15:彼女の指輪
今回はいつもより少し長いです。
タイトルで分かりますがあの話です。
オーベルとシェリアが結婚することになった。見ているこっちがもう結婚しなよと言いたくなるくらい仲の良かった二人だけれど、ようやくオーベルが決心したみたいだ。
まったくオーベルもこういうことはなかなかいつものようにサクッと決めることは出来ないらしい。あいつらしいと言えばあいつらしいかな。
婚姻衣装は村で管理している衣装がある。皆わざわざ結婚するために衣装を買う余裕なんか無いから村で共有している衣装を使うんだけれど、シェリアさんはそれを使いたいと言ってきた。村の皆は新しく買ってもいいんだよと言っていたけれどシェリアさんは村の一員になるんだから同じ衣装が良いと言ったみたい。
「というわけで村の数少ない独身の最後にカンパーイ!」
「死ね! オーベル! あんな良い嫁さん貰いやがって!」
「家の女房には負けるかもしれんが良い嫁さんじゃないか!」
村の男性陣がそう言いながら次々にオーベルにエールを注いでいく。村では結婚する前に男性陣だけで新郎を祝う風習がある。そして花嫁も女性陣と過ごすので結婚式の前日は新郎と花嫁は一緒に過ごさないんだよね。
翌日の結婚式に影響の出ない範囲で飲ませてから皆でいろいろ話したりする。家庭円満の秘訣や夫婦のいろんなことを教えてもらえるんだ。何回も参加していれば覚えていそうなものだけれど、これが意外とうろ覚えなのでこうやって教えてもらえるのはありがたいんだよね。とはいえ家庭円満の秘訣が奥さんに無条件降伏だと教えている人が多いのはどういうことなんだろうね。
宴が始まって皆が落ち着いた後僕はオーベルの所まで近づいた。
「おめでとう、オーベル。独身最後の夜はどう?」
「ありがとうな、ジェイク。まぁ、あんまり実感が無いけれど上手くやってみるわ」
いつものように気楽に答えるオーベルがらしいなって思うし、凄いと思う。エリシアとの関係で悩んだりしている僕とはえらい違いだ。
「エリシアは夜遅くに帰ってくるらしいから女性陣の方にも参加できないみたいなんだけれど、明日の結婚式には出れるって」
「夜帰ってくるって随分無茶するなあいつ。大丈夫なのか?」
「エリシアも冒険者だからそこは大丈夫だと思うよ。出来ないことはやらないだろうしね」
独身最後の宴はここで朝までやることになっているから今日は家に帰らないけれど、エリシアはいつごろ着くのかな? 無事だと思うけれど、心配ではある。夜食を用意しておいたから食べてくれるといいんだけれどね。
「どうしても結婚式には参加したいみたいだし、シェリアさんにお祝いも言いたいんだと思うよ」
「へへ、なんかエリシアから結婚の祝いを言われるのもくすぐったいもんだ」
僕達は幼馴染だから何と言うかこういう時に少しくすぐったくなるのはよく分かる。だって僕とエリシアの結婚式でオーベルから結婚の祝いを言われた時も同じことを感じたんだからね。
結婚式の準備は村の皆で協力してやっていくのが当たり前なんだけれど、あの三バカの姿が見えない。まったく、これで宴に顔を出して来たら流石に叩き出されるぞあいつら。僕が怒らなくても村の皆に怒られる。いくらあいつらが古参の村人の一家でも、こういう村の決まりを無視すれば村長をはじめ他の村人から良い顔はされないのだから。
村の広場にテーブルを出したりする力仕事は男たちの仕事だ。簡単な祭壇を用意しておくのも忘れない。ところで二人ほど男性陣の中に申し訳なさそうな顔をしながら人一倍働いている人がいるんだけれどなにかやったのかな?
