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短編小説

俺の残念な青春が、世界一の大富豪になった瞬間バラ色に変わり、借金で売られそうになっていた学園一の美少女を助けてあげると、死ぬほど溺愛されて、世の中やっぱり金なんだよな~って再認識するハーレムラブコメ

作者: 上下左右

タイトル酷いのは作者も認識済みです。血迷ってしまいました


1/15に少しだけ追記しました

 平凡な人生こそ至高である。それが俺こと剣崎徹の座右の銘である。


 俺がこのような考えを持つに至ったのは自分が他者よりも優れた人生を経験してきたからであった。他者より身体能力に優れ、他者より学力が高く、他者より容姿が整っている。自分で言うのも何だが本気を出せば、同世代で俺より優れている人間は存在しないと断言できる。


 しかし考えてみて欲しい。はたして勝者の人生が本当に素晴らしいかどうかを。俺ほどの運動神経があれば、ちょっとサッカーでもすれば、ほれこの通り。黄色い歓声が響き渡る。そんなバラ色な人生を送るのは簡単だが、それはあくまで一時の快楽を享受しているに過ぎない。


 なぜなら人の人生は必ず沈むからだ。病気や怪我などの不幸なトラブルに見舞われる可能性は常に付きまとう。勝利し続ける人生は不可能に近いのだ。


 さらに悲惨なのは勝利してきた人間が沈んだとき、人は今までの嫉妬を交えて、盛大に叩く。それはもう容赦のないほどに叩くのだ。ならば最初から平坦で平凡な起伏のない人生を送るのが最良ではないか。


「女神からチート能力でも与えられて、人生の隆盛が保証されているならもっと頑張るんだけどな~」


 四畳半のアパートで寝転がりながら、スマホの小説を読んで、あくびを漏らす。主人公が王国最強の騎士を指一品で倒し、周囲の女の子たちからもモテモテという話で、与えられたチート能力は念じたことが何でも現実になる力だ。ここまで極端だと、主人公が挫折することなく安心して見ていられた。


「俺もいつか異世界に。そして可愛い女神と……」


 そんな妄想を邪魔するようにインターホンが鳴る。面倒だと無視していると、何度も何度も訪問者はインターホンを鳴らした。


「新聞は必要ないです。帰ってください」

「私は新聞の勧誘ではありません。あなたが望んだ女神です」

「宗教は間に合ってますよ~」

「宗教勧誘でもありません。私はあなたの人生を変えるための女神です。だから開けなさい!」

「誰が開けるかよ、バーカッ」


 女神を自称する来訪者がアパートの扉を叩く。ガンガンと叩く音が何度か響くと、諦めたのか急に静かになった。


「諦めて帰ったか……いったいなんだったんだ、あいつは……」

「だから何度も言っているでしょう。私は女神です」

「まだいたのかよ……」

「私はあなたが扉を開けてくれるまで、ここから動きませんからね」

「はぁ、仕方ねぇな……」


 俺には俺の人生がある。いつまでも家に引きこもってばかりはいられない。学校にも通わないといけないし、バイトもしないといけない。いつまでも居座られると邪魔になるのだ。ここはガツンと言ってやろうと、俺は扉を開けた。


