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8 疑いからの信頼調整屋

「すげー賑わってるな」


 カナタはあたりをきょろきょろと見ていく。左も右も上も下もぐるぐるとみていく。

 様々な看板や立てかけてあるおしゃれな黒板のおしゃれな文字。八百屋か果物屋かよくわからないが、既視感のある食べ物がずらりと並び見たこともない名前が付けられている。

 見たこともない景色に戸惑っているようではあったが、テレシアの後をついてゆく。


「いつもこんな感じですよ。街案内もしたいところですが早めに鍛冶屋さんに行きましょう」


「そこで防具の調整もできるのか?」


「はい! 装備全般を請け負っています」


「じゃあ、とりあえずそこに行くか。じゃないと俺、弱いしな」


 カナタはまた凝りもせず、心の中で最強装備が手に入ったり、聖剣の真の力が解放されると思っていた。

 勿論、そんなことはないのだ。

 ここはただ異世界というだけであって、カナタは神に選ばれたわけでも何か特別なスキルを所持しているわけではない。

 異世界に来たただの異世界人でしかなかったのだ。


「クロエちゃん!」


「テレシアー!!!」


 そこにはずいぶんすっきりとした、それでいて可愛らしい女の子が立っていた。

 少々露出の高い恰好をしているが、カナタの目をくぎ付けにしたのは彼女の美しい淡緑色の瞳だった。


「なんだ? このじーっと見つめてくる男性は」


 クロエもまたカナタをじーっと見返す。

 そして手をカナタの目の前てひらひらとさせる。その手は女性の手とは思えない程傷だらけで痛々しいものだった。


「おーい、ちょっと怖いお兄さん、そんなにみられると困るよ」


「はっ! す、すいませんでした!」


「いや、別にいいよ、気にしてはないからさ!」


「いや、ずいぶんきれいな人だなって思いまして……」


 それを聞いたクロエは一瞬で顔を真っ赤にして次はクロエが硬直してしまった。


「クロエちゃん、こういうのの耐性全くないんですよね……勇者様、この方が勇者様の装備の調整をしてくださいます」


「鍛冶屋って聞くとどうしてもごっついおっさんのイメージがあってだな……まさかこんなにかわ……」


「勇者様! これ以上は! クロエちゃんが倒れてしまいます!」


「あ、ああ、そうだった。早速お願いしたいのだが」


 カナタがクロエの肩をそっと叩くとクロエは先程のカナタ同様にはっと気がつく。


「え、お願い? あ、どれをなにしたいんだ?」


「勇者様のお召し物の強化をお願いしたいのです」


「勇者様ァ? どう見たって勇者サイドってよりは魔王サイドに居そうじゃん」


「失礼ですよ! ちゃんと人間です、シスターの私が保障します!」


「待て待て、俺のどこが魔王サイドなんだよ? 見ろ! 君に負けず劣らずのこの純粋な瞳を!」


 再びクロエはカナタをじーっと見つめる。その顔は先程とは違いまじまじと疑うように、なめまわすようにカナタを見ていく。ついでに後ろに回られ背中を触られ、頭までぽんぽんと触られている。

 大学生活では男友達としかつるまず、三年の後期からほとんど学校に行かず人と触れ合う機会の少なかったカナタにとってそれは少々むずがゆいようだった。


「確かに。角も翼もない。そういうやつもいるんだろうけど、まあ、普通の人間だな! 疑って悪かった」


「いや、わかってもらえたらそれでいいんだ」


「早速だけど、脱いでもらえる?」


「さっきあんなに触りまくったじゃないですか! まだこれ以上求めるんですか!」


「脱がなきゃ調整できないだろ」


「勇者様は調整などは初めてなんです。すみません、クロエさん」


「テレシアが謝ることじゃないよ! さあ、早く脱いで!」


 少々男らしいクロエに言われるがまま奥の部屋に行き、愛用のたった一着しか買っていないスーツを脱いでいく。


「そういや、これ、入学式の時に買ってずっと使ってるんだよな……クリーニングもろくにしないで」


 元いた世界、日本のことを少し思い出しつつ脱いだスーツを金属でできたマネキンのようなものに着せていく。

 そして用意されていた異世界の洋服を着る。


「勇者様ー! どうでしょうかー! 開けますよー!」


 テレシアは部屋の扉を開ける。そこに居たカナタは完全にこの世界の住人のようであった。

 その姿を見たテレシアは目を輝かせていた。


「なんか、ずいぶんあれだな。RPGの初期装備って感じだな」


「よくわかりませんがすごく似合ってますよ。これなら街の中を歩いていてもかなりっぽいですよ!」


「ああ、最初に会ったときは変わった男性だと思ったが、これはだいぶましになったな」


「勇者様、聖剣も預かってもらいましょう! そして少し街に出ましょう!」


「そうだな、ほい。よろしく頼む!」


 カナタは立てかけていた聖剣を手に持つとそのままクロエに差し出した。


「お、おいおい、おい! 勇者って呼ばれてるし、それ、聖剣……なのか?」


 カナタは「ほら見ろよ」といって白い布を一気にはぎ取る。現れた聖剣にクロエはまたしても長い硬直を強いられてしまう。


「ま、まさか……本当に勇者がこの世に存在するなんて……それに、聖剣を拝める日が来るなんて、思ってもいなかった……」


 クロエはじりじりと聖剣に近寄っていく、最終的にはクロエの顔が聖剣のゼロ距離まで近づいてゆく。

 カナタはどうしたらいいものかとテレシアを困り顔で見つめるが、カナタの救助要請とは裏腹に、テレシアはそんなクロエをみてくすくすと笑うだけだった。


「私に、私に任せてくれ……! 私が立派な調整を加えて、戦闘に特化させてやる!」


「お、おう! 任せた!」


 困りながらもカナタはクロエと熱い握手を交わすのだった。

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