7:彼女の選ぶ基準
誤字報告ありがとうございます。
あとポイント、ブックマークしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
エリシアは順調に冒険者として成長していっているようだ。と言うのもケートでは今話題のパーティーになっているらしく、ペンテ爺さんが聞いた噂を僕に教えてくれるから分かるわけで。
どうやら本当にエリシアには素晴らしい才能があるみたいだ。これは予想していなかったけれど、自分の妻が素晴らしい才能を持っていてそれを活かしているのは何だか誇らしくなってくる。だからこそ僕に出来ることを精一杯やっておかないと。エリシアが帰ってくる家はここなのだから居心地のいい家にしておきたい。家事などを時間短縮できるように効率よく動かないとね。
クレイスさんの忠告も忘れてはいない。エリシアの様子もしっかり見ておかないと……とは言えその場合はどうしたらいいのだろうか?
エリシアにそのまま話すことも考えたけれど、抽象的な面もあるからどう話したものかと今も悩んでいる。もしエリシアが悪い方に行った場合は冒険者を辞めさせるべきなんだろうか……出来ればそれはやりたくない。夢を諦めさせるのは必ず心にしこりを残してしまうから。ある程度納得出来るまでやるべきだと僕は思っている。
それもあって僕はエリシアに心配をかけたくない一心でケートで不良冒険者に絡まれたことを話せないでいた。クレイスさんに助けられて問題が無かったというのもあるけれど、話せば絡まれた理由まで話すことになってしまう。エリシアにこんな理由で負い目を持ってほしくなかったので話せなかった。
どうしてここまでエリシアの夢を応援するのか。もちろん約束もあるけれど、自分で気が付いていなかったその理由が最近分かった。
僕は父さんみたいな鍛冶師になりたかった。ただ、最近ようやく認められるようになったけれど、僕に鍛冶の才能は無いらしい。きっと一般の職人よりも下手なんだろうな。ずっとそれを諦めることが出来なかったからエリシアの剣も打ってみたけれど現実は厳しかった。結局エリシアは魔剣という相応しい剣と巡り合ったのだから。
あの魔剣を見て諦めがついた。ただそれはあがいた結果の諦めだから自然と受け入れることが出来たのだと思う。でもこれが誰かに諦めさせられていたらと思うとぞっとしない。きっと悔いが残っていつまでもズルズルと引きずっていただろう。
だから後は僕の覚悟がどこまで本物なのか……そこだろうな。どちらにしても近いうちに機会を見て話してみないといけなさそうだ。
僕の前で物凄い勢いでエリシアが夕食を平らげていく。次から次にパンやスープ、野菜をを口に入れていく。ものの五分でぺろりと食べてしまった。
「ごちそうさまでした」
エリシアは美味しかったよと言いながら食器を片付けに行く。最近エリシアに二つの変化が出てきた。
一つはエリシアの食事の時間が早くなっている。聞けばゆっくり食べていられるとは限らないから、早食いの習慣が付いたらしい。とはいえ家ではせっかくの食事なのだから味わって食べて欲しいかなと思うのだけれど。まぁ、仕事に合わせて生活習慣が変わることはあるのだからここで言うのは細かすぎるかもしれない……悩むなぁ。
「ねぇ、ジェイク。お酒無い~?」
エリシアが台所から顔を出しながら聞いてきた。最近変わったことのもう一つがエリシアの飲酒だ。前は飲もうとしなかったのだけれど、ここ最近は飲みたがる。もっとも酒に強いわけでもなく普通なので割と早く潰れてしまうのだけれど。
「基本、飲まないから無いけど」
「そっか~」
残念そうに肩を落としながらトボトボと歩いてくる。何と言うか、タイミングを逃したせいでエリシアに僕が家であまり飲まない理由を言い難くなってしまった。家で二人で飲むのも良さそうなんだけれど、そうするとあまり飲まない理由まで言わないといけなくなりそうで……だって言えないじゃないか。
実はオーベルと一緒に思いっきり飲んでバカな話をしてストレスを解消しているせいで、家でも同じような飲み方をしてしまいそうになるからだなんて。男同士ならバカな面も見せられるけれど、大事な奥さんの前でそんな情けない姿はさらしたくない。
なんて言うかくだらない見栄なんだろうけれどね。
「最近、よくみんなと飲むからつい欲しくなるんだよね~。仕方ない寝るね、おやすみ~」
昔と違ってすぐに冒険に出れるからと厚手のシャツに長めのズボン姿、そんなラフな格好をエリシアは家でもするようになった。
今日は話をしようかなと思っていたけれど、大分眠そうだ。こんな状態で話してもあまり意味は無いだろうな。仕方ないか、今夜は諦めよう。
「ああ、おやすみなさい。エリシア」
次の日エリシアは一週間くらいで帰ってくると言って出発していった。帰ってきたら時間を作ってもらってクレイスさんの忠告の件を話してみようかな?