 扉を開けるとそこには金髪の女の子がいた。なぜか黒と白のエプロンドレスを身に纏い、澄んだ空のように青い瞳でこちらをキラキラと見つめていた。


「パンパカパ~ン、おめでとうございます。あなたは世界一の大富豪になりました」

「……新手の詐欺か?」

「詐欺とは失礼な。これはあなたのお父様にも関係する話なんですよ」

「親父の……」

「ここで話すのも何ですし、中にお邪魔しますね」


 金髪の少女は俺の許可を得ずに、部屋の中へと上がりこむ。四畳半の狭い部屋を見渡すと、ひぇ~っと感嘆の声を漏らした。


「そんなにアパートが珍しいのか?」

「こんな豚小屋みたいなところでも人って住めるんですね。ちょっと驚いちゃいました」

「豚小屋とはなんだ。ここは俺の城だぞ」

「でもこの部屋の広さ、御屋敷のポチの部屋より狭いですよ」

「お前は俺と喧嘩をするためにここへ来たのか……」

「失敬。そうですね、本題に入りましょう」

「おう。お茶はいるか?」

「いりません。なんか埃とか浮かんでそうですし」

「やっぱり喧嘩売りに来たんだろ。そうなんだろっ」

「もうっ、話を脱線させないでください。早く本題を話したいのですから」

「……もういいや。とっとと話せ」

「まず私の自己紹介から。私はクリス。世界一可愛くて、世界一有能なメイドで、あなたのお父様に雇われていました」

「親父に?」

「しかし不運な事故で亡くなってしまいました。あなたのお母様もご兄弟も全員この世から去ったのです」

「ふ~ん、あいつら死んだのかよ」

「悲しまないのですか?」

「俺を追い出した奴らが死んだんだぞ。喜びこそすれ、悲しむはずがないだろ……話は見えてきた。俺以外の奴らが死んで、跡取りがいなくなったんだな」

「そうなのです。故に剣崎徹様、あなたこそが剣崎財閥の当主となったのです」


 実家から追放され、今では四畳半のアパート暮らしの俺だが、かつては世界最大の財閥、剣崎財閥の御曹司だった。将来、財閥の当主となるための英才教育を受けて育った俺は、その才能と能力を遺憾なく発揮した。いや発揮しすぎたのだ。


 俺は天才であるが故に、まだ十代後半だというのに、現当主である父親以上の成果を上げてしまったのだ。そのせいで財閥内に派閥まで生まれてしまった。


人生の隆盛はいつか終わるもの。父親からの妬みや嫉妬が降り注ぎ、財閥から追放されたのだ。追放されてからというもの、親戚は誰も助けてくれないため、バイトをしながら生活費を稼ぐ毎日を送っていた。


「財閥の当主ね。その話、断れるのか?」

「駄目に決まっているじゃないですか。あなたの肩には剣崎財閥、数百万人の従業員の生活が懸かっているのですから」

「え~やだ~」

「やだじゃありません。それにこれはチャンスなんですよ」

「チャンス?」

「私はあなたについて調べました。勉強も運動もすべてが平均点で、優れても劣ってもいない。友人も恋人もおらず、寂しい人生を送っているそうではないですか。かつて社交性以外は神童と称えられたあなたが何と嘆かわしい」

「お前、ちょっと俺のこと馬鹿にしただろ」

「話をそらさないでください。つまりですね。冴えない凡人になりさがってしまったあなたに、世界一の富豪という長所を授けようというのです。このチャンスを逃せば、あなたはこれからつまらない人生を送ることになりますよ。それでいいのですか?」

「いいよ。というよりそれが望みだし」

「向上心がありませんね。良いでしょう。あなたに財閥の長としての責任感を――」


 クリスの言葉尻をかき消すように、隣の部屋から怒鳴り声が響く。舌を巻いたドスの効いた声だった。


「五月蠅いな~また始まったのか」

「またですか?」

「どうやらお隣さん、借金しているみたいでさ。ヤバイ奴らからも金を借りているらしいんだよ」

「……やはりここはあなたに相応しくありません。お屋敷なら静かなものです。ささ、私と一緒に戻りましょう」

「嫌だね。俺はこの狭い部屋での生活が気に入っているんだ。隣からの騒音がなければ、最高の環境なんだぜ」


 徒歩数分圏内にコンビニと駅と学校があり、建物がボロいおかげで家賃も安い。それに何より屋敷と違い、俺一人だけの空間というのが素晴らしい。屋敷は使用人たちが大勢いるせいで、落ち着かないのだ。


