26:私と不協和音
「初めまして、私がケルティア領を預かるバルホード・ケルティアだ」
初めて会った領主様は何と言うか……筋肉でした。パツパツの服に山みたいな筋肉を詰め込んだ体の大きな人で、領主様が戦うことが苦手だというのが信じられないんだけれど。
会いたいと言われて通されたのは応接間でそこで待っていたのが筋肉な領主様だったわけで。それでも気さくな方で話してみると話しやすい領主様だったから良かった。もっとも後ろに控えている護衛のお兄さんからは睨まれているけれど。
「私は体を鍛えるのが趣味だが実際に戦ったことは無いのだよ」
「そ、そうなんですね」
ハンマーとかで力任せに殴るだけでも十分だと思うけど……ま、人それぞれだよね。
「さ、良かったら食べてくれ、木苺のタルトだ。口に合うといいが」
領主様はそう言って侍女に持ってこさせたお菓子を勧めてくれた。へー、これってタルトって言うんだ。遠慮なく食べてみると甘酸っぱい木苺とタルトのサクサクとした食感が美味しい! 甘さは控えめだけれどこれは好きな味だなぁ。レシピとか分かればジェイクも作れるかな?
「気に入ってもらえたようでなによりだ。ところでつい先日倒したペトリリザードの話をだね……」
領主様はペトリリザードのことや今までの冒険の話を聞きたかったみたいでいろいろと質問をしてきた。それに答えていると領主様は何かを考え込むように口元に手を当てて黙り込んでしまった。
「どうかされましたか? ケルティア伯」
ラルフが黙り込んだ領主さまに聞くと、悩むそぶりを見せながらも口を開いた。
「実は三日後に娘の誕生パーティーを開くのだが、その護衛に女性冒険者もつけようと思っていたのだがな、なかなか決められなかったのだがエリシア殿はどうだろうか?」
領主様の娘の護衛!? いいのかな? 私みたいな平民がそんな仕事をして。
「娘は今年で八歳になる。可愛い娘の為にもどうか受けてもらえないだろうか?」
「私は……」
即決できないよ!? でも答えないとマズいよね? どうしよう? どうしよう?
「お待ちください、本当にこの女性はそこまでの実力があるのでしょうか?見たところそこまで力があるわけでもなさそうですが……」
私が混乱していると後ろに控えていた護衛の人が待ったをかけてきた。
「なんだ、お前は疑うのか?」
「失礼ながら本当にあのペトリリザードを倒したのか疑問に思っています。ラルフ殿なら疑いようもないのですが……」
こういう人もいるって分かっていたけれど……真正面から言われるとちょっとショックかも。私がショックを受けていることに気付いたのかラルフが小声で話しかけてきた。
「一部の貴族や騎士にはこういう人種もいる。あまり気にしないことだ」
「分かった、ありがとう」
領主様はしばらく考えた後良いことを思いついたと言わんばかりに手のひらを拳で叩いた。
「ならば、演習場で腕試しをしてみればよい。お前に勝てんのなら護衛には雇わない、これでどうだ?」
そこまでしてその依頼を受けたいわけじゃないんだけれど……辞退したらダメ?
「ケルティア伯、それではあまりにもエリシアに利が無さすぎでは? 認めないのはそちらの問題であってエリシアのせいではないのでは?」
「ふむ、それもそうか。ならば腕試しを受けてくれれば金貨二枚払おう。勝てばさらに一枚出そうじゃないか」
勝てば金貨三枚! これはやるしかないよね、コテンパンにして金貨三枚貰っちゃおう。
「分かりました、お受けします」
それからすぐにやってしまおうということになり、演習場へと向かう事になった。しかし、演習場とかあるんだ、流石貴族だなぁ。
互いに向かい合って剣を構える。さすがにクロノスフィアは使えないからラルフに預けて木剣を使うけどね。
私に不満を述べた護衛の人は確かに隙の少ない構えだけれど、動いてみたらどうかな?
私は軽く様子見のために突きを放ってみる。それは簡単に払われてしまったので、あえて隙を作って誘ってみる。もしこれで乗ってくるようだったらそこまでだよね? まさかこの程度の誘いにかかることは無いと思うけれど。
「見え透いた誘いを!」
良かった、これくらいは見抜いてくれるんだ。だったら……
―――いつものように戦っても怪我しないよね?
踏み込んできた一撃を紙一重でかわして懐に潜り込む。そのまま右膝で蹴りを入れて態勢を崩したところで剣の柄で相手の剣を持つ手を殴る。剣を落としそうになるのを相手がこらえたその隙に私は首筋にそっと木剣を添えてあげる。
「まだやりますか?」
護衛の人は言葉が出ないみたいだけれどどうしたのかな?……あ、少しだけ殺気が出ていたみたい。これじゃこのレベルの人は話せなくなるもんね。殺気を引っ込めて木剣を離すとようやく落ち着いたようで護衛の人は膝から崩れ落ちていた。
「見事! これならば文句のつけようもないだろう!」
領主様が護衛の人に聞くけれど、今その人はそんな余裕ないと思うけれど……なんとか頷いているから分かってくれたのかな?
