29:私とジェイク
いつも誤字報告ありがとうございます。とても助かります。
今回で第一章終わりです。
修正と加筆をしました。時系列などが変わっています。
「やっぱり……ジェイクもそう……なんだ」
はは、嘘だよね?……今のは私の聞き間違いだよね? 気のせいだって言ってよ……嘘だって……でも……聞き間違いなんかじゃなかった。
ジェイクは今までずっと我慢していたんだね。私が冒険者やるのを本当は反対していたんだ……なら……どうして……最初から止めてくれなかったの?……嫌なら最初から言って欲しかった……否定するなら最初から……否定して欲しかった。
どうして……どうして……どうして!!
なんで今更否定するの!? どうして今まで否定しなかったの!?
ジェイクも皆みたいに私の夢を否定するの!?
もう……信じられないよ……ジェイクまで……信じられないなら……私は……私は……
「エリシア?」
「ジェイクだけは……ジェイクだけは分かってくれると思っていたのに!!」
何も感じなかった。雨の冷たさもジェイクの温もりも何もかもが無くなったみたいに感じた。
私はジェイクを拒絶するように軽く押した。もう触れていたくは無かった、嫌いになったとかじゃなくて今は側にいて欲しくはなかった。
とにかく今は何も考えたくなかったし、これ以上ジェイクの言葉を聞きたくなかった。
雨はまるで私の涙のように激しさを増していく。ちょうどいいかな? これくらい激しければどんな顔していたって分かりっこないから。
馬に飛び乗って急いでこの村を離れる。それからどこをどう走ったか覚えていなかったけれど、気が付けばケートの家の前で立ち尽くしていた。
日も暮れて曇り空が早く夜を連れてきていた。雨は止むことなく私を泣かせ続ける。心が泣けないのに天は泣き続けてばかりで私の涙が無くなっちゃいそう。
「ちょっとちょっと! エリシアったら何してんのー!?」
誰だろう? 私をタオルで乱暴に拭きながら何か怒っている。
「こらー! 男共は部屋に入っていろー! 急いでお風呂に入れないと風邪ひいちゃうー! マリーとエリー!!」
「まぁ、大変! エリシア様、エリー早くお風呂に!」
「急いで沸かすからちょっと待ってて!」
アニー……風邪なんか引かないよ? だってバカは風邪ひかないって言うじゃない? ジェイクの不満に気が付きもしないで、本当は良く思われていなかったことに気が付きもしなかったバカな私は風邪なんか引けないよぉ。
それから私はアニーにお風呂に叩き込まれて、マリーとエリーによってお世話してもらったみたい。幸いにも風邪は引かなかったけれど、心はそうはいかなかった。
次の日、目が覚めた私は胸にポッカリと穴が開いたような気がするせいか、何もする気が起きなかった。幸い依頼はアニーやラルフが説明してくれたので問題なく処理できたらしい。
そのまま四日経ったある日、私にアニーがある提案をしてきた。
「ねぇ、エリシア。十日くらいこの地域離れてみない?」
どういうこと? 十日も離れるって結構遠いんだけれど?
「討伐依頼が入ってきたんだけれど、往復七日くらいかかりそうなんだよねー。正直に言わせてもらえるならー、今のエリシアもジェイクさんも頭を冷やした方が良いと思うんだよねー」
「でも、もうそろそろジェイクと話さないと……」
「話してまた喧嘩するの?」
……もう喧嘩しない……なんて言えるはずもなかった。
「まったく、毎回飛び出しちゃうエリシアも問題だし、ジェイクさんがなんて言ったか知らないけれど、お互い話し合いが出来ていなかったんだと思うよー。だったら今はお互い頭を冷やしてからもう一回話したらー? 別れるにしてもその方が良いと思うけどー?」
「別れたくないよぉ……」
別れるなんて想像したら涙が出てきた。そんなことなんて考えたくもない。あ、ダメ、涙が止まりそうにないよぉ。
「私が手紙出しておくからさ、頭をいったん切り替えてからこれからどうしたいか考えてみたらー?」
アニーの言う通りかもしれない。村でも、ジェイクも私の冒険者をやるという夢に良い気持ちを持っていないのは分かってしまったのだから。それも含めてこれからのことを考えておかないと……。
「分かった、お願いしていい?」
「もちろんだよー、任せておいてー」
私はアニーに手紙をお願いするとノロノロと準備を始める。といっても体は覚えているのか勝手に動いていく。心は死んでいるかのように痛むこともなくなったのに、今まで沁み込んだものは消えないんだね。
依頼は久しぶりの討伐依頼で少しだけ気が晴れた。増えすぎたオークを駆除して欲しいという依頼で大して強くは無いんだけれど、数が多いから少し面倒だったかな?