「……俺は親父の遺産を相続したんだよな。いますぐ自由に使える金もあるのか?」

「徹様はすでに財閥の当主ですよ。金なんて蛇口を捻れば水が出るが如しで生み出せますよ。見ていてくださいね」


 クリスが両手を二回叩くと、彼女と同じ格好をしたメイドたちが現れ、アタッシュケースを三つ置いていく。そのうちの一つをクリスが開けると、中には札束がギッシリと詰まっていた。一億円以上あることは確実だった。


「三億円あります。これだけあれば一週間の食費くらいにはなると思います」

「あんたの金銭感覚にツッコムのは疲れるからやめとく。とりあえず一千万ほど貰っていくぞ。これだけあれば隣の騒音を止められるだろ」


 俺はアタッシュケースから百万の束を十個抜き取ると、それを鷲掴みにして、玄関の扉を開けて廊下に出る。隣の部屋の扉が開いていたので、無断で中に入った。


 部屋の中には頭を禿げ散らかした男と、幸薄そうな美女。そして二人に隠れている茶髪の少女がいた。


茶髪の少女はタータンチェックのスカートと紺のブラウスを着ており、俺と同じ学校の生徒であることが分かる。部屋の中央で睨みを利かせている人相の悪い男が怖いのか、ブルブルと肩を震わせていた。


「勝手に部屋に入って悪いな。あんたらの騒音がさっきから五月蠅くて、我慢できなかったんだ」

「なんだ、ガキ。俺は忙しいんだ。引っ込んでろ!」

「静かにするなら引っ込んでやるよ」

「……まぁ、良い。こいつらはすぐに大人しくなる。なにせ俺に借金を返してくれるからな。そうだよな?」

「そ、それは……」


 禿げ散らかした父親は黙り込む。払えないと口にしているようだものだった。


「払えないなら仕方ないな。なにせ額が額だ。親父はタコ部屋で、妻は夜の街、娘は学生相手にしか興奮できない変態のところで働いてもらおうか。な~に、心配するな。お前の妻と娘は美人だ。すぐに回収できる」

「む、娘だけは! 娘だけはどうかご容赦ください」


 母親が床に頭を突いて、土下座する。しかし人相の悪い男は、情がないのか彼女の頭を踏みつけた。


「容赦しねぇよ。てめぇら家族は全員地獄行きだ。分かったか、この野郎!」

「おい、さすがにやりすぎだ」


 俺は人相の悪い男の手を掴むと、万力のような力を籠める。ギシギシと骨が軋む音が響いた。


「は、離せ、この野郎!」

「足を退けたら、離してやる」

「チッ」


 人相の悪い男は母親から足を退けると、鋭い視線を向けてくる。普通の学生を演じるならここで震えてみせるべきだが、それでは騒音問題を解決できない。向けられた視線より鋭い眼光を飛ばす。


「なにもんだ、てめぇ?」

「ただの学生さ。それよりこのおっさんの借金はいくらだ?」

「そんなこと聞いてどうする? 代わりに払ってくれるのか?」

「いいから教えろ」

「一千万だ」

「お、丁度じゃん。ほらよ、これはおっさんにやるよ」


 俺は一千万円の束を父親に渡す。大金を扱っているとは思えない雑な扱いに、おっさんはギョっとした目を向けた。


「な、なんだい、これは?」

「やるよ。借金返済に使え」

「だがこんな大金受け取るわけには……」

「いいから、使えよ。困っているんだろ」


 世界一の大富豪となった俺にとって一千万円を渡すことは、コンビニでお釣りを募金する程度の躊躇いしかない。父親は金を受け取ると、目尻から涙を零して、何度も何度も頭を下げた。


「これで問題解決だ」


 部屋に戻ると、クリスが嬉しそうに笑っていた。何か面白いことでもあったのかと聞こうとしたが、すぐに思いとどまる。嫌な予感がしたのだ。


「私が笑っていることがそんなに不思議ですか?」

「まぁな……」

「徹様は悪ぶっていますが、お優しいことが分かったのが嬉しくて。やはり畜生にも心あり。どんなクズにも心の花は咲くものですね」

「俺をどんな人間だと思っているんだよ……それに俺は優しくなんてないさ。ただ静かな環境が好きなだけだよ」


 ●


 学校生活、それは平凡こそが素晴らしい。普通に授業を受けて、平均点を取り、運動も優れず劣らず、常に中道を進む。目立たない人生は嫉妬を生まず、侮蔑も生まない。素晴らしきかな人生。