「それではエリシア殿、護衛の件頼んだぞ」
こうして護衛の依頼が決まったんだけれど、パーティーって何するんだろう?……いまから急いで調べないと!
なんとかラルフとか他の冒険者にこういうパーティーの護衛の心得とかを聞いた私は今、領主様の屋敷で着せ替え人形にされています……私はドレスとかいらないのに貴族の令嬢を護衛する時は同じようにドレスを着ないと逆に目立つらしい。何かあったらどうすればいいのと聞いたらその時は簡単に身軽になれるように外せるらしい。
着替えとかを手伝ってくれる侍女の皆さんにされるがままな私は大人しくするしかないんだよね。だって分からないし。
「剣はスカートの中に隠せますので有事以外は出されないようにしてください」
服の内側に金属を入れてあったりするから見た目より重いんだよね、これ。私みたいな護衛の人は一目で護衛と分かるようにドレスコードとかが決まっているらしく、見れば護衛なのか剣を持っているのか分かるから問題にはならないんだって。逆にこのドレスコード以外の格好で武装していると暗殺者とか謀反を疑われるから命の保証は無いって言うから怖いんだけれど。
「それにしても、エリシア様は髪は伸ばされないのですか?」
「どうしてですか?」
「貴族女性は髪を腰まで伸ばしているのが普通なのです。それゆえに護衛に就かれる女性も伸ばしていることが多いので。もちろん長さが足りない場合は付け髪などありますが、訳アリの方が付ける者なので……」
なるほど、そういうルールがあるなんて知らなかった。私は肩を少し過ぎたくらいしかないから足りないわけなんだね。でも私、貴族女性じゃないんだよね……これからこういう依頼を受けることもあるかもしれないから考えてみようかな?
「はい、出来ました。ドレスさえ普通の物なら立派なご令嬢ですよ」
鏡に映った私はまるで私じゃないみたいに綺麗だった。化粧なんてしたことなかったから自分でもビックリ。領主様が貸してくれた装飾品もとても綺麗で、壊したりしないように気を付けないといけないという心配でヒヤヒヤだけれど。
護衛自体は何の問題もなく終わったから一安心。いつもと違う依頼だったからなんか凄く疲れちゃったけれど。これなら討伐依頼の方が楽かな? もっとも報酬が金貨十枚も出るからありがたいけれどね……報酬もいいし、また機会があったら受けようかな。
初めて護衛をした日から十日くらい経ったある日のことだった。その間も、領主様のご息女の護衛依頼が何回か入ったんだよね。
ただ、しばらく帰れていなかったから家に帰ることにしたわけで。しばらく家にいなかったので一週間くらいは家にいるつもりなんだよね。だからのんびりと薪割りなんかをしていたんだけれど、家の中から何かが割れる音が聞こえてきた。
「ジェイク、大丈夫!?」
慌てて家に入るとそこには床にしゃがみ込んで呆然としているジェイクと割れた鏡があった。
「怪我は無い?」
呆然としているジェイクを立たせて椅子に座らせる。鏡は後で片付ければいいから今はジェイクが優先だもの。
「……ごめん、エリシア。鏡割っちゃった……」
「それは別にいいよ、ジェイクに怪我が無いならそれで十分だし」
「でも……あれは……銀貨五枚もするよね?」
ん? そうだけれどそれがどうかしたのかな?
「そんな高価な物を僕は……」
「気にしないでジェイク。あのくらいだったらまた買えばいいんだから」
銀貨五枚くらいなら大したことないしね。依頼ですぐに稼ごうと思えば稼げない金額じゃない。ジェイクが怪我していないことに比べたらはした金だよ。
「ほら、ちゃっちゃっと片付けて残りの掃除終わらせようよ」
私はまだショックの抜けきらないジェイクを元気づけようと肩を叩く。ジェイクも段々元気が戻ってきたのかそうだねって笑ってくれた。
お金はあるし、いつかジェイクと一緒にケートに買い物にでも行きたいなぁ……ジェイクは忙しいから無理だよね。
次の日の朝、いつも通り目が覚めた私は朝食の準備を手伝う。
「エリシア、今日は何か予定ある?」
「特に何も考えてないけれど?」
もし、ジェイクが時間があるならお昼は外で食べるのも楽しいかも。もうそろそろお気に入りの場所でフェレーヌの花が咲き乱れる時期じゃないかな?
