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16:私と彼女

 私達はレイラや怪我人を連れて一番近い村でお世話になっていた。幸い怪我人には命にかかわるような人はいなかった。


 ただ、レイラの容態は……悪化していく一方だった。余った小屋を借りてそこでレイラの治療に専念しているんだけれど。


「アニー、あんたは少し休んだほうが良いよ」


 シェリアが休もうとしないアニーを見かねて言うけれどアニーは聞くつもりはないみたい。


「あたしが少しは見てるからさ」


「シェリア。シェリアの腕の怪我も軽くはないんだから本来は安静なんだよ」


 確かにシェリアの怪我は軽くなかったのは本当なんだよね。骨を折ったらしくて、それも酷い折り方で昔みたいに斧は振るえなくなるだろうってアニーが言っていた。今は癒し手の治療を受けて腕を布で固定しているから痛々しく見える。


 そしてレイラは目を覚まさない。毒の進行が進んでいるのもあるし、ブレスのダメージもゼロじゃなかったんだと思う。


「私が見てるからアニー、ご飯くらい食べてきて」


 私がここに残ってアニーは食事を取るように勧める。実際そろそろ倒れそうだもの。


「……分かったよ」


 ふらつきながらアニーは出て行った。レイラを救えないことが悔しいからかいつもの軽い感じのアニーはいなかった。


「エリシア」


「なにシェリア?」


「あたしはもう冒険者は無理だと思うんだ」


 分かっていた。シェリアがそう言ってくるのは。自分がどういう状態か把握するのはシェリア得意だからね。


「腕、厳しいんだね」


「ああ、この状態でも分かるよ。何か違和感と言うか、反応が少し遅いような感じだね。それに思うように力が入らない感じだよ」


 シェリアは守りの要だから思うように戦えないのは致命的だ。


「そうなんだ」


 レイラを見てみると村に着いた頃は足首くらいだったのが、今は太ももまで石になってきている。


「レイラ……起きてよ……」


 思わず弱音が零れ落ちた。私はレイラがいなくなるなんて受け止められそうにない。


「エリ……シ……ア……は……泣き虫……だったん……ですね」


 優しい声が聞こえた。思わず顔を上げるとレイラの優しい瞳が私を見ていた。


「気が付いたのかい! アニー! レイラが!」


 シェリアは慌ててアニーを呼びに行く。レイラは苦しそうにしながらもそんな私達を見ていた。


「レイラ……あのね……」


「分かって……います。これが……普通の石化毒……ではないと……いうことも」


「どうして・・・・・・」


「普通のなら……アニーがもう……治していますから」


 レイラはやっぱり私達のリーダーだった。アニーの実力をちゃんと理解している自慢のリーダーだよ。


「レイラ! 私、私……治せなくて」


 飛び込んできたアニーを慰めるように力ない手でレイラはアニーの髪を撫でている。


「仕方ない……ですよ。運が無かっ……ただけです」


 レイラは苦しそうな顔をするけれど話すのは止めようとしなかった。


「シェリアは……これから……どうする……のですか? 腕悪いの……ですよね?」


「冒険者は続けられないと思うから……オーベルの所にでも行ってみるよ」


 皆淡々と話を続ける。誰もレイラが話すのを止めさせようとはしない。もう分かってはいるんだ、レイラは助からないって。それでも泣いている時間があれば少しでも話をしていたい……その気持ちは皆同じだった。


