17:彼女の帰還
何気に今回大事な話だったりします。
「た、ただいま~」
玄関から申し訳なさそうな声が聞こえてきた。声のした方に振り返ってみるとそこにはエリシアが物凄く申し訳なさそうにこちらを見ていた。
僕は安堵のあまり一瞬頭が真っ白になってしまった。なんとか気を取り直すと、夕飯の準備を放って急いでエリシアの元へと駆け寄る。そして思いっきりエリシアを抱きしめた。
「た……ただいま……帰りました」
「……良かった……無事に帰って来てくれて……何かあったんじゃないかと心配で……心配で」
「……手紙で事情を書いて送ったんだけれど来ていない?」
やっぱり手紙を送っておいたんだ。でもそれは届いていない。僕は返事の代わりに首を振って答えた。
「あのね、ジェイク。商人の護衛だってのは言ったよね? それでね、目的地には無事に着いたんだけれど、その日の晩に嵐がきて崩れた土砂が道を塞いでしまったの。違う道を使って帰れば二週間以上平気でかかるって言われたんだよね。復旧には一週間かかるけれど元の道なら四日で帰れるから待つことにしたの。それで、商人の護衛先はラピス侯爵っていう貴族の家だったからそこでお世話になっていたんだけれど、手紙もそこで出してもらえたんだ……でも届いていなかったんだね。ごめんねジェイク」
なんて運が悪いんだろうか。それにしても良かった、エリシアが怪我をしたとかそういう理由じゃなくて。
「そんなことがあったんだ……でも良かった、怪我とかじゃなくて」
「ごめんね、ジェイク。まさか手紙が届いていないなんて思ってなかったから」
「それはもう言ってもしょうがないからいいよ。こうして無事に帰って来れたんだから僕はそれでいい」
僕はエリシアに夕飯にするから食べようと声をかけた。エリシアは分かった、待っててと言いながら部屋に入っていった。それにしても無事に帰って来てくれて本当に良かった。待つしかないとはいえ凄く心配だったのだから。エリシアはいつものラフな服に着替えてあのネックレスも指輪も着けていなかった。そしてちゃんと結婚指輪がいつもの場所に存在していた。
「夕飯の準備手伝うね」
食器の準備やテーブルの準備をしてくれるみたいだから僕は仕上げを済ませてしまおう。スープに隠し味の薬草を少しだけ入れる。今日のスープはじゃが芋のピリ辛スープだよ。
エリシアは久しぶりの我が家の夕飯だからか結構な量を食べていく。前は僕より食べなかったのに、最近は僕の倍くらい食べるんだよね。エリシアは前よりもしなやかだけれどしっかりとした筋肉がついていた。食べるようになったのはそのせいだろうね。
夕飯も終わって薬草茶を飲みながら僕はエリシアに噂の件を切り出した。エリシアは驚いたのか危うく薬草茶の入ったカップを落っことしそうになったのだけれど、なんでそこまで驚くんだろう?
「……そうかぁ、ジェイクにも噂届いちゃったんだ……あれね、根も葉もない噂なんだけれど何故かそんな噂が広まっていて私も困っていたの。こんな噂自体あることが嫌だしジェイクに聞かせたくなかったから黙っていたんだけれど……ごめんね、黙っていて」
「……ならいいんだ。信じてなんかいなかったけれど、エリシアが嫌な思いをしているんじゃないかと思って心配になってね」
「そっか、だからあの日ケートに来たんだね……本当にごめんね。心配かけて」
エリシアは心から申し訳なさそうにしている。エリシアなりに気を遣ってくれていたらしい。あ、そうだ、指輪の件も言わないといけない。
「それでその……指輪はまたラルフさんに貰ったの?」
「指輪? ああ、不調封じの指輪のこと? これはパーティーで貰った物だよ」
どういうことだ? ラルフさんから貰ったモノじゃないの?