私がそう提案しようとした時、玄関がノックされた。
「誰だろう?」
オーベルじゃないよね。オーベルならノックなんかしないし……とにかく出てみようかな。私が玄関を開けるとそこにはラルフがいた。依頼に行く時の格好だから遊びに来たわけじゃないと思うけれど。あ、アニーもいるんだね。離れた場所で馬と一緒に待っているみたい。
「あれ? ラルフどうしたの?」
「今日も美しいな、君に贈ったそのピアスも良く似合っている」
そう言いながら私の髪を手に取って口付けた……どうしたの? いつもはそんなことはしないのに?まったく、ジェイクの前だからってすぐにそうやってからかってくるんだから。いくら兄みたいな人だからって困った兄さんだね。
「もう、ラルフったら。それで何しに来たの?」
「ああ、すまない。ついエリシアの美しさの前に用件を言うのが遅れたな。実は急に依頼が入ったんだが、エリシアへの指名依頼なんだ。二日くらいで終わる予定だから来れないか?」
指名依頼か……ということは貴族かギルドかな……断れない系の依頼だね。
「エリシア、指名依頼って何?」
そうか、ジェイクは冒険者じゃないから分からないんだね。ええっと指名依頼ってのは……。
「君がジェイク君だね、初めまして。」
私が答えようとした時ラルフが先に返事をした。ちょっと、私がジェイクに言いたかったのに!
「エリシアに受けて欲しいと依頼主からの指定なのだ、ジェイク君。冒険者でない君には理解できないと思うがね」
「……そういう依頼もあるんだ? エリシア」
ジェイクはちょっと納得いっていないのかな? 少し不満そう。
「うん、最近指名も増えてきたかな? 指名依頼は拒否すると面倒なことになるんだよね……二日くらいだし、ちゃちゃっと行ってくるからちょっと待ってて」
私がそう言うとジェイクは納得したように頷いてくれた。そのあと見たこともないくらい怖い顔をラルフに向けたんだけど?
「ラルフ様、先ほどのような触れ方はやめてください。エリシアは僕の妻です、異性の髪に触れるのは家族か恋人、夫だけです。誤解されるような真似はお止めください」
え?……ジェイクはいきなり何を言い出すの?
なにそれ? 私とラルフが変な仲だって疑っているってこと?……ラルフはお兄ちゃんみたいな人なのに……私の仲間なんだよ?……なんでそんなこと言うの?
「今後、そういう態度を改めてもらえないのなら僕はエリシアがこれ以上同じパーティーで活動することを認めません。あなただって不名誉な噂が立つのは不本意では?」
頭が真っ白になった。確かに噂されたりして困ったことはあったけれど、ラルフも否定してくれたし、私も否定している。勝手な噂を流す人はまだいたりするけれど、最近はそういう人は減ってきたのに。ジェイクがそういう人たちみたいなこと言うの?
「ジェイク、ラルフは私の大事なパーティーメンバーなんだからそういう言い方止めて。家族同然の大事な仲間をそういう風に言うジェイクは嫌だよ。ラルフに謝って」
ジェイクがラルフに言った言葉がショックでついキツイ言い方になったかもしれないけれど、ラルフは家族同然の仲間なんだからあそこまでキツイ言い方しないでいいと思う。そりゃあ、もちろんからかったラルフも悪いけれど。
私がラルフもやり過ぎたから謝ってと言おうとした時だった。
「でも、そのピアスだって彼から貰った物じゃないの!?」
ねぇ、ジェイク、冒険者が仲間から貰った物にまでそんな目を向けるの?……まさか、本当に私が浮気しているとか思っているの?
……もしかして、私が冒険者やっていることに反対しないのも、優しく賛成してくれるのも、私が浮気していると思っているから……信じていないから優しくしてたの?……私が離れないようにって。
何かが溢れ出そうになってそれは止まらなかった。ジェイクへの見ないふりをしたモノまでごちゃ混ぜになって……私は初めてジェイクに暗い感情を抱いた。
「何がいけないの? マジックアイテムだよこれ。仲間から冒険に使う道具貰うのがそんなにおかしいの? ジェイクはそういう目で私達を見ていたの? 私とラルフは仲間であってジェイクが疑うような関係じゃない! 他人からこういうのを貰うのが嫌ならジェイクがくれればいいじゃない!」
咄嗟に口から出た言葉に自分で驚いてしまった。
違う、私、そんなこと思ってなかった!
今のはそんな意味じゃなくて!
「それは……」
ジェイクが口ごもった瞬間、私は部屋に飛び込んで急いで準備を済ませた。頭の中がぐちゃぐちゃだった。なんであんなことを口走ったのかも理解できない。
大事な大好きな旦那様なのにどうして!? なんで!? 分からない? 自分の感情が理解できない。
とにかく今はジェイクの顔を見たくなかった。なにか大事なモノを否定されたようなそんな気持ちになりながらアニーが連れてきた馬に飛び乗る。
「とにかく、依頼には行くね。帰りはちょっと分からない……」
私はジェイクの返事も聞かないでそのまま村を飛び出した。
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