27:私と一年
ジェイクと言い合いになってしまってから帰りづらくなってしまった。指名依頼はいつもの領主様のご息女の護衛だった。隣町に行く用があるから護衛して欲しいという依頼で特に大した問題もなく終わったからそれはいいんだけれど。
はぁ、どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。ジェイクにラルフとの仲を疑われてついカッとなって言っちゃったんだろうけど……はぁ、どうしたらいいんだろう。
私が弱り果ててギルドの隣の酒場でテーブルに突っ伏していると誰かに頭を撫でられた。
「アニー? 何してるの?」
「随分落ち込んでいるから慰めようかなーと」
まぁ、落ち込んでいるけれど……もうやだぁ。
「どうしたの? 話せるなら話してみてよー」
私はアニーにジェイクと喧嘩をしたことを話した。つい言ってしまった心無い言葉も一緒に。
「……うーん、それはエリシアが悪いかな~。さすがにいつものノリを家族の前でというのはダメだと思うよー」
「……そうなんだ……やっぱり、そうだよね」
なぜあの時は気にしていなかったのかな? はぁ、それともあれが私の本性なのかなぁ。
「とにかく、そんなにジメジメ悩んでいても解決しないんだし、ここはちょっと頭を冷やしたらー? 実はね……じゃじゃーん! 家を借りました!」
家? どういうこと?
「ほら、いつまでも宿暮らしだとお金もかかるしもったいないからいっそのこと家を借りようかなって。幸い領主様っていう伝手も出来たことだし、ラルフが相談したらいい物件を格安で紹介してくれたんだ」
そうだったんだ……って聞いてないんだけれど? どういうこと?
私はアニーをじっと見つめる。アニーは目を逸らして頬をかきながら明後日の方向を向いているし。
「いやー、ほらー相談しているといい物件逃しそうだったし……はい、勝手にやりました……ごめんなさい」
「オイゲン達は知ってるの?」
「知っているのは私とラルフだけだよー。他の皆にはサプライズしようと思って……」
まったく、相談もしないで決めると相手にも迷惑かけちゃうんだよ? まぁ、私もジェイクに相談しないで決めたせいで迷惑かけちゃったから言えないけれど。
「で、どんな家を借りたの?」
「それはね……」
アニーに案内されて着いていったらそこには割と大きな家がありました。貴族のお屋敷程大きくもないけれど、裕福な商人くらいなら住んでいそうな一階建ての家。
え? こんなに大きいの?
「アニー? これは?」
混乱する私を余所にアニーは楽しそうに部屋の説明をしていく。
「ここがキッチンであっちが食糧庫、部屋は八つはあるから十分みんな入れると思うよ。食事する時はこっちの部屋ねー」
聞いてないし! こんな大きな家をどうやって維持するつもりなんだろう。掃除だって一人では無理だし、そんな時間もないよ?
「ああ、それは問題ないよー。ラルフが使用人の当てがあるって言ってたからー。幸い人を雇うくらいのお金はあるし、こうやって拠点を持てば貴族や商人からの依頼を受けやすくなるしね」
そもそもこの家は裕福な商人が建てたらしいんだけれど、不正が発覚して破産してこの屋敷を手放すことになったらしいのだけれど、一家心中しようとして失敗して商人だけ死んだらしい。それで家族は逃げ出したけれど商人の霊はいまもこの屋敷で彷徨っているっていう話で……霊?
「出るの?……ここ?」
「うん、出るよ。ゴースト」
……もしかして格安の理由って……それ?
「そ、だから私達で退治するのが安くなる条件だよー。エリシアのクロノスフィアなら余裕じゃん」
確かにゴーストくらいならクロノスフィアで斬れるけれど、そもそもどうして今まで放置していたの?