「エリシア、少しは気が晴れたー?」
アニーがそう言いながらオークの頭を叩き潰す。前は逃げまわっていたのに、最近はこのくらいの相手ならあのごっついメイスで叩き潰すことも多くなっていた。
「……少しはね」
「帰る頃にはお互い頭も冷えているだろうしー、今度こそ飛び出さないでちゃんと話すんだよー?」
分かっているんだけれど……怖い……ジェイクにどんな目で見られるかと思うと。
「一緒に村まで行こうかー?」
……いいの? そうしてくれるなら心強いんだけれど。
「話し合いには同席しないからねー」
そこまでは望んでいないし、流石に人を交えて話す話でもないよね。アニーなら一緒に村に来てもジェイクに余計な心配かけないよね?
「ありがとう、アニー」
「いいよいいよ、気にしないで。こういうのは徹底的にやらないといけないからね」
この依頼をさっさと終わらせて急いで帰らないといけないね。
そうと決まれば……
「まとめて片付ける! サンダーハリケーン!!」
広範囲をまとめて巻き込む雷の嵐でオーク達を一掃していく。もちろん仲間がいないのは確認しているし、巻き込むようなヘマなんかしない。
ごめんね、ジェイク。ちゃんと帰るから……待っててくれるかな?
二週間ぶりに村に帰ってきた。日が昇って少し経ったくらいに着いてしまったけれどジェイク起きているかな?……いつも起きていたよね、そう言えば。
アニーはぼんやりしていて眠そうだけれど大丈夫かな? 聞いてみると大丈夫だから気にしないでいいと返事が来たから一応甘えておこうかな。
家の前まで来ると静かなことに気が付いた。ジェイク……もしかしてまだ寝ている……のかな?
「……ジェイク?」
中に入ってみるとシンとしていて誰もいない気がした。台所も使った跡が無いし、やっぱり寝ているのかな?
そのまま家を見渡すとテーブルの上で何かが光った。見てみれば手紙のような物も一緒に置いてある。
「なんだろ……う……う……嘘……」
テーブルの上で光っていたのは指輪だった。良く知っている指輪、私がジェイクの指に着けたから見間違えるはずがない。何度も手を握ってその存在を感じていたジェイクの結婚指輪がそこにあった。
「おーい! エリシアー、何かあったのー?」
様子がおかしいことに気が付いたのかアニーが入ってきたけれどそれどころじゃなかった。私は恐る恐る指輪を取って見てみる。やっぱりジェイクの指輪に間違いないよ……どうして?……ここに置いてあるの?
手紙を震える手で開いていく。まだ、まだ決まったわけじゃないんだから……きっとこの手紙に理由が書いてあるに違いないよね?
『愛していたエリシアへ。この手紙を読んでいるということは帰ってきたということなんだろうけれど、見ての通り僕はいません。いろいろ考えたけれど、もう疲れました。もともとエリシアが冒険者をすることに賛成していたわけではないけれど、悲しませたくなかったから賛成したのが今は間違いだと思っています。どんどん冒険者として成功していくエリシアについていくことが出来なくなりました。これ以上お互いを傷付ける前に別れようと思います。エリシアが冒険者として大成することを祈っています。 ジェイクより』
あはは、嘘つくの下手だなぁ……ジェイクは……こんな手紙書いて驚かせようとしてるのかな?……きっと本当の手紙とか伝言とか家にあるよね?
