表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/79

19:彼女の僕の失敗

 最近、村に来る行商が減った気がする。


 そんなことを村長に言われたのはある晴れた日の午後だった。暑くなってきて大きな入道雲が空に浮かんでいる。もう完全に夏に入っていた。


 村長に頼まれて村の皆と一緒に倉庫の備蓄を確認していた時に困った顔をしながら村長が言い出したのだ。


「以前よりも来る回数が減っておるし、品も少なく質が悪いものが多くてなぁ」


「村長もそう思っていたんですね。あたしも最近どうしたんだろうと思って昨日来た行商人に聞いてみたんですけど最近仕入れが厳しいとかなんとかで要領を得ないんですよ」


 パルテ婆さんがそう言いながらオーベルに右の棚から荷物を下ろすように指示をする。他にもシェリアさんも聞いてみたらしいけれど大したことは聞けなかったらしい。


「ジェイクはどう思う?」


 荷物を下ろしたオーベルが次の荷物を持ちながら聞いてきた。


「分からないよ。行商人の品揃えが安定しないのはよくある話だけど、訪れる回数が減るのは理由が無い」


 オーベルはそうだよなぁと呟いた。特に戦争があるとかそういう話は聞いていないし、こうなる理由が僕には特に思いつかない。


「今のままでも暫くは大丈夫だが、長引くと不味いよな」


「薬や塩とかは替えが効かないからね」


「お姉ちゃんが何か知ってればいいのにいないし」


 アリアが差し入れにぶどうジュース持ってきたので休憩がてらに頂こうかな。アリアも飲みながら愚痴をこぼすけれど流石にエリシアは分からないと思うよ。まぁまぁとお義母さんが宥めているがそのお義母さんも苦い顔だ。


「とにかく理由がハッキリするまでは節約しながら生活するとしようかの」


 村長がそう言って皆作業に戻る。僕は積み上げられた備蓄を確認しながら薬の在庫が少ないことに不安を覚えていた。





 最近眠りが浅い気がする。いろいろと心労が溜まっているのかな? 今も気を抜くと眠ってしまいそうなくらいだ。何とか頭を振って眠気を誤魔化しながら掃除をしていた時だった、台の上に置いてあった手鏡に手が当たってしまったのだ。落ちていく手鏡に向かって腕を伸ばすけれど思う様に動いてくれず、手は空しく空を掴んで手鏡は床に落ちて割れてしまった。


 はぁ、いくら眠いとはいえ今までやったことのないミスだよ。今の僕はどうやら本当に使い物にならないみたいだ。僕はしゃがみ込んで呆然と割れた手鏡を見つめる。


「ジェイク、大丈夫!?」


 エリシアを驚かせてしまったかな? それにしても申し訳ないことをしてしまったなぁ。


「怪我は無い?」


 エリシアに椅子に座らせられてしまった。片づけくらい自分で……いや、今の僕なら指を切りそうだ。手鏡なんて高級な物を割ってしまった……ちゃんとエリシアに謝らないと。僕がエリシアに謝るとエリシアは首を振って僕を見てきた。


「それは別にいいよ、ジェイクに怪我が無いならそれで十分だし」


「でも……あれは……銀貨五枚もするよね?」


 それでも物が物だから申し訳なさが半端ない。そんな簡単に買える金額でもないのだ。こんな村では特にそうだし。


「そんな高価な物を僕は……」


「気にしないでジェイク。あのくらいだったらまた買えばいいんだから」


 ……僕にとっても大金でもエリシアにとってはそうではないらしい。高ランクの冒険者はそんなに稼ぐことが出来るのだろうか? もしそうだとすればエリシアは僕がいなくても生きていくことが出来るのかもしれない。


「ほら、ちゃっちゃっと片付けて残りの掃除終わらせようよ」


 気が付けば僕とエリシアにあった差はお金という形でも溝が出来ていた。僕はその事実に気付かないふりをしながらエリシアにそうだねと笑いかける。エリシアはもう一人でも生きていけるということから目を背けて。




 

 その日の夜、僕はエリシアにエリシアが持っているマジックアイテムを着けた状態を見せて欲しいとお願いしてみた。エリシアの変化がマジックアイテムの可能性もあるから見てみたくなったのだ。魔力を見てみればもしかしたらどれが原因か分かるかもしれないし、安全なモノかどうか分かるかもしれないから。もちろん知識も何もないけれど。何となく嫌な物だったら分かる気がしたから。