「これで友達がいれば完璧なんだけどなぁ~」


 窓際の席で、雲を見ながらボソリと独り言を漏らす。友達。それは俺が今、最も欲しているモノだった。


 友人を欲している理由は寂しいからとか楽しくお喋りしたいからとかではない。学生社会は異質なモノを排除しようとするため、友人が一人もいない俺は、平凡な学生ではなく、劣等生、つまりは社会不適合者と扱われていた。愛する平凡な学園生活を守り抜くため、何としても友人を獲得する必要があった。


「友人候補第一号はあいつだな」


 通称メガネ君。俺の心の友と呼ぶべき男に視線を向ける。黒髪を短く切り揃えた冴えない顔の男。トレードマークの眼鏡も、平凡さを強調していた。


メガネ君は、運動神経も並み、眼鏡のくせに学力も並み。容姿も優れていなければ、特別劣っている訳でもない。俺の友人に丁度いい平凡な男だ。


「逆にあいつと友人になったら最悪だな」


 視線を教室の入口へ向ける。おはようと、笑顔を浮かべて挨拶をしている少女、黒井麗華は文武両道、学業優秀な上に、容姿もそこらのアイドル顔負けという、完璧超人である。当然男子からの人気も高い。誰も手を伸ばせない高嶺の花。あんなのと親しい友人にでもなったりしたら一躍有名人の仲間入りだ。


「あいつには近づかないようにしよう……」

「あいつって誰の事?」

「うわっ」


 麗華の整った顔が突然飛び出してくる。長い睫毛と、筋の通った鼻は人間とは思えないほどに美しい。


「また何か悪だくみでも考えていたの?」

「悪だくみってなんだよ?」

「噂で剣崎くんは不良だと聞いたわ。いつも夜遅くに街を出歩いているとも。何か悪いことをしているなら止めた方がいいわよ」

「俺は真面目が服を着たような男だぞ。街にいるのはコンビニのバイトをしているからだ」

「バイト……何か欲しいものでもあるの?」

「いいや。俺は平凡な男だから、学生らしくアルバイトをしているだけだ。実は結構稼ぎも良いんだぞ。学費や生活費を賄えるくらいにはな」

「学費や生活費って、御両親は助けてくれないの?」

「両親か……そういやそんな奴らもいたな。この世にはもういないがな」

「そう……ごめんなさい……まずいことを聞いてしまったわね」


 麗華は気まずそうに苦笑いを浮かべる。しかし俺は本当に気にしていない。なにせ両親に対しては恨みしか感じていないし、学費や生活費を稼ぐことについても人に依存しないで生きているという充実感を得られていたからだ。


「ただ金は手に入ったし、バイトは減らしてもいいかもな……」


 俺は誰にも聞こえないような声でボソリと呟く。なにせ世界一の大富豪になったのだ。もうアルバイトで金を得る必要もない。俺は何気なく、空に浮かぶ雲を見つめた。雲はゆっくりと流れていた。


 ●


 授業が終わり、下校する時間になった。放課後を知らせるチャイムが鳴る中、俺は一つの作戦を展開する。


 その作戦とはメガネ君と友達になろうというものだ。彼の趣味は既に把握している。俺は帰ろうと廊下を歩くメガネ君に近づき、彼の肩を叩いた。


「メガネ君、今から帰るのか?」

「メガネ君って……僕は谷崎って名前があるんだけど」

「そうか、気にするなよ、メガネ君」

「……いや、いいや、メガネ君で。君を説得するのは大変そうだしね」

「今日話しかけたのは他でもない。噂で聞いたんだが、谷崎君はネット小説を読むのが趣味だとか」

「……僕は誰にも言っていないはずなのに、どこからその情報を得たの?」

「情報源は明かせないな。とにかく俺は同好の士を見つけられたことが嬉しくてな。ついつい話しかけてしまったんだ」

「へぇ~剣崎くんも好きなんだね。僕のオススメは――」


 事前に趣味をリサーチしていただけあり、メガネ君との間に会話の花が咲く。これで友人を確保できる。そう思った矢先だ。校門前へ辿りついたところで、見たくないモノが視界に入ってしまった。


