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4:彼女のための剣

毎度誤字報告ありがとうございますm(__)m

 ハンマーが鉄を打つ音が工房に響く。幾度も叩いては出来を確かめる。もう何本の剣を打っただろう、工房には出来の悪いショートソードが大量に転がっていた。


 エリシアは驚くべき勢いで腕を上げている。エリシアに渡したあのショートソードはもうエリシアの腕に追いつかなくなっているだろう。少しでもエリシアの役に立てるように、エリシアの力になるように、少しでも少しでもという思いを込めてハンマーを振るう。


「こいつじゃだめだ」


 新しく打ち上がった剣を見ながら僕は呟いた。自分の実力がたいしたことがなく、もっと腕の良い鍛冶師がたくさんいるのは理解している。それでもエリシアの力になりたい。そばで戦うことができない分、何か僕に出来ることを必死で探していた。結局、僕に出来ることなどエリシアの為に少しでもましな剣を作ることくらいだった。


 ただ一心不乱に作業を続ける。自分でも出来の悪いと分かる剣が量産されていく。それでも止めなかった。エリシアに無事でいて欲しい、先へ進んで行く彼女に胸を張れるような自分でいたい。その思いが僕を動かしていた。


 気がついた時には窓から朝日が差し込み打ちあがった剣に光が反射していた。明らかに出来栄えが今までと違っており、会心の出来ともいえるショートソードが出来上がっていた。






 今日は冒険に出ていたエリシアが帰ってくる予定の日だ。三日ぶりに帰ってくるエリシアを待つ。驚かせたくて見えないところに会心の出来のショートソードを隠しておく。

 夕食の後に渡そうと思っている。喜んでくれるかな? エリシアは。


 僕はそう思うとつい、にやける顔を抑えられなかった。


「ただいま~」


 エリシアが帰ってきた。僕は玄関にエリシアを迎えに行く。


「おかえり、エリシア」


 僕が出迎えるとエリシアは嬉しそうに抱きついてきて、ジェイクだ~と頬を摺り寄せてくる。抱きしめ返すとエリシアも抱き返してくる。良かった、無事に帰ってきてくれて。ご機嫌な理由は依頼が上手くいったからかな?


 ふと、エリシアを抱きしめる手に何かが当たった。視線をエリシアの腰に向けると、そこには見たことの無い鞘に納まった長剣が携えられていた。


「エリシア、その剣どうしたの?」


 何と言うか凄い雰囲気が伝わってくる剣だなぁこんなものどこで手に入れたんだろう?。


「これはね、報酬として貰ったものなの。なんでも魔剣なんだって」


 そう言うとエリシアは剣を鞘から抜いて刀身を見せてくれる。


 一目見て分かった、これは僕の腕ではどういう物なのかを理解できないということを。理解できたのはただ美しく、その美しさに相応しい業物だということだけだった。


 僕はしばらく声が出なかった。ようやく出た声は掠れていてまるで僕の声じゃないみたいだった。それくらい凄い衝撃だった。


「凄いとしか分からないや、僕には」


「でしょでしょ? 私も使ってみたけどこれ凄いの! モンスターも簡単に斬れちゃうんだよ!」


 エリシアは興奮しながらどういう経緯で手に入れたのかを話してくれた。それは一昨日の依頼を終わらせた帰りのことだったらしい。


「依頼自体は簡単な討伐依頼だったの。近くの街道にブラックウルフが出たから退治してくれという依頼だったしね」


「ブラックウルフ?」


 初めて聞く名前につい聞き返してしまった。名前だけ聞けば狼だろうか?


「ブラックウルフは通常の狼よりも大きく鋭い牙と爪を持っているの。必ず群れで行動するから危険性は高いけれど、一匹一匹は大したことがないからランクの低い私達でも相手することが出来るの。それで、討伐証拠を回収して帰る途中にね、一台の馬車が盗賊に襲われていたの。もちろん助けに行ったんだけど」


 エリシアはそこまで話すと、疲れているのを思い出したのか椅子に座った。僕は薬草茶を出してエリシアの隣に座る。今日のブレンドは以前上手くいったやつだから美味しいと思う。疲労回復とリラックス効果が高い一品に仕上がっている。


