22:私の待っていたもの
大分家にいなかったので一週間ほどジェイクとイチャイチャしたあと私はケートへとやってきた。仲間もこの一週間は休みを取っていたから活動は今日からなんだよね。
しかし、まずはやることがあるんだよね。ギルドへと向かってリセリアさんに調べてもらわないといけないことがある。
「すみません、リセリアさん。調べて欲しいことがあるんですけれど」
事務手続きをしていたリセリアさんが顔を上げる。なんか疲れているのかな? 顔色悪いけれど。
「疲れていませんか? 大丈夫ですか?」
「あはは、ちょっと立て込んでいまして。例の化け物の目撃情報が出てきているんですけれど、どれも確認が取れないモノばかりなので精査に時間がかかっているんです。あ、ちゃんとした情報が入れば一番にお伝えしますからね」
そうだったんだ、なんか申し訳ないけれどお願いするしかないからね。
「はい、その時はお願いします。それで今日はちょっと調べて欲しいんです」
そして私はラピス侯爵に頼んだ手紙がジェイクに届かなかったことを話した。
「魔術師が失敗したとは思えないのでその途中で何かあったのかなと思って」
「分かりました、調べてみますね。明日には分かると思うので明日また来てください」
「分かりました、お願いします」
後は任せるしかないもんね。皆と合流するまでまだ時間あるから神殿に行こうかな。
神殿に入って通いなれた通路を歩いていく。すれ違う神官さん達が挨拶してくれるから返しておく。私もすっかり顔を覚えて貰えたみたい。
最後の角を曲がって入った部屋には沢山の石像が並んでいた。その中の一つは私が良く知っている石像だった。
ベッドに寝かされている石像……理知的な彼女は石像になっていても頭が良さそうに見えるとかちょっとズルいと思う。
「レイラ、来たよ」
当然返事は無いけれどそれでも話しかけていく。
「あいつの情報まだ入って来ないんだ。それでもいつでも行けるように準備している最中だよ。必ずあいつを殺してレイラを元に戻してみせるからね。だからもうちょっと待ってて」
石になってしまったレイラの頬を撫でるとザラザラとした感触がした。私の大事な仲間をこんな目にあわせたあいつを赦しはしない。どんな手段を取ってでも……殺してやる。
「じゃあ、また来るね」
私は背を向けて部屋を出る、次に来るときはあいつの首を取ってからだと心に決めて。
次の日皆とギルドに行くとリセリアさんが手招きをしてきたので行ってみる。
「分かりましたよ、手紙の件」
「それで、何があったんですか?」
思わず乗り出しそうになる私をどうどうと落ち着かせてリセリアさんは教えてくれた。ところで私は馬ですか?
「原因は配達員のミスみたい。送り届ける村を間違えたらしいわ」
なんだそのバカな配達員は! あんな田舎の村を間違えるってどんな目をしているんだろう。
「……信じられないんですけれど」
「気持ちは分かるけれど、この配達員は前も同じようなミスをしているから……まぁ今回の件でクビでしょうけれど」
運が悪かったってことなのかな? もう文句を言ってもしょうがないからこれ以上何も言わないけれど。
「ありがとうございました、リセリアさん」
私は調査料を払って仲間の所に戻ろうとした時、何だか騒がしいことに気が付いた。
「どうしたの?」
アニーに聞いてみると意外な答えが返ってきた。
「エリシアとラルフの噂をばら撒いている奴が捕まったんだってー」
うそ? それは私的には大ごとじゃない!?
「もしかしてあの人?」
ギルドの床に縛られて転がされている男性がいる。よく見たらたまに話す冒険者だ。
「エリシア、こいつが噂をばら撒いていた奴だ」
そう言ってきたのは“巨人殺し”クレイスさんだ。たまに一緒に依頼を受けたりするんだけれど、二つ名通り背負った大剣で魔物を一刀両断する実力者なんだよね。
もしかしなくてもクレイスさんが捕まえてくれたみたい。気にしていてくれたのかな? 後でお礼言っておかないと。
私はしゃがみ込んで男性と目を合わせる。
「なんで、あんな噂を流したのか答えて」
「……あんたのためだからだよ」
私のため? どういうこと?
縛られた男性は私を真っ直ぐな目で見てきた。この目は見たことがあるよ……野盗とかがよくしている目で、何も悪いことなんかしていないって思っている人間の目だった。
「あんなただの村人なんかが旦那じゃあんたの人生の枷になっちまう。あんたにはもっと相応しい人間がいるんだ! それは別にラルフじゃなくてもいいんだ! でも実際はラルフくらいじゃなければ釣り合わないから! だからラルフとの噂を流して外堀を埋めようとしたんだ! なぁ、エリシア。あんたは俺たちみたいな普通の冒険者の希望なんだよ! 上に行けるって示してくれよ! そのためにはあんな村人なんか側にいちゃいけないんだ!」
……もう聞かなくてもいいよね……こんな話
「だから! 俺は!―――」
私はクロノスフィアを男性の鼻スレスレに突き立てる。少しでも動かせば鼻を落とすことが出来るように。
「……鼻いるなら黙ってて……一度しか言わないからね。ジェイクは私の大事な人なの。それをバカにしないで。これ以上言うようなら……まずはその鼻を落とす。次は耳を落とすから」
男性は震えているけれど知ったことじゃない。こんな奴に気を遣ってやる必要なんかないのだから。
「あと、相応しいかどうかは私が決める。勝手に私の夫を決めないで、私の夫はジェイクだから……二度とこんな噂を流さないでね。次は多分、最初から心臓を狙う」
男性の縄をクロノスフィアで斬ってあげる。少しだけ殺気も込めてあげたから自分が斬られた気になっているかもしれないけれどこれくらいは我慢してよね。
「ありがとうございます、クレイスさん」
「いや、気にするな。俺はジェイクの友人として行動しただけだ」
え? 友人?