「見てよ、剣崎君、ロールスロイスだよ。それに金髪のメイドさんもいる。誰かを迎えに来たのかな?」

「かもな……」


 平凡な人生を送る上で、世界一の大富豪であることを知られることは、あまり良い結果を生まないことは明白である。なんとしてもやりすごさねば。そう思っていた矢先である。クリスが俺の顔に気づいて、手をヒラヒラと振った。


「なんだか、剣崎君に向けて手を振っているように見えるけど……」

「いいや。俺のはずがないだろ。きっとメガネ君。君に手を振っているんだ」

「え? 僕?」

「異世界転生小説を思い出せ。いつだって平凡な主人公の元に、都合の良い展開が訪れて、人生の転機を授けるだろ。きっと今回もそうさ。メガネ君に一目ぼれしたお嬢様がロールスロイスの中で待っているんだろ」

「そうなこと起こるはずないよ……」

「試しに手を振り返してみれば分かるだろ」

「それもそうだね」


 メガネ君がヒラヒラと手を振り返すと、彼に周囲の視線が集まる。中には視線だけでなく、実際にメガネ君の元へと駆け寄り、いったいメイドとどういう関係なんだと詰め寄る者もいた。注意がメガネ君に集まったことと人混みを上手く利用し、俺はひっそりと校門から逃げ出した。


 ●

『黒井麗華の視点』


 学校からの帰り道、夕焼けに照らされた道を一人トボトボと歩いていた私は小さなため息を吐く。


「みんな、私なんかのどこがいいんだろ……」


 今日も昨日も一昨日も、私はほぼ毎日のように男の子から告白されていた。スポーツ万能な人や、容姿が整っている人、学業に優れている人。色んな人がいた。中には話したことすらない人まで含まれていた。


 私は自分のことを分析する。異性にとって魅力ある顔をしていると思うし、身体の発達も同世代の女の子と比べると早い方だ。外見だけなら異性から好かれるのも理解できる。


しかし内面は外見とはほど遠く、他者より劣っていると実感していた。友達と仲良くするために無理矢理笑ってみせているが、本当に楽しいと感じたことはないし、異性に恋をしたことすらなかった。それが私のコンプレックスであり、悩みであった。


「この悩みを解決するより前に、家の問題を何とかしないと……」


 私の父は会社を経営しており、その中で一千万円近い借金を生み出してしまった。しかも借金は銀行以外の非合法な金利で貸し出す闇金融まで含まれており、毎日、人相の悪い取立人たちが扉をガンガンと叩くのだ。


「家に帰りたくないな……」


 私の家はもう崩壊寸前だ。借金取りがいる時はもちろんのこと、いないときでも、父は生まれたストレスを母や妹、そして私にぶつけるのだ。昔は怒るところさえ見たことのない優しい人だったのに、借金によってすべてが変わってしまったのだ。


