14:彼女の弱い夫
正直ここら辺の話は難産ばかりでした。
心理描写というものがこんなにも難しいものだとは(-_-;)
「エリシア、ちょっといい?」
最後の調整を終えて僕は魔剣を持ってエリシアに話しかけた。出来る限りのことはしたし、これなら今まで以上にエリシアの魔力を通しやすくなるはずだ。
話しやすいように薬草茶を飲みながらがいいかな? エリシアに座っておくように言って僕は薬草茶を淹れる準備を始める。初めて使うブレンドだから反応はどうかな?
リラックス効果の強い薬草でちょっと苦みがあるから、甘いお菓子と一緒に食べるといいかな。薬草茶にすれば気にならないくらいになるし夜飲む分にはいいんじゃないかな?
「お待たせ、少し熱いから気を付けてね」
「ありがとう、ジェイク」
エリシアは少しだけ驚いた後ゆっくりと飲み始めた。少しエリシアには苦かったかな?
「美味しいね、このブレンド」
「良かったよ。最近新しく作ろうと思っていろいろ試していたんだ。一番最初はエリシアに飲んで欲しかったから」
良かった上手くいったみたいだ。エリシアも嬉しそうにしてくれている。さて、ここからが本番だ。僕は緊張で震える手を隠しながらエリシアの前に座る。
「それで、そのクロノスフィアはどうしたの?」
僕は魔剣クロノスフィアを抜いて刀身を見せてみた。汚れ一つ無い綺麗な刀身が僕を写している。うん、今の僕にとって最高の出来だ。
「手入れは行き届いているのが分かる?」
「……う、うん」
僕はエリシアに手入れならなんとかできたことを伝えた。と言ってもかなり気を使ったし、本当に苦労をした。明らかに僕の鍛冶の技術では話にならなかったから、魔力の方しか調整できなかったけれど。
「……なんで? それはもう使わないよ?」
「……初めはただ、この剣がこのまま朽ちていくのが嫌だったんだ。これでも鍛冶師の端くれだからね。手入れですら僕の手に余るような代物だけれど、最低限の手入れなら出来るかもって思ったんだ」
こんな凄い逸品をここでダメにしたら父さんに叱られそうだしね。使わないとしても手入れは必要だ。それが武具というものなのだから。
「最初は余計な油を拭ったり埃を掃うことしか出来なかったよ。でも毎日見ていると少しずつだけれどこの剣のことが分かってきた気がしたんだ。もちろんそれはほんの少しなんだと思う、でも確かに成長できた自分がいたんだ。そんなことを繰り返して今日、ようやくまともな手入れが出来るようになった気がするよ」
エリシアは戸惑っているみたいだった。まぁ、それも仕方がないのかもしれない。いきなりこんなものを見せられても困るだけだろう。でもこれは僕の成長の証なんだ。だからエリシアに見てもらいたかった。
「この剣の手入れが終わった後、エリシアに見せたいって思ってしまったんだ。その時、エリシアが強くなっていくことに、成長していくことが楽しいっていう気持ちも理解出来たよ。そうしたらもう見て見ない振りは出来なくなったよ……エリシアが無理をしているって」
エリシアは諦めた顔を必死で隠そうとしながら僕から目を逸らす。もう見ないように、向き合わないように僕と魔剣かを見ようとしない。
でもね、エリシア……今エリシアの瞳は一瞬だけれど確かに輝いたよ。魔剣を視界に入れたその瞬間に。
「僕はエリシアが冒険者をやることをちゃんと理解していなかった。危険なことがあるって理解しているつもりになっていたんだ。愚かにもエリシアを自分の知らない所で永遠に失うってことを何一つ理解していなかったんだ。それに気が付いてから僕は心から恐ろしくなってしまった、そして僕は過ちを犯したんだ」
「過ち? 何のこと? それに怖いのは普通だよ、ジェイク」
さぁ、僕の嘘を告白するんだ。偽りで縛ろうとした卑劣な嘘を!
