斧に落ちた雷はそのままゴブリンキングを体の内側から焼いていく。
肉の焼ける嫌な臭いが漂ってくるとそのままゴブリンキングは前のめりに倒れて動かなくなった。
あれが魔術なんだ。なんというか凄いとしかいえない。でもあれってレイラだから使えたのかな?後で聞いてみようかな。
「……倒したんだよね?」
様子をうかがってみるけれど動く様子はないみたい。アニーも遠くから小石を投げて様子を見ている。反応が無いところをみると死んでいるみたい。
「やったよ!みんな」
嬉しさのあまりトドメを刺したレイラに抱きついてしまった。アニーも抱きついてきて喜びを表している。シェリアも嬉しそうに私達の背中を叩いてきたって、痛い! 痛い!
気がつけば他の冒険者も集まってきているみたい。そんな風に浮かれていたときだった。
「逃げろと言っただろう!」
一人のベテラン冒険者がそう言いながらやってきた。戦士なのかな? 大柄な体に大きな剣を背負っている。
でも逃げろといわれてもあの時は逃げられなかったんだからしょうがないと思う。
「少し落ち着いた方が良い。それにあれは逃げていた方がかえって危険だった。彼女らの判断は仕方ないものだよ」
仲間かな?別の冒険者がそう言いながら怒っていたベテラン冒険者をなだめはじめた。それにしてもこの人は綺麗な顔をしているなぁ。金の髪も昔、村長に見せてもらったことがある金の指輪みたい光ってる。
ふふ、この人は分かってくれるんだね。私達の頑張りを……なんか嬉しい。
「すまなかった、私はラルフ・スフィールドという者だ。彼はオイゲンと言って私のパーティーの戦士をやってくれている」
ラルフさんにオイゲンさんか。姓があるということは貴族なのかな?
「私達は――」
レイラが私達の紹介をしてくれる。ところでパーティーって何?
「オイゲンは君達の心配をしてつい言葉が荒くなってしまったみたいだけれど、それも彼の優しさの表れだと思って許してもらえないだろうか?」
「私は構いませんが……」
レイラは私達を見てきた。私は気にしていないし、心配するとつい言葉が荒くなっちゃうのはなんか分かるし。他の二人も気にしていないみたい。
「すまなかったな、つい言い方が荒くなった」
オイゲンさんもそう言って謝ってくれたしこれで終わりでいいと思う。
「それにしてもお前さん達は凄いな。まだ初心者なのにゴブリンキングをあっさりと倒してしまうとは。これから先が楽しみなパーティーだ」
「そうだな、もし君たちのランクが上がって一緒の仕事が出来るようになればその時はぜひ協力をお願いしたい」
オイゲンさんとラルフさんはそう言うと挨拶をして向こうへと歩いていった。もう少し話を聞いてみたかったけれどまずは今日の仲間を優先しないと。それにパーティーってなんだろう?
「ねぇ、パーティーって何?」
「「「えっ!」」」
三人は驚いた顔で私を見てきた。だってうちの村に来る様な冒険者なんて滅多にいないし、いても二、三人でそれぞれ個人で来るし、こんな風に仲間を連れてくることなんて無いのだからしょうがないじゃない。概略なら聞いたことがあるけれど結局どういうものかは知らないのだもの。
そう伝えるとレイラがパーティーとはどういうものか教えてくれた。
「つまり、一緒に冒険や依頼を受ける仲間をパーティーと言うんだね」
「そういうことになりますね。一応ギルドからいろいろサポートはありますが、それはおいおい説明しますね」
なるほど。ならこのメンバーでパーティーを組むことは出来ないのかな?
「あたしらでパーティーか……」
「悪くないですね。バランスもいいですし」
「相性もバッチリなメンバーだからあたしはさんせーい!」
皆も乗り気みたいだしパーティー組んじゃおう!
「名前どうしますか?」
レイラがそう言ってきた。
「パーティー組むなら名前決めないとね」
アニーがそう言いながら何かいろいろ名前を挙げているけれど正直に言うとその名前は嫌だ。ジュエルラブリーとか何の冗談だろう。
「あたしは学が無いからパス」
シェリアは早々にお手上げになってしまうし。なら以前読んだ本からとってこんなのはどうかな?昔、行商のおじさんからもらったボロボロになった本に書いてあったんだ。
「女神の剣なんてどうかな?」
「女神の剣ですか?」
レイラは知ってるのかな? ああ、あれですかと頷いている。
「以前読んだ冒険者の物語に書いてあったんだけど、主人公の冒険者が信仰している女神様が自由と勝利を司ってたんだ。それで持っている剣が自由の象徴って書いてあったの」
「なるほど、冒険者は自由だからか。あたしは賛成だよ」
「私もさんせーい。かっこいいじゃん!」
「昔、信仰されていた自由と勝利の女神のことですね。私もいい名前だと思います」
ならこれで決定だね。
「なら、私達は今日から“女神の剣”だね!」
読んでくださった皆様へ。
よいお年を