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23:私と決着

やっとここまで来れました。

「そういえばエリシア、髪伸ばすのやめたんだー?」


 馬で情報があった村へ向かっている途中、アニーが今気が付いたように聞いてきた。


 今、私達は山奥の村へと向かっている。山の中を馬で進んで行くとたまに景色が開けて遠くまで見渡せることがある。遠くの方に昨日泊まった村などがかすかに見えて遠くまで来たんだなぁと実感する。


「うん、もう伸ばしていないよ。ほら、元々肩にかからないくらいだったでしょう? 髪飾りとか色々着けるために伸ばそうと思ったけれど、肩口過ぎたくらいからちょっと鬱陶しくなってきたから伸ばすのやめたんだ」


「なるほどねー、まぁ似合っているからいいと思うよー」


 それにね、ジェイクの好みはこのくらいの長さなんだって。この前、家に帰った時にジェイクが褒めてくれたから聞いてみたら教えてくれたんだ。なんか、嬉しいよね、旦那様の好みに合わせるっていうのは。


「……あーはい、ソウデスネー」


 アニーが何かを悟ったような顔で返事をしてくるんだけれど、なんでそういう反応するの?


「そろそろ着くぞ、お嬢さん方」


 森が途切れて見渡せるところまでやってきたみたい。そこからオイゲンが指さした方を見てみると廃墟となった村が見下ろせる。


「あそこがあいつがいた場所……」


 私は思わず呟いていた。


「痕跡が見つかれば追うことも出来る」


「昼前には着くことができそうだねー」


 ラルフの言う通りそういう方法で探すことも出来ると思う。でも、あいつに関してはその必要はない。


「手筈通りに行こう」


 私がそう言うと皆が頷いた。この日のために準備はしてきたんだ。私達は冒険者なのだから、魔物を狩るためには手段は選ばない。





 空からぽつりぽつりと雨が降り始める。しっとりとした空気から雨が降るかもとは思っていたから、ああやっぱりくらいにしか思わなかった。服が雨を吸い込んで胸当てを冷やしても何も支障は無い。


 私の中には燃える炎のように闘志が沸き上がり、天を引き裂く雷鳴のように怒りが胸の中で暴れている。姿は見えないけれどこの近くにあいつがいるのは何故か分かる。雨のせいでまだ昼過ぎなのに少し暗い、それはこれからの戦いを暗示しているかのようで重苦しさを感じた。


 あいつ、ペトリリザードは簡単な相手じゃない、誰か死ぬかもしれない、勝てないかもしれない。でもここには私達“勇気の剣”以外にも戦いに参加しに来てくれた冒険者が十名もいるんだよね。


 だったら私は負けない、必ずあいつの首を撥ねてやる。そう堅く心に誓ったのだから。


 この決戦に向かう際に書いたジェイクへの手紙には最初何を書こうか悩んだんだよね。昔読んだ冒険者の本だと、こういう決戦前には遺書を書いていたりするんだけれど、私は書けなかった。もちろん、命の危険があるのは理解している。生きて帰れば何の問題も無いのも分かってる。ただ単に、私がジェイクにさよならを書くことが出来なかっただけだ。


 もしもの遺書だと理解していてもジェイクに別れを告げることなど想像も出来なかったのだから。だから私はあいつを倒しに行くことと、無事に帰ってくること、お土産を買って帰ることなどたわいもない内容しか書けなかった……こういう感情が弱さなのか、それとも強さに変えれるかは私自身にかかっていると思う。


 剣の修行も魔術の訓練もしっかり準備をしてきた。ジェイクの薬も塗っておいたからジェイクが付いていてくれるような気がする。だからあとは待つだけだった。廃村の真ん中で雨に濡れながら時が来るのを待つ。


 どれくらい経っただろうか、アニーがあのごっついメイスを振りながら準備が完了したことを教えてくれた。私以外の皆は隠れているから姿は見えない。


 隠れていないのは私だけ、これでいい。私はゆっくりとクロノスフィアを抜いて構える。そして持てる限りの殺気を解き放った。


 鳥たちが逃げまどい、森が騒いでいるのが分かる。そしてこの挑戦状はあいつに……届いた!