「違う、過ちはエリシアを失う可能性を理解して恐怖したことじゃないんだ。その恐怖をエリシアを安全な場所に閉じ込めるための言い訳にしてしまったことなんだ。僕は……エリシアが例の化け物に殺されてしまうって思ってしまった。一緒にいられないことも寂しかったけれど、それよりももう会えなくなるかもしれないことが怖くて君を閉じ込めてしまった。君の気持ちをすべて無視して。僕はそんな卑怯者なんだ」
……どうして僕は言えないんだ? 素直に告白するつもりだったのに軽蔑されるかもしれないという恐怖が僕の舌を勝手に操って言わせないようにしている。正直に僕の卑怯な嘘を話すつもりだった。でも、どうしても言うことが怖かった。僕は嘘を伝えることが出来ずに過ちだけを伝えることしか出来なかったんだ。
浅ましい自己保身に走る自分への失望と嫌悪感から体が震えてくる。こんなにも僕は弱かったのだろうか? どうしようもない愚かしさが堪らなく憎たらしくなる。
そんな僕の手をエリシアがそっと包み込むように握ってくれた。エリシアの温かさが僕の心に沁み込んでくる。その温もりは醜いエゴと自己保身に塗れた僕の言葉をまるで優しく許すように感じて僕は思わずビクッと震えてしまった。
「なら、もう安心して。私はずっとここにいるから、ジェイクの側にいるから」
違うんだ! 僕は、僕はそんなことを望んでなんかいない! 僕の嘘が僕を雁字搦めに縛り付けて、さらには最愛の人まで縛り付けてしまっている。
愛を乞うのならこんな形で嘘にしてはいけないのに僕は間違えた。そしてその過ちを正すことも出来ずにただ震えている。
……ダメだ……このままエリシアをここに縛り付けて生きるのは間違っている。エリシアが僕の側にいると言うのならそれはエリシア自身が決めるべきだ。決して僕の嘘で縛り付けて側にいさせる決断をさせるべきじゃない。
情けないけれど僕は弱い。それは戦う力だけじゃなくて心まで弱い。こんな僕がどうして翼を得て輝いている渡り鳥の羽を切る権利があるのだろうか?
あるわけがない。エリシアはあんなにも怒り、悲しみ、そして嘆いていた。奪われた仲間と傷付けられた自らの誇り、僕がその痛みを癒す機会を支え協力するのではなく奪ってしまった。
エリシアが死んでしまうかもしれない、失ってしまうかもしれないという恐怖で怯えて逃げるのではなくて、一緒に立ち向かうべきだったんだ……でも僕はただの村人でしかないという自分を言い訳にしていた。実際に無力だけれど、心だけは一緒にいられるから。いつも心だけは一緒にいるからエリシアがどこに冒険に行っていても耐えられたのに。僕は自らその繋がりを否定してしまった。
ああ、あれはそういう意味だったんだ。譲れない一線を守る人間にとってそれを傷付けられれば後は戦うことしか残らない。僕にとってエリシアと僕とが心が繋がって愛し合っていることのように、エリシアにとっては大事なモノを傷付けられたら赦しておけないんだ。シェリアさんの言う復讐が必要な人間だっているというのが分かる気がした。
「……渡り鳥は飛ばなくなったら生きていけない。僕はエリシアという渡り鳥の羽を切ろうとしていたんだ」
「ち、違うよ! ジェイク! そんなことない! だって私は」
「笑っていないんだ……」
君は幸せかもしれない……でも幸せと自分らしく魅力的に生きることは決してイコールではないのだから。
それにね、エリシア。幸せって受け入れてしまえば幸せになるかもしれないけれど、受け入れられないものは決して幸せには変わらないんだ。
「冒険者になりたいって僕に話した時のように目が輝いていないんだ。笑顔だけれどそれはエリシアの笑顔じゃなくて幸せだから笑ってなきゃいけないっていう顔だった……幸せは笑っていなきゃいけないなんてモノじゃない! 幸せだから笑えるんだ! 笑うから幸せなんじゃない! でも僕はエリシアのそんな我慢に甘えてしまっていたんだ!」
「それって悪いことなの? ジェイク」
悪ではない。けれど、僕が好きなエリシアの姿でもない。村でずっと我慢していた間もエリシアはいつか冒険者になることを夢見て輝いていた。
「……悪いことじゃないのかもしれない。でも僕はエリシアは幸せでいて欲しいし、やりたいことをやっていて欲しかったんだ。恐怖に負けてそれを潰すような真似をしてしまった僕が言えることじゃないのかもしれないけれど」
「……私はいつも勝手に決めて後から話すことばかりだったから心配させてしまったんだと思う。本当はジェイクに相談してから決めるべきことばかりだったのに」