「私ね、この前新しい服を買ったんだけどね、以前同じ物を買っていたことを忘れていたんだ」


「うふふ……ありま……すよね……それ」


 アニーの話にレイラが頷いている。シェリアがお酒の失敗を話して、私が幼いころした悪戯をジェイクと一緒に怒られた話もした。


 どれくらい話していただろうか、気が付けば陽は沈みかけ赤い夕陽が窓から差し込んできて毒で土気色になっていたレイラの肌を赤く照らしていた。


「アニー……あなたは……さみしがり……です……だから……ひとりで……泣か……ないで……」


「うん、うん。分かった、分かったよ」


 アニーが泣きじゃくりながらレイラの手を握りしめる。もう腰のあたりまで石になってきている。


「シェリ……ア、あなた・……は素直……に彼に甘……えてくだ……さいね」


「ああ、分かった……よ」


 泣きそうなのを我慢しているシェリアなんて初めて見た。


「エリ……シア」


「うん、何?」


 私は声が震えていないかな? ちゃんと普通に話せているかな? ジェイク……今、鏡があったら私見れないよ。


「あなたは……もう冒険者……を止めたほう……が良い……です。間違って……もあの化……け物を追っては……いけません」


「レイラ……」


 何を言っているの?……あの化け物は野放しになんてしておけない。それにあいつは皆の仇だからなおさらだよ?


「あ……ものを相手……ればもう……戻れなく……ます。倒し……てしま……えば英雄……す」


 私はレイラの言葉を聞き逃さないように耳を傾ける。


「失っ……らで……は遅い……よ」


 もう胸のところまで石になってきているせいか上手く喋れないようだった。


「追わない約束はできない。でも気を付けるね」


 レイラが何を警告しているのか良く分からなかったけれど私は気を付けると返事した。だって少しでも安心して欲しかったから。


「良か……った」


 安心したように微笑んだレイラの首が石に変わっていく。そして微笑んだままレイラは全て石になってしまった。


「レイ……ラ……」


「うぅぅ」


「……」


 私達は泣かなかった。涙が零れ落ちそうになるけれどレイラはまだ死んではいないのだ。呪いと毒さえ何とか出来れば元に戻るはず。


 それを信じて、縋って、今は泣かない……泣くわけにはいかない。


 泣いてしまえば認めてしまいそうだったから…レイラを失ったんだと。




 私達はケートに戻るとレイラを神殿に任せることにした。アニーのような癒し手や治癒師が在籍してるので石になったレイラの治療を続けてくれるらしい。

 聞けば同じような被害があったらしく他にも石になった人がいるらしい。酷いところは村一つが石にされたところもあるというから被害の大きさが分かる。


「それじゃ、ジェイクに伝えておいてね」


 私は私のもう一人の幼馴染であるオーベルに頼るというシェリアにジェイクへの伝言を頼んだ。五日後くらいに家に帰ると伝言を頼んだのであまり心配はさせないはず。それに今回の事件や“女神の剣”が解散したことも伝えてもらおうと思っている。


 それにしてもシェリアとレイラがちょくちょく村への行商の護衛で行っているのは知っていたけれど、やっぱりオーベルに会いに行っていたんだね。レイラは付き添いで行っていたらしいけれど。私もジェイクへの手紙やジェイクからの届け物を持ってきてもらったりしていたから都合良かったんだけどね。