私は家中のものをひっくり返して探してみた。ありとあらゆる場所を徹底的に。私とジェイクで決めておいた大事なモノを隠す場所も探してみた。ここになら本当の手紙とかあるに違いないと思ったから……でも、そこには何もなかった。分かったのは家にあったお金が半分無くなっていたことだけ。
ジェイクはいない……私は……ジェイクに愛想を尽かされたんだ……
……もうそこから先は覚えていない。
あの日から、暫く経ってからジェイクの行方を村の皆に聞いてみたけれど、どれだけ頼み込んでも誰も教えてくれなかった。お母さんもあんたにはもう関係ないよって言って取り付く島もなかった。そのときお母さんが凄く悲しそうな瞳で見ていたことが余計に辛かったかな。
村の家に行ってももうジェイクはいないし、ケートのパーティーハウスで暮らし始めることにしたんだよね。村の皆からの怒りでもない悲しげな瞳を向けられるのが耐えられなかったのもあるんだけれど。
アニー達はジェイクの行方を捜すべきだと言って捜してくれたけれど結局何の情報も入らなかった。私も自分なりに捜してみたけれど何一つ情報は入ってこなかった。私は冒険者を続けながらも抜け殻のようになっていたんだと思う。何を食べても味がしないし、なにをやっていても心が沈んだままだった。
そんな腑抜けた私がミスをしたのは当たり前のことだったのだと思う。とある依頼中に私は死角から襲い来る魔物に気が付いていなかった。普段なら見えなくても分かったのに。
「エリシア!」
アニーの声が聞こえてくる、でもねアニー。
もう間に合わないよ……それにダメなの……生きようって気力が湧かないんだ……
私はそこで諦めてしまった。
「ふざけるな!」
魔物は切り捨てられ地に倒れた。私は魔物を切り捨てた人……ラルフを見てその目に宿る怒りに言葉が出なかった。
「ショックを受けているのは分かる。だが、それで仲間を危険にさらすようなら冒険者を辞めた方がいい! エリシア! 君の冒険者としての憧れや夢はその程度だったのか!? 今まで歩いてきた冒険者の道すらも捨て去るのか!? それは君の幸福ではないだろう?」
私の肩を掴んで真剣な表情で告げられた言葉は私の中に残っていた何かを確かに照らしていた。
「ジェイク君はエリシアが冒険者として大成することを祈ると書いていたんだろう!? エリシアがそう私に言ったではないか。ならここで死んでどうする!?」
そうだ、私にはもう冒険者しか残っっていないんだ……それに仲間もいる。
「……そうだね、私は……まだ終わってないんだね……ありがとう、ラルフ」
私はそう言って今できる精一杯の笑顔を向けた。するとラルフは気恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
「……気にしなくていいい。妹みたいな冒険者のためだからな」
ふふっ、なにその理由。理由になっていないような理由に私はつい笑ってしまっていた。
それから私は冒険者としての活動に力を注いでいった。あちこちに依頼を受けに行ったし、いろいろな景色を見てきた。気が付けば私の胸に空いた穴は少しずつ小さくなっていっていた。
ただ、それでもジェイクから貰った指輪だけは手放すことが出来なかった。
でもいつまでもこのままはダメだよね……本当に……。
離婚しないといけないのは分かっていた。この国では離婚するには互いの同意が必要で、夫婦の片方が失踪した場合は半年経つまで離婚をすることが出来ないのだけれど、逆を言えば半年過ぎてから届け出れば離婚は成立するんだよね。
もっともいまだにジェイクを忘れることができない私は神殿に届け出をすることが出来ずにいた。なんとかレイラのお見舞いだけは行けているけれどそれ以外では足を運ぶことはできなかった。
でもそれは私が招いたことなのだから自業自得だって分かっている。
それに、アニーにもいい加減手続きをするべきだと指摘されていた。ジェイクの今後の未来のためにも婚姻を解消しておくべきだと。もちろん、このような手続きをエリシアに丸投げにしたことは許せないけれど、それが彼の望みなのだから叶えるべきだと。
その時はつい感情的になってしまったけれど、今はその通りかもしれないと素直に思える。いつまでも引きずっていてもお互いのためにならないのなら……。
私の方はまだ感情を処理できていないけれど、ジェイクは違うみたいだから。いつまでも私に縛り付ける訳にはいかないよね。
それから半年後、私はジェイクと正式に離婚をする手続きを済ませた。
届け出を出して失踪したことを証明すればそれは簡単に受理された。村長から届け出が出されていたから証明自体は簡単だったから。あっけなく終わってしまった私とジェイクの繋がりに言いようのない悲しみが湧いてくる。
でも私が好きでいるのは良いよね?
まだ忘れることなんて出来ないから。
指輪は外したけれどまだ私の荷物の中に残しておいた。
離婚してからだいたい一月くらい経った頃、気が付けば私はラルフと行動することが増えていた。なるべく避けているけれど、受けざるを得ない貴族関係の依頼を一緒に受けてくれて助けてくれたり、気晴らしに街に連れて行ってくれたりして楽しませてくれていた。
アニーも何も言わないどころかどこに行けばいいとか、こういう時にはどうすればいいとかアドバイスくれるんだよね。
この前のオフの日にはグンドのおじさんが作ってくれた昼食を持って見晴らしのいい丘の上で一緒に食べたりしたんだよね。そのまま気が付けば側にいるのが当たり前になっていた。
そんな日々を過ごして一ヶ月、二ヶ月と経っていき、あっという間に半年が過ぎていた。その間私は仲間に支えられて寂しい思いもすることなく充実した日々を送れていた。
ただ、帰る家にジェイクがいないことだけが物足りなかった。ジェイクに似た人をつい視線で追いかけてしまう私をラルフはよく気にかけてくれていた。
「エリシア、あまり無理はするな」
「大丈夫だよ。このくらい平気」
依頼の最中も私のことを気遣ってくれることが増えた気がする。私を見る優しい目はジェイクとは違ってどこか甘いものが宿っているようなそんな目だった。
そんな日々を過ごしていたある日、私はラルフから話があると呼び出されていた。
「どうしたの? ラルフ、何か用?」
依頼から帰ってきたばかりだから着替えてもいないせいで少し汗臭いかも。女性としてはちょっと……いや、かなり恥ずかしいかも。
「エリシア、来てくれて礼を言うよ。実はな……」
「実は?」
何だろう? 言い難そうだけれど、もしかして何かトラブルとか?
