1:彼女の夢は冒険者でした
二章開始です。
ある心地のいい昼下がりのこと。
突然、最愛の妻エリシアが冒険者になりたいと言い出した。
「私が昔から、冒険者に憧れていたのは知っているでしょう? ジェイク」
そう言いながらエリシアは下から覗き込むように見つめてきた。
肩より短い赤い髪がサラッと流れていく。猫を思わせる瞳は期待と興奮で輝いていた。プルンとした唇から甘えるように言われると見慣れた顔でもドキッとなる。
わざとやっていると分かっていても効果はあるみたい。惚れた弱みかなぁ?
村一番の美人であるエリシアと結婚したのは二年前だった。
僕は村の鍛冶師の父さんと薬師の母さんの息子として生まれた。優しい穏やかな母さんに寡黙だけれども村のみんなに頼りにされていた父さんは僕の自慢だった。
そんな両親を十二の頃に起きた流行病で亡くした僕はエリシアの両親を含む村のみんなに育てて貰った。村のみんなは両親が最後まで村のみんなのために働いたことを深く感謝していると教えてくれた。
そんな優しい村のみんなに囲まれて僕らはそのまま共に成長したのだ。
僕らが結婚したのは僕が十五の時でエリシアが十四の時だった。王都とかなら早いと言われるかもしれないが、ここはオルステン王国の端っこケルティア辺境伯が治める田舎村ペルナだ。この村では昔からだいたいこのぐらいの年齢で結婚していた。
「それに今ならまだ間に合うし、年齢的に」
「それは……まぁ、そうだけどね」
僕は興奮するエリシアをなだめながら、とりあえず話を聞くことにする。
「冒険者になるって言ってもどうするんだい? このペルナ村にはギルドの支部なんかないし、依頼もないよ?」
いくら冒険者になりたいと言ってもギルドが無ければ仕事は無い。冒険者に仕事を斡旋している冒険者ギルドはある程度大きな町でないと支部すらないのだ。
「ほら、領主様のいる領都ケートまで行けばあるわ。毎日領主様の館にミルクを納めに行くペンテ爺さんが連れて行ってくれるって約束してくれたの!」
どうやら思ったよりエリシアは本気みたい。エリシアの夢を否定する気はないし、出来ることなら応援したいけれど家には先立つものが無いんだけれどそれはどうするつもりだろう?
「装備等はどうするつもり?」
へそくりを出しても届かない気がするんだけれど?
「防具は引退した冒険者から革の胸当てを貰っているの。サイズは調整すればいける筈。剣は・・・ジェイクに作ってもらえないかなぁ?」
そうエリシアは申し訳なさそうな顔しながらもまっすぐ僕を見つめてくる。指に嵌めた結婚指輪を撫でているところをみると不安なのだろう。エリシアは不安な時や、落ち着かない時は指輪を撫でる癖がある。
僕は村で唯一の鍛冶師兼雑用屋なので簡単な剣なら何とか作れると思う。もっとも普段は鍬や鍋等の日用品がメインなのでたいした性能の物は作れないとは思うけど。父さんから鍛冶の基礎しか習えていなかったのが理由だ。
薬師の知識は母さんに教えてもらっていたけれど、趣味で薬草を調べたり調合したりしている程度だから商売には出来ない。母さんから貰った薬学大辞典はもう古いから本当は新しいものが欲しいけれど、高くてとても手が出ない。母さんはこれは師匠から貰ったって言っていた。
「ショートソードくらいなら僕でも何とかいけるかなぁ? あまり出来がいいとは言えないと思うけれど」
エリシアとしてはそれでもいいらしい。困ったなぁ、ちゃんとした武器じゃないと身の守りに不安があるのに。しかし、最初から危険な依頼を受けることのないように言い聞かせておけば、僕の作った物でも牽制くらいにはなるかもしれない。
僕が準備について考えているとエリシアが不安げな顔をしている。考えてみたら今まで積極的に応援してきたことは無かったからエリシアは僕が賛成していないって思っているかもしれない。
確かに僕が背中を押して応援したことは無かったけれど、それはエリシア自身がやりたいって言いだすまで様子を見るつもりだったからなんだよね。冒険者なんて自分でやると決めないと危ない仕事ではあるからね。
それにしても今まで我慢してきた反動が来たようだね。昔から諦めきれないのに諦めたふりをしていたエリシアはついに我慢の限界を迎えたということか……。
とは言え、素直に認めるとエリシアは調子に乗りやすいところがあるから渋るふりくらいはしておこうかな。
「僕は良いよって認めた覚えないんだけど?」
「まずは一回やってみてからとかダメ?」
安全な依頼なら大丈夫だろうしね。
「分かった、それなら危ない依頼は最初はやらないでね。素人なんだから怪我をしないのが一番だよ」