「誰か助けて……神様……私たち家族を助けてください……」


 願ってみるが無駄だということは知っていた。神はいつだって平等だ。借金で苦しむ私たちを助けることも、借金取りに天罰を下すようなこともしない。


 普段よりも遠回りになる道を通り、アパートへと帰ってきた私は、ゆっくりと扉を開ける。借金取りの怒鳴り声は聞こえない。いないことに安心して、部屋の中に入った。


「お姉ちゃん! 私たち助かったんだよ!」


 家に帰るなり、妹が私に抱き着いてきた。いままで見たことがないほどに喜ぶ姿。一体何が起きたのかと、両親に視線を向ける。二人は昔のように穏やかな顔をしていた。


「実はな、お隣さんが借金を代わりに払ってくれたんだ。ほら、麗華にも話したことがあっただろ。お前と同じ学校の生徒が隣に住んでいると」

「それは聞いたことがあったけど、でもお隣さんがどうして借金を肩代わりしてくれたの」

「何かの気まぐれか、それとも私たちを不憫に思ってくれたのか……とにかく、これで借金がなくなった。また家族、みんなで幸せな人生を過ごせるんだ」

「そうだよね……借金がなくなったんだもんね」


 気づくと目尻から涙が溢れていた。どんな映画を見ても涙を流したことのなかった自分が泣いてしまっていた。それほどまでに平穏な日常が戻ったことが嬉しかった。


「麗華も帰ってきたし、皆でお隣さんに、お礼を言いに行こう」

「是非そうしましょう」


 私は家族を救ってくれた恩人に感謝を伝えたかった。すぐにでも伝えたいと、自然と早足になる。


 家族みんなで廊下へ出ると、お隣さんのインターホンを鳴らす。ピンポーンという音が鳴ると、扉がガチャリと開く。そこには見知った顔があった。


「あなた……剣崎くん……」

「黒井さん……それとおっさん。どうしたんだ、みんな集まって?」

「あなたが私の借金を払ってくれたの?」

「借金取りの声が五月蠅かったからな」

「で、でも、あなた……」


 剣崎徹。彼は学費や生活費をバイトで稼いでいると話していた。つまり生活に余裕などあるはずがないのだ。


 貧乏学生である彼にとって一千万という大金はきっと身を切る思いで差し出した金であったに違いない。見ず知らずの自分たちのために、自分の大切なものを犠牲にできる人間。気づくと、私の心臓は早鐘を打っていた。全身の血流が活発化し、顔が真っ赤に染まる。


「あれ……なんだろ……これ……」


 剣崎くんの顔を見るだけで全身が熱を持つのが分かる。このまま火傷してしまうのではないかと怖くなった時、私はこの感情の正体に気づいた。


 これは恋だと。私は、借金地獄から救い出してくれたクラスメイトの英雄に恋をしたのだ。そして私自身、気づかないままに、口をゆっくりと開き、こう言い放っていた。


「剣崎くん、好きです。私の恋人になってください!」


『剣崎徹の視点』


 気持ちのいい朝。窓の外から聞こえる鳥の声が俺を気分良く目覚めさせてくれる。借金取りの罵声による目覚ましとオサラバできただけでも、金を払った甲斐があったというものだ。


 身支度を済ませて、玄関の扉を開ける。そこにはクラスメイトであり、昨日、恋人になって欲しいと願い出てきた黒井麗華の姿があった。


「剣崎くん、おはよう♪」

「おはよう……どうしてここに?」

「剣崎くんを待っていたんだよ。一緒に学校に行きたいな~と思って」

「待っていた? 俺がいつ出てくるかも分からないのに?」

「うん。朝の四時から。本当、寒かったんだよ」


 阿呆だ、こいつ。そして何とも面倒なことになった。平凡を愛する俺にとって、学園一の美少女との登校はありがた迷惑でしかない。しかし相手はクラスでもかなりの人気者。ここで断っては角が立つし、スクールカーストが下がる危険性がある。俺は登校中に忘れ物を取りに戻る振りをして別れると決めて、共に肩を並べて学校へと向かった。


「ねぇ、剣崎くんってお昼、いつもパンだよね。よければお弁当作ってきたんだ。食べてみてくれないかな」

「悪いし、いいよ」

「遠慮しないで。剣崎くんのために作ったんだもん。私が食べて欲しいの」

「…………」


 いらねえええ、と猛烈に叫びたいが、ぐっと我慢する。手作り弁当など受け取ってしまえば、空になった弁当箱の受け渡しで麗華との接点が多くなる。それは間違いなく周囲の視線を集めることになるだろう。


