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8:彼女がいない日常とお土産

「ほらよ、ジェイク。お裾分けだよ」


 オーベルが籠に入った川魚を差し出してきた。見てみればハレルがビチビチとはねていた。よく脂が乗っていて美味しそうだ。ハレルは簡単に捕ることが出来る上に結構大きいから食いでがある。一匹でも十分なのに三匹も入っている。


「珍しいね魚なんて。狩人から釣り人にでも鞍替えしたの?」


「バカ言えよ、たまたま魚が食いたくなってな。釣りに行ったんだがこれが入れ食いでな。もったいないしジェイクにと思ってな。余った分は燻製にでもすればいいだろ? ついでに俺の分も頼むわ」


 まったく、燻製は手間暇かかるんだけれど? まぁ、いつも世話になっているし、これくらいはしてあげるか。僕は籠を受け取るとお礼を言った。


「ありがとうオーベル。今日はこれでバター焼きかな?」


 今朝、取引をしている行商のおじさんから貰ったんだよね。どうせならこういう時に使わないともったいないし、帰ってくるエリシアの為にも美味しく調理しないと。


 燻製の準備を終えて家に戻るとエリシアが帰ってきていた。僕がお帰りと言うとただいまと返してくれる。そのまま家で過ごすために装備を外しに部屋へと行ったと思ったら、エプロンを着けて戻ってきた。夕飯の手伝いをしてくれるつもりなのかな?


「どうしたの? バター焼きなんて」


「今朝貰ったんだ。いつも取引している行商のおじさんに隣村で作られているバターですから試しにって」


 日頃から付き合いがあるとこういう嬉しいおまけがあるんだよね。下処理を済ませておいたハレルをバターを敷いたフライパンに乗せる。焼き過ぎないように気を付けながらそこにあらかじめ軽く炒めておいた野菜を入れて一緒に絡める。十分に火が通ったら硬くなる前に取り出して皿に乗せれば完成だ。


「出来たから食べようよ」


「そうだね、いっただきまーす」


 うん、上手く出来ていて良かった。バターが思った通りにハレルにいい香りと味のコクを与えていてくれて満足の出来だ。相変わらずエリシアは食べるのが早いけれど、美味しいと感じてくれているみたいだ。いつもより食べるスピードが少しだけ早いし、表情が緩み切っているのを見れば一目瞭然だ。


「美味しかったよ、ジェイク」


「それは良かったよエリシア」


 エリシアがそわそわしている。僕が食べ終わるのを待っているようだ。様子を見る限り何か話があるみたいだ。ちょうどいいや、僕も話がしたかったのだから。


 エリシアが話しやすいようにリラックス効果と鎮静効果のある薬草茶を食後に出すことにした。優しい香りが仄かに鼻をくすぐった。


 そうするとエリシアは意を決したのか僕を真剣な表情で見てきたあと話を切り出した。それはやはりこの前の帰るのが遅れたことの話だった。


 エリシアはちゃんと帰りが遅くなったことも、連絡をしなかったことも謝ってくれた。僕が心配していたことも理解してくれたみたいだ。


 そうして僕とエリシアは新しい約束事を決めたのだ。帰りが遅くなる場合はちゃんと連絡をすることと一週間以上かかる依頼は事前に相談することを。


 それでも僕はエリシアに伝えることを忘れない。僕がエリシアの夢を否定するつもりは無いということを。幸せそうにしている姿が大好きだと。もちろん危険なことをしていると理解はしているつもりだが、それを理由にエリシアの人生を縛り付けるつもりはない。


 ただ、決して譲れないラインはエリシアのパートナーは僕だということだ。一応エリシアに釘は刺しておいたし、しばらくは大丈夫だと思うけれど。


 それにしても最近のエリシアの変化と言うか、考え方は少しおかしい気がする。この前の浮かびかけた失望や、ネックレスの件なんかはエリシアらしくない。


 気になるから調べてみたいけれど、村にいる僕では普段のエリシアを調べることが出来ない。今度クレイスさんに聞いてみたりしようかな。





「ふぅ、こんなものかな?」


 頼まれていた村の井戸桶の修理を済ませて僕は強張っていた体を伸ばしてほぐす。ずっと座って作業していると体もガチガチになってしまうよね。


 僕が肩を回していると何やら村の入り口が騒がしい。何かあったのだろうか?


 村の入り口は一つしかないから誰かが入ってくればすぐに分かる。村の人間ならこんな騒ぎにならないと思うのだけれど……誰だろう? 行商人はこの前来たし、それ以外に村を訪れる人もいない。ここは特に名産も無いし、観光できるところもない。中継地でもないからそれこそ用が無ければ誰も来ないのだ。


「何かあったの?」


 見に行ってみるとオーベルが遠巻きに入り口の騒ぎを見ていたので声をかけてみる。


「ああ、ジェイクか……どうやら面倒なことになってきたようだぜ」


 オーベルが指さした先には三人の男性がいた。身なりはあまり綺麗じゃなく清潔な感じもしない。とは言え旅装と言われれば納得できる感じだけれど。それにしてもどこかで見たことがあるような?