「いいよ、ちょっと待っててね」


 そう言ってエリシアはすぐに準備をしてくれた。タリスマンに指輪、髪飾りにピアス。クロノスフィアを腰に下げて、かなり上等な胸当てを着けている。その姿はもう一流の剣士の姿に見えた。


「えへへ、どうかな? カッコいい?」


「ああ、カッコいいよ。エリシア、まるで物語の女剣士みたいだよ」


 僕はそう答えながらエリシアが着けているマジックアイテムを注意深く見てみる。マジックアイテムは着けていないと効果が発揮されないから、高度な知識と鑑定する才能が無ければ、着けていない状態では分からないとレイラさんから聞いたことがある。


 意識しながらよく見てみるけれど、どれも魔力は感じるけれど嫌な感じは一切しなかった。もしこれらが原因ならと思ったけれど違うようだ。当ての外れた僕はエリシアにありがとうと言って抱きしめる。


 エリシアは恥ずかしそうにしながらも大きなあくびをし始める。どうやらもう眠いみたいだ。


「ごめんね、ジェイク。今日はもう寝るね」


 そう言いながら部屋に戻って行くエリシアを見送りながら僕は考える。装備品じゃないとしたらいったい何が理由なのだろうか? やはり冒険者という環境なのだろうか? でもそれならレイラさんやシェリアさんに影響が出ていないのが説明できないはずだ。二人はとても常識的だし、人格も立派だ。


 きっと他に理由があるはずだ。僕はそう思いながらもエリシアの変化の理由が何なのかだんだんと不安になってきていた。


 ―――もしかしたらエリシアに元々そういう素質があったのかもしれないと。






 次の日の朝、いつも通り起きてきたエリシアにお皿を出してもらいながら朝食の準備をする。今朝はパンに昨日のスープだけれど、贅沢に卵も焼こうかな?


 あれ? 耳にピアスを着けっぱなしにしているみたいだ。昨日僕がピアスを着けた状態を見せて欲しいとお願いした後、そのまま外すのを忘れたらしい。朝食後にピアスのことは言っておこうかな。


「エリシア、今日は何か予定ある?」


「特に何も考えてないけれど?」


 そうか、予定が無いのならエリシアを誘ってあのフェレーヌの花が咲く場所で昼食をとるものいいかもしれない。もうフェレーヌの花が咲き乱れているはずだから時期的にもちょうどいいはずだし。僕がそう提案しようとした時、玄関がノックされた。


 エリシアが誰だろうと言いながら開けた玄関にはラルフさんが立っていた。鎧などの装備を着けているし冒険に行く時の格好なのだろう。それにしてもここまで来るなんていったい何の用だろうか?


「あれ? ラルフどうしたの?」


「今日も美しいな、君に贈ったそのピアスも良く似合っている」


 いちいちやることが嫌らしい人だ。それがパーティーで配布したものだということを僕が知らないと思っているのだろうか? 


 ラルフさんがそう言いながらエリシアの髪を手に取って口付けた瞬間、僕は怒りで目の前が真っ赤になった。髪に触れるのは家族ぐらいしか許されないし、口づけなんて恋人か夫だけの権利だ。それをこうも侵害してくるとは……バカにするにも程がある!


「もう、ラルフったら。それで何しに来たの?」


「ああ、すまない。ついエリシアの美しさの前に用件を言うのが遅れたな。実は急に依頼が入ったんだが、エリシアへの指名依頼なんだ。二日くらいで終わる予定だから来れないか?」


 指名依頼? 聞き覚えの無い言葉だけれどどういうモノなのだろうか?


「エリシア、指名依頼って何?」


「君がジェイク君だね、初めまして。」


 エリシアが答えようとした時ラルフさんが割り込んできた。これは会話の主導権を握りたいからかな? エリシアに任せていると僕に説得されるかもしれないと思っているのだろうか? まるで焦っているようにも見える。僕はエリシアが冒険に行くこと自体は否定するつもりはない。だからその心配は無駄なのに一体何に焦っているのだろうか?


「エリシアに受けて欲しいと依頼主からの指定なのだ、ジェイク君。冒険者でない君には理解できないと思うがね」


「……そういう依頼もあるんだ? エリシア」


 ラルフさんに聞いてやる必要も無いからね。ここで今更無礼だとか言い出すこともないだろうし。それにしても指名依頼か……それは本当にエリシアを選んで出されたモノなのだろうか? ラルフさんが手を回したと言われても驚かないかな。僕はラルフさんのやりそうなことに心の中ではイラついていた。


「うん、最近指名も増えてきたかな? 指名依頼は拒否すると面倒なことになるんだよね……二日くらいだし、ちゃちゃっと行ってくるからちょっと待ってて」


 エリシアがそう言うのなら予定通り帰って来てくれるはずだ。最近は約束を守ろうとしてくれているし、ピアスの外し忘れも元は僕が頼んだことが原因だ。だからそれらはいい、でも髪のことは見逃せない!