聞いてみるとこれはパーティーで配布された物らしく、他の皆も同じようなマジックアイテムを持っているとか。ただし、一番効果の高い物をエリシアが持つということになり、たまたま一番効果の高いものが指輪だったと……そんなわけあるはずがない。
ラルフさんの仕業だな。しかし、困ったなぁ。エリシアの身を守るには有効そうな道具だから使うなとは言い難い。これも含めて言い訳を準備しているところが彼の嫌な所だ。だったら、以前から考えていた案にしようかな。
それにしても指輪を外さない方法は無かったのかな? エリシアにもう一回聞いてみよう。
「結婚指輪を外さないで一緒に着けたらダメなの?」
「うーん、あのね。指輪をしていると剣を握る時に違和感があるんだよね。一つくらいなら我慢できるんだけれど、二個以上は気になっちゃってね。いつかは慣れないといけないと思うんだけれど、今はまだ、ね」
剣を握ったことのない僕には何とも言えないけれど、そういうモノなのだろうか? 正直嬉しくはないけれど、かといってそのせいでエリシアが怪我をするのは嫌だ。今はせめて少しでもマシな状態に持って行くことを考えようかな。
「ねぇ、エリシア。やっぱり結婚指輪を他の男性が贈った装飾品に預けるのは何かスッキリしないんだ。だからさ、そのネックレスの鎖部分だけでも僕に贈らせてもらえないかな? 鎖を変えても効果に影響は出ないよね?」
「鎖のところ?……大丈夫じゃないかな? あくまでこの護符がマジックアイテムであって鎖はただの鎖だからね」
よし、これならいけそうだ。僕は予め用意しておいた鎖をエリシアに許可を取って交換することにした。肌に直接触れても問題ない材質を使っているから大丈夫だと思う。これなら最低限のレベルだけれど我慢できそうだ。
「はい、エリシア。これでいいよ」
「ありがとう。ジェイク。でも、ごめんね。嫌な思いさせていたみたいだから……」
「今度から気を付けていてくれたらいいよ」
それにしてもこれが貴族のやり方なんだろうか? 貴族ならもっと強引にきそうな気もするけれど。何か理由があるのだろうか?
僕は何とも言えない気持ち悪さを感じていた。
「そうだ、ジェイク。これ誕生日プレゼント」
エリシアが鞄から一冊の本を取り出した。ん?……あの見覚えのある感じの表紙はまさか!
「……これは! 薬学大辞典じゃないか! しかも一番新しいやつだ! 凄い、これは凄いよエリシア!」
やっぱり! 薬学大辞典の新版だ! これは凄いよエリシア! こんな村じゃ滅多に手に入らないからね!
「母さんが持っていたのは古いから最近の情報とは違うところもあって困っていたんだ。助かるよエリシア」
僕は興奮を隠しきれなかった。こんな素晴らしいものをプレゼントされるなんて思ってもいなかった。これがあればさらに新しい知識が得られそうだ。エリシアの手助けも出来るようになるかもしれない。
凄い! この薬草にこんな効能があったなんて! こっちは足取り苔の新しい情報だ! ここでは手に入らない薬草ばかりだけれど、覚えておいて損はしないからね。
僕が薬学大辞典に夢中になっているとエリシアが後ろから抱き着いてきた。力を抜いているのかしなだれかかってくるんだけれど……。
「エリシア?」
「予想外のトラブルでジェイクに十三日も会えなかったからジェイクを補充するの」
僕にはそんな成分があるのだろうか? きっとあるんだろうな、僕もエリシアを抱きしめると元気が湧いてくるし。それにしても何と言うか柔らかいものが当たっているんだけれど?……エリシアさん?
いや、嫌いじゃないし、むしろ好きだけれど……ぼ、僕は何を考えているんだ!?