エリシアが帰ってこない。
予定の一週間はとうに過ぎ去り、それからもう三日になる。今まで予定を大幅に過ぎることは無かったのだけれど、なにかトラブルに遭ったのだろうか?
怪我でもしていないだろうか?
どうすることも出来ずに毎日神様にお祈りを捧げる。今の無力な自分に出来ることは祈ることしかないのが悔しかった。
一度ケートまで様子を見に行ったのだが、クレイスさんから聞けた情報は、遠くの村で起きたワイバーン退治という緊急の依頼に“勇気の盾”という他のパーティーと一緒に行ったというだけでそれ以上の状況は分からなかった。
生きた心地のしない時が過ぎ、星が何度か空に上がったあとエリシアは帰ってきた。
「……ただいま~」
エリシアの声だ! 声を聞く限り怪我とかはしていないみたいだ。僕は心から安堵した。無事に帰ってきてくれた……ただそれだけで嬉しかった。
「おかえり、エリシア……無事でよかっ……た」
恐る恐る家に入って来たエリシアを僕は急いで迎えに行った。エリシアは物凄く心細そうな顔をしていた。僕が怒っていると思っているのだろうか? まさか! 無事に帰ってきてくれたことが一番で、それ以外は今はどうでも良かった。
嬉しさのあまり思わず涙がにじんできた。何の連絡も無かったことはもちろん問題だし、それは後で話さないといけない。でも今はここにエリシアがいるということを神様に感謝したかった。
「泣いているの? ジェイク」
かもしれないね。でもこれは安心したからだよ、エリシア。
「ごめんね、ジェイク」」
僕が抱きしめるとエリシアは小声でゴメンなさいと何度も呟いた。
次の日、僕は日が昇り切ってからエリシアを起こした。既に用意しておいた朝食を食べ終わったエリシアに僕は話があると言って隣に座った。
「エリシア。冒険者として忙しいのは分かるけれど、少し落ち着いて考えてみないかな? しばらく日帰りで出来る依頼を中心にやってみないかい?」
クレイスさんが言っていたことが現実になるかもしれない、そんな心配が頭によぎったのでまずはエリシアと触れ合う時間を増やしていろんな話を聞いてみようと思う。僕は冒険者の常識を知らない。だからまずはエリシアに冒険の話や普段の話をもっと聞いてみようと思う。
「分かったよ、ジェイク。しばらく日帰りだけにしておくね」
そう言って笑ったエリシアはいつもの笑顔なのになぜか胸騒ぎがした。
それからしばらくエリシアは日帰りの依頼を受けて夕方に帰ってくるというサイクルで日々を過ごしていた。
そうして帰ってきたエリシアから冒険や冒険者の話を聞かせてもらう。緊急で依頼をギルドから頼まれることがあることや、いったん出発すると必ずしも街に戻れるとは限らないということを教えてもらった。他にも別のパーティーの冒険者と一緒に依頼を受けたり、その後酒盛りになることなんて当たり前だと聞いてイメージ通りだなぁと思ってしまった。
クレイスさんのことをそれとなく聞いてみた。噂で凄腕の冒険者だって聞いたんだけど知ってるかいという感じで。するとエリシアはちゃんと覚えていたみたいで、頼りになる先輩だよと教えてくれた。放っておけない後輩だとでも思われたのかな? だからクレイスさんは気にしてくれたのかなと思った。
エリシアの話を聞いて冒険者は意外と自由が利かない職業なのだと初めて知った。だから今回のようなこともありえるのだろう。とは言えだからしょうがないで済ますわけにはいかない。何か考えないといけないね。
それにしても、エリシアは結構冒険者の常識に順応してきているみたいだ。これが悪い方に進むとクレイスさんの言う通りになるのだろうか。今回の件はその表れと決めつけるのは早いかもしれないけれど、何だろう……不安になってくる。
そんなある日、朝日が昇りきった後にエリシアが起きてきた。まだ眠そうな顔をしている。いつものラフな格好だから白い肌が目に刺さる。二日酔いなのかすこしきつそうだ。頭を押さえながら少しボーっとしているようだ。
「おはよう、ジェイク」
僕を見つけたエリシアはいつもの笑顔で挨拶をしてきてくれた。朝食を準備中の僕はエリシアの首にかかっている物に気が付いた。それは綺麗なネックレスだった。
昨日帰って来た時には着けていなかったような? もしかして服の内側に入れてあって見えなかったのかな?