「その馬車には貴族が乗っていたの」


「貴族?」


 エリシアは頷くと魔剣を取り出してテーブルに置いた。それにしても貴族の馬車に出会って助けるなんてまるで昔読んだ冒険者の物語みたいだ。


「その貴族がね、領主様に会いに来た公爵家のお嬢様だったの」


 エリシアの話をまとめるとこういうことらしい。助けられた公爵家の令嬢はエリシア達に大いに感謝し何か褒美を与えたいという話になった。パーティーとしては多額の金銭で貰ったのだが、公爵令嬢がエリシアの腕前を見て関心を持ったらしく、褒美を別にあげたいと言い出したらしい。


 その公爵令嬢は剣士は腕に見合う武器を振るうべきだと言って、持っていたコレクションの魔剣をエリシアに与えたらしい。与えられたのは魔剣クロノスフィア。鋭い切れ味と持ち主の動きを加速させる有名な魔剣で伝説と謳われた鍛冶師の作らしい。


 魔剣って……そんなの本当にあったんだ。昔話に出てくるけれど、それは作り話のモノだと思っていたくらい僕らには縁が無いものだったから正直に言えば驚いた。


 エリシアはクロノスフィアを嬉しそうにしまうと疲れたーと言ってテーブルにへたり込んだ。


 薬草茶の効果でリラックスしているのかは分からないけれど、家が気を休められる場所なのは良いことだと思う。しかし、困ったなぁ……あんな凄い魔剣を見せられた後じゃ。いかに会心の作とはいえ所詮それは僕程度の会心の作だ。とても恥ずかしくて見せられそうにないや。


 大したことのない職人だと理解はしているからあの魔剣と自分の剣を比べるつもりはないけれど、それでも最低限の職人としての誇りはあるのだから。


 あれ? そういえば前の剣はどうしたのかな?


「あぁ、あれ? あれならここにあるよ」


 そう言ってナイフを僕に見せてきた。剣がナイフになっている……どういうこと?


「ナイフ……だよね、それ?」


「うん、打ち直してもらったんだ。もう大分ガタが来ていたし捨てるのも嫌だったから」


 打ち直された剣は格段にいいナイフへと変わっていた。僕ではこのナイフは打てない。悔しいなぁ、本当は僕が打ち直してエリシアに渡してあげたかった。やはり僕には鍛冶の才能は無いんだろうな。この村で唯一の鍛冶師だから生活できているけれど、他に出来る人がくればきっとやることが無くなるだろう。それではいけないし、僕にも何か出来ることがあると思うから諦めずに可能性は探してみよう。


 それにしてもあんななまくらでも捨てるのは嫌だと言ってくれるのは嬉しいかな。しかし、エリシアは自分で打ち直しなんて思いついたのだろうか?……きっと先輩冒険者に聞いたのだろうね。





 エリシアが冒険に出ている間、僕は少しでも自分に出来ることが無いかと探していた。もう確実だろう、エリシアに剣の才能があることは。しかもかなりの才能だと思っていいはずだ。それならば僕は置いて行かれることが無いように、エリシアの力になれるような才能がないかと思っているのだけれど……。


「そんな簡単に見つかれば皆才能で悩まないよね……」


 僕はオーベルと酒場で飲みながら愚痴をこぼしていた。相変わらずパルテ婆さんのご飯は美味しくて味を真似しようと思うけれど出来ないでいる。味付けは同じような物を使っているはずなのにどうしてこうも差が出るんだろうか?


「才能なんてものは俺たちはやってみないと分からんからな。幸いなことに俺は狩りの才能があったから困っていないけれど、普通は見つからない方がざらだろう?」


「それはそうなんだけれどね。僕はきっと少しだけ……ううん、結構焦っているのかもしれない。どんどん先に進んで行くエリシアに置いて行かれないように……いや、置いて行かれたくないから何か追いつけるものが無いかってその可能性に縋っているんだと思う」


