9 異世界とはいえ人間ですもの
「あの子、本当に大丈夫か? かなりやばい目をしてたぞ」
「クロエちゃんもそうですけど多くの人は聖剣を間近で見る機会はないですし、聖剣は長い間勇者を選びませんでしたから。驚いたり興奮して当たり前なんですよ」
「そういうもんなのか」
「でもクロエちゃんの技術はすごいですから安心してください! なんなら、今まで以上に気合が入っていると思いますし!」
二人でツィオの街を見回る。RPGでいう最初から二番目くらいに発展している街という印象である。
「なんか、こうしてみると本当に魔王に支配されてんのかよって思うな」
「そうですね、魔王軍に支配されていることを受け入れてしまったというように感じます。外に出なければある程度安全ですしね」
「そういうものなのかね。人間って適応能力高い生き物だよなー」
「そういう勇者様だって、異世界に早くもなじんできてませんか?」
「服のせいでそう見えるだけだろ! 実際はまだ不思議な気分だし、文字だって読めない。実は言葉もたまに何言ってるかわからないときがあるんだ」
テレシアは驚いた表情で立ち止まる。
「勇者様は、文字が読めていなかったんですか?」
「ああ、だからテレシアがいてくれて本当に助かってる。看板も読めないからどれが鍛冶屋なのかも何が売っているのかも全部わからなかった」
「こんな風に話しているのに、わからないときがあったんですか……?」
「ああ、そうだ。一対一だったり、集中して聞けば何故かわかるが、街の人の声はみんな不思議な声に聞こえるよ」
カナタは苦笑いしながら話すが、それを聞いたテレシアは震えている。
カナタは異世界に来たがそのすべてに適応していなかったのだ。あの食べ物が一体何という食べ物なのかわからないのも文字が読めないのだからわかるはずもない。八百屋のおじさんが何かを叫んで宣伝していようとそれが何を言っているのかカナタには伝わっていなかった。カナタはあくまでも異世界人だったのだ。
「すみません……私そんなことも気がつくことができなくて……」
テレシアは震えながらカナタに頭を下げて謝る。
「そ、そんな! 謝らなくていいんだよ! 俺が分からないのが悪いし、俺も言わなかったしな!」
「でも、私はこれから勇者様を支えていこうと、そう決めた矢先にこんな……不甲斐ないんです。すごく、すごく……」
「いやいや、早く頭上げて! 俺勇者なのに、シスターを街の真ん中で謝らせる極悪人になっちゃってるから!」
テレシアはすぐに顔を挙げて「そこまで気がつきませんでした!」とまた謝るのだった。
「勇者様、勇者様さえよろしければこれからはお互いに何でも言いあえるような関係でありましょう」
「俺もそのほうがいいと思う。だってこれから魔王を倒すまでずっと一緒なんだろ?」
「はい! 勿論です! 私がお供します!」
テレシアは気合を入れ直すようにふんっと腕を振りカナタのそばに駆け寄る。
カナタは女の子のテレシアがお供であったがそれはすごく頼もしいと思い笑った。
「そういえば、クロエに何度か俺の容姿を魔族っぽいといわれた気がするのだが?」
「あ、それはですねー、勇者様の髪の毛がすごく黒くてお顔が白いからだと思われます!」
「ん? それだけ?」
「漆黒の髪の毛は私たちではありえないんです。それに、魔界に居るような魔族の人たちは日に当たっていないので私たちからするとすごく青白いんですよ」
「モンスターと魔界の奴らは別なのか?」
「基本は魔族なので一緒ですけど、戦闘力が段違いです。私はまだ戦ったことはないですが、そう聞いています」
魔界にいる強い奴らに追い出されてきた先がここだったということだろうか、それとも派遣されてきているような関係なのかと様々な憶測が二人の間で飛び交う。
結局答えは出なかったが、カナタの真っ黒なスーツも相まってかなり魔界の奴っぽかったということだけがはっきりとした。ついでに、テレシア、ローザ共に初めてカナタを見た時は悪魔が教会の中に入っていると思っていた衝撃の事実も判明したのだった。
話しながら歩いていると後ろから聞き覚えのある叫び声が聞こえてくる。
「おーい! テレシアー! 出来たぞー!」
金槌のような鈍器を振り回しながら走ってこちらに来る危ない少女の正体はクロエだった。
「クロエちゃん! さすがにそれは! 危ないと思うよ!」
「いや、いいんだ! それよりも早く来てくれ! 早く見てほしい!」
「よくはねーだろ!」
クロエの走ってきた道の後ろはきれいに人がよけてあり、わかりやすい道が完成していた。
「いいんだって! さ、早く! 一緒に行くよ!」
カナタの手をがっしり掴むとそのまま走ってカナタを引きずってゆく。
「なんでだ! この世界の女のパワーバランスおかしいだろ! 腕がもげる!」
「鍛冶屋を舐めるなよ! 腕がもげそうなら早く体勢を立て直して一緒に走るんだな!」
豪快に笑いながらカナタを引きずってゆく。クロエは相当機嫌がいいらしい。
テレシアはそんな二人の後を走って追う。
「よし! ついたよ! 早く見て!」
カナタは肩を脱臼するんじゃないかという勢いで投げ出される。
そして、クロエはすぐさま金属でできたマネキンのようなものに着せてあるスーツの横に立ち、じゃーんというようなポーズを取っている。
カナタはボロボロになりながら顔を上げる。
「う、うわ、なんかすげえピカピカして見える」
「ビシッとしましたね……!」
「でしょ! 一番いい鉱石、水、いろんな材料を駆使して仕上げました! 詳しいことは企業秘密ね!」
「これ、本当に防御力ついたのか?」
「とにかく着てみてよ!」
また奥の部屋にマネキンと共に押し込まれ、早く着替えるように催促される。
扉の外からはテレシアとクロエの興奮気味の会話が聞こえてくる。
「勇者様、かっこよくなってしまうんでしょうか!」
「ああ、あれを着れば誰だってかっこよくなるし、勇者の威厳も数倍になる!」
「すごいです! やっぱりクロエちゃんはすごいです!」
「ま、まあねー、テレシアに褒められるとなんか嬉しくなっちゃうな!」
「早く見たいですね!」
「うん! ああいうのは本人が着てこそ完成するからね!」
「これ以上かっこよくなってしまったらどうしたらいいんでしょうか!」
本当に早く着替えなければこのままどんどんハードルが上がっていくことが容易に予想された。
カナタは死に物狂いで、痛めた腕にそでを通していく。
機能性ではなく、カナタ本人がかっこよくなることを期待された彼はどうしたものかと混乱しつつ、ドアを思い切り開けて登場する。
もちろん、できる限りのキメ顔で。
「どうでしょうか!」
一瞬、ほんの一瞬、世界の時間が止まった。
テレシアもクロエも頭の先からつま先まで首を縦に振ってカナタを見てやる。
「普通、でしたね」
「装備で顔までは変わらんか。そりゃそうだった、なんか、ごめんね」
二人ともが同じタイミングでカナタに微笑む。
そんな二人を見てカナタは恥ずかしさもあり顔を真っ赤にして叫ぶ。
「かっこよくなるわけないだろおおお!!!!!!」
渾身のキメ顔はこの時封印されたのだった。