「あのね、そもそもゴースト退治は割に合わないのー! 癒し手でも相手出来るのは限られてくるし、魔術師なら大丈夫でも屋内で魔術は被害の関係で使いにくいしー。それ以外の地味な手段、例えば聖水とか使うと最悪赤字だし。だから魔剣でゴースト退治できるのは凄いアドバンテージなんだからねー!」
分かった、分かったから。私がゴースト退治やるから。アニーの剣幕が凄いんだけれど、仕方なくゴースト退治を承諾してアニーをなだめるとしてと。
「はぁ、ここまで決めてるなんて。前から考えてたでしょう?」
「まぁねー」
……まぁ、いいか。依頼の助けになるのならありがたいし。お金のことはアニーがいい加減なことするわけないから問題ないと思う。それに今は正直帰りにくいからありがたい……からね。
結局、依頼もあって私は一週間家に帰ることは出来なかった。当然、早い段階で手紙で帰りが遅くなることを知らせているから、心配させてしまっているかもしれないけれど、帰ることは伝えてある。
あの時のことを思い出すとどうしてあんなに腹が立ったのかよく分からないけれど、これ以上逃げることも出来ないからね。
新しい家は皆は意外と早く馴染んでいた。オイゲンなんか静かに飲めるから悪くないなんて言うし。コントールはそもそも下戸だしね。アニーは自分の部屋っていうのが嬉しいみたいではしゃいでいたし。ラルフはこういうのは当然慣れているみたいで新しく雇った使用人にいろいろ指示を出していたりしたんだよね。
雇ったのは家事をするハウスメイドのマリーとエリーの双子の女性に料理人のグンドっていうおじさん。部屋がギリギリだったねってアニーに言ったら使用人用の部屋が別にあるんだって。知らなかったよ。ちなみにゴースト退治は使用人の皆さんが来る前に終わらせておいたので問題なし。
マリーとエリーが来てくれてからは身支度の準備を手伝うと言われて最初の日は断ったのだけれど、仕事を取り上げないで下さいとシクシク泣かれたら断れないよ。アニーなんかはお風呂まで手伝ってもらっているらしいけれど……人前で裸になれるとか凄いね……アニー。グンドさんのご飯は美味しいから食べ過ぎてしまうし、太っているかもしれないから余計見せられないよ……ねぇ?
「それじゃ、村に帰るね」
「気を付けてねー、エリシア」
アニーが見送ってくれるので私も手を振って返す。
「ちゃんと私のアドバイス忘れるなー」
アニーからちゃんと素直に謝ること、今後の態度に気を付けることなどを注意されたことはしっかりと覚えている。これからも冒険者をやりたいのなら余計にちゃんと謝ることもしっかり注意された。
はぁ、私が悪いんだけれど気が重いよ……こんな気持ちで家に帰るのは初めてだった。
「あのね、ジェイク。話があるんだけれど、いい?」
家に帰ってすぐにジェイクに声をかけた。椅子を音がしないように引いてそっと座るとジェイクも対面に座った。落ちてくる髪を手ではらいながら私はジェイクに頭を下げた。
「まず、すぐに帰ってこなくてごめんなさい。なんか、帰るタイミング逃しちゃってズルズル引き摺ったのは私が悪いから。それでね、話っていうのは……この前の……暴言なんだけれど」
私はジェイクの顔色を窺いながら言葉を選ぶ。前みたいに心無い言葉を言わないように。
「……僕が怒ったのはラルフさんの距離感がおかしかったからだよ。もちろん、エリシアにも気を付けて欲しいけれどね」
「……はい。そうだよね、ごめんなさい」
「常識的なことを守ってくれるならそれでいいんだよ。家族同然でもマナーはあるからね」
アニーに注意された通りだね。私も今後は気を付けないと。
「……ラルフはお兄ちゃんみたいな人だって思ってたから考えが甘くなっていたみたい。今後は気を付けるね」
兄のように慕っていても限度はあるもんね。村では家族同然なオーベルとか、ジェイクしか身近に男の子はいなかったから同じように考えちゃってた。村には私に近い年の女の子は妹のアリアしかいなかったし、他の男の子達は意地悪だから近づかなかったんだよね。
「分かってくれるんならそれでいいんだ……」
本当はジェイクは言いたいことがたくさんあるんだろうなぁ。でも言わないでいてくれているんだから私もここでちゃんと反省しないとね。
冒険者を続けさせて欲しいっていうからにはそこら辺は気を付けないと。
「もうラルフにあんな真似はさせないから」
「分かったよ、エリシア」
ジェイクが抱きしめてくれる。私はその温かさを感じながら心のどこかでジェイクに疑われたことがしこりのように残っているのを感じていた。
気が付けばあんなにたくましく感じていたジェイクの体はどこか頼りない物に感じていた。
それからしばらくして約束の一年がやってきた。
私はジェイクに冒険者を続けさせてもらえないかお願いしようと思っている。ちゃんと話し合って決めないといけないことだから。レイラの治療のためにお金も稼ぎたいし、それに最近は貴族や大商人からの依頼も増えてきているから断りにくい依頼も多くなってきていることもちゃんと話さないと。
「だから、お願いジェイク。約束を延長できないかな?」
私はジェイクに頭を下げてお願いする。わがままを言っている自覚はある。全部説明したし、どうしたいかも伝えた。あとはもう私が出来ることはジェイクに頭を下げることしか残っていなかった。
これ以上ジェイクの愛情に甘え続けることはいけないって分かっていても、私には冒険者しかレイラの治療のためのお金を稼ぐ方法が分からなかったから。
「……そう言うと思っていたんだ。実際、すぐに辞められる状況でもないよね?」
それはその通りだと思う。だんだん仕事を減らしていっても二、三ヶ月はかかりそうだった。
「街の方ではエリシアのように結婚していても冒険者をやっている人もいるらしいからそのこと自体は否定しないけれど、続けるにあたって一つ条件があるよ」
「何? どんな条件でも聞くから教えて!」
「三ヶ月以内にパーティーを抜けてソロの仕事を専門にして、それが条件だよ。だんだん仕事を変えるのにそれくらい時間かかるよね?」
ジェイクの言う通りそれくらいかかる。でもなんでジェイクはそんなこと分かるのかな?……もしかして調べたりしたのかな?