とにかく最初は安全にということを納得させて、まずは薬草採取を試しにやってみようということになった。薬草なら僕が教えたことを覚えていれば探すくらいできるだろうしね。
「それで結局どうなったんだ?」
「大人しく薬草を採取しているよ」
エリシアの冒険者宣言から一週間が経っていた。
僕は幼馴染のオーベルと村のぼろい酒場で飲んでいた。オーベルとはたまにこうして一緒に飲むことがある。狩人のオーベルはお酒に強いから僕と飲んでいても潰れることが無くて嬉しいんだよね。何せ僕は村で一番お酒に強くて潰れたことが無い。だから一緒のペースで飲める友人は貴重なんだよね。
僕とエリシアの結婚式の時は疲れてぐったりしていたのをオーベルに酔い潰されたってエリシアが勘違いしていたみたいだけれど。
もっともそのせいであまりしょっちゅうは飲めない。何せお金がかかるからね。エリシアの前ではそこまで飲んだことはないからエリシアはこの事を知らないと思う。
酒場はペンテ爺さんの奥さんであるパルテ婆さんがやっている。寂れた酒場だけどパルテ婆さんの料理は絶品で村の皆の憩いの場所になっている。もっとも酒場にしては閉まるのが早いから夜遅くまで飲むことが出来ないのだけれど。
「ということは、エリシアはとうとう冒険者か」
オーベルはエールを飲みながら呟いた。
「オーベルは知っていただろう? エリシアが冒険者に憧れていたの」
「知ってはいたけれど本気だとは思っていなかったな。ガキのころは冒険者なんてあらくれ者がやる仕事だって思い込んでいたしな。まぁ、ジェイクのお袋さんのおかげで間違いだって分かってからはそう思ってねぇけどな。それに大きくなってからは言わなくなったから諦めたのかと思っていたよ」
エリシアはあれからすぐに領都ケートにある冒険者ギルドに連れて行ってもらい、そのまま冒険者になり薬草採取の依頼を受けてその日のうちに達成していた。
幸い危ないことは何も無く、この一週間で二回ほど薬草採取を達成していた。今日も依頼を受けに行って帰ってくるのは明日の朝だ。
冒険者は今でこそ広く認知されているが、昔はごろつきや荒くれ者の代名詞だった。今でも冒険者になるのはあまり良くないと言う人も居る。それでも最近は王都や領都ケートのような街とか大きな村、ペルナ村みたいな偏見の強い村以外は好意的な反応をされることが多くなってきたらしい。
実は母さんも昔は冒険者をやっていたらしい。とはいっても村で父さんと出会ってすぐに辞めたらしいからそんなに長い間活動していたわけじゃないらしいけれど。ただ、エリシアはそのことを知らないんだよね。僕が知ったのも流行病が流行る直前だったし、そのあとあっという間に両親が死んだから結局話すタイミングをなくしてそのままなんだよね。
明日、エリシアが帰ってきたら話してみようかな?
「昨日も依頼を達成していたようだよ。ペンテ爺さんに今度お礼をしないといけないや」
「爺さんはいつもミルクを卸しに行くんだからそのついでなんだろ? あまり気にしたら爺さんもかえって困るだろうよ」
ペンテ爺さんやパルテ婆さんは冒険者に偏見の強いこの村で、偏見を持たない数少ない村人だ。他にはオーベルと村長、あと二、三人くらいだろうか?
オーベルはそう言って残りのエールを飲み干した。そしてパルテ婆さんにおかわりを頼みながら続けた。
「まぁ、村人なんかじゃ出来ることはたかが知れているわな」
「そうだよ。うちの爺さんのことは気にしないでいいからね」
パルテ婆さんがそう言いながら僕の前に野菜の炒め物を出してくれた。相変わらずパルテ婆さんの料理は美味しいね。真似したいんだけれどなかなか上手くいかないや。
「それにしても、なんでまた冒険者なんかに憧れたんだ? あ、いや悪く言いたいわけじゃないんだ」
慌てて否定してくるオーベルに苦笑しながら僕は分かっているよと返す。
「それはね、一応理由があるんだよ。」
僕は話しながら思い出していた。エリシアが冒険者に憧れるキッカケになったあの事件を。
あれは僕が八歳でエリシアが七歳頃の話だった。
近所の森に木の実やちょっとしたキズになら使える薬草を拾いにいくという、お手伝いという名の遊びを良く二人でやっていた。近所の森ならたいした危険も無いので大人達も子供たちが入るのを禁じてはおらず、実際子供が遊ぶにはちょうどいい場所だったのだ。
「今日は何とるの?」
「アプルの実と擦り傷殺しを持って帰ろうと思っているんだ。あと帰りにフェレーヌの花も摘んで帰ろう」
「本当!? ありがとう~ジェイク」