「ラルフ様、先ほどのような触れ方はやめてください。エリシアは僕の妻です、異性の髪に触れるのは家族か恋人、夫だけです。誤解されるような真似はお止めください」


 僕は言葉遣いは丁寧に、それでも怒りを込めてしっかりと抗議させてもらう。ここでラルフさんが怒りに任せて僕を処罰すればそれはラルフさんの負けだ。秘密裏に僕に会おうとしたことを考えれば、エリシアの前では本性を現わせないだろうから。


「今後、そういう態度を改めてもらえないのなら僕はエリシアがこれ以上同じパーティーで活動することを認めません。あなただって不名誉な噂が立つのは不本意では?」


 ちょっとだけ強硬的な態度に出てもここはハッキリさせておきたい。エリシアを責めるつもりはないけれど、これは譲ったらいけない一線なのだから。僕の言葉にラルフさんは顔を引きつらせて、何かを我慢するように顔をさらに歪めた。


 その瞬間、思いもよらない言葉が飛んできた、他ならぬエリシアから。


「ジェイク、ラルフは私の大事なパーティーメンバーなんだからそういう言い方止めて。家族同然の大事な仲間をそういう風に言うジェイクは嫌だよ。ラルフに謝って」


 え? エリシア? 君は何を言っているんだ!?


 これは大事なことなのにどうして君が怒るんだい?


 僕を睨みながらエリシアが怒ってくる。……どうして僕が怒られるのだろう?


 おかしいのはラルフさんで、僕は正当な主張をしているだけだ……なんで僕が責められるんだ?


 そう思ってしまったことが間違いだった。今まで口出ししないように気を付けながらエリシアの様子を見てきたのは、エリシアを刺激して話が出来ない状態にしたくなかったからなのに。明らかにおかしくなってきているエリシアを刺激することは何の意味も無いのだから。せめて理由が判明して対策が見つかってからエリシアと根本的な話し合いをするつもりだったのに。


 僕の心の中の何かがピシッと音を立てた。その瞬間、僕の口は勝手に喋っていた。


「でも、そのピアスだって彼から貰った物じゃないの!?」


 ……しまった!! 今まで我慢してきたのは何のためだと思っているんだ僕は!? ここで、しかもラルフさんの前で言うなんて最悪だ!


 これじゃエリシアが僕に不信感を持ってしまうかもしれない。たった一回の過ちだけれど、それは致命的だったかもしれない。現にエリシアは凄いショックを受けているようだ。


 ……大失敗だ……今までの我慢も……何かも無駄にしてしまった。慎重にやらないといけなかったのに……自分の未熟さに腹が立つ。


「何がいけないの? マジックアイテムだよこれ。仲間から冒険に使う道具貰うのがそんなにおかしいの? ジェイクはそういう目で私達を見ていたの? 私とラルフは仲間であってジェイクが疑うような関係じゃない! 他人からこういうのを貰うのが嫌ならジェイクがくれればいいじゃない!」


 !……分かっている……エリシアが本気でそんなことを思っていないのは。売り言葉に買い言葉ってやつだということも。それでも僕はショックを隠せなかった。確かに僕はエリシアにマジックアイテムを贈ることが出来るほど稼ぎがあるわけじゃない。だから思わず口ごもってしまう。


「それは……」


 僕が口ごもった瞬間、エリシアは部屋に飛び込んであっという間に準備を済ませると外に飛び出した。そしてそのまま連れて来られていた馬に飛び乗った。


 さっきは気が付かなかったけれどアニーさんもいたようだ。せめてアニーさんも一緒にいることを知っていればもう少し我慢できたかもしれないのに。来ているのがラルフさんだけじゃないと分かれば少しは印象も変わっていたのだから。状況確認を怠った僕の……ミスだ。


「とにかく、依頼には行くね。帰りはちょっと分からない……」


 僕の返事も聞かないまま行ってしまったエリシアの後ろ姿を見ながら僕は激しく後悔していた。なぜもう少し我慢できなかったのだろうかと。


 僕が戦うべきなのはラルフさんではなく、エリシアを変えようとする何かだというのに。

欝い……なんて欝い展開なんだろう。


でも悲恋タグが言っています


「本当の地獄はここからだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