「どう? エリシア」
「分かった、約束する」
私はジェイクの条件を飲むことにした。実際、ジェイクが不安に思うのは当然なのだから。みんなに報告しないといけないね。
それから私はケートへ戻ると皆にジェイクとの話し合いの結果を報告した。オイゲンやコントールは当たり前の反応だなと納得してくれた。ラルフは済まなかったと謝った上で今後気を付けると約束してくれたので大丈夫だと思う。ジェイクに謝罪したいと言ってきたけれど、会わない方が良いと思うから私から伝えることにしたけどこれで良かったよね?
「上手くいって良かったねーエリシア。ソロでも私となら依頼受けても怒られないと思うよー」
そうだね、アニーは友達だからそこまでは言われないと思うから大丈夫じゃないかな。
それからの私はソロへと移行するために準備を始めたんだけれど、その前にと貴族や大商人から依頼が続々と入るようになってしまって忙しくなってしまった。
そういえばアニーの家に住んでいること言っていなかったっけ……
なんとなくタイミングを逃した私はそのまま言えないまま準備を進めることになっていった。
一月後、いろいろな依頼を片付けてなんとか家に帰った私は一週間ぶりのジェイクとの夕食の時間を過ごしていた。
「最近、あまりお酒を飲みたいと言わなくなったね」
「ああ、うん。安酒はあまり美味しくないから我慢することにしてるんだ。どうせなら美味しいほうがいいし。最近のお気に入りはドゥルハス産のワインかな」
前みたいにお酒で失敗したくないし、それにあまり安いお酒は美味しいと思わなくなってきたんだよね。それなら飲まない方がいいし、どうせなら美味しいお酒をジェイクと一緒に味わいたい。今度良いお酒買ってこようかな?
私の食べ方が変わったことに気が付いたのかジェイクが聞いてきた。貴族の依頼とかで食事をすることがあるから覚えることにしたと説明したらへーって言っていたから納得したのかな?
それに食事のマナーを使って食べてみると綺麗に食べられることが分かってからはいつもそうするようにしているんだよね。綺麗な食べ方の方がジェイクも気持ちいいよね?
スープを音を立てないように注意しながら飲むことが出来るようになったんだよね。
「エリシアの髪また伸ばし始めたんだね。何かあったの?」
肩から先へと伸び始めた私の髪は前よりは少しは伸びてきたんだよね。
「貴族関係の依頼で場合によってはパーティーにも出ないといけないことがあるんだ。そういう時って髪を結い上げないと正装にならないんだって。付け髪もあるけど事情のある人しか付けないから悪目立ちしないためにも自前の髪がいいんだって。それで私も伸ばし始めたんだ」
「なるほど。エリシアはそういう依頼が多いの?」
「最近結構多いかな。パーティーに出る系の依頼はだいたい領主様のご息女の護衛だからね」
お金の稼ぎはいいんだよね。
また、明後日は隣町の富豪からの依頼か……確か盗賊に奪われた荷物の回収だったっけ?四日くらいで終わらせないといけないんだよね。
忙しいなぁ。ソロになると決めたら次から次へと依頼を持ち込むんだもん。断りにくい所だし、もう少しの辛抱だよね。
本来は二話の予定でしたが、間違えて昨日投稿してしまったので今日は一話だけです。
やっちまったぜb