「来る!」


 森の中から木々を薙ぎ払いながらあいつが現れる。 


 爪はさらに鋭く、全身の甲殻はさらに厚く、黒くなっていた。身体も前よりも大きくなり、全身の筋肉が増えているのが分かった。前は無かった棘のようなものが全身に生えている。潰れた片目はそのままで残った目から怒りと憎しみのこもった視線を叩きつけられる。


 それがどうした!


「グギャギャギャギャ、グギャァァァァァァァ!」


 ペトリリザードは嬉しそうに笑うと空へ向けて咆哮する。何かに誓うように、残ったもう一つの目は決して私から離れない。


「……あんたに恨みはあるし、命ももらう……私達冒険者の流儀で……殺してあげる!」


 私は姿勢を低くして飛び出した。ペトリリザードは大きく息を吸い込み始める。


 ―――ブレスが来る!


 あの毒と呪いのブレス。あんなものを直撃で喰らえばひとたまりもない。でもそれは何も準備をしていない場合の話だからね。


「今だ!」


 オイゲンの合図に合わせて網が投げられる。それはブレスを吐こうとしていたペトリリザードに絡みつきブレスを吐くのを許さない。


「サンダーレイン!!」


 すかさず私は魔術を唱えて雷の雨を降らせる。網は金属で出来ている上、濡れているから雷はよく通るはず。私は予め雷の魔術への耐性を上げる魔術のおかげで大した問題にはならないしね。


「ゲギャァァァァァ!」


 たまらず悲鳴を上げるペトリリザードの上を飛び越えながら背中を斬りつける。手応えはしっかりとあった。ペトリリザードは斬り裂かれた背中から血を噴き出し、そこへコントール率いる他の冒険者達が雨のように矢を放つ!


 追い打ちをかけるようにオイゲン、ラルフに率いられた冒険者達がそれぞれの武器でペトリリザードを斬りつける。


 見る間に全身傷だらけになったペトリリザードは血を流し過ぎたのか、動きが鈍くなっていった。


「よし、行けるぞ! このまま押し切れ!」


 オイゲンがそう言った瞬間、私は背中を駆け上る悪寒に襲われた。何がというわけではないのだけれど、粘りつく様な死の予感がしたので私は思わず叫んでいた。


「気を付けて!! 何かやるつも――」


 言い終わる前にペトリリザードの体に生えていた棘がいきなり大きく成長し、そのまま巨大な矢のように解き放たれる。何十本という棘は狙いを付ける必要もないくらいの数で私達に迫ってくる。


 皆が隠れていた壁などを砕きながらペトリリザードは網を引きちぎった。幸い誰も直撃はしていないようだけれど、もう隠れていられるような場所は残っていなかった。


「ここからが本番……かな?」


 自由になったペトリリザードは飛ばした棘を新たに生やしていた。傷も筋肉に埋もれて塞がっているように見える。


「なんてでたらめなやつだ!」


 ラルフがそう言うのも分かる。やっぱりこいつは普通の魔物なんかじゃない……でもね、冒険者はこれくらいじゃへこたれない!


「閃光!」


 コントールの叫び声が聞こえると同時に私は遮光板を目に当てる、その瞬間激しい光が炸裂しペトリリザードの目を焼いた。


「オーロラプロテクション!」


 アニーの味方の防御をまとめて上げる術がかかるとオイゲンは斧を持ってペトリリザードに突進していく。目を焼かれて暴れまわるペトリリザードの右足を斧で斬り裂いてそのまま尻尾へと叩きつけた。


「今だ! ラルフ! エリシア!」


 私とラルフはこの隙を逃さないようにそれぞれ腕を斬りつける。ラルフの背中に迫る牙をクロノスフィアでへし折ってやるとペトリリザードは苛立たしそうに口から煙のようなものを溢れ出させる。


 ラルフがその一瞬の隙をついて炎の魔術が込められた護符を口の中へと放り投げる。いそいで距離を取った瞬間ペトリリザードの口の中で爆発が起きる。たまらずのけぞったペトリリザードに追撃しようとラルフが駆け出した時、あいつはニヤリと嗤った。


「ラルフ避けて!」


 また全身から棘が射出される。咄嗟にラルフが避けた瞬間、私とペトリリザードの間にまっすぐ射線が出来ていた。


 ―――しまった!