だいたいの準備が終わりそうになった頃、僕は村長に女性陣の手伝いをするように言われた。村の女性陣はお義母さんが仕切っているんだけれど、僕を呼んで来いってアリアを使って呼びに来させたみたい。
「お義兄さん! 早く来てってお母さんが!」
間に合いそうにないのかな? 結婚式の度に僕が呼ばれるのが当たり前になりつつあるからその流れかもしれないけれど。急いで調理場になっている家へと向かう。どうやら手が足りていないみたいだ。
「ジェイクやっと来たね! あんたはあっちの鳥をやっといてくれ!」
「なんで手が足りないんですか? この前の時はここまで足りなくは無かったですよね?」
僕が手を動かしながら訊ねるとお義母さんは困ったように笑ったあと教えてくれた。
「運が悪いことに昨日の女性陣の宴会で二人ほど風邪引いちまってね。いくら夏でも裸で寝たら風邪引くってもんさ」
「……だからあの二人は申し訳なさそうに人一倍働いていたんですね……それは仕方ないや」
何と言うかこの村の女性はパワフルな人が多い。パルテ婆さんなんか誰よりも手際よく沢山作っているし。僕も負けていられないな。
結婚式の準備も出来たので控え室にいるオーベルを呼びに行くと、エリシアとアニーさんがいた。シェリアさんも久しぶりの仲間との時間に楽しそうだ。
「オーベル、そろそろ行かないと皆待ってるよ」
楽しいのは分かるけれどそろそろ行かないと間に合わなくなるからね。それにしてもエリシアは今日はちゃんとおしゃれしているんだね。赤い髪に薄い桃色のワンピースが良く似合っている。シェリアさんよりも目立たないようにちゃんとそこまで高価じゃない服を選んでいるのも良いと思う。
「エリシア綺麗だよ。でもそれ以上綺麗にならないでね……花嫁さんより綺麗だと申し訳ないからね」
だから僕はそんなことを言ってエリシアを少しからかってみる。案の定エリシアは顔を真っ赤にしていたけれどそんなところも可愛いなあ。
神官様の宣誓に従ってオーベルとシェリアさんが指輪を交換するのを皆で見届ける。僕もやったけれど、あの時は緊張したんだよね。正直あんまり式の時の記憶が無いんだよね。
右手の中指に嵌めた結婚指輪を見た後、エリシアを見てみると結婚指輪を撫でているのが見えた。どうしたのかな? 何か不安なことでもあるのだろうか? 表情は幸せそうにしているからもしかしたら懐かしんでいるのかもしれないけれど、エリシアは無意識に結婚指輪を撫でる癖があるからなぁ。
何も心配することは無いよという意味を込めて優しく微笑んでみる。エリシアも微笑み返してくれるから大丈夫そうかな?
「新しい夫婦に祝福を!」
エリシアを見ていたら神官様の言葉を聞いていなかった。まぁ、いいかな? このあとは神官様の言葉に合わせて最後に皆でお祝いの花びらをばらまいたら宴会に突入する。宴会の準備は済んでいるけれど、料理は作り続けないといけないから僕も急いで行かないといけない。僕も貴重な戦力だから村の女性陣に当てにされているし、ご期待には応えないとね。
料理を取りに来たエリシアに任せて次の品に取り掛かる。クルル鳥があるからこれを食べやすい塊にして、塩と薬草で下味を整える。今使ったペパー草は少しピリッとするからお酒を飲む時はいい味付けになるんだよね。下味をつけたら串に刺して焼き始める。脂がにじみ出てくるからそれを不要な分だけ落としてパリッとなるように焼き目をつけていく。
「よし、こんなものかな?」
皿に大量に盛られたクルル鳥の串焼きをエリシアに渡す。オーベルがどうしているかなと見てみたら男連中に絡まれて飲まされているみたいだ。なんかアニーさんが一緒に絡んでいるけれど絡み酒なのかな?
大いに盛り上がって楽しい結婚式なのは良かったんだけれど、エリシア、シェリアさんにアニーさん。流石に瓶ごとラッパ飲みしながら飲み比べはどうかと思います。村の女性陣も煽らないで下さい。おかげで死屍累々なこの状況をどうするのか聞きたいくらいです。
エリシアは酔い潰れているし、アニーさんは笑いながら椅子に絡んでいる。村の女性陣もひっくり返っているし、男性陣はそれぞれの奥さんに酔った勢いで説教されて皆凹んでいる。
僕は目の前の惨状をどうすればいいか途方に暮れたけれど、まぁ今日くらいいいかと思って片づけを始めた。
結婚式から数日後、ケートのエリシアから薬草の本が手紙と一緒に送られてきた。可愛らしい便箋に入っていて、可愛いものが好きなエリシアらしいな。
『愛するジェイクへ。今回は少し離れた街まで商人の護衛をすることになりました。往復で一週間くらいかな? 何も無ければ予定通り帰ってこられると思うから待っていてね。そうそうジェイクが好きそうな薬草の本があったから送ります。これでジェイクの薬草の知識が増えれば嬉しいかな? 側にいないけれど私はいつも大好きなジェイクのことを思っているんだよ。いつもジェイクの心が側にあると思って冒険に出ています。怪我をしたりして心配させないように気を付けて行こうと思います。それでは行ってきます。 あなたのエリシアより』
送られてきた本を見てみれば結構本格的な専門書だった。今の僕には分からない所もあるけれど、読み込んでいけばきっと理解できる部分も増えてくるはずだ。
次の日、手紙の返事を返すために筆を執った。手紙には最近作った新しい軟膏に昨日作っておいたフェレーヌの花を押し花にした栞も一緒に入れておく。この花はエリシアが好きな花だからね。少しでも側に持っていられれば喜んでくれるんじゃないかな?
