10 有名な主人公のあれみたいな
カナタは少々戸惑いながらも調整されたスーツが確かに今まで来ていたスーツとは違うというのを感じていた。
「クロエって本当にこういうのできるんだな、すげえ」
「そりゃあねえ!」
「クロエちゃんのおうちは代々鍛冶屋で、おじいさまもお父様もすごい腕利きだったそうです。クロエちゃんもかなり有名な鍛冶師なんですよ!」
「そういわれるとちょっと恥ずかしいな」
「そんなにすごい人だったとは……」
「あー、そんなことはどうでもいいから! ほら、聖剣をいい感じに背中に持っていきなよ! キメ顔で!」
「いやもうしねえよ!」
ついさっき出来たばかりの心の傷に塩を塗られぐぐっとされたような気持ちになったカナタはほんの少し顔を赤らめながら、聖剣を握るとそのまま背中の方に持っていく。
…すると今までにない感覚に襲われる。
今まで持っていた重たい聖剣が一瞬にして軽くなるような、重力がそこだけ無くなったような感覚。
「お、おい、これ、手を離しても大丈夫なのか? なんか変なんだけど?」
「ああ、そのまま離しみてよ! もし壊れても私が命に代えて修復するって誓うよ」
クロエの命を懸けた誓いを聞き、カナタは「そこまではいいよ」とつぶやきながら恐る恐る手を放す。
……鉄が地面に落ちるような音は一切響かない。
カナタのパーにした手はそのまま硬直する。動いたら落ちないのか?そもそも今どのような状態になっているのか?すべてがカナタにとって謎のままだったということもあり動くことができないでいた。
そんなカナタを見たクロエはすかさず姿見を持ってきてカナタに自分の姿を見るように促す。
そこに映っていたのは聖剣が背中にくっついて浮いている、正面の姿はまさに勇者そのものであった。
「おおおおお!!!!!! 俺がイメージしていた勇者っぽくなってる!」
「大きい剣だし鞘もない、だからって常に手で持って歩くのは大変じゃん? そこで、私の腕の見せ所ってわけ!」
「す、すごいです!」
「本当にすごいよこれ! まるであの有名なゲームの主人公のあれみたいになってるよ!」
「勇者様、興奮で何を言っているのかほとんど伝わらないんですけど、きっとすごいってことですよね!」
「ああ、そうだよ! ずっとあれってどうなって背中についてるんだろうって思っていたけど、こういうことだったんだな!」
カナタはクロエとテレシアを置き去りにして、一人で元いた世界のゲームを思い出しながら姿見の前で何度も自分の姿を見る。
「その例えは何一つわからなかったが、喜んでくれて本当に良かった!」
クロエは満足した表情だ。実際にカナタが身に着けたことで自分の中でより一層納得のいくものになったということのようだった。
「早速、街でも探検してきなよ。もう夕方だけど、ツィオが盛り上がるのはこの時間帯からだし、いってらっしゃい!」
「あ、代金を……」
「もー、いいんだよ! だって勇者様の装備を担当出来たってだけで栄誉あることだし、テレシアとの仲もあるし、まったく気にしないでよ! それより、いろんな人にクロエの自信作ですって見せびらかしてほしいかな」
「ありがとう、クロエちゃん」
「本当にありがとうな、クロエ。感謝してもしきれないよ」
クロエは手を振って二人を見送る。
カナタたちも手を振ってそのまま街の方へ行くことにした。
「本当にかっこいいなこれ、スーツもなんだかシャキッとしたし、いきなり強くなった気分だよ」
「それでは明日から早速、戦闘訓練を強化しましょう!」
クロエの言っていた通り、街は朝とは違い明かりも灯りまた違った賑わいになっている。
どこからともなく音楽が聞こえ、大人たちの笑い声が聞こえてくる。
そして、カナタたちが歩いていると
「なんか、視線を感じないか?」
「そうですね、私というよりも勇者様にかなり視線が集まっているようですが……」
「やっぱり、剣を持ってる男とか怖すぎるんじゃないか?」
「確かに、一般住民は剣の持ち歩きを禁止されていますし……」
カナタはテレシアのその鈍器は剣じゃないからセーフなのだろうかと言いかけたところで誰かに肩を力強くつかまれる。
「なあ……」
「す、すいません! 黒い髪だし目つきもちょっと悪いし剣はアウトかもしれませんが怪しいものじゃないです!」
「いや、そうじゃなくて、あんた、それ、勇者様……なのか……?」
そこに居たのは神父にはさすがに負けるがそれでも結構筋肉質な男が立っていた。
「あ、はい。そうです」
カナタは自分よりも明らかに強そうな男に委縮しきっていた。
重大なことをあっさりと答える。
「おお、お、お、おい! みんな! 勇者様だ! やっぱりこのお方が勇者様だ!」
男が叫んで伝えると近くの酒場から何人もの人がカナタに押し寄せてくる。
カナタはあっという間に人に囲まれる。テレシアの姿も見えない程に。
「あなたが、勇者様なの?」
「と、とりあえず一杯! 一杯飲んでください!」
「見るからにまだ子供じゃない! お酒は!」
「ありがたや……」
この他にもカナタには聞き取れないほどの声があちらこちらから聞こえてくる。カナタの目はすでに回りそうである。
テレシアが人の波をかき分けカナタのそばへ駆け寄る。
「勇者様! 大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんとか……み、みなさん、ちょっと落ち着いて……」
「皆さん! 落ち着いてください!」
テレシアが大声で叫ぶと一瞬で声が消える。
「この方は勇者カナタ様です! 先日、聖剣に選ばれたお方です! どうか皆さん、よろしくお願いします!」
ほんの少しの静寂にカナタも口を開く。
「えっと、初めまして。カナタと申します。本日はよろしくお願いします」
カナタは今まで嫌というほど練習したであろう面接練習の癖が抜けきらないまま、人としてかなりぎこちない挨拶をする。
実際の面接もこれでは祈られて当然だろう。実際、どうだったのかはカナタが勇者になった今となってはわからないが。
しかし、そんなぎこちない挨拶であったのにも関わらず、街の人たちはありえない程盛り上がってしまう。
「勇者様、すごいですよ! 支持率100%ですよ!」
「いやあ、本当に良かったあ! ここでお前みたいなガキに任せられねえとか言われたらどうしようかと思ったああ!」
「ですが、このまま夜になってしまっては教会に帰るのがかなり難しくなってしまいますので今日はそろそろ帰りませんと……」
「そうだな」
勇者は手渡されていたサイダーのような飲み物を一気に飲み干すと男にグラスを渡し、笑顔で礼を述べる。
そして、大きめの声で
「みんなー! ごめん! 俺今森にある教会に住まわせてもらってんだ! だからみんなとはまた今度盛り上がろうぜ!」
勇者がそういうともちろん街のみんなは一気に盛り上がる。
誰も反対などせず、いつでもまた来てほしいことやどんな時でも待っていると各々がカナタに伝えてくる。
カナタもまたそれに一つ一つ答えるように返事をし、近くの人たちと謎に握手を交わしていく。
そして、足早に日が沈み切る前に森を抜けるためにカナタたちは手を振りながら森へ消えてゆく。
「どんな人が選ばれるのかと思っていたが……」
「あの方ならきっと大丈夫だわ」
「ああ、俺もそう思う」
「私もそう思いました!」
「すごく、お優しい方でしたね」
「それに律義に門限まで守ってやがる」
「よーし、今日は一足早く、俺たちで祝いの酒だ!」




