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15:私と黒い魔物

 黒い魔物はニタァと口を開くと誰かの腕がボトリと落ちる、そしてその牙の奥から黒い煙のようなモノが溢れ始めた。


「逃げて!」


 異変に気が付いてやって来た他の冒険者達に急いで警告するけれど間に合わない! 咄嗟にシェリアの腕を掴んで逃げようとするけれど黒い魔物の口からまるで噂に聞く竜のように息吹が放たれた。


 炎とも違うその息吹は焼き尽くすのではなく侵し尽くしながら迫ってくる。まるで腐らせるように黒く染めながら、嘲笑うように多くの冒険者を飲み込みながら。


「その身を守り抜け! エリュシオンガーデン!」


 レイラの声がすると同時に私とシェリアはブレスに飲み込まれた。


 痛みと死を覚悟したけれどいつまで経ってもやってこない。恐る恐る目を開けてみると魔力の壁がブレスから私達を守っていた。


「こいつは……?」


「……レイラが守ってくれたんだ」


 黒い瘴気のようなブレスが晴れるとそこには黒く染まったおぞましい光景が広がっていた。木々はその命を腐らせられ、大地は汚染され黒く染まっている。黒い何かに染まった他の冒険者、呻き声をあげながらのたうち回っているのもいる。


「レイラ!」


 少し離れた場所でレイラが倒れているのが見えた……私達を守る代わりに自分を守れなかったんだ。


 黒い魔物はまるで楽しそうに目を細めるとまた大きく息を吸い込み始めた。またあのブレスを吐くつもりだ!


「させるもんか!」


 一足で懐に飛び込むとその無防備な首を斬りつける。たとえ一刀で首を落とせなくても邪魔は出来るはず。吸い込まれていくクロノスフィアが甲高い音を立てて弾かれる。鱗に僅かな傷を付けただけでブレスは止まりそうにない。


「……う……うそ……で、しょ?」


 私は目の前の光景が信じられなかった。決して手を抜いた一撃ではなかった。首を落とすつもりで放ったのだから。しかし、現実は無情にもブレスを止めることさえできそうにない。


「せりゃぁぁぁぁ!」


 呆然とする私の後ろからシェリアが飛び出してきた。そのままブレスを吐こうとする黒い魔物の顔を斧の腹でひっぱたいた。たまらず黒い魔物はブレスを吐くことが出来ずに悲鳴を上げたあと、意外と俊敏な動きで距離を取る。


「エリシアで斬れないならなおさらあたしじゃ無理だろうからね。それでもひっぱたかれるのは効くみたいだね」


 シェリアがそう言うと私の方を睨みつけてきた。


「いつまで呆けてるんだい! あんたがちゃんとしないと皆死んじまうよ!」


 いけない、まだあの魔物は健在だ。生き残っている冒険者が何人もいる。“勇気の盾”の皆も今駆けつけて来たばかりだから誰も怪我をしていない。


 アニーは倒れているレイラを一生懸命診ている。


 なら私はあいつがこれ以上誰も襲わないように釘付ける!


「こっちだよ! くそトカゲ! サンダーエンチャント!」


 大きく振り下ろされた腕を掻い潜って腹を斬りつける。もう同じ失敗はしない。魔力をまとったクロノスフィアはやがて雷を発するようになり先ほど私の剣のを弾いた鱗を切り裂いた。


 これが四番目に覚えた魔術、サンダーエンチャント。武器に雷の魔力を纏わせ切れ味を上げるだけじゃなく、痺れさせたりする属性付与魔術。覚えるのは大変だったけれど今役に立っている!


 レイラが教えてくれた魔術が効いているのが分かったのでこのまま攻め立てる。ラルフさん達も攻撃を加えてくれている。黒い魔物は少しずつだけど傷が増えていく。


「イケるぜ! 皆!」


 生き残った冒険者がそう言いながら攻撃しようと飛び出した。私が止める間もなく剣を振り下ろしたとき、黒い魔物から棘のようなものが飛び出して冒険者を串刺しにしてしまった。


 まだ、こんな力があったの?


