25:私の迷い
貴族の依頼を中心に受けるようになってあっという間に二週間が過ぎていったんだけれど、思ったよりもめんどくささは無かった。もっともラルフが窓口となっていろいろ話をしてくれているからだというのは分かっているけどね。
基本的に貴族の依頼と言っても領都ケートの領主様からの依頼がほとんどなんだけどね。この二週間のうちに視察の護衛の依頼と書簡を運ぶ依頼を受けたんだけれど、なかなかいい稼ぎになってビックリしたんだよね。
アニー曰く、貴族は払いが良いのが多いってことらしいんだけれど……貴族って凄いね。おかげで最近少し食事にお金をかけるようになってきたんだよね。
「そうだ、エリシア。ちょっといいか?」
「どうしたの? ラルフ」
私が家に帰ろうと準備をしているとラルフが声をかけてきた。
「ケルティア伯爵がエリシアい会いたいと言ってきた」
ケルティア伯爵?……誰だっけ?
「ここの領主の名前だ。それくらい覚えておいた方が良い」
そんな名前だったっけな? まぁ、いいや。それでなんで私を?
「話題の“赤雷の剣姫”に会いたいとのことだ。個人的な会談だからそこまで気負うこともないのだが、どうする?」
どうするも何も断れるものじゃないのでは? 私に選択権無いよね?
「なら、三日後でいいかな?」
私はそれでいいと頷くことしか出来なかった。
家に帰ったんだけれどジェイクはいないみたい。もう日も暮れているから仕事じゃないと思うけれど。今日帰ることは手紙で話してあったから知らないはずはないよね?
少し疲れたから着替えるのもちょっと面倒くさいなぁ。ジェイクを探してみるけれどいないみたい。
「……夕飯の準備はしているみたい。だったらお母さんの所にでも行ったかな?」
もしそうならすぐに帰ってくるよね。何か少し口さみしい気がしたので台所を漁ってみる……エールとかお酒が増えているね。
お、良い物見つけた。
「これってモールデンだよね? あのラピス侯爵のところで飲んだワインだ。もしかしてジェイクが用意したのかな?」
栓も開けた後があるし、少しだけなら飲んで良いよね?
私は一杯だけカップに注いで香りを楽しむ。一口飲んでみると口の中に芳醇な味わいが広がって胸に幸せな気持ちが広がる。
これちょっと高いけれど、家にお金入れているからそのお金で買ったのかな? それくらいのお金は稼いでいるもんね。
「ただいま、エリシア」
「おかえり~、ジェイク」
ゆっくり味わっているとジェイクの声が聞こえてきた。そしてモールデンを飲んでいる私を見てなぜかビックリしていた……もしかして……マズかった?
「エリシア……そ、それ」
「封が開けてあったから一杯だけ貰ったんだけれど……マズかった?」
「……他にお酒あったと思うけど」
あったけれど、つい欲望に負けました……ごめんなさい。
「ごめんなさい。最近ラルフ達と飲んでるお酒に慣れちゃったからつい……欲望に負けました」
もしかして一緒に飲もうと待ってたとか? それともジェイクのお気に入りだったとかかな?
「……ごめんね、ジェイク。新しいの買ってくるから……ダメ……かな?」
「……違うんだ、エリシア。これは昨日お義父さんからもらったワインなんだ。本当は誕生日にくれるつもりだったらしいんだけれど、手違いで遅れて来たんだって。このワインはさ、父さんが好きだったお酒なんだって。だからゆっくり飲もうと思っていたんだ。」
……そんな……私……とんでもないことしちゃった……
「……ごめん……なさい……」
私は頭を下げることしか出来なかった。ジェイクの顔を見ることなんて出来そうにない。知らなかったなんて言い訳にもならない。それが通るなら冒険者同士の間でトラブルなんか起こらない。やってしまったことには賠償が絶対が冒険者のルールだから。
―――私はジェイクの気持ちを知らなかったという理由で踏みにじったんだ。
「気にしないでいいよ。知らなかったんだからさ」
優しいジェイクはそう言ってくれるに決まっている。私はこの優しい言葉に甘えてはいけないことは分かっていた。
「……赦さないでいいよ、ジェイク。私が悪いんだからさ?」
私はジェイクを正面から見れなかった。酔いも覚めてきたし食欲ももう無いかな?
「……ごめんね、ちょっと散歩してくるね」
ここにはこれ以上いられなかった。償いようのないことをしてしまった自分への呆れとジェイクへの罪悪感。
「どうしたら……償えるかなぁ?」
暗くなった道を空を見上げながら歩く。少しずつ星が輝き始めて月が優しく照らし出す。気が付けば私はジェイクと私の秘密の場所に来ていた。
私の大好きなフェレーヌの花が咲き誇るお気に入りの場所。夏から秋にかけて咲く花だから今の時期は咲き始める頃だったね、そう言えば。
少し小高い場所にあるこの秘密の場所は少しずつフェレーヌの花が咲き始めていた。まだいつものように咲き乱れるほどじゃないけれど小さな淡い紫の花はいつものように綺麗だった。私は摘まないように気を付けながらそっと花を撫でた。
ジェイクと良くここで二人でお話ししていたっけ。私がくだらない話をしてジェイクがそれを聞いてくれて、そう言えばフェレーヌの花で花冠を作ったらジェイクは嫌な顔一つしないで着けてくれたっけ。あの後村の子供達からからかわれてもジェイクは気にせずにそのまま枯れるまで大事にしてくれたんだよね。
あの時、ジェイクに恥ずかしい思いさせてごめんねって謝ったらジェイクがこれはエリシアが大好きな花で作ってくれたエリシアの想いだから大事にする、他の誰が何と言おうと関係ないよって村の子供相手に言い切ったんだよね。
そんな思い出のあるここは私の心が安らぐ場所で、外と冒険への憧れを大好きな人に聞いてもらった場所。幼いころからの消せなかった憧れは今、私の夢となって羽ばたくように力をくれたけれどそれは同時に翼が無い人を置いていくことになっていたんだね。
あの頃からジェイクはカッコよかったなぁ……そんな人がいるのに私は自分の夢を……追いかけているなんて……間違っているのかな?
