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3 異世界交流

「薄暗くて足元危ないとは思うが、大丈夫だよな。気をつけろよ」


 薄暗いというよりも真っ暗に近い。神父は淡々と階段を上っていくが、カナタは少し慎重になっている。

 階段を上り終えるとまた扉があり、その先には普通の部屋があった。


「ここは教会だが通って礼拝するような奴はいねえ。ここは森で迷ったり負傷した人が駆け込める、避難所的な役割が主だ。だから見つけやすいように縦に長く、それでいて俺たちの住みやすいように少し改築してある」


「通りで、一階の祈りをささげる部分がイメージと違ったわけか」


「礼拝堂な。確かに、天井低いよなあ」


 神父としてはもう少し教会らしい教会がほしいようだ。「でも人が来ねえし、これが理想形なのかな」などとつぶやきながらお茶を入れている。


「ルティだ、シュカーはいるか?」


 彼方にとって聞き覚えのない言葉が一斉に耳に入る。目の前に置かれたカップの中身を見る限り、紅茶のような液体が入っている。神父が手に持っているビンには白い粉が詰まっている。

 これはきっと紅茶と砂糖だと思って間違いないだろう。


「いや、俺はこのままでいいよ」


「見かけによらず男だな! 俺は砂糖多めが好きなんだが、それ言うと結構笑われんだよな」


 その見た目で甘党というのはギャップが過ぎる。コーヒーならブラック一択というような見た目なのだが、紅茶のようなものに砂糖のようなものを一杯、二杯、三杯……と、次々と入れていく。

 カナタはその光景を見ているだけで口の中で甘さが再現されてゆく。


 カナタの目の前でシュカーが大量に入ったルティを飲む。カナタは神父が飲んでいるのだから、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 無理もない。この世界に来てから初めて何かを体内に入れる行為なのだ。カナタでなくても勇気のいる作業である。

 カナタはまじまじとカップの中身を見る。


「そんなにルティを見つめてどうした? ミルレのほうが良かったか?」


 またしても聞いたことのない飲み物であろう名前が飛び出す。


「いや、俺の住んでいた国にルティって飲み物がなかったから不安なんだよ。もちろん、ミルレも知らない」


「お、おいおい、どうなってんだ? でもまあ、きっとお前の口にも合うはずだ」


 神父に勧められ、ひとまず香りを嗅ぐ。嗅いだことのある匂いがする。ほんの少し安心するも、まだまだ不安の方が大きい。

 カナタはもう一度カップの中身を見つけた後、勇気を振り絞って一気に口の中へ流し込む。


「ん、これは、ただの紅茶だ……」


「コウチャ? お前の国ではそう呼ぶのか」


 カナタの顔はただ紅茶を飲んだだけなのに達成感にあふれた表情だ。反対に、向かい側に座る神父は不思議そうにカナタを見つめる。


「お前って本当に変な奴だよな。ニホンってのも聞いた事ねえ。それに、なんだよその恰好、お前も聖職者か?」


「いや、同じ真っ黒で肌の露出も少ないがこれはスーツって奴で、俺たち就活生の戦闘衣装ってとこかな」


「じゃあ、装備の問題は解決だな!」


「は? いや、これ防御力ゼロに等しいんですけどー……」


 このスーツの中に本が詰まっているわけじゃない。ましてやこの通り布製だ。鉄や鋼でできているわけじゃない。

 革靴だって硬いことは硬いが盾にはならない。非常食になるという話を聞いたことはあるが、実際はどうなのだろうか。

 さらに付け加えるとすれば、カナタは体を鍛えているわけではないので筋肉という鎧もない。

 つまり、カナタというこの男は勇者向きな人間ではないのだ。


「カナタはそのニホンっていう国からどうやってここに来た?」


「それが、俺も確信はないんだけど、魔法陣に飛び込んだことがきっかけでここに飛ばされたって思ってるんだけどさ。やっぱこの世界は魔法とか普通なのか?」


「魔法陣か。この世界のすべての奴らが魔法を使えるわけじゃねえが、使える奴もいる。ただ、そういう魔法は魔族の奴らじゃねえとできねえだろうな」


「魔族?」


「この世界は勇者を求めていたわけだが、それは簡単に言えば魔王軍に支配されているからだ」


「俺、ずっと神様か何かに選ばれるっていう王道ストーリーとばかり思っていたが……あの時俺を導いたのも魔族の奴だったのかよ」


 カナタは話しながら光の中で撫でられたような、抱きしめられたような感覚を思い出す。そして、それが魔族という思いもよらなかった存在であったことにほんの少し恐怖する。


「それじゃあお前、勇者ってよりも魔王軍の刺客だな! 本当は聖剣を壊しに来たんじゃないだろうなあ?」


「そ、そんなわけねえだろ! 俺は王道な勇者道を歩みに来たんだ! まあ、邪剣っていう響きはかっこいいとは思うけどさ」


「歩みに来たって……お前と話してたら悪い奴じゃないことはわかるよ」


 神父は笑った後に、異常な量の砂糖が入ったルティを飲み干す。そしてまたカップにルティを注ぐとシュカーを黙々と入れ始める。


「ん、そろそろあいつらが帰ってくるころだな」


 神父がドアの方を見る。カナタもつられてドアの方を見つめる。

 すると、ドアが勢いよく開くと同時に勢いよく桃色の髪の女の子が荷物を持って入ってきた。後ろの子はもっと荷物を持っていて顔が見えない。


「買ってきたわよ! すっごい重いんだから!」


 そのままの勢いでドアの横に紙袋やらをドサドサと置いた。


「おい、ローザ、ドアは優しく! それと買ってきたものはキッチンまで運べといつも言ってるだろ」


「もー、じゃあ神父様が買いに行けばいいじゃない! ね、テレシア! あんたもそこら辺に荷物置いちゃえば?」


「でも、神父様に怒られちゃうし……」


「あ、あのー、お邪魔してます……」


 二人のシスターの恰好をしている女の子がカナタを見る。それはもうジーっと、目をそらさずに、特に勢いよく入ってきた女の方はカナタをジロジロとなめまわすように見ている。


「神父様? 神父様のお知り合い、なのかしら? でもこんなどっかの王族の執事のような格好をするお知り合いなんて、あの神父様にできる?」


「ね、姉さま! お客様もいる目の前で失礼ですよ! 確かに、見たことがないようなお召し物、お姿ですけど……」


 神父はドアの横に置かれた荷物をキッチンの方に移し終えると、二つカップを持ってテーブルの方へ笑いながら歩いてくる。


「な、うるさいだろ? こいつらが俺の言ってたシスターだ。桃色の髪の毛の一段とうるさいのがローザ、金髪の力持ちの方がテレシアだ」


 ローザとテレシアは顔を見合わせた後に、カナタに向かって改めて挨拶をする。


「初めまして、私はローザ。見ての通り、ここのシスターよ」


「初めまして、私がテレシアです。私も姉さまと一緒でシスターとしてここに住まわせてもらっています。よろしくお願いしますね」


「それで、あなたのお名前は?」


「俺はカナタ! トオノ カナタってのが本名だけど、気軽にカナタって呼んでくれよ!」


「ふーん、カナタ? 変わった名前ね」


 ローザは神父の隣の椅子に手をかけ、座ろうとする。

 テレシアはカナタの隣の方に来て、軽く一礼して微笑んだ後、椅子を引く。


「まーそりゃあ、こいつが異世界から来た勇者様だからな!」


 神父は唐突に俺の正体をこの二人に明かした。

 この発言を聞いたシスター二人はその場で石化してしまった。


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