フェレーヌの花はエリシアの大好きな淡い紫の小さな花だから摘んで帰れれば喜ぶと思って今日の予定に入れておいたんだよね。あの頃のエリシアは僕の手を取って並んで歩くのが好きだったんだよなぁ。
「ジェイクの手は暖かいね」
そういってエリシアは楽しそうに笑う。僕はエリシアのそんな笑顔が大好きだ。
しばらくアプルの実や擦り傷殺しを集めていると飽きたのか、エリシアはあちらこちらをうろうろとし始めた。あまり遠くまで行くことはないだろうと思っていたので放って置いたのが間違いだった。
突如悲鳴が森に響き、急いで駆けつけるとそこには座り込んでいるエリシアとボロボロな一匹のゴブリンが立っていた。
「エリシア!」
僕はエリシアをかばう様に立ち塞がる。でも足は震えるし、正直に言えば怖かった。
もう使い物にならないボロボロの剣しか持っていないゴブリンでも僕たちには恐ろしい脅威だ。ゴブリンは弱いモンスターとして有名な妖精の亜種なのだがそれでもただの子供が敵う相手ではなかった。
ボロボロの体を引きずりながらゴブリンが近づいてくる。もうこうなったらエリシアだけでも逃がさないとそう思って逃げろと叫ぼうとした瞬間、僕たちの前に誰かが割り込んできて、そのままゴブリンを斬り伏せてしまった。
「大丈夫か?」
そう言って僕たちを助けてくれた人が手を差し出してくれた。それは近くの村で発生したゴブリンの巣を退治に来た冒険者だったんだ。
他の冒険者がミスをしたらしく何匹かが逃げ出してそれを追っていたらたまたま僕らを見つけたらしい。そんな冒険者をエリシアは輝いた瞳で見つめていたよ。それからかな? エリシアが冒険者に憧れ始めたのは。
「そんなことがあったなんて知らなかったぜ。なんで教えなかったんだよ?」
オーベルは驚いた様子で僕に聞いてきた。それはそうだと思う。知らないはずだからね。
「あの時はわざわざあんたらに言う必要は無いと大人全員で判断したんだよ。言えば森の奥深くまで入りそうなバカがおったからね」
パルテ婆さんがオーベルを睨みながら追加のエールを置いてきた。
「バカって俺のことかよ! ったく。なるほどな、そういう経緯があって憧れていたのか。そりゃ仕方ねえな。」
僕もエリシアも言わないように口止めされていたしね。
「僕も才能があれば冒険者になっていたかもしれないよ」
「才能はしょうがねぇからな。ジェイクに戦うことは向いてないからなぁ。と言ってもその才能が有るかどうかも俺らには知りようも無いがな。チャンスがあるのはお貴族様や金持ちだけだ」
僕らは生れ落ちたときから神様から才能を与えられると言われている。ただ、その才能は特殊な道具を使うか特殊な力がないと具体的には分からないのだ。
例えばもし僕に剣の才能があれば才能と今の実力が数値で教えてもらえる。実力の数値は基本的に才能を超えない。なので高ければ高いほど有利になっていくし、成長も早い。もっともこの才能を知るためには貴族や金持ち連中のようにコネや権力を使った上で金を払うしかない。
要は僕ら一般市民には関係ない話なのだ。ましてやこんな辺境の田舎村なんかじゃ縁のない話だ。
これは母さんから教えてもらったことだけれど、エリシアは難しい話になると寝ていたから覚えていないんだろうなぁ。
僕らは残ったエールを飲み干すとパルテ婆さんに勘定をしてもらい店を出た。夜空には星が輝きいつもと変わらない夜のままだ。
「なぁ、ジェイク」
「なんだい、オーベル」
「早く帰ってくるといいな」
「そうだね、明日は少しご馳走にしようかな?」
念願の冒険者になれて嬉しそうにしているエリシアを見るのは好きだから。美味しいごはんでさらに笑顔になればいいな。
翌日、依頼から帰ってきたら今後のことを話そうと、夕食の準備をしながら待っていると、家のドアを勢いよく開けてエリシアが帰ってきた。
「ジェイク! 聞いて聞いて!」
「はいはい、まずはこれでも飲んで」
興奮しているエリシアを椅子に座らせながらお茶を出して落ち着かせる。するとエリシアはとんでもないことを言い出した。
「私、ゴブリンを倒したの!」
才能の説明としてはあくまで大まかにですがこんな感じです。
100~:英雄
80~99:達人
60~79:精鋭
20~59:専門職
1~19:一般人
0:無能
才能の数値の限界はひたすらに打ち込めば少し増えるかもしれませんが、それもまた元の数値が高い方が有利です。
ちなみにエリシアは冒険者になる前は
剣術:5/120
雷魔術:1/90
体術(身のこなし):3/100
料理:10/30
といった感じになっています。




