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18:彼女の勝利と苦しみ

二章ラストが見えてきました。

 エリシアから手紙が届いた。中には例の化け物を見つけたから倒してくるという内容の手紙が入っていた。エリシア達はこのために力を付けていたし、装備なんかも充実し始めてきていた。ついこの間も帰って来た時に耳に見慣れないピアスがあったから聞いてみれば、またパーティーで配られたものだとエリシアは答えた。またラルフさんか……嫌らしいやり方をしてくれる。


 こういう時には僕には何も出来ず祈ることしか出来ない。エリシアの無事を祈りながら何日か経ったある日エリシアは帰って来た。


「あの化け物、倒したよ」


 夕食を終えてエリシアが僕にそう告げてきた。家に帰って来た時からどこか落ち着いたような雰囲気がしていたから何かあったに違いないと思ってはいたけれど、そういうことだったんだね。


「……良かった」


 僕はようやくこれで一区切りがつくと思ってホッとしていた。やっぱり命の危険は少ない方が良いに決まっている。


「エリシアが無事に帰って来てくれて嬉しいし、目的も果たせて良かったよ」


「毒も手に入れたし、これでレイラの治療も進むと思うんだ。毒って血清作るのに毒自体が必要なんでしょう?」


 エリシアはそんなことまで勉強していたんだね。毒から血清が作れるのは知識が無いと分からないからね。それにしてもよくそんな物を手に入れることが出来たものだね。


「良く知っていたね、その通りだよ。必ずとは言わないけれど、毒そのものがある方が早いことは多いよ。もっとも毒を手に入れることは難しいからあまり使えない方法なんだけれどね」


 ただ、必ずしもそれで作れるとは限らないからここは安易な返答は控えておこうかな。新しい薬学大辞典に書いてあったことなんだよねこれは。とはいえレイラさんが治るかもしれないのなら方法はいくらあってもいいのだから。


「そうなんだね、ならもう安心できるよね。ねぇ、ジェイク、今日はお酒に付き合ってよ? あいつを倒したお祝いに……ダメ?」


「……分かったよ、だからそんな捨てられたような子犬みたいな目でみないでってば」


 エリシアが縋るような目で僕を見てくる。そんな目で見なくてもちゃんと付き合うから。まったく君はそいうことを素でやるから質が悪い。でもそんなエリシアが僕は大好きだった。僕は台所でお酒の準備を始める。そうだ、最近浸け始めていた薬草酒があるからそれも出してみようかな。少しアルコールが強いけれど大丈夫だよね。


 その夜はエリシアと穏やかな夜を過ごすことが出来た。酔ってしまったエリシアが甘えてくるからついつい甘やかしてしまったけれど。明日の朝はエリシアは起きれないかもしれないね。






 エリシアが例の化け物を倒した後、レイラさんの治療に例の毒があまり役に立たないことが分かった。最悪そうじゃないかと思っていたから驚きは少なかったけれど、凄く残念だった。これで治れば良かったのに。神殿での治療の予算も削られるらしく、エリシアから僕は相談を受けていた。


 治療のお金が足りないのならと仲間のアニーさんが個人的にお金を寄付することにしたらしい。エリシアはそれにショックを受けたようで僕に聞いてきたんだよね。どうしたらいいかというよりは、どう思うかを。


「……凄いと思ったけれど……私だけのお金じゃないし……」


「エリシア」


 言いたいことは何となく分かる。凄いことだし、立派な行為だと思うけれどお金のことは特に慎重に扱うべきだからね。でもね、エリシア。


「人を救うために何かするのは間違いじゃない。ましてや自分で稼いだお金なら胸を張って使うべきだよ。仲間の為に頑張ろうとする君は僕の自慢の奥さんだから……その研究のためにお金を出して良いよ。僕はここで生活する分だけあれば十分だよ」


 人を救おうとすること自体は間違いじゃないと思うよ。もちろんやり方を間違うことはあるから気を付けなければいけないけれど、それでも気持ちだけは正しいのだから。お金を出すことで少しでも力になれるのならそれは僕も賛成だ。そうすることでエリシアの仲間のレイラさんが元に戻るかもしれないのならなおさらだ。


「ありがとう、ジェイク。私、ジェイクの奥さんで良かったよ」


 ただ、エリシアの表情が少しだけ辛そうに見えたのはレイラさんのことを思ってなのか、それとも別の理由があるのだろうか? 僕にはその理由は話せないのだろうか……いや、エリシアについた嘘を話せていない僕が言えた義理ではないよね。


 嘘が胸を締め付けるようにズキズキと痛んだ。


 二人で相談した結果、エリシアが稼いだ分の四割を神殿に寄付するということに決めた。元々エリシアの稼ぎは貯えにしていたからそのくらい出しても何の問題もない。何も出来ない僕でも少しは手助け出来ると思うと心も少しは軽くなった気がした。