 黒く穢れたブレスが私へと襲い掛かる。大地を汚染しレイラを石に変えたあの悍ましいブレスが私を犯し尽くしてただの黒い塊へと……


 「その前に殺してやる!」


 私はブレスを無理矢理抜けるとあの忌々しい顔をクロノスフィアで斬り裂く。一瞬死んだかもと思ったがブレスは私を犯すことなく弾かれていった。矢避けの加護が効いたのか、不調封じの指輪が効いたのか分からないけれどこれはチャンスだった。


「ここで! 終わりだよ!」


 私の一撃は残ったもう一つの目を斬り裂くとそのままペトリリザードの腹を斬り裂いた。


「ガァァァァァァ!」


 痛みで暴れるペトリリザードの豪腕を全てクロノスフィアで流して受け止めながら逆に斬りつけていく。


「……嘘だろ……あれが人間の技かよ」


 誰かがそんなことを呟くけれど私はこれくらいのことは出来るようになっていた。それは今までのいろいろな冒険の経験や決して死ぬことが出来ないという覚悟があるからこそ身に着けた技だと自信を持って言える。


 とうとう悲鳴と共にペトリリザードは私から距離を取った。逃げられると思っているのだろうか?


 ペトリリザードを中心にゆっくりと霧のようなものが広がっていく。やがてそれは周囲に広がるとあちらこちらにペトリリザードの姿が現れた。


「分身だと!?」


 オイゲンが驚いて構える。アニーやラルフ、コントールも警戒しているし、他の冒険者はパニックになっている。


 ―――でも私は落ち着いていた。


 心守りの髪飾りのおかげなのか、それとも私には効かないのかは分からないけれど見えていた。傷だらけの体を引きずりながら逃げ出していくペトリリザードの姿を。


「幻惑の鎧は剥ぎ取られ、今あなたを守るものは何もない……だからここで終わりだよ」


 魔力を込めクロノスフィアを振りぬく。魔力の斬撃は真っ直ぐペトリリザードへと迫っていく。


 目の前に迫ってくる断裁の刃にあいつは確かに恐怖していた。もう存在しない瞳に恐怖を映しながら必死に逃げようとするけれどもう遅い。


「クロノスオーバー!」


 飛んでいく刃に重ねるようにもう一つ魔力の刃を重ね合わせる。そしてそのままクロスした魔力の刃はペトリリザードの首を斬り落とす。宙を舞った首が落ちた瞬間切断面から血が吹きだした。


「私の勝ちだよ……化け物」


 霧に映った幻影が消えて霧が晴れていく。皆が幻惑だったことに気が付くと同時に死んでいるペトリリザードの姿を見つけると歓声が上がった。


 こうして私はようやくあいつを殺すことが出来た。


 長かったよ……レイラ……待ってて、あいつの毒から解毒薬作ってもらうから。



 気が付けば雨は上がり雲間から光が差し込み私を照らしていた。眩しいせいか目が痛くて涙が出てくる。


 だから今は泣いてもおかしくないよね?……ジェイク。

ペトリリザードのイメージはギャ〇スっぽい姿に+ナルガ〇ルガのモーション、それに棘が生えている感じです。


分かる人には分かるはず。

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― 新着の感想 ―
[一言] ブレスを弾いたのがジェイクの耐毒薬と思ってない辺りナチュラルにそんなものは作れないと見下してそう
[良い点] 巨大なペトリリザードの攻撃を剣で受け流してしのげるの、これはもう、冒険者として極まってきましたね。 [気になる点] レイラが治るといいなあ。
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