「……今日は早く寝ようか」
きっと顔が真っ赤だろうけれど、そんなことを気にしていられない。とりあえず……寝室に行こうか。二人でゆっくりしたいからね。
それからエリシアは一週間くらい僕とイチャイチャした後また冒険へと戻って行った。
「ケートはやっぱり凄いな!」
オーベルがそんなことを言いながらあちこちをキョロキョロと見回している。まぁ、田舎者なのだからしょうがないけれど恥ずかしいから止めて欲しい。シェリアさんは慣れているからか落ち着いている。それもそうだろうね、この前までここにいたんだし。
エリシアは冒険中で出かけているからケートにはいないのが残念だ。ケートはいつものように活気に満ちている。店の前で威勢のいい声で野菜の宣伝をしている人もいれば宿屋の呼び込みをしている店員もいる。確かにいろいろな店が並んでいるし、村では見られない景色に心がワクワクするのはしょうがないよね。
「レイラさんの所に行くよ、オーベル」
「ああ、分かったよ。ジェイク」
今日僕はオーベルとシェリアさんと一緒にレイラさんの様子を見に来ていた。石になったとは聞いていたけれど、僕は実際にこの目で見たわけじゃないから気になっていたんだ。シェリアさんが様子を見に行きたいと言うので僕もそれに便乗して付いて行くことにしたんだよね。もちろんオーベルも付いて来るって言ってくれたから正直ありがたい。
「子供かあいつは」
「そういうところがあいつらしいけどね」
シェリアさんはオーベルに甘いんだから。夫婦だからしょうがないんだけれどね。僕がエリシアに甘いようにこれはそういうモノなんだろうね。
レイラさんが治療されている場所はケートの中心にある大きな神殿で、多くの神官が所属している。癒し手や治癒師なんかは神殿に所属することが多く、冒険者になっている人も神殿に籍を置いている人が少なくないらしい。
レイラさんが治療されている場所を近くにいた神官に尋ねると快く教えてくれた。神官に先導されて進んで行くと割と奥まで行くみたいだ。
「こちらです。くれぐれも中にいる石になった方々には触れないで下さい。万が一がありますので」
その注意は当然だろうね。もし砕いてしまえば取り返しのつかないことになるのだから。案内された部屋の中には沢山の石像が並んでいた。その中の一つが僕の知っている顔だった。
ベッドに寝かされているレイラさんは石になっても優しそうな雰囲気は消えていなかった。今にも薬草に関していろいろ質問してきそうだ。ただ石になっているだけで生きているのが分かる、そんな感じがした。
「……レイラ……あたし結婚したんだよ」
シェリアさんがレイラさんに近況を報告しながら泣き出し始めた。オーベルがそんなシェリアさんを支えている。こうなると思っていたからオーベルが来てくれて助かったよ。僕では何も出来ないからね。
「……あれ?」
レイラさんを見ていると何と言えば良いのだろうか、不思議な感じ……そう魔力だ。レイラさんの魔力が見えるんだけれど、それ以外に物凄く嫌な感じのモノがあるのが見える。あれは何だろう?……何かは分からないけれど、良くないモノだっていうのは理解できる。
「どうした? ジェイク」
「ううん、何でもないよ」
ハッキリとしたことが分からない以上口に出すべきじゃないね。もしかしたら毒が見えているのかもしれないし。ここは専門家に任せておこう。一応、頭の片隅には置いておくけれど。
神殿を後にするとちょうど昼頃だった。お腹もすいてきたなぁ。
「腹減ったな、どこか良い飯屋知らないか? シェリア」
「うーん、そうだねぇ」
シェリアさんが悩み始めたのでここは僕から提案してみようかな。
「ならこの前行ったお店を紹介したいんだけれどいいかな?」
「なんて店なんだい? あたしの知っている店かねぇ」
「“親父の飯”っていう食堂です。美味しいお店でしたよ」
さぁ、今日の親父のきまぐれ定食は何だろうか? 楽しみだなぁ、あそこのご飯は美味しかったから今回も楽しみだ。
「ジェイクが美味いって言うなら大丈夫だろうよ。そこでいいんじゃね?」
「そうだね。案内してよジェイク」
それじゃ、行こうか二人共。こうして僕達はおしゃべりしながら“親父の飯”まで歩き始めた。
次回、いよいよペトリリザードの最後か!?
ジェイク編で一度も出番がなく死んでいく可哀そうなペトリリザード君。