 そんなある日、一仕事終えて家に入るとエリシアがすでに晩酌を始めていた。右手にカップを持って左手には誕生日に貰った父さんのワインが握られていた。


 えーっと、何でエリシアはあのワインを飲んでいるのだろう? 確かに一杯だけ飲んだけれど、エリシアが帰ってきたら一緒に飲もうと思ってとっておいたのに。僕は少なからずショックを受けていた。


「エリシア……そ、それ」


「封が開けてあったから一杯だけ貰ったんだけれど……マズかった?」


 マズいわけじゃないけれど、少しだけ悲しかった。せめて一言聞いてから飲んで欲しかったかな。まぁ、何も書いておかずに置いておいた僕にも非はあるだろうけれど。


「……他にお酒あったと思うけど」


 台所を漁ってみるとちゃんとお酒は残っていた。安酒だけど家くらいならこれくらいの方が似合っている。僕はエリシアの方を見ないで答えた。 


「ごめんなさい。最近ラルフ達と飲んでるお酒に慣れちゃったからつい……欲望に負けました」


 お酒の誘惑に弱いなんて凄く冒険者らしいね。でも、それは褒められたことじゃない。厳しく言うことも出来るけれど、ここはエリシアにもっとも効果的な方法で言おうかな。


「……ごめんね、ジェイク。新しいの買ってくるから……ダメ……かな?」


「……違うんだ、エリシア。これは昨日お義父さんからもらったワインなんだ。本当は誕生日にくれるつもりだったらしいんだけれど、手違いで遅れて来たんだって。このワインはさ、父さんが好きだったお酒なんだって。だからゆっくり飲もうと思っていたんだ。」


 僕は悲しそうな表情でエリシアに言う。まぁ、実際少しだけ悲しいから嘘じゃない。エリシアはみるみるうちに萎れてしまい、申し訳なさそうに僕を見ている。


「……ごめん……なさい……」


「気にしないでいいよ。知らなかったんだからさ」


 優しい声で気にしていないと伝えればエリシアならもうやらないように気を付けてくれるはずだ。今のようにお酒を飲んでいるといつか体を壊すかもしれない。そうなる前に釘は刺しておきたいからね。


「……赦さないでいいよ、ジェイク。私が悪いんだからさ?」


 エリシアはそう言いながらちょっと散歩してくると言って出て行ってしまった。少しお灸が効きすぎてしまったかな? このまま放っておくわけにもいかないね、追いかけないと。行先はきっとあの場所だろうから。






 エリシアの好きな場所が村の近くにある。フェレーヌの花が咲き誇る場所で、エリシアと一緒によくあそこに遊びに行っていたなぁ。あとエリシアが落ち込んだりした時はあそこでよく泣いていた。そろそろ花が咲き始める時期だろう。


 少し歩いて行けば、少し小高い場所にあるフェレーヌの花畑が見えてくる。まだ咲き乱れるというほど咲いてはいないけれど、小さな淡い紫の花がちらほら咲き始めていた。その中心にエリシアは佇んでいた。


 今日は月明かりが辺りを強く照らしてくれている。そのおかげでエリシアの表情が良く見えた。まるで叱られた子供のような、行き場所を失くした人のように悲しい顔をしていた。昔、エリシアが夢をバカにされたりした時によくここで泣いていたっけ。


 そんなエリシアをそのままにしておきたくなくて僕は花冠を作ってあげたりしたんだよね。後日、エリシアが同じようにフェレーヌの花で花冠を作ってくれた時は嬉しかったなぁ。村の子供達からからかわれたけれどそんなことはどうでもよかった。エリシアが喜んでくれたことが大事だったから。


 僕はエリシアが嬉しそうにしている顔が大好きで悲しそうな顔は見たくなかった。だから今みたいな悲しそうな顔をしているエリシアを見ると胸が締め付けられたみたいに苦しくなる。


 エリシア、君にいったい何があったんだ? 何でそんなに傷つきやすくなっているんだ? エリシアはこのくらいで僕から逃げることは無かった。僕を信じられないというよりも、どこか極度に僕から見捨てられることに怯えているようだ。


 僕がエリシアが冒険者になることを認めたのは間違いだったのだろうか? こんなに傷ついてしまうくらい辛いことが何かあったのだろうか? それともこれがエリシアが僕に見せなかった姿なのだろうか?


 愛する妻を支えることすらできない自分の不甲斐なさに呆れてくる。このまま消えてしまいそうな気すらしてくるエリシアに声をかけようとしたとき聞こえてきた呟きに僕は耳を疑った。


「……冒険者辞めてジェイクに尽くすべきかな……今日の償いもあるし……寄付はあんまり出来なくなるかもしれないけれど……」


 ……冒険者を辞めて僕に尽くす? ちょっと待ってエリシア、いつから僕に尽くすなんていう考えが出てきたんだ? 僕がエリシアの好きなことをサポートするのが好きだからやっているだけで、エリシアはそもそも誰かのサポートなんて向いていないタイプだよね? それなのに僕に尽くすなんて……まるで夫に尽くすことが当たり前みたいに呟くなんて……。


 ―――ダメだ、ここでエリシアにそんな選択肢を選ばせたらエリシアは致命的に何かが変わってしまう気がする。僕が愛しているのは自由なエリシアで、都合のいい妻としてのエリシアじゃない!