後こちらの近況も書いておく。オーベルとシェリアがいちゃついていて少し……いや、大分イラッとするとかね。エリシアが心配だけれど僕にはここで待つという役目がある。エリシアの帰る家はここなんだからしっかりと守らないとね。
ある日、村を訪れた行商人から信じられない話を聞いた。エリシアとラルフが恋仲だという噂だ。僕は行商人に聞いてみた。
「ああ、その噂ですね。“赤雷の剣姫”エリシアが元“勇気の盾”のリーダー“疾風の勇者”ラルフ・スフィールドと恋仲だって冒険者の間で噂になっていますね。もともと人気のある二人だったから街では喜んでいる人もいますね」
最悪な噂だ。そんな噂が流れるなんて何があったんだ? 僕は居ても立っても居られなかった。
「……どうしよう」
衝動的にケートに来てしまったけれどまったくプランは無かった。途方にくれてしまった僕は、ちょうど昼時ということもあって適当にそこらの食堂に入ってみることにした。店の名前が“親父の飯”というのもあって気になったんだよね。そこそこ賑わっているようで空いていた席に座るとすぐに僕と同い年くらいの女性店員が注文を聞きに来た。ここの看板娘なのだろうか、かわいい感じの女の子で赤い髪がエリシアを髣髴とさせた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
僕は壁に掛けられているメニューの中から親父のきまぐれ定食をお願いした……ってきまぐれ定食の中身は何なのだろう?……食べられるものが出てくるだろうから、まぁいいか。
「親父のきまぐれ定食一つですね」
注文を済ませるとなんとなく窓から町並みを見てみる。街に活気が満ちていてやっぱりケートは大きい街なんだなと思った。
「しかし、ようやくこの街の英雄がくっついたんだなー」
「“赤雷の剣姫”と“疾風の勇者”ならお似合いだしな。美男美女で絵になるよな」
後ろの席の男性二人がそんな話をしている。見た感じ冒険者のようだ。するとそこに先ほどの店員が料理を持ってきながら話に加わってきた。
「親父の気まぐれ定食二つお持ちしました。お客さん達も見たことあるんですか? 英雄のお二人を」
「ああ、護衛の依頼に出発する前に見たことがあるよ」
どうやら噂は聞いた通り、冒険者の間だけで流れているらしい。もっともこんな風に冒険者が噂を広めればその限りではないのだろうけれど。でも噂は噂だ、エリシアに話を聞くまでは何とも言えない。噂なんか信じていないしエリシアがそんなことをするとは思っていないけれど、気持ちのいい噂じゃないからね。エリシアもこの噂を聞いて嫌な思いしているだろうなぁ。
ちなみに出てきた親父のきまぐれ定食は野菜とスジ肉の煮込みで美味しかった。またここに来たいと思える良い食堂だったなぁ。
“親父の飯”を出て冒険者ギルドに向かうとギルドの前にエリシアがいた。三人の冒険者と話しているようだ。これから冒険に行くのだろうか? 話している内容が少しだけ聞こえてくる。
「……いつがその娘を気に入った理由が胸がデカイからだぜ。最低だよな~」
「うわ、最低。やっぱり胸か? 男は好きだね~」
「そういやエリシアもデカイよな。お楽しみを無くした俺を慰めてー」
「慰めるか、馬鹿! 大人しく酒かっくらって寝てなさい! それに旦那がいるって言ってるじゃん……まぁ胸がデカイのは自慢だけどね」
仲の良い冒険者なのだろう。軽口を言い合いながら楽しそうにしている。それにしてもエリシアがあんな話をされても平気そうにしているなんて驚いた。あまりああいう下品な話はしなかったのに……これも冒険者になった影響なんだろうな。
このまま聞いていても埒が明かない。手紙がまだ来ていないから予定が分からないんだよね。もしかしたら入れ違いになっているかもしれないけれど、エリシアに聞けばいいだけだしね。
「エリシア」
「ジェイク? あれ、何でいるの?」
彼女はそう言いながら首を傾げた。エリシアは冒険者を始めてから髪を伸ばし始めたのだけれど、最近は上のほうでまとめている。見たことの無い白百合の髪留めが頭で揺れているのが気になったけど今はそれはどうでもいい。
「ちょっと、用事があったんだ。エリシアはまた依頼?」
こんなギルドの前で噂の話なんかしたくはなかった。これで噂に余計な油を注ぐのは避けたい。
「うん、馴染みの商人さんから護衛の依頼があったの。一週間くらいで帰る予定だよ、十日後はジェイクの誕生日だからね」
そうか、そう言えばそろそろ僕の誕生日だったな。正直忘れていたよ。エリシアがいつも祝ってくれるから毎回思い出していたけれど、いないと僕は忘れてしまうんだよね。
エリシアは恥ずかしそうにしながら頬に手を当てた。あれ……エリシアの左手の中指に赤い宝石の指輪が嵌まっていないか?
