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2 ようこそ、ここへ。

 聖剣を持ったまま立ち尽くしているのはついさっき勇者になったばかりの遠野彼方だ。


「お前が、勇者だったんだな」


「いやいや、きっとこれ次で抜ける予定だったんですよ! 見てたよね? 抜けそうなこれ! 見てたよね!」


「いや、お前じゃなきゃ抜けなかった。勇者にしかその聖剣は抜けねえんだよ」


 納得しきらない彼方を無視して男はうんうんと頷き、彼方の肩に手をやる。


「よし、勇者! とりあえず、俺についてこい!」


 その格好と十字架と意外にも爽やかな笑顔がなければただの脅迫にしか見えない。

 男は森の中へと歩き出す。彼方も仕方がなく後をついていく。

 たとえ、断ったとしてもここがどこなのか、一体どういう状況なのか全くわからない彼方にとっては、断ることの方が最悪の選択である。

 ついていってマフィアか何かが出てこようとも、彼は所持金数千円と聖剣を失うだけで済む。また、仮に死んでしまっても、それはそれでよかったと思えるような精神状況にあった。


「そうだ、お前どこの出身だ? 見たこともねえ感じだし、服装も……なんだそりゃ」


 振り向きながら彼方を見て、怪訝そうな顔をしている。

 彼方は驚いた。自分の就活生らしい恰好を見てもそれを理解しない人がいることに。そして、自分の見た目は日本人の典型だと思っていたがそれが伝わることがない。


「日本ってわかる? ここがなんていう国なのか知らないけどさ、ほら、この黒髪に黒い瞳!」


「はあ? 聞いたことねえなあ、ニホンってどこにあんだよ?」


 男は真面目な顔をしている。冗談ではなく、本気で理解していないのだ。

 彼方の顔に汗が滲む。


「ありえねえ……」


「ありえないのはお前だろ? ここは『サントゥルム』だぞ」


 彼方の足が止まる。

 男の言葉を聞いて彼方はすべてを察したのだ。

 聞いたことのない地名、見たことのない風景、そして、日本を知らない、日本人を見たことがない人。さらに、ここに来る前に何をしたのか。そう、魔法陣に飛び込んでいたではないか。

 疲れ切っている彼方の脳みそでさえあっという間に結論を出すことができた。


「異世界……なのか……」


 その結論が出てしまったにもかかわらず、落ち込みや絶望よりも、好奇心と開放感、希望の表情に見る見るうちに変わっていく。


「お兄さん」


「ん、なんだ? まだ全然歩いてねえのにもう疲れたのか?」


 息を大きく吸い込む。そして、聖剣突き出し、笑顔で自己紹介を始める。


「俺、遠野彼方! 二十二歳! 職業勇者! よろしくな! 金髪のお兄さん!」


 その自己紹介は就活で鍛えられたハキハキとした受け答えのようであった。

 男はきょとんとした後、しばらく彼方と見つめあい、笑い出す。


「いきなりどうしたんだよ、勇者様! 名前聞けて良かったよ、勇者様って呼び続けるのは俺にはちょっとあわねえと思ってたんだ。カナタ、よろしくな」


 そして、また沈黙。男はカナタをじーっと見つめる。

 カナタも男を見つめ返す。


「お前、二十二に見えねえな!」


「そんなことかよ! なんか言われるのかと思って構えたわ!」


「もっと子供だと思ってたが、二十二なら勇者始めても体力的にも問題ねえだろ。ちょっと心配だったんだよ、ガキが勇者ってのは」


 カナタは成人を迎えているが、男の心配した体力問題は解決していない。むしろ問題だらけなのだ。

 慣れない森の中を革靴で余裕で歩いているように見えたのかもしれないが、平らなコンクリートの上を歩いてきたカナタはもうすでに疲れてきていた。


「ちなみに、今どちらに向かってるんですかねえ?」


「俺の教会だ。町から外れた森にある」


「俺の教会って、まさか本当に、神父様だったのか……?」


「まさか本当にって、失礼だな! どう見たって神父様だろ? カナタも神父様って気軽に呼んでくれ」


 勇者よりも背も高く、筋肉もあり、見るからに強そうなこの男は正真正銘の神父であった。

 恰好はいかにも神父という具合だが、やはり、神父にしては屈強すぎる。


「さ、そろそろつくぞ」


 目線の先には小さめの教会が見える。教会の周りは特に木もなく、きれいにされている。

 教会と神父だと言っていた男が並ぶとより一層神父らしさは増す。

 教会の前に来ると、手慣れた様子で教会の施錠を解き、扉を開ける。


「普段は誰も来ねえ森の中にある教会だ。いつも暇だし、今日はとりあえずここに泊まっていけよ」


「あ、ありがとう、神父様。あともう一つお願いしたいんだが、この国のこととか、いろんなこと教えてほしいんだ」


「もちろんだ。それとお前のこともちゃんと聞かせてくれよ」


 教会の中へ入ると、人が一人もおらず、扉を閉める音だけが響く。あまりの静かさと差し込む光で厳かな雰囲気が引き立つ。


「寂しい教会だと思ったか? この教会にいるのは俺と今近くの町にお使いに行ってるシスターが二人。そいつらが居ればもう少しうるさくていいんだけどな」


「シスターか、会ってみたいな」


 実際に教会を至近距離で見たのも、中に入ったのもカナタにとっては初めての経験だった。シスターが実在するのかも疑っていたカナタはその夢のシスターに会えることがほんの少し楽しみらしい。


 そんなカナタの様子を見て神父は笑い出す。


「ははは、お前を見たら驚くだろうな。それに、片方はお前の旅のパートナーになるんだからな」


「は?」


 突然カミングアウトされた情報に一瞬フリーズする。

 勇者なのだから、旅をするのはRPGではおなじみの展開である。だが、どちらかというとインドア派のカナタは少々乗り気ではなかった。なんなら、乗り物にでも乗ってボスのところに行って、聖剣で一振りしたら闇が光に変わるようなチート世界であってほしいと心の中でひそかに思っていた。

 それに加えて、旅の仲間の情報まで、さらにそのパートナーがシスターだということにより一層の不安を覚えたのだ。


「神父様が仲間になってくれるものだと思ってたよ、強そうだしさ?」


「俺がか? お誘いは嬉しいが、この教会の神父は俺以外に務まらない。それに俺よりもそのシスターのほうが適任だと思うぜ」


 この神父がここまで太鼓判を押すシスターとはいったい何者なのだろうか。カナタは咄嗟に肉体派のシスターがいるのかどうかと考え始める。仮にいたとして、そんなシスターと旅をすることに対しても不安が出てくる。

 カナタも一応は男の子である。美人と旅ができるならそのほうがきっと楽しいに決まっている、とは思うものの、自分の戦闘力を考えた時にどうしても不安が拭えないようだった。


「ま、そいつらが帰ってくるまでこっちでいろいろ話そうぜ」


 神父は教会の奥にある扉を開け、その先の階段を上がっていく。

 言われるがままカナタは神父の後をついていくことにした。

 


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