5 キノコを愛して
「さあ、勇者様、この目の前でうろうろしているのがキノコのモンスターです!」
「確かに、弱そうだな……」
人がいるにもかかわらず、よろよろを歩き回り、時たま転んだりしている。
「町の人たちはアホキノコと呼んでいます」
「か、可哀そう! いくらキノコでもそれは可哀そうじゃないか? こいつだって、精いっぱい生きてるんだろ? よろよろ歩いてたまに転んで一回転することもあるけど、それでもアホは言いすぎじゃないのか!」
「でも、そんなアホキノコを今から討伐するんですよね?」
カナタはテレシアから目をそらしつつ小さくうなずく。
テレシアはくすくすと笑った後に、武器を振りかざし、カナタの方を見る。
「勇者様、先程のような失敗を繰り返さないためにも、私の戦い方を見ておいてください!」
「し、失敗って言うな! 傷つくだろ! 今は特に繊細な勇者様なんだよ!」
「アホキノコは基本動き回っていますが、素早さは低いですからよく見てここだというときに剣を振り下ろしてください」
テレシアはカナタの心の叫びを軽くかわし、倒し方の説明に入る。
アホキノコの目の前で息を吸い込み、目を見開いている。
「ここです!」
振り下ろした十字架はアホキノコの中心をしっかり捉え、そのままどんどんめり込んでいき、アホキノコは真っ二つに千切れた。
「実は私、キノコ系のモンスターは苦手なんですよねえ。私の武器はハンマーみたいな、鈍器ですけど、勇者様の聖剣のような刃物であればもっと簡単に……勇者様?」
カナタはまたしても尻もちをついていた。
振り下ろした迫力と、アホキノコがメリメリと音を立てて裂けていく様子がカナタにとっては恐怖映像のように映ったらしい。
「なにしてるんですか? 次は勇者様の番ですよ!」
「いや、なんか俺、アホキノコに情が沸いてるっていうか、友達になってやりたくなってきた」
「大丈夫です、繁殖期には大量のアホキノコが集まって二倍三倍に増えますから」
「何が大丈夫なの? 俺にはなんだかよくわからなかったよ」
「とにかく、勇者様が強くなるために必要なことですから! はい!」
テレシアはカナタに手を差し伸べ、尻もちをついたままのカナタを引っ張り起こした。
カナタは立ち上がると渋々聖剣を取り出し、アホキノコの目の前に立つ。アホキノコは隣に滅茶苦茶になった仲間がいるというのにもかかわらずよろよろと歩き回っている。
「はー、今までいろんなゲームでモンスター倒してきたけど、こんなに気が向かないモンスター討伐は初めてだよ、ほんと」
「アホキノコとはいえ、増えすぎると悪影響を及ぼすらしいですし、倒して悪いことはないですよ! この子たちだって魔王軍の手先みたいなものですし」
「こいつらもか?」
「神父様から聞いていると思っていたのですが……今夜はその話でもしながらご飯を食べましょうか! さ、早く倒しちゃってください!」
「う、ご、ごめん!」
聖剣を振りかぶって一気に振り下ろす。重力に身を任せ、少し重いと感じている聖剣をアホキノコの脳天にクリーンヒットさせた。
まるでエリンギを繊維に沿ってスパッと縦に切ったような感覚、正直気持ちがいい。そしてなにより抵抗がなくスーッと聖剣がアホキノコを切り裂いていくのが分かる。カナタは力を入れず、ただ振り下ろしただけであった。
カナタが足元を見るとアホキノコがきれいに真っ二つになって倒れていた。
「アホキノコオオオオオオオ!」
目の前の二つになったアホキノコを見て思わず叫んでしまう。カナタはそのままアホキノコの半分を抱きかかえて涙ぐんでいる。
そんなカナタとは対照的にテレシアは目を輝かせ手をたたいて喜んでいる。
「やったじゃないですか! 大成功ですよ! 勇者様!」
「テレシアが殺ったときよりは可哀そうじゃないけど、やっぱり俺、無理だ、涙出そう!」
「でも、これからはこの子で練習するのがよさそうですね」
「ま、待って! それは俺の精神的な問題で続かない!」
涙目でシスターのテレシアにしがみつくカナタ。テレシアもそんなカナタを見て放っておけないようで「うーん」と唸りながら考え始める。
「スライムはまだ早いですし、アホキノコは精神攻撃を受けてしまう……でも、他の小動物系のモンスターは動きが速すぎてきっとついていけないでしょうし、困ってしまいますね」