だが期待に満ちた視線をキラキラと向けてくる彼女に対し、受け取らないという選択を取ることはできなかった。


「ありがとう……」

「こちらこそ、剣崎くんには感謝してもしきれないもの。お弁当くらいで恩義を返せるとは思ってないけど、少しでも感謝の気持ちが伝わると嬉しいな」

「お金のことなら気にしなくていいぞ」

「ううん。気にするよ。だって剣崎くんの大事なお金を使わせちゃったんだもん。大金だからいつになるか分からないけど、働いたら絶対に返すよ」

「本当に気にしなくていいぞ。あれは親が残したあぶく銭だからな」

「だからだよ。きっとあのお金は剣崎くんが一人でも生きていけるようにって、御両親が残してくれた大切なお金だったんでしょ……」


 世界で一番の大富豪とまで称されていた両親にとって一千万円という金は、一般庶民の十円程度の価値しかなかったはずだ。だがそれを伝えるわけにもいかず、黙り込むしかなかった。


「剣崎くんのおかげでね……妹が笑うようになったの……お父さんとお母さんも昔みたいに仲の良い夫婦に戻れた……うぅ……全部、剣崎くんのおかげだよ……あなたのおかげで私、本当に救われたの……」


麗華は目尻から涙を零して何度も何度も頭を下げる。俺としても隣の部屋から騒音が聞こえなくなったので嬉しい限りだと軽口を叩こうとしたが、彼女の嬉しそうな顔を見て、やめておくことにした。


「正直言うとね……私、剣崎くんのこと、駄目な人だと思っていたの……」


 感謝の次は、突然の暴言である。この女、サイコパスではなかろうかと心配していると、涙を拭って言葉を続ける。


「友達は一人もいないし、いつもやる気なさそうに窓の外を見つめているし、この人はいったい何が楽しくて学校に通っているんだろって、すっごく不思議だった」

「…………」

「でもあなたは凄い人だった……夜遅くまでバイトして学費と生活費を稼ぐ苦学生なのに赤の他人に大金を差し出せた……他人のために自分を犠牲にできる本当に尊敬できる人……」


 俺はただ隣の騒音を静かにしたかっただけで、助けてやりたいという気持ちはこれっぽっちもなかったのに、彼女の俺に対する評価がうなぎ登りである。面倒なことにならないか心配だった。


「そういえば、昨日伝えた告白の返事、まだ貰ってなかったよね。どうかな? 私じゃ駄目かな?」

「……黒井さんは俺なんかには勿体ないよ」

「そんな! むしろ剣崎くんと比べたら私なんて……」

「いやいや、俺なんて友達もいないし、勉強も運動も平凡だし、やめておいた方が絶対に良いって。そうだ! 俺なんかよりサッカー部でキャプテンやっている、山本を紹介してやろう。話したことないけど、心の中では親友なんだぜ」


 諦めろ、諦めろ、諦めろ~。やっぱり山本の方が優良株だよね~と、気持ちが逸れてしまえ。


「……やっぱり私じゃ駄目かな?」

「そういうつもりじゃ……」

「ううん。剣崎くんの態度を見ていたら分かるよ……告白を断られるのってこんなに辛いんだね……私、色んな人の告白を断ってきたけど、皆、こんなに辛かったのかな……」

「すまんな……」

「でも私、剣崎くんのこと諦めないから。今よりもっと素敵になって、絶対に振り向かせて見せる♪」


 面倒なことになったと、俺は心の中で盛大なため息を吐く。なぜよりにもよって、こいつに惚れられてしまったのか。


 金の力は本当に偉大だ。学園一の美少女が尊敬と愛情を向けてくるようになるのだから。


「やっぱり世の中、金なんだよな~」


 俺は誰にも聞こえないようにボソリと呟く。


 彼女は俺と共にいられるだけで楽しいのか、嬉しそうに笑う。その笑みは作り物ではなく、自然に浮かんだ笑顔だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ハーレムぅ…?
[良い点] 好きです!長編を希望します!!
[一言] 続きが気になります。 出来るなら是非続けてください。
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