「以前街でチンピラに絡まれているところを助けたことがあってな。それ以来たまに会いに行っている」
知らないんだけれどそんなこと……ジェイクは私にそんなこと話してくれていない。
「そうだったんですか、これからも夫をよろしくお願いします」
帰ったら聞いてみよう、こんなこと手紙で聞けないよ。なんで話してくれなかったのなんて。
クレイスさんはまたなと言って去って行った。それにしてもクレイスさんとジェイクは意外な組み合わせだよね。結構ビックリした。
「良かったねー、エリシア」
アニーがそう言いながら飛びついてくる。
「これで無責任な噂も減るだろう。私も安心できそうだ」
ラルフも一安心みたい。まぁ、妹みたいな女の子と噂になったら困るだろうしね。
「それにしても勝手に思って勝手にあんなことするなんて困った人もいたものだね」
コントールも呆れたように笑っている。オイゲンなんか呆れ果てて言葉も出ないみたいでさっきからエールを飲んでいるし。あれは胸糞悪い話を聞いたからやけ酒って感じだね。もっともそこまで飲むとは思わないけれど、依頼あるし……飲まないよね?
しばらく経ったある日、私達は隣町へ移動する商人の護衛を終えてケートへと帰る途中、野営をすることになった。
もう慣れたもので乾いた木を集めて魔術で火をつける。アニーが簡単な料理を作ってくれるので私はその間魔物避けの結界を張っておく。魔術はあれから練習を続けていたからこれくらいは出来るようになっているんだよね。
そういえば最近、家に帰っても料理してない気がする。ついジェイクのご飯が美味しくて甘えちゃうんだよね。野営の際もアニーがやってくれるからつい任せちゃってるし。
「出来たよー」
パンとスープだけだけれど暖かいから美味しい。焚火の音がパチパチと鳴って夜空には星が瞬く。木々がサワサワとおしゃべりするように葉を鳴らす。
うん! これが冒険している時の野営だよね。昔読んだ本でもこんな感じだった。何度経験しても飽きないなぁこれは。
「そうだ、皆。これを渡しておこう」
ラルフが懐から何か取り出したけれど何だろう?
お揃いのピアスが二つに、バッジが三つ……魔力を感じるからマジックアイテムかな?
「これは矢避けの加護のついたマジックアイテムだ。もちろん矢だけじゃなく、飛んでくるものなら少しは効果がある。あの化け物の居所が分からない以上出来ることはしておきたいからな」
なるほど、確かに。でもなんで矢避け?
「矢避けにしたのは魔物のブレスにも少しだけなら効果があるからだな。隣町に矢避けの加護を付けれる腕の良い職人がいると噂で聞いたからちょうどいいと思ってな」
「なるほどねー、バッジは男性陣?」
「ああ、ピアスは二人で使ってくれ。アニーのピアスはただの装飾品だろう、ちょうどいいと思うが?」
「まぁね、使わせてもらうねー」
アニーはウキウキとどっちにしようか悩んでいる。お揃いだからどっちも同じだと思うんだけれど?
「可愛い妹への贈り物だと思っておいてくれ」
このお兄ちゃんは実の妹にもこれくらい贈っているのかな?……剣をねだられるだけだよね、彼女の場合。そういえば以前、手に入れた剣をどこかへ送っていたからアレイシア様に送っていたのかも。
「ありがとう、ラルフ」
「気にしないでくれ。エリシア達の可愛い姿を見るのは嬉しいからな」
最近のラルフはこうやってからかってくるんだけれど、まぁ嫌じゃないかな。
もっともこれも家で着けるのは止めておこうかな。ジェイクに悪いし。
私とアニーはお互いに似合う?とか言いながら見せ合いっこする。同じものなのに何やっているんだろうね?
ふと私はジェイクが今何をしているか気になった。
ジェイクもこの夜空を見上げているといいなぁ、なんて思いながら。
そんな日々を過ごしながら、その日は突然やってきた。
ギルドへ足を運んだ私達をリセリアさんが呼び止める。
「“勇気の剣”のみなさん、あの化け物による被害が出ました。場所はここから割と離れた所にある山奥の村です。そこの住人のほとんどが石にされていたそうです」
来た、あの化け物の、待ち望んでいた情報が来たんだ!
「行きます、すぐにでも!」
私がそう言うとリセリアさんは分かっていると言わんばかりに頷いた。
「既に馬などの準備を済ませています。これはギルドから“勇気の剣”への指名依頼です。あの化け物、ペトリリザードの討伐を依頼します!」
ギルドに歓声のような声が響き渡る。
私達はずっと待っていた。この瞬間を、この時を!
必ずあいつは殺す、そしてその毒を持ち帰ってレイラ達被害者の治療に役立てて貰うんだ!
私は予めこの時のために用意しておいた手紙をジェイクに送ってもらうように依頼しておく。
これで準備は万端、あとは行くだけだ。
「みんな、行くよ」
「「「おお!」」」
決着をつけよう! あの悪夢に!
書いていませんがエリシア達はしょっちゅう手紙を書いて出すのでそっちでも有名になっています。