 赤い目を爛々と輝かせながら大きく開いた口で咆哮をあげる。まるで遊んでいた虫に噛みつかれて怒り狂う子供のように、圧倒的な殺意を振り撒き始めた。


「グギャギャギャギャ」


 耳障りなその咆哮は私達の耳を汚して言いようのない不快感を与えてくる。そしてそのまま先ほどとはまるで違う素早さでその丸太のような腕を振り下ろしてくる。かろうじて逸らしたその攻撃は汚染された大地を砕く。

 そして噛み千切ろうとしてきた牙をクロノスフィアで防ぐけれど吹き飛ばされてしまった。


 しまった! 吹き飛ばされてすぐに態勢を立て直せない私目がけて黒い魔物が突進してくる……ダメ、間に合いそうにない……このまま無残に殺されてしまうのは目に見えていた。


「……!!」


 ラルフさんが何か叫んでいるけれど聞こえない。


 ごめんね、ジェイク……家にちゃんと帰るって約束したのに帰れなくて。


 死ぬ時はあなたの腕の中かあなたを見送った後って決めていたんだけどな……こいつからは逃げられそうにないよ……やだなぁ……死ぬのは……怖いよぉ、ジェイク……助けて……。


「エリシア!」


 気が付いたらシェリアが私を突き飛ばしていた。そのまま盾で黒い魔物の攻撃を受け止めるけれど、受け止めきれずに吹き飛ばされていく。何度もゴロゴロと転がってから止まり、シェリアは身動き一つしなくなった。


 シェリア……?


「シェ……リア?」


 私の呼びかけに反応しないシェリアを見て黒い魔物はまるで楽しそうに体を揺らす……笑いを堪えるように、隠しきれない愉悦に浸るように。


 ―――何かが私の中で壊れたようなそんなオトガシタ。


「……ぇ……な」


 私は立ち上がる、結構ダメージもあるし力だって入らない。でもこのまま座ってはいられない。


「ふぅざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 こいつは殺す! それ以上嗤うな! それ以上仲間を侮辱するな! これ以上誰もやらせるかぁ!


「お前は死ねぇぇぇぇぇぇ!」


 クロノスフィアに魔力を流し込む、雷の魔力も一緒に流し込む。魔力がガンガン無くなっていくけれど知ったことか!


「こっちだ! クソ野郎!」


 コントールさんが放った矢が黒い魔物に当たった瞬間爆発を起こす。きっと魔術を矢に仕込んでいるんだろう。オイゲンさんやラルフさんも隙を作ろうと攻撃をしてくれる。


「みんな! 下がって!」


 十分に貯まった魔力を開放して魔術を紡ぐ。まだ練習中で自信ないけれど今なら出来る気がする。


「彼の者に懲罰を! ライトニングプリズン!」


 雷の魔力で作られた檻が黒い魔物を閉じ込める。逃げ場を無くした黒い魔物目がけてクロノスフィアに貯まった魔力を全て注ぎ込んで叩きつけてやる!


「サンダーフォール!」


 クロノスフィアを叩きつけるように振り下ろす! 雷の魔力と斬撃が滝のように流れ込み黒い魔獣を押しつぶす。私はそのまま、あのいやらしく嗤う目の片方にクロノスフィアを刺しこんで抉り取る。