その後もテレシアはぶつぶつを何かを唱えながら考え続けていたが、突然空を見た後、カナタの方を見る。
「今日はもう日も落ちてきましたし、早めに帰って明日に備えましょう。そうですね、とりあえず勇者様の防具を強くするためにツィオに行きましょう!」
「ツィオ?」
「はい、一番近くの町です! そこまでモンスターを倒しつつたどり着くことを目標にしましょう。私も付いていますから、安心してください!」
森の中から遠くの方を見ようとしても町らしきものは全く見えない。カナタはほんの少し心配になりながらも、テレシアの力があれば確かに安心だと納得する。
それに、買い物に行く場所と言ったら一番近い町に行く。つまり、テレシアが最も生き慣れた町がツィオであることは間違いない。
「アホキノコを倒しまくるよりはマシか。じゃあ、明日もよろしくな、テレシア」
「はい! 任せてください!」
テレシアは笑顔でそう答えると、教会のある方へとズンズン歩いていく。
カナタは履きなれたと思っていた就活用の革靴だったが、ここまでいろんなことをしていると流石に足が痛いようでテレシアのように歩くことができない。テレシアもまた革靴を履いているようだったが、疲れることなく初めに来た時と同じテンポで歩いていく。
「テ、テレシア、ちょっとペース早くないか?」
「え、でも、日が暮れて夜になってしまうと強いモンスターも出てきたりするので、早く帰らないと……もしかして、足が痛いですか?」
「あ、ああ、革靴でこんなに歩いたのは久しぶりだし、どう考えても冒険向きじゃないよなあ。世の中の勇者のこと尊敬するぜ」
「勇者様はこの世界にカナタ様ただ一人ですよ? まあ、歩けないようなら、私がおんぶして教会まで歩いて行っても構いませんよ」
「できんのかよ? 俺、男の子だし、背は小さいってわけじゃないし! た、確かに見た目的には軽そうだけど!」
「ふふふ、しませんよ! 頑張って歩いてください! そうしたらご飯が美味しいですよ! 何より、そんなところ見られらたらお姉さまにたくさん罵倒されちゃいますよ!」
そう言って笑うとほんの少しペースを落としてカナタに合わせるように歩き始める。
「森の中は歩きにくいですよね。こればかりは慣れだと思います」
森の中を歩いているとアホキノコたちがよろよろと木の近くやどこかに歩いていく様子が見られる。スライムの姿はめっきりと減り、代わりに木の上やいろいろなところに気配を感じる。
「な、なんか見られてないか?」
「暗くなると活発になるモンスターも多いんです。それに、ゴーストに関しては剣では斬ることができないようですから、相手にしないでとにかく教会を目指してください」
カナタがふと上を見ると縦に長い教会が見えてくる。
「ああ、神父様が言ってたのはこういうことか。確かに、いい目印になるな、縦に長くて」
「そうですよね。私、方向感覚はあまりよくない方なんですけど、教会には絶対に迷わずに帰ることができるんです」
まだ夕日が沈みきっていないおかげでモンスターの動きはまだない。カナタはだんだんと足取りが速くなっていく。テレシアもカナタに合わせて少しペースを速める。
「勇者様、お疲れ様です! もう、教会の敷地内なので、ゆっくり歩いて大丈夫ですよ」
「案外早かったな、教会につくまで」
「近道をしましたからね。足元少し大変だったとは思いますが、夜になるほうが危ないので良かったと思います」
「本当にありがとうな、テレシア」
「いいえ、これからもよろしくお願いします!」
目の前の教会は明かりがついており、周りにもモンスターの気配はない。
教会の扉が開き、光がカナタとテレシアを包む。一つの人影が現れ、二人に大きな声で話しかけてくる。
「おかえりー! 早く入りなさい! 夕飯ならもうできてて、神父様が今テーブルに並べてるところなんだから!」
「ローザか。おー、今行くー!」
「ただいま戻りました! お姉さまの料理はとっても美味しいですから、期待してください、勇者様!」
教会の中に入ると、ローザは教会の扉に鍵をかけ、階段を上っていく。
カナタとテレシアもそのあとをついていく。階段を上っている最中、シチューのような優しく、美味しい香りがカナタを癒していた。