頭の片隅にあるずっと消えない罪悪感。今までは見ないふりをしてきたけれど今日の自分への嫌悪感からもう見て見ぬふりは出来なくなっていた。
「……冒険者辞めてジェイクに尽くすべきかな……今日の償いもあるし……寄付はあんまり出来なくなるかもしれないけれど……」
ケートでは私が冒険者でいることを認めてもらえるけれど、この村ではそれはおかしいことなんだよね。ジェイクは応援してくれる、何度も話し合ったからそれは間違いないと思う、でも家にはいないし寂しい思いもさせているのは事実なんだよね。
―――だからジェイクも本心ではどうなんだろう?
「……そんな理由で辞めたらダメだよ、エリシア」
大好きな声が後ろから私を抱きしめる。暖かい良く知った人の匂いに包まれる。ここにいるってバレていたのかな? 思い出の場所だからすぐに思いつくよね。でもね、ジェイクも今は私の顔見ないでくれるかな? ほら、女性としてちょっと見せられない顔をしているから、ね?
「ワインのことはもう気にしていないよ。そもそもあれは一緒に飲もうと思っていたからね。封が開いていれば誤解することもあるよ。だから帰っておいで」
私は優しい声に返事が出来そうにない。なぜか目から零れる雫が止められない。
お願いだから、今は優しくしないで……今なら理由を付けて……冒険者辞めるから……
もうこれ以上……優しいあなたでいないでください……その優しさに甘えてしまうから……分不相応な夢など捨てろと言って……ただの村人が夢なんか見るなって……村の皆みたいに否定してください……幼い子供のバカな夢物語だと……お願いだから……
―――私、自分では冒険者は辞められないよ……ジェイク
「冒険者は辞めたらダメだよ。だってエリシアは辞めたくて辞めるわけでもなければ、辞めないといけないわけでもないだろう? 約束していた一年まであと一月くらいだけれど、その時にまたどうしたいか決めればいいさ。だからそれまでは辞めたらダメだ」
「で、……でも、私」
「エリシア、僕を理由にしないで。僕はエリシアがやりたいことやって輝いている姿を見るのが好きなんだ。だからまずは一年の約束を終えよう?」
この人はいつも私を認めてくれる。どんな時でも私の味方でいてくれる。そんな人が世界にどれくらいいるのかな? 私の冒険の仲間はいるけれど、心を守ってくれているのはいつもジェイクだった。
「……私はまだ冒険者でいていいの?」
「胸を張るんだエリシア。君は冒険者で立派な一人の女性だ。確かに何度も話したように一緒にいられる時間が少ないのは寂しいけれど、その分いられる時間を大事にすればいいんだ。自分で掴んだモノを自分が否定しちゃいけないよ。村は田舎だから女性冒険者に否定的だし、既婚者だからなおさらだけれど、僕だけは否定しない!」
はっきりと力強く言ってくれた言葉は私を許す言葉だった。ジェイクは私が迷ったら何度でも道を示してくれる……だから私は思うように冒険が出来ていたんだね。
今思えば、ペトリリザードを倒そうとしたのだってレイラの仇や負けた私でいたくないからだけじゃないって分かる。
―――あのまま諦めたらまるでジェイクが認めてくれた私が負けるみたいで、ジェイクがあいつに嗤われたみたいで赦せなかったんだ。
「昔、エリシアが冒険者ごっこ遊びで言っていたんだよ。冒険する心こそが冒険者の証だって。だから君の心の中の冒険心を捨てないで。終わったら宝物として大事に持って帰ればいいんだよ」
冒険心を捨てないでか……うん、そうだね、ジェイクの言う通りだね。
「ごめんね、ジェイク。面倒な奥さんで」
「いいよ、昔から夢を否定されてきたエリシアがようやく掴んだチャンスなんだ。僕は君の味方だよ」
ジェイクの言葉が胸にしみこんでくる。
私はまだ冒険者でいよう。約束の時が来たらまた話し合おう。それが私達の在り方だから。
「うん、ジェイク。ありがとう」
私はジェイクに抱き着いて唇を奪う。少しでも近くにいたいから、その温かさで中まで温めて欲しいから。絡み合う私達は星空の下ただ互いの存在を感じていた。
―――アニーが言った通り、ジェイクは素晴らしい旦那様だね。私が冒険者をやることを許してくれるんだから。
座布団は投げないで下さい~m(__)m