そして右手の中指には何も嵌めていない……僕らの指輪はどこにいったんだ?
「エリシア……その指輪ど……うしたの?」
僕は思わず声に動揺が現れてしまった。だって結婚指輪を外すなんて考えたこともないし、エリシアが外すとも思えない。まさか噂は本当なのか!? いや、そんなわけがない。何か理由があるはずだ。落ち着くんだ! 確証もないまま決めつけるのは愚かなことだ。
「これ? これは不調封じの指輪と言ってラルフがくれたの。毒とか麻痺といった肉体に影響する状態異常の耐性を上げてくれるマジックアイテムなの。一番攻撃力の高い私が身動き取れなくなったら困るから着けておいてくれって」
エリシアはそう言いながら指輪を撫で始めた。その指輪は良く似合っていてエリシアのために用意したと言われてもおかしくない。指輪を撫でているけれど何か不安なことや落ち着かないことがあるというのだろうか?
「ぼ……ぼくらの指輪は? 今は着けていないの?」
「指輪を何個も着けるのは好きじゃないの。この指輪は着けないと効果の無いマジックアイテムだから着けているんだ。私達の指輪はここだよ」
エリシアはそう言って首に掛けていたネックレスの鎖を見せてきた。鎖に通された結婚指輪がそこにはあった。
「私達の指輪はマジックアイテムじゃないから冒険には使えないけど、大事なものだから普段から身に着けておきたかったの。ここなら無くならないしね。安全な所ではちゃんと結婚指輪の方をしておくよ。」
エリシアはそういってネックレスをしまう。僕は驚愕を顔に出さないようにするので精一杯だった。違う男から贈られたネックレスに結婚指輪を預けるなんて信じられなかった。エリシアの常識がおかしくなっている!……僕が思っていたよりも状況は深刻だった。
でも何が原因なんだ? 冒険者をしていることが原因だとしたらシェリアさん達やレイラさん達が気付くはずだ。それにクレイスさんが見逃すはずがない。誰かに洗脳されているとしか思えない!
もっとも、クレイスさんに相談しようにも最近はクレイスさんが忙しいせいで全く会えていないんだよね。何とかしたいけれど、これは単純に冒険者を辞めさせれば良いという問題じゃない気がする。
それにしてもまた貰ったんだ……エリシア……前、約束したのに……。
「ほら、この不調封じの指輪があれば状態異常も怖くないもの。」
エリシアは指輪を撫でる手を止めなかった。そんな指輪を撫でないで欲しい。例え着ける指が違っていても君の指を飾るのは僕達の指輪であって欲しかった。
「あ、準備しないといけないからまたね、ジェイク」
言葉の出ない僕は去って行くエリシアを呼び止めることが出来なかった。変わっていくエリシアに僕は何を言えばいいんだろうか? 僕は呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
「失礼ですがジェイク様でしょうか?」
そんな僕に後ろから誰かが話しかけてきた。振り向くとそこには少し年配の男性が立っている。身なりが良く立ち居振る舞いも綺麗なこの男性は貴族の関係者だとなんとなくだけど分かった。後ろには従者だろうか? 僕と同じ年齢くらいの男性も立っている。
「そうですけど、あなたは?」
「ラルフ様がお話がしたいと仰せです。申し訳ありませんがご足労願えませんか?」
言い方こそ丁寧だがこれは命令と同じだと思う。そう彼らの目は雄弁に語っていたのだから。
ザッピング地獄が終わらない~♪
最終章も影響受けるからザッピング地獄は完結まで続くのです~♪ ララララ~♪
いや、もうほんと何でこんなバカなこと考えたんだろう(;´・ω・)
活動報告に才能関係まとめました。リアルタイムで変わっていく予定です。
それにしても欝な話だ(-_-;)