僕はエリシアが自分一人で決めても別に構わなかった。だってそれはエリシアが僕を信頼して、僕が受け止められると信じているからだって分かっていたから。それは確かにわがままや甘えに思われるかもしれないけれど、僕はそれでいいんだ。夫婦に正しい答えなんかない。だから僕はそれで良かったんだ。
「冒険者をやる以上、その場で決めないといけないことは多いと思うよ。そんなことをさせてしまっていたらエリシアは自分で何も決められなくなると思うし。だからこれは僕が覚悟が足りなかったことが原因でもあるんだ」
手が強く握られ、真っ直ぐな瞳が僕を見つめてくる。
「私にも悪かった所はいっぱいあるの。復讐のこともジェイクに一言話してから決めれば良かったんだから」
「僕は……エリシアが我慢して日々を過ごす姿をもう見たくない。だからこのクロノスフィアを手入れしたんだ。僕に出来ることなんかほとんど無いし、家で待っていることしか出来ない。エリシアが何日も帰って来れない時だって待つしかない。でも、そういう生き方を選んだんだ。だから僕はずっとここで待ち続ける」
「……ジェイク」
結局自分の無力さを理解してしまえばそれだけの話なんだ。話せていない嘘も今は言えなかったと受け入れるしかない。
そうか、僕は受け入れることが出来なかったんだ。いつの間にかエリシアが僕では届かないくらい遠くにいるということに。なら仕方が無いかな、だって出来ないことは出来ないのだから。
……でも僕が諦める理由にはならないな。手が届かないのならせめて歩き続けて行こう。エリシアの心が僕と共にある限り。能力で支えられないとしても構わずに。心を守れるのなら守っていけばいい。
だって僕がエリシアと共にいたいのは愛しているから。
気が付けば僕の手の震えは止まっていた。包み込まれた手は暖かくて優しい温もりを伝えてくれる。大好きな人の手だからもっと触れていたいと思う。指を絡めるように握り合うともっとエリシアの手が強く感じられた。剣を握るようになって前よりも硬くなった手の平。でもそれは決して嫌なものではなかった。
「エリシアの手は僕は好きだよ。どんな手でも優しい陽だまりのような愛しい人の手だから」
「ジェイク……大好き」
「僕も大好きだよ、エリシア。だから行っておいで、エリシアの大事なモノを守るために、奪われた誇りを取り戻すために、そして何よりエリシアが輝くために」
エリシアが僕を黙らせるように口づけてきた。もう言葉はいらなかった。何度もしたキスはいつもより優しいキスだった。
「じゃあ、行ってくる。しばらく帰れないかもしれないけれど手紙は必ず出すね」
エリシアはいつもの準備を終えると僕に振り返った。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
僕とエリシアは新しく約束事を交わした。手紙を必ず週に一回は出してお互いのことを話そうと。側にいなくても思うことは出来るし、心は連れて行ってもらえるのだから。
いつかエリシアに僕がついた嘘を話せる日が来るように僕は強くならないといけない。心だけでも強くあればエリシアが甘えられる場所になれるはずだから。
「そうだ、これを持って行ってよ」
「なにこれ?」
僕は丸い容器に入れた軟膏を取り出した。
「例の化物は毒を使うって聞いたから毒を抑える薬だよ。まぁ、気休めくらいにしかならないかもしれないけれど無いよりはましかなって」
今まで僕の作った薬の中で最高の出来だと思う。足取り苔の粘液に含まれる薬効を守る成分を限界まで高めてみた薬だ。エリシアが無事でいますようにって祈りも込めておいたのだからきっと役に立つと思う。
「ありがとう、ジェイク。使わせてもらうね」
「エリシア必ず無事に帰ってきて」
信じているけれどやはり不安は残る。それでも決めたことは守っていきたい。
「もちろん」
旅立つエリシアを見送りながら僕はもう一度自分というものを見つめ直すことを決めた。心を強くするにはまずは自分を知らなければ話にならないだろう。
冒険者エリシアが復活したその日に、僕は少しだけ強くなれた気がした。もちろんまだまだこれからだとは理解しているけどね。
ジェイクの才能は現時点で書ける範囲で
鍛冶:9/8+1
魔力感知:35/secret
魔力操作:40/secret
魔力解析:38/secret
魔力内蔵量:50/secret
薬学:15/secret
祈願:10/secret
***:5/150
な感じです。