私が疲れていて休んでいるときに、余裕があれば村への護衛を受けてもらっていたからね。私が受けるとそのまま帰りたくなるから我慢していたんだ。


 オーベルとのことはジェイクに聞けば分かったのかもしれないけれど、聞かなかったからかな? 教えてもらっていないのは。


 ただ、それは今はどうでもいい話で、もっと大事なことがある。


 ―――あいつを見つけて殺さないと。


 このまま放っておいていい存在じゃないし、万が一ジェイクのいる村に現れたらと思うと恐ろしすぎて夜も眠れなくなる。


 あの瞳は憎しみと怒り、屈辱を覚えた目だったから必ず私を狙ってくるに違いない。なら好都合だ、次出会ったら必ず殺してやる。


 冒険者を続けられなくなったシェリアと石にされたレイラの分を返さないと気が済まない。他の殺された人々の分までお返ししないと。




「エリシア、私まだ冒険者を続けるよ」


 シェリアを見送ったあとアニーが真剣な顔で言ってきた。覚悟を決めたそんな顔だった。


「私、あの化け物を追うけどアニーも?」


「うん、あいつに負けたままじゃ終われない。いつか必ずレイラの呪いも毒も解除して見せる」


 力強い瞳でそう決意するアニーはどこか弱さのようなものも見せながらも頼もしかった。


「うん、一緒にあいつ殺そう」


 私は一人じゃない……仲間がいるのだから。


 ……私はこの日初めて冒険者になったのだと思う。





 まずはあの化け物を殺す力が必要だ。私とアニーだけじゃ足りない、もっと力がいる。


「ラルフさん、私とアニーを“勇気の盾”に入れてもらえませんか?」


 だから私達はまず“勇気の盾”の力が必要だと判断した。魔術師がいないパーティーだから私の魔術が少しは役に立つはずだし、アニーの癒し手としての力も有用なはず。


 ギルドの隣の酒場で食事をしているところへ声をかける。押しかける形になってしまったけれど気にしていられない。


「理由を聞いてもいいかい?」


 ラルフさんが真面目な顔で聞いてくる。


「力が欲しいんです。でも私達だけではとても足りない。だからあなた達に力を貸すので力を貸してもらえませんか?」


 隠し事なんてしないで真正面からぶつかっていく。あんな化け物と戦うのだから納得してもらわないと意味が無い。


「復讐か?」


「はい」


 アニーも横で頷いている。もしダメなら他の冒険者を探しに行くしかない。諦めるという選択肢は最初から捨てたのだから。


「あれは恐ろしい化け物だ、もう一度戦えば命の保証なんかない。それでもそれに巻き込もうというのかな?」


「はい、力が無いから巻き込むしかないです。でも嘘をついて騙す気は無いです」


「巻き込まれると言うのならお断りだ」


 やっぱりそうだよね。あんな化け物ともう一回戦おうなんて考える方がどうかしているのだから。


「分かりました。邪魔してすみません」


 アニーと一緒にお礼を言って酒場を後にしようとした時、オイゲンさんが声をかけてきた。


「巻き込まれるのは嫌だが、共闘ならいいぜ」


「え?」


 慌てて振り向くとオイゲンさんが串肉を食べながら二ィと笑った。


「そもそも、そっちにその気が無くてもこっちは戦うつもりだったしね」


 コントールさんがそう言って懐から地図を取り出した。


「あいつの被害の起きた場所を地図に記しておいたんだ。するとあの化け物は奥地から少しずつ人里へとやってきているのが分かる。今回は逃げたけれど行動は基本的に変わらないはずだから、この近くから捜索していけば痕跡は見つかるはず」


 そう言って地図の一点を指さした。それは前回戦った場所のすぐ近くだ。


「みなさん……」


「我々もこのままやられっぱなしは気に食わないということだな」


 ラルフさんがそう言って手を差し出してきた。


「“勇気の盾”に入るのではなく新しいパーティーを作ろう。目的を同じとする仲間なのだから」


 なんてありがたいんだろう。こんな個人的な復讐劇に付き合ってくれるなんて。ううん、彼らも戦う理由があるんだ。だからこれはもう私達だけの戦いじゃない。


「ありがとうございます。みなさん」


「本当にありがとうー」


「気にしないで欲しい。二人はもう我々の仲間だ。だからそんな堅苦しいのは止めにしないか?」


 ラルフさんがそう言うのならね。


「分かった、ありがとうラルフさん」


「ラルフでいい」


 えっと、ちょっと恥ずかしいけれどこれから助け合うんだからそれくらいはいいかな。


「分かった、ラルフ。これからよろしくね」


 こうして私達は新しいパーティーを結成した。“女神の剣”と“勇気の盾”が合わさった“勇気の剣”として。




 その日は充実した話し合いが出来たと思う。強くなるだけじゃなくて装備も充実させないといけないということが問題になった。だからまずはその準備が最優先だということでまとまった。特にマジックアイテムを使うことを視野に考えないと。毒への対策とか呪いの防ぎ方とかいろいろあるのだから。


 ―――そう、あいつは普通の魔物じゃないのだから準備のし過ぎなんてモノは無いのだから。


 だから当面は資金繰りも含めていろいろな依頼を受けることに決まった。護衛依頼や難しい討伐依頼などいろいろあるから金策は何とかなりそうなのが救いだった。


「とりあえず近場の目標は決まったねー」


「これで情報を集めながら準備ができるよ」


 ラルフ達と話し合いを終えて私とアニーは宿で休んでいた。いつも使っている宿だから落ち着くね。ただ、ここにはシェリアとレイラもいたんだよね……皆が揃っての私達だったんだ。