「あの三バカだよ。エリシアをいじめていた」


 ……ああ! あいつらか! 不愉快な記憶だから顔を忘れていたよ。出稼ぎに出ていたはずなのに帰って来たのか。あの様子だと向こうで上手くいかなかったから帰ってきた感じかな?


 やれやれ、今帰ってこられると面倒なことになりそうだ。あいつらとエリシアを会わせたくはないなぁ。どうせろくなことは言わないだろうし、エリシアに馴れ馴れしくされても困る。


 何やら自分たちの成果を話しているようだけれど、あいつらが興奮して話している内容をまとめれば、一山当てたけれど貴族とかに目を付けられたから逃げてきたということらしい。バカじゃないだろうか? 貴族がそんな美味しい獲物を逃がすことなどないだろう。貴族は使えるものは何でも利用すると母さんが言っていた。ただの村人がまんまと出し抜いて逃げることなんて不可能に近い。


 そう言えば昔、母さんが優秀過ぎる冒険者も目を付けられると言ってたっけ。今のエリシアは実際どのくらいの実力になるんだろう? 母さんが話していたことを思い出してみようとするけれど思い出せそうにない。吟遊詩人の歌になるくらい凄い活躍をすれば目を付けられるのかな? それも今度クレイスさんに聞いてみよう。


 騒ぎの理由が分かった僕は興味を無くしたので仕事に戻ろうと思ってその場を立ち去ろうとした。なのにあいつらは目ざとく僕を見つけてきたんだ。


「おい、ジェイクじゃないか」


 三バカのリーダーがニヤニヤと僕を見てくる。態度も声もでかいけれど、出稼ぎに行っていた割には体つきは細く日焼けしていなかった。体格は負けているけれど、僕の方が力はありそうだ。他の二人も日に焼けていないし何しにこいつらは村を出て行ったんだ? 確かに僕が仕返しをした結果村に居づらくなったから出て行ったんだろうけれど、それにしてもこいつらの積み重ねてきたモノが全く見えなかった。


「エリシアはいねーのかよ?」


「君たちには関係ないと思うけれど?」


「大ありだろ!? だって俺の嫁にしてやるんだからな!」


 ああ、そう言えばこいつらが出て行ってすぐに結婚したから知らないのか。大事な結婚式の日にこいつらが村に残っていれば羽目を外されて滅茶苦茶にされるか、くだらないやっかみと嫌がらせを受けるかもしれなかったから出て行くまで待っていたんだよね。


「エリシアは見た目だけはいいからな! 冒険者なんていうくだらない戯言さえ言わなければ問題ないからな。おい、ジェイクさっさと呼んで来いよ」


 出稼ぎに行って元々無かった品性と一緒に知能も失くして帰って来たらしい。なんで僕がこんなバカなやつの言うことを聞かないといけないんだ? 付き合うだけ時間の無駄だ。さっさと仕事を済ませてエリシアのために料理のレパートリーを増やす方が建設的だ。この前、エリシアがケートで家庭料理のレシピが載っている本を買ってきてくれたからそれを試してみたいんだよね。


 僕が無視して立ち去ると何やらわめきながら僕の肩を掴んできた。見た目通り大した力じゃないね。掴まれても痛くはないけれど邪魔なので振り払う。軽く振り払っただけで三バカのリーダーは尻餅をついてしまった。


「……邪魔しないでもらえるかな?」


 驚いたのか何も言ってこないからそのまま無視して立ち去る。あいつらの家は昔は村で発言権があったけれど、今では何の力も無いからあいつらを恐れる必要は何も無い。でも、エリシアに何を言うか分からないから放っておくのも嫌だなぁ……もし、邪魔になるなら追い出すことも考えないといけないかも。





「一応、調べてみたんだが……わりいな、分からんかったわ」


 クレイスさんはそう言って頭をかきながら僕に謝ってきた。クレイスさんはあれからたまに家に遊びに来てくれる。今の所エリシアがいない時を狙って来ているみたいで鉢合わせたことはなかった。エリシアに会わない理由を聞いてみると、エリシアがいる時には言えない本音で話したいからだそうだ。


 いつものようにクレイスさんには小さい椅子に、少し居心地悪そうに座っているのはなんか少しだけ可愛く見えてくる。二m近い大きな体に合う椅子は家には無いからね。


 そうだ! 以前オーベルが置いていった切り株が家の裏手にあったはずだ。それを使ってもらうとしよう。これなら椅子よりは少しはマシになるはずだ。


「わりいな。椅子でも不満は無いんだが、いかんせんケツが痛くてな。体がデカいとこういう苦労があるんだわ」


 僕は大事な友人だから気にしないで欲しいと伝える。最初は遠慮があったけれど今は砕けた話し方が出来るようになってきた。これもクレイスさんの親しみやすさから来ているのかな? オーベルとは意気投合していたから馬が合うんだろうな。クレイスさんが今日来ることはオーベルにも話してあるから来るんじゃないかと思う。そろそろ夕方だからいつ来てもおかしくはないかな?