「おはよう、エリシア……それは、どうしたの?」
なんだか不思議な感じのするネックレスだけれど、いったい何なのだろう?
僕は装飾品の知識なんか無いからその不思議な感じがすることがおかしいのかどうか分からないのだけれど。それはよくエリシアに似合っていた。エリシアのために作られたと言ってもおかしくないくらい彼女の雰囲気に合っていた。
「これ? これはラルフさんがくれたの」
「ラルフ?」
僕が聞き返すとエリシアはネックレスを見せながら教えてくれた。ラルフって誰だろう? 既婚者に装飾品を贈るとか何を考えているのだろうか?
「今回の依頼に一緒に行った“勇気の盾”ってパーティーのリーダーなの。“疾風の勇者”と呼ばれているカッコイイ年上の男の人で、きっとお兄ちゃんってこんな人なんだろうって感じなの。何回か一緒に依頼を受けたことがあるんだけど、以前助けたことがあってその時のお礼でくれたの」
ネックレスは鎖の部分こそ金ではなかったけど美しい金の装飾で縁取られ中央に青い宝玉のようなものが埋め込まれていた。
「お礼でそんな綺麗なネックレスを?」
「これ形はネックレスだけど実際はマジックアイテムなの。防護のタリスマンって言う防御力を上げてくれるお守りなんだって。凄いよねマジックアイテムって」
なるほど……マジックアイテムだから装飾品じゃないということか……どんな理屈なのだろう? そのラルフとか言う冒険者は常識が無いのか……喧嘩を売っているかだよね。
それにエリシアもそんな物を貰うのはらしくないなぁ。いつものエリシアなら断るはずなのに……気になるけれどまずは家では着けるのをやめさせようかな。冒険中はしょうがない面があっても家では認める理由は無いからね。
僕がそう言おうとした時、エリシアは何かを思い出したかのようにいきなり立ち上がった。
「ごめん! ジェイク、私がすっかり忘れてたんだけれど、今日は早く行かないといけないんだった、本当にごめんねジェイク。今日も日帰りだから行ってきまーす!」
そのままあっという間に準備を済ませて馬に乗って飛び出して行ってしまった。何というか止める暇もなかったような……早くなったね……エリシア。そんなどうでもいい感想が出るくらいの早業だった。
帰ってきたらネックレスの件は言っておこう。他の男性から貰ったのは不快だとハッキリ言ったほうが良いだろうしね。
ああ、実に不愉快だ。
帰ってきたエリシアに僕はお疲れさまと労いの言葉をかけて荷物を受け取る。そのまま夕飯を済ませてエリシアが晩酌を始める前にネックレスの件を切り出した。
「ねぇ、エリシア」
「なに? ジェイク」
エリシアは家ではラフな格好をしているから防具などの装備は外している。あのネックレスも家にいるときは外しているからわざわざ言うことではないのかもしれないけれど。それでも譲れない一線というのはあるからそれは伝えておきたい。
「この前貰ったタリスマンだっけ? ああいうのはもう個人的に貰うのはやめてもらえないかな?」
エリシアはきょとんとした後、思い出したようにああと頷いた。
「あれのことだよね……ごめんね。仕事道具だから怒らないかなと思って……」
ん?……どういう理屈だろうか? エリシアの言う理屈は意味が通らない。仕事道具だろうとなかろうと、他の男性からそんなのを貰えば愉快な気持ちになるはずがない。まさかそんなことも分からなくなっているのかな?……らしくない。
「怒ってはいないけれど、嬉しくはないかな?」
僕がエリシアに怒ってはいないと伝えた瞬間、何か違和感を覚えた。何かが引っかかったのでとりあえず怒っていないことを伝えた上で不快感だけは伝えることにした。何となくここで怒っていると思われると良くない結果に繋がる気がしたからだ。
「……そっか。そうだよね、うん。今後はこういうのを個人的に貰うのはやめておくね」
エリシアはそう言ってごめんねって僕に謝ってきた。その笑顔はいつものエリシアで僕の好きな笑顔だった。でも僕は先ほどの違和感の正体に気が付いてしまっていた。
―――エリシアが怒らないかなと言った時に一瞬だけ垣間見えた表情には確かに失望が浮かんでいたのだから。
レ、レイラ待ちの人にはすみません。二話後くらいには出せると思います。というよりそうなるよう努力しますm(__)m