 寂しさと悲しさが胸に溢れてきてしょうがなかった。手を組み夜空を見上げながらレイラが元に戻るよう祈る。なんの意味もないかもしれないけれど祈らずにはいられなかった。


「エリシア何してんの?」


「少しでも早くレイラが元に戻るようにって祈ってるんだ」


「祈りじゃ救われないよ」


 アニーから信じられない言葉が飛び出した。癒し手は神殿に所属していることが多く神様というものに触れることが多い。


 神殿は四つの神様を祀っていて、どの神様を主に祀るかが各神殿ごとに異なっているという方針をとっている。商売と健康の神様、愛と慈悲の神様、勇気と裁きの神様、死と生命の神様だったっけ? 確かそうだったはず。私達“女神の剣”の名前の元になった神様も昔信仰されていた自由と勝利の女神様だったものね。


 そういえばアニーは何の神様を信仰しているのかな? 聞いたことが無かったよ。私もこっちに来て学ぶまでそういう風に分かれていることを知らなかったから、特に考えていなかったけれど。村では死と生命の神様の像が祀ってあったっけ?


 だから癒し手であるアニーから祈りを否定する言葉が出たのは驚いた。癒し手は祈りを大事にしていることが多いから。


「そういえばアニーが祈っているところ見たことが無いね」


「祈らないからねー。祈って救われるならそれでいいけれど、実際は何も救われることなんか無いしねー。心は救われるって言うけれど、死んだら救われてもそこで終わりじゃん。だから私は祈らない、祈る時間があるなら出来ることを精一杯やることにしてるんだ」


 そうなんだ、そういう考え方もあるんだ。


「エリシアは祈るの? 何も意味が無いとしても」


「気休めくらいにしかならないけれど……」


「あの化け物も祈りで殺してもらう?」


 有り得ない、それだけは有り得ない。あいつはこの手で必ず殺すと決めている。


「そんなの祈らないよ。あれは必ずこの手で首を落とす」


「だったらレイラのことも祈るんじゃなくて助ける方法を探そうよ。それが一番意味があると私は思う」


 ……そうかもしれない。まずは行動することが大事だもんね。祈るのは全部ダメになってからでも十分だ。


「出来る人が出来ることをやればいいと思うよー。意味のないことに時間を使わないでさ」


「そうだね、アニー。時間は無限じゃないもんね」


 私は遅くまでアニーと話をした。いろんなことに対する考え方とか、くだらないことをたくさん。


 ……もっとレイラとこんな話がしたかったな。




 村に一度帰るまでの間に様々な準備を始めて行った。化け物の情報を集めるように知り合いの冒険者に頼んだり、可能な限り正体を調べようとラルフが王都の研究者に手紙を送ったりして時間はあっという間に過ぎて行った。


 装備も新調しようという話になってこの際だから良い装備を揃えようと決めた。幸いなことにラルフが伝手を使って良い装備を優先して回してもらえたので良い防具が手に入った。割と貴重な魔物の甲殻を使った胸当てと篭手を回してもらえたので防御面は大分向上したと思う。


 そうしているうちに一度村へ帰る日がやって来た。


 ジェイクにいろいろ話さないといけなかったから。



神様の下りはそういうものと思っておいてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 エリシアは元々が英雄気質な女性という気がします。 レイラの件で転機がハッキリと訪れた感じを受けました。 彼女を支えるには、唯の村人では荷が重すぎますね……。 [一言]…
[良い点] 助けたいものの為に復讐を誓う、相手は強敵、新生『勇気の剣』が挑む、物語の空気が変わったのが肌に伝わってきます。
[良い点] 旦那さんと相談を行わないで重大な決断をしてしまったところと、残された旦那さんを気遣い、夫婦仲を気遣う周囲のアドバイスが届かない主人公の気持ちが真っ直ぐに描かれているのが良かったです。 そこ…
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