5:彼女のホームはアウェイでした
今回は短いです。
そしていよいよあの人が登場します!
「ありがとう、ペンテ爺さん」
僕はケートまで送ってくれたペンテ爺さんに礼を言った。
仕事に使っていた道具の一つが壊れてしまったのだが、もう古くなっていたのもあり買い直すことにしたのだ。村では手に入らないので仕方なくペンテ爺さんに頼んで送ってもらったのだ。
最近エリシアが依頼で稼いだお金を一部持って帰ってくれているのでお金の心配は無い。と言っても可能な限りはこのお金は使わないようにしたいよね。これはエリシアが稼いだモノなのだから、僕の好きに使うわけにはいかない。
仕事道具を買った僕はどうせケートまで来たのだしエリシアに会えるかもしれないと思い、帰りに冒険者ギルドに寄ってみる事にした。
ギルドの看板を探しながら少し歩くと冒険者ギルドはあっさりと見つかった。中からは喧騒が聞こえてくる。酒場も兼用しているのだろう、昼間から出来上がっているのもいるようだ。中に入るのを躊躇ってしまうのだけれどいつまでもこうしていても仕方が無い。意を決して中に入ってみようかな。
「ご依頼ですか?」
中に入ると受付にいた女性が声を掛けてきた。真面目そうで美人な人だなぁ。まぁエリシアの方が美人だけれどね。受付の女性はどういう用で来たのか探るように見てくる。
「エリシアという冒険者を探しているのですが」
僕が告げると女性は眉をひそめて質問してきた。
「それは指名依頼ということでしょうか?」
「いえ、依頼ではないのですが。エリシアの夫です」
僕はそう言っていつも妻がお世話になっていますと頭を下げた。
「失礼ですが、それを証明できますか?」
「証明って……どうすればいいですか?」
正直に言ってまったく思いつかない。そもそも証明が必要になったことなんて無いのだから。
「第三者の証言等があればいいですが」
そんな人物なんていない。村ならいくらでもいるがここはケートだ。公正に証言できる人物などいない。
「でしたら、申し訳ありませんがお教えすることは出来ません。証明する手段が無い以上あなたが本当に配偶者か確認できませんので」
「……そうですか」
そう言われてしまえばどうしようもない。僕は仕方なく肩を落として帰ろうとしたときだった。
「夕方くらいに依頼を考えてまた来てください。依頼者なら受付いたしますので」
そう、こっそりと教えてくれた。驚いて女性を見るとまるで何も無かったかのように書類仕事を再開していた。
夕方か……ケートに泊まっていけばまた来れそうだな……たまにはいいかな?
夕方、冒険者ギルドに再度出向いてみる。中から酔っ払いの声が聞こえてくる。昼間よりも賑やかなのは当然だろう。それにしても何と言うか聞こえてくる会話に品が無いというか……デリカシーはなさそうだ。
今度こそと中に入ろうとした時に声が聞こえてきた。
「エリシア~、昨日はオーガ叩き斬ったんだって?」
「さすが、“赤雷の剣姫”だな」
「今夜相手してくれよ~」
冒険者だろうか?それぞれが声を掛けているようだ。
「みんながいたからだよ、オーガを倒せたのは。あと相手するかバーカ」
エリシアの声だ! 三日ぶりのエリシアの声は元気そうで安心した。怪我とかしていないか心配はしているけれどそれ以上のとこは出来ないからね。
「それにしても、あっさりとランク上げていくな~。お前らは」
「まさか、エリシアが魔法剣士だったなんて驚いたぜ。もういくつか魔術も使えるんだろ?」
「ランクも一週間前に四になったんだろ?」
エリシアが魔術? もしかしてエリシアは魔術が使えるのか?
ランクが上がったのは聞いていたけれど魔術のことは聞いていなかった。
僕は驚きで固まってしまった。エリシアにそんな才能があったなんて想像もしていなかった。僕に言わなかったこと自体は正直どうでも良かった。僕だって村の仕事で覚えたことをいちいちエリシアに報告はしていない。だから出来ることが増えたことを言わなかったのは気にしていないのだけれど、魔術が使えるのならなおさらエリシアは先に進んで行ける。
参ったなぁ……追いつくことも出来そうになさそうだ。これはサポートの仕方を根本から考え直そうかなぁ。
「まだ、四種類だけだけどね、練習中でーす。ランクはそうだよ」
エリシアが答えるとそれでもすげーよと返事がくる。
「エリシア、奢るから来いよー、おもしれぇ話があるんだ」
「行く! ちょっと待ってて~」
僕の知らないエリシアの声がする。下品な冗談も上手く流して逆にからかったりしている。
僕はギルドから少し離れた場所に移動した。そこから見える窓から中の様子が少し見える。そこにはエリシアが楽しそうに冒険者と語り合っていた。防具も見るからに上等な革の鎧に変わっているし、篭手も着けているようだ。
「“女神の剣”は明日も依頼か?」
「うん、もう一件抱えているからね」
エリシアらが話しているところに三人の女性が近づいてきた。きっと“女神の剣”のメンバーだと思う。
僕の足は自然とギルドから離れだしていた。なんとなく中に入って行くのが躊躇われたんだよね。
自分で居場所を作り上げたエリシアを僕は素直に凄いと思う。村しか知らずに、外へ出ることも出来なかった僕とは大違いだと思う。
何とも言えない不思議な誇らしさを胸に僕は宿を探そうと歩きだしていった。
慣れない街を歩いたせいだろうか、気がつけば裏通りへと入り込んでしまっていた。大きな街だからこそ裏通りなんてうかつに入るものじゃない。
それにあまり遅くなるといくらケートでも宿が無くなってしまう。そうなれば野宿だ。そればっかりは遠慮したい。
僕は慌てて大通りへの道へ急ごうとしたときだった。知らない三人の男が急に現れて路地の出口を塞いでしまった。
見た感じ冒険者だけれど僕は彼らを知らない。ということはもしかして冒険者崩れのならず者だろうか?