「……そんな理由で辞めたらダメだよ、エリシア」


 震えているエリシアを後ろから温もりを伝えるようにギュッと力強く抱きしめる。僕はここにいるとエリシアに伝えられているのだろうか? 僕がいるのにこんなに悲しい思いをさせてしまってごめんね。今にも泣きだしそうなエリシアの顔を見ないように気を付けておかないとね。きっと見られたくないだろうし。


「ワインのことはもう気にしていないよ。そもそもあれは一緒に飲もうと思っていたからね。封が開いていれば誤解することもあるよ。だから帰っておいで」


 抱きしめた腕に涙が落ちてくる。泣かないで……泣いているエリシアは見たくないよ。どうせ泣くなら嬉し涙がいいな。


 エリシアに何が起きているのか分からない。でも一つだけ言えるのは誰かを理由に物事を決めたらダメなんだってこと。


 弱いエリシアでもいいから自分の人生の決断を人を理由に決めないで。僕の優しさに甘えてもいいし、わがままだって言っていい。でも自分の心を誰かに任せないで欲しい。自分の人生は自分で決めるしかないんだ。エリシアが冒険者でいることで輝く姿が見たいから僕は冒険者をやることを認めた。それは僕の決断で、その決断の代償があるとするならば僕が払うべきだ。決してその代償は人に払わせてはいけない。


 ―――だからエリシアも自分で払わないといけない。冒険者を辞めるのなら自分でその決断をするんだ。それがエリシアが冒険者であり続けるために必要な代償なのだから。


「冒険者は辞めたらダメだよ。だってエリシアは辞めたくて辞めるわけでもなければ、辞めないといけないわけでもないだろう? 約束していた一年まであと一月くらいだけれど、その時にまたどうしたいか決めればいいさ。だからそれまでは辞めたらダメだ」


「で、……でも、私」


「エリシア、僕を理由にしないで。僕はエリシアがやりたいことやって輝いている姿を見るのが好きなんだ。だからまずは一年の約束を終えよう?」


 本当はここでエリシアに冒険者を辞めろと言えばそれできっと全て良い方向に行くのかもしれない。でも、僕はそれだけは選んではいけない気がしてならなかった。理由がない勘のようなモノだけれど。


「……私はまだ冒険者でいていいの?」


「胸を張るんだエリシア。君は冒険者で立派な一人の女性だ。確かに何度も話したように一緒にいられる時間が少ないのは寂しいけれど、その分いられる時間を大事にすればいいんだ。自分で掴んだモノを自分が否定しちゃいけないよ。村は田舎だから女性冒険者に否定的だし、既婚者だからなおさらだけれど、僕だけは否定しない!」


 弱い僕の虚勢なのかもしれないけれど、強い僕を演じ続けることは苦じゃない。だからちゃんと自分を見つめ直すんだ。


 真っ直ぐに夢に向かっていくエリシアだからここまでこれたんだろ? 


「昔、エリシアが冒険者ごっこ遊びで言っていたんだよ。冒険する心こそが冒険者の証だって。だから君の心の中の冒険心を捨てないで。終わったら宝物として大事に持って帰ればいいんだよ」


 ここで僕を理由に辞めれば冒険心を本当に捨ててしまうから。


「ごめんね、ジェイク。面倒な奥さんで」


「いいよ、昔から夢を否定されてきたエリシアがようやく掴んだチャンスなんだ。僕は君の味方だよ」


 きっとエリシアを苛むのは罪悪感や冒険者として経験した様々なモノなのかもしれない。それらが村の生活とうまく噛み合わなくて苦しいのかもしれない。なら僕はその齟齬を埋めるように動いて行こう。そうすればエリシアが一年を終えて帰ってきても困らないだろうから。


「うん、ジェイク。ありがとう」


 振り返ったエリシアに唇を奪われる。僕はそれを受け入れて深く口づけをかわす。少しでも近くにいると伝えたいから。絡み合う僕達は星空の下ただ互いの存在を感じていた。

エリシアの苦しみの一つがジェイクに見えてきました。何故苦しんでいるのかはまだ不明ですが、ジェイクは戦うべきモノが少しづつ見えてきました。


ここまでゆっくり展開ですみませんでした。

次はいよいよあの問題の話になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回の話はエリシア編でも感じましたがかなり違和感があるんですよね。明らかに今までのエリシアは勿論、これからのエリシアのどれとも違うというか。 ワインの件は仰る通りどうという事も無い話なんで…
[良い点] 弱いエリシアはジェイクの好きなエリシアでは無いという事なのかな(´;ω;`) 弱くてもいいじゃない にんげんだもの
[良い点] 事情を知らなければメンヘラ嫁に見えますよ… それだけ精神が壊れつつあると… また抑鬱のように、精神に負担のかかっている状況で重大な決断をしてはならないと何かで聞いた事もありますが、この先…
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