「グガァァァァァl!!」


 悲鳴を上げる黒い魔獣をこのまま斬り殺そうとした時、急に足が崩れた。立っていられなくなり視界も回りだす。


 魔力切れ……しかも急に使ったからだ。


 黒い魔物は片目から血を流しながらこちらを睨みつけてくる。


「来るなら……来れば……いいよ、殺してあげ……るから」


 なんとか絞り出しながら睨みつける。どれくらい睨み合っていたのかな、黒い魔物は踵を返すとそのまま跳んでどこかへと去っていった。


 去り際に憎悪と怒りと屈辱の混じった瞳で私を睨みつけながら。




「シェリア! シェリア!」


「落ち着くんだ! エリシア、下手に動かさないほうが良い」


 パニックになっている私をラルフさんが止める。シェリアは頭から血を流しているし、斧を持っていた腕も有り得ない方向に曲がっていた。


「ここは私が何とかしますから。見たところ奇跡的に命に別状はないようですし」


 一緒に来ていた冒険者の中に癒し手がいてくれたのが幸いだった。私に出来ることは無かった。仕方なくシェリアを任せた私はアニーが診ているレイラの方に向かう。


 アニーが診ているのだからレイラは大丈夫なはず。


「レイラは大丈夫なの?」


 先ほどから懸命にレイラに治療を施しているアニーに声をかける。


「ディスペルカース! ディスペルカース!」


 一心不乱に癒しの術を使い続けるアニーには聞こえていないみたいだった。


「アニー!」


 ちょっと強めにアニーを呼ぶとどこか宙を見てるような焦点の合わない瞳を向けてきた。


「……んだ」


「……アニー?」


「……ダメなんだ……私じゃ治せないよ」


 アニーは力なく笑っていた。


「……どういうこと? 答えてよ!」


「怪我は大したことないんだ、問題は毒と呪いなんだよ」


 レイラを見てみると顔色が悪く肌が少しくすんでいる気がする。


「……石化毒なんだ、これ。この石化毒自体も特殊なモノで解毒できないし、呪いまで絡んできているから……私の手に負えない……」


「ちょっと、待って! なら何であの死体は黒くなっているの!?」


「呪いで死んだからだよ。直撃すれば呪いで、中途半端に防いでも石化毒で助からない……悪魔のような恐ろしい魔物なんだよ! あいつは!」


 レイラは助からないってこと?……うそ……だよね?


「だ、誰か助けてくれる人いるよね?」


 私の声は震えを隠せない、アニーはそんな私に首を振った。


「可能性があるなら王都とかの治癒師かな?……そんな人達に頼めないよ」


 治癒師って癒し手の上位職だよね? 


「なんで、そんなことが分か……るの?」


「私ね、こう見えてもケートで一番優秀な癒し手の卵として王都に留学したことがあるんだ。王都でいろいろな知識を学んだけれど、こんな毒の情報は無かった。もしかしたら禁書の毒なのかもしれないけれど、そんな毒ならそもそも普通の癒し手には治せない。可能性があるなら治癒師だけれど、それも王都の禁書が読める治癒師なんて伝手でも無いと頼めないし、そんなお金もないよ」


「そうだ! ラルフさんなら!」


「すまない、エリシア。それは不可能だよ」


 ラルフさんが沈痛な表情で私の後ろに立っていた。


「確かに私の家ならば伝手はある。スフィールド公爵家ならば可能だ。しかし、そのような高名な治癒師は既に予約が埋まっていて半年待ちがザラなのだ。私は三男だから無理矢理ねじ込むことが出来る権力は無い。そしてスフィールド家が他家との軋轢を冒してでも助ける理由が無い……すまない」


 そんな、そんなことって無いよね!? レイラが助からないなんてそんなのおかしいよ!


「なんとかならないの!?」


「……ごめん」


 アニーは俯いたまま顔を上げなかった。もう座っていられない、崩れそうになる私を支えたのはラルフさんだった。


「とりあえず他に怪我人もいるんだ。ここを離れて近くの村へ行くぞ」


 オイゲンさんがそう言ってレイラを抱きかかえる。


「行こう、エリシア」


 ラルフさんがそう言って呼びかける声に返事をする力も残ってはいなかった。

レイラさん影が薄いとか思われていそう(-_-;)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勝ち筋のまったく見えない相手に挑んだものの、被害は想像以上に大きいですね、パーティーの危機です。
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