 アリアやお義母さんとかは冒険者が僕の家に出入りすることはあまり良く思っていないみたいだけれど、何も言わないのは僕の交友関係にまでは口を出す気が無いからだろう。僕への信頼からなのかそれとも丸くなったからなのかは分からないけれど。


「エリシアが変わってきているのは事実なんだが、これは特に珍しいことじゃないんだわ。脂が乗ってきた冒険者が装備に金を使いだしたり、酒飲んだりするのはおかしくないからな……しかし」


「僕もそこは問題視するつもりはないんだ。でもネックレスの件は明らかにらしくない。エリシアは確かに良く言って純粋、悪く言えば田舎者だけれど、それでも貞操観念はしっかりとしていたからね」


「うーん、そこなんだよなぁ。冒険者として売れてきたからって貞操観念が下がるとはあまり聞かん。そういうのをやる奴は元々そういうタイプだからな」


「何か特殊な道具とかの可能性は? おとぎ話に出てくるような魅了の魔法とか?」


 僕が聞くとクレイスさんは首を振って否定した。


「それは無いな。そういうヤバい品物は神殿が封印しているし、そういう魔法は聞いたことが無い。似たようなものに親和のマジックアイテムがあるが、第一印象や親しみが増すくらいの効果しかないからなぁ。こんなもんじゃ到底そういう効果は望めないと思うがな」


 クレイスさんがそう言うのならそうなんだろうな。ということはエリシア自身の変化だということなのだろうか?……正直に言えば信じられないし、信じたくない。とりあえず結論を出すのはまだ早いのだからもう少し調べてみようかな。


「そうだな、俺も可能な限り調べてみるとするか」


 そこまで話し終わった時、ちょうどオーベルがやって来た。今日の獲物を土産に持ってきたみたいだ。


「おお! クルル鳥か! これ美味いんだよな~」


 クレイスさんも好きみたいだし、腕を振るわせてもらおうかな?





 エリシアがまたお土産を買って帰ってきた。いつも僕に負担をかけているし、わがままばかりで申し訳ないからと言ってちょくちょく買ってくるのだ。あれからエリシアは予定が変わる時とかは必ず手紙をくれるし、家であのネックレスを着けることもない。本当は僕が買ってあげればいいんだけれどマジックアイテムはとてもじゃないけれど手が出ない。


「今回は何を買ってきたの?」


 僕が聞くとエリシアはじゃじゃーんと言いながら小さな袋を取り出した。ふわっと花のいい香りが袋の口から洩れてくる。


「この前行った街で売っていた薬草なんだけれど、その街ではお茶にもされていたからジェイクが喜ぶかなと思って」


 新しい薬草だって! それは嬉しいよエリシア!


「ありがとう! エリシア! これはどんな効能があるの?」


「安眠だったはず……確か?」


 エリシアはうろ覚えみたいだけれど母さんの薬学大辞典で調べてみれば分かるかもしれない。それにしても分からない時に小首を傾げる癖は昔から変わらないんだね。


 僕の好きな物をわざわざ買ってきてくれるなんて嬉しいなぁ。僕はエリシアにお礼代わりにこの薬草を使ってお茶を淹れてみることにした。


 試しに少しだけ味を見てみたけれど、爽やかな香りとフルーティーな甘みがあるから癖の少ない薬草とブレンドしてみようかな。安眠作用があるのならこれに体を温める効能を追加して完成。


 最後にフェレーヌの花を乗せてエリシアの前に置いてみた。


「フェレーヌの花! ありがとうジェイク……美味しい、優しい味だね」


 良かった、エリシアは気に入ってくれたみたいだ。こんな優しい時間が少しでもエリシアを癒してくれることを僕は願ってやまない。


このころのエリシアは

エリシアは現時点で


剣術:75/120

雷魔術:30/90

体術(身のこなし):55/100

料理:7/30


な感じです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりマジックアイテムは疑われますよね、ただ神殿でも魅了系統は禁じ手のような扱いだとすると、アイテムのせいではないことになる。 こうなるとジェイクはエリシアの心変わりや非常識なところがある…
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