「あんた、ジェイクだろ?」
三人の男のなかでも一際体格のいい男が僕の名を呼んだ。
「なんですか?」
警戒をしながら少し後ずさる。いつでも逃げ出せるようにしておかないと。
「こんな戦えそうも無いやつがエリシアの旦那かよ、チッ」
体格のいい男が心底嫌そうに吐き捨てた。他の二人も馬鹿にするように嘲笑っている。そして急に怖い顔になった。
「いいか、よく聞けよ。――エリシアと別れろ」
男は僕を睨みつけながらさらに続ける。
「あいつはもっと上に行ける、凄い冒険者になれる器があるんだ。それなのにあんなちんけな村なんか拠点にしていたら行けるもんも行けなくなっちまう。お前があいつの足を引っ張っているいんだよ! これ以上、邪魔するんじゃねぇ!」
彼らはいったい何の権利があってそんなことを言うのだろうか? 例え貴族だって夫婦に別れろと命令は出来ないのに。そんなことをすれば神殿に喧嘩を売るのと同じだから貴族だって避ける。
そんな暴挙を彼らは僕に要求するわけだ……付き合っていられない。
「お断りします」
僕は睨み返しながらハッキリと告げる。
「あぁん?」
「その問題は僕とエリシアで話し合うべき問題であなた達は無関係です。それに僕はそんな理由でエリシアとの愛の誓いを破るつもりは無い!」
人の婚姻に赤の他人が口を出すなんて失礼だし無粋すぎる。きっと大したことのない冒険者なんだろうな。
「てめぇ、ふざけやがって!!」
僕の言葉に腹が立ったのだろう。男たちは剣に手を掛ける。それでも僕は下がらなかった。これは譲ったらダメなんだ。
腰を落として逃げられるように準備をする。こんな場所で剣を抜いたらそれはもう犯罪だ。あとは衛兵に助けを求めればいい。
「おとなしく頷けばいいものを、腕の一本や二本覚悟しろよ?」
抜きはなたれた剣がギラリと輝いた。僕が逃げようとしたそのときだった。
「ほう、冒険者が一般人の腕を欲しがるとはな。今どきの冒険者はゴブリンみたいなんだな」
男たちの後ろから声が聞こえてきた。男たちが振り返るとそこには顔に大きな傷の走った長身の男が立っていた。金属製の胸当てを着け、大剣を背負った男は三人を一瞥すると言った。
「今すぐどっかへ行けば見なかったことにしてやる。もちろん、二度と彼の前にも姿を現すなよ。次はこうだ」
そういって首の前を親指で横切ってみせた。
「なんだぁ、てめぇ?」
二人の男が絡もうとするが体格のいい男がそれを止める。
「分かった、“巨人殺し”には逆らわねぇよ。ほら、行くぞ」
他の二人を連れて男は僕を睨みつけるとそのまま去っていった。有名人なのかな?
「大丈夫か? 怪我は無いか?」
そう言って僕の様子を見てくる彼に僕はお礼を言った。それにしても背の高い人だなぁ。僕の頭一つ分背が高い。
「助かりました、正直荒事は出来ないので。僕はジェイクと言います」
「おれはクレイス。“巨人殺し”とも呼ばれている。よろしくな。」
差し出された手を握り返して“巨人殺し”について思い出す。最近ペンテ爺さんが話してくれた噂では巨人型のモンスターを多く狩っている凄腕の冒険者だったはずだ。
「噂の“巨人殺し”にお会いできるとは思いませんでした。巨人みたいに大きいかと思っていました」
「背丈はあるが、巨人には勝てねぇよ」
彼は笑いながら行こうかと促してくれる。それにしても正直に言えば助かった。あのまま逃げるにしても確実に逃げられる保証なんて無かったのだから。
クレイスさんと歩きながら、僕はどうしたものかと考えていると今日は泊まるのかと聞いてきた。僕が事情を話すと彼は暫く考えた後こんなことを言ってきた。
「俺の馬に乗らないか?送ってやるよ。代わりと言っちゃあなんだが、今晩泊めてくれないか?」
不穏な空気がまた少しずつ……