 オーベルはエールを飲み干すと干し肉を食べながら呆れたように言った。


「お前なぁ、そんなもんはどうしようもないもんだろうよ。才能なんかよりもお前がエリシアをどれくらい理解して支えられるかが、一番有効なサポートだと思うぜ俺は」


「分かっているよ……」


 そんなことは分かっている。ただ、それでもそれ以上のことが出来ないかと考えてしまう。きっとそれは欲張りすぎなんだろうな。


「そもそも、お前がサポートを完璧にやる必要もないだろうが。ある程度はエリシアが自分でやらんと意味が無いのはお前が一番理解しているだろうに」


 む、それを言われたら言い返せないじゃないか。オーベルはこういうことには的確な指摘をしてくる。それ以外は結構大雑把なくせに。


 結局僕はエリシアにとって頼れるカッコいい夫でいたいという見栄を張っているだけなんだろうな。この見栄ってやつは結構厄介なもので、無ければ無いでつまらない人間になるし、有り過ぎればそれは有害な人間になってしまう。この匙加減が出来るのがきっと大人の証なんだろうけれど、僕にはまだそこら辺は上手くできそうにない。


「なんで才能なんてあるんだろうね。こんなもので生き方を選べないっていうのは理不尽だよ、まったく」


 僕は潰れはしないけれど酔うことは出来るから、口が軽くなっているみたいだ。普段は思っていても言わないことがオーベルの前だとつい零れてしまう。


「神様の考えることなんて理解できないし、理解する必要もないってことじゃないのかね」


 才能は神様が決めていると神殿は説明しているらしい。昔、母さんがそんなことを言っていた。だったらなんで神様はエリシアに剣の才能を与えたのだろうか? もし、エリシアの憧れを知っていて与えたというのなら、僕にもエリシアのために出来る才能を与えてくれているのだろうか?


 酔った頭でそんなことを考えながら僕はカップに残っていたエールを飲み干した。




 家に帰ってベッドに入ってうつらうつらとしていると、ふと昔のことを思い出した。


 あれはエリシアと僕が約束をした後のことだったと思う。喧嘩をした僕達はもちろん怒られたけれど、そもそもなんで喧嘩をしたのかという話になったのだ。


「あんたがバカな話をしたから」


 お義母さんに呆れられているエリシアは泣きながらごめんなさいと呟いている。あいつらはそれを見て自分たちは悪くないって顔をしていた。頭に来た僕は当然抗議したけれどゲンコツ一発で黙らせられてしまった。それでも僕たちは悪いことをしたつもりは無いから堂々と顔だけは上げ続けてやったけれど。


 結局エリシア以外は罰として一週間自由時間無しのペナルティを受けた。そんな僕と一緒にエリシアは遊びにも行かずに村の仕事をしていたっけ。


 ただ、アリアはそうじゃなかった。冒険者に憧れるエリシアにこう言ったんだ。


「おねえちゃんはろくでなしになるのがゆめなの?」


 お義母さんは冒険者に偏見を持っているけれど、アリアにまでそれが浸透し始めているとは思っていなかった。僕はアリアと根気強く話して何とかそういうことを言わないように教えることは出来たけれど、アリアの冒険者への偏見を和らげることは出来ても、正すことは出来なかった。


 今でもお義母さんとアリアは偏見を持っている。昔よりは大分ましになっているけれど、それでも偏った見方をしているのは変わらないのだから。


「それも……頭が痛いや……」


 僕はそのまま眠りに落ちて行った。





 ある日家に帰ってきたエリシアは凄く機嫌が良かった。これは相当嬉しいことがあったに違いない。


「何があったのか教えてくれる?」


 僕がそう聞くとエリシアは僕に抱きついてきた。柔らかなエリシアの感触にドギマギしているとエリシアは僕にこう告げたのだ。


「冒険者ランクが上がったの!」


 エリシアは宣言した通り、自分の力で夢へ続く道を勝ち取ったようだね。


 僕には何が出来るのだろうか……まだ答えは見えてこなかった。

ジェイクの才能は現時点で書ける範囲で

鍛冶:7/8


限界に挑むと上がりやすかったりします。絶対ではありませんが。

ちなみに魔術や薬学などは才能があっても知識が無ければ成長は限度があります。体を使うものはやればやるだけ上がりますが、知識が必要なモノは知識が前提なので独学は茨の道です。


体を使う才能の土台は体ですが、魔術や薬学は知識が土台なのが理由です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジェイク編で新たに判明したエリシアの言動 >公爵令嬢がエリシアの武器を見て不満を持ったらしい。 エリシアさんさあ、この下り話す必要あったんですかね…。 わざわざそんな詳細なやり取りを馬鹿正…
[良い点] ジェイクも一生懸命だったんだなと思うと、定められた成長限界というものはむなしいものですね。
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