「エリシア、俺と結婚を前提に交際してくれないか」
……え?……結婚?……
「わ、私、ほら、まだ……指輪……持ってるし、それにまだ、ジェイクのことを……」
「それでも構わない、エリシアが彼を忘れたくないというのなら忘れなければいい。ただ、エリシアの人生に私を加えて一緒に歩かせてほしい。私なら共に冒険者として歩いて行ける」
「……そんなこと急に言われても……困る……よ」
急なんかじゃなかった……ラルフに好意を持たれているんじゃないかと最近思い始めていたのだから。でも好意を向けられることに慣れていない私ではどう答えればいいのか分からない。
「急がなくてもいい、でも覚えていて欲しい」
ラルフはそう言ってまた明日なと言って去って行った。
ジェイク……何処にいるのかな?
見つけたらまた一緒にいてくれるようになるのかなぁ。
……もしそうなら……なんて思っても無駄なのにね。
それからズルズルと返事も出来ずに一ヶ月が過ぎ去っていた。その間ラルフは告白の返事を急かすこともなく、変わらず私を遊びに誘ったりしてくれていた。いつまでも返事をしない自分のズルさに嫌気がさしながらもいまだに一歩を踏み出せずにいた。
そんなある日、たまたま私はラルフが女性冒険者に呼び出されているところを見てしまった。後で何となくラルフに聞いてみれば大したことじゃないと言われたけれど、告白されたんじゃないかなって分かっていた。
私がどうこう言える関係でもないのは分かっているのに胸に痛みが走った。
ああ、きっと私はラルフに惹かれているんだろうなぁ。ジェイクへの後ろめたさと愛想を尽かされたことを理由に逃げていたんだ。この感情に目を背けていればまた失敗することは分かっていた。
自分の感情に目を背けて、人の感情に鈍い私に恋愛なんて荷が重いのかもしれない。
それでも、必要としてくれるのならそれは嬉しかったのだから。
「ねぇ、ラルフ。この前の返事なんだけれど……」
「ああ、聞かせてくれるのか?」
ラルフを呼び出したのは街を見下ろせるケートの近くの丘の上だった。もう少しで日が落ちそうな時間で夕日に照らされたケートは美しかった。
「私は一度、結婚を失敗しているけれどそれでもいいの? 貴族はそんな簡単に結婚できないでしょう?」
「それは問題ない。私は三男だから権利も少ないが代わりに義務も少ないからな。結婚くらい好きにさせてもらえる」
「……初めてじゃないよ?」
「貴族でも再婚はあるから心配しなくていい。そんなことはどうでもいいことだ」
「貴族として生活もすることってあるの?」
「いつかはそうなるだろう。父もいつまでも冒険者をするのを認めはしないだろう。だが父も“赤雷の剣姫”ならば文句は言わないだろう」
「ジェイクのこと簡単に忘れられないのに?」
「それを含めてエリシアだと思っている」
私は思いつく限り気になったことを聞いてみる。でもそれらは全てラルフは問題が無いことを説明してくれた。だったら……もう何も理由はないよね……好きになったらダメな理由なんて。
「……私で良ければ……お願いします」
私がそう言うとラルフは嬉しそうに抱きしめてくれた。そしてそのまま何も言わないで唇を重ねる。久しぶりのキスは何かを忘れてしまったかのように少しだけ切なくて、そして温かった。
四ヶ月後、私はラルフと結婚をした。式は質素でいいと言ったのに知り合いを呼んでそれなりに大きな式になってしまった。街に噂が流れていたせいかお祭り騒ぎみたいになってしまったのが困ったことかな?
私はわがままで人の気持ちに鈍感だけれど、今度は間違えないようにしたいなぁ。
だから、ジェイクが少しでも多くの幸せに出会えるように祈っているね。
もう、それくらいしか出来ないから。
なんとかここまで来ました。これも読んでくださっている皆さんのおかげです。
次は地獄の一丁目~一丁目~第二章の始まりです。
誰の地獄かですか? もちろん作者の地獄です。
フラグ管理で既に死にそうです。




