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映画『風の谷のナウシカ』のアスベルは、戦闘機に乗って最初に登場する時だけ唐突に鬼の形相過ぎて、初登場なのに誰だかわからない

作者: ヴェ


 私のこの恋心が絶対に報われることがないということは、火を見るより明らかで、その約束された規定事実は燃え盛る炎となって、毎日私の頭を脳がペースト状になるまで搔きまわし続け、胸を八つ裂きにしてなお強く絞めつけ続ける。





 彼は私より一つ上の学年、サッカー部のキャプテンで、前回の練習試合ではゴールアシストを三度も決めて、今や名実ともにチームの中心人物だ。

 スカウトが来てプロ入りするという噂も一時期流れたが、本人には「さすがにそれはない」と一蹴された。肩透かしをくらった私の小さな落胆を見抜いたのか、その後で彼は小さな声で「ちゃんと断った」と付け加えた。

 彼曰く、サッカーを職にするつもりはないし、その程度の意識の人間はその時点で、多少の評価はあれプロの世界では相手にされない。のだとか。


 また、彼はどうやら頭も非常によろしいようで、一学期の模試では堂々の一位を取ったという。校内でも県内でもない、全国模試で。

 日本一の頭脳を持つ高校生が我が校に在籍してるという事実は先生方の鼻をずいぶん高くしたらしく、彼の医学部進学志望に疑いの余地を挟む人間はどこにもいない。

 彼を必死に追いかけてこの高校に入った私自身も、世間的には名門進学校のお嬢様女子高生という身分になるのだろうけれど、いざそれが自分のことだと思うと、なかなか実感は湧いてこない。


 まさに絵に描いたようなスポーツ万能頭脳明晰、そこに地元名家のお坊ちゃまというおまけがつけば、女子の人気はそれはもう大変なもので、放課後に校舎裏に呼び出されるのは、もはや彼の日課のようなものだった。





 しかしその中の誰かと付き合ったという話は聞かず、そのことを問うと、クラスメイトから借りたらしい『〜〜妹が〜〜〜』とかいう、えらく長いタイトルの文庫本を読んでいた彼はわざとらしく目を細めて、


「俺の愛情はいつだって、ロングヘアで賢く可憐、それでいて強がりで優しい、桐乃ちゃんのようなかわいい妹にしか向けられていないんだ」


などと、おどけてみせるのだ。


「桐乃ちゃんが誰かは知らないけど、空想の中にしか存在しない生き物は、社会的には『存在しない』と言うんだよ」


 私の真意を見透かされているのかいないのかわからないその態度に、私はせめてもの仕返しに精一杯の憎まれ口を返すのが常である。





 彼と私の付き合いは長い。

 物心ついた頃から毎日手を繋いで駆け回り、そのまま二人で団子のように丸まってお昼寝をした。

 思えばあの頃は朝から晩まで手を繋ぎっぱなしだったな。


 彼は私が少しでも不安になると決まって口癖のように「おれがついてるまかせとけ」と、テレビで見た特撮ヒーローのセリフを口にした。

 私はその声を聞くと、なんだか何でもできるような気がして、子供ながらに彼は本当のヒーローのように見えたものだ。


 それでもその頃の彼への「好き」は、年相応の幼い好意だったはずだ。

 彼を異性としての意識しだしたのは一体いつからだっただろうか。今となっては私の中でその境界は曖昧になってしまっている。

 とはいえ、その想いが明確に異性としての「好き」に決定づけられた日のことは今でもよく覚えている。





 あれは三年前、私が中学二年生の夏休み。

 その日は隣の市の花火大会で、ちょっとした露店なんかも出るという、地元の夏祭りの当日だった。

 前日の雨もすっかり上がり、絶好の花火日和ということで、私は日も高い時間から長い髪を結い上げ、家政婦さんにおろしたての浴衣を着付けてもらって、すこぶる上機嫌で張り切っていた。


 クラスの友達とバスに揺られて会場に向かい、露店を回っているとやがていくらか日も暮れ始め、いよいよメインの花火大会が始まろうかという時、何かに気を取られ立ち止まった私は、そのまま人混みに流されて友達とはぐれてしまった。

 慌てて友達を探し歩くうちに、下駄の鼻緒が切れて、次の瞬間、あっと叫ぶ間もなく私は水溜まりの中へ盛大に放り出されていた。

 側にいた年配の女性が心配して声を掛けてくれたが、全身ずぶ濡れの私は恥ずかしさと焦りで頭が真っ白になってしまって「大丈夫ですから、大丈夫ですから」と脱げた下駄を引っ掴んで、目も合わせないまま逃げるようにその場を離れた。


 気づくと神社脇の木陰で私は、人目を避けるように泣いていた。

 慣れない下駄を履いて歩き回った足は痛々しく擦り切れてジンジンと熱く、今日のために買ってもらった金魚柄の浴衣は見るも無残に泥だらけで、中学生の私にとって市の境をまたいだ我が家までの距離は遥か彼方に思え、心細さは次々と涙になって両目から溢れ続けた。




 どれくらいそこにいただろうか。ひと通り泣き疲れてこれからどうするかを真剣に考えようとした矢先、人の気配を感じて顔を上げると、なんと彼が木陰からヒョイッと顔を出してこっちに歩いてくるではないか。


 何が起きたのか理解できない私の前で立ち止まり、バツが悪そうに何か言おうとして、それをやめ、また何やら言葉を探し始める。

 一方私も、何故彼が一人でここに現れたのかを考えるので手一杯で、かけるべき言葉を見つけられないでいた。


 やがて、何度か言いかけてはやめを繰り返していた彼が絞り出すように、


「花火、終わっちゃったみたいだけど」


とだけ言った。

 それまでパニック状態だった私も、つられるようにまた、


「うん。見損ねた」


とだけ答えた。

 あまりに状況にそぐわない会話に毒気を抜かれた私は、なんとか我を取り戻して口を開いた。


「なんで、ここにいるの?」


「お前の友達から祭り会場ではぐれたって連絡がうちに入って、探しに来た」


 よく見ると彼はTシャツにスウェットという部屋着そのままの格好にサンダルといういでたちで、着の身着のままといった風貌だった


「なんで、私がここにいるってわかったの?」


「いや、お前がどこにいるかはわかんなかった。ローラー作戦だよ。見つかってラッキーラッキー」


 スウェットに跳ねた泥を手で払いながら、こともなげに言う彼。それは軽い口調ではあったが、きっと長い時間私のために走り回ってくれたのだろう、息づかいはいつもより荒く、額からは滝のような汗が流れていた。


「みんな心配してる。母さんが車まわしてるから、今日はもう帰ろう」


 そう言って私の手を取ろうとして、彼はそこで初めて私の切れた下駄の鼻緒に気づいたようだった。

 私はさっきまでここで泣いていたことを思い出して、サッと顔を隠しながら「あの、これはね…」となるべく明るく弁明をしようとしたが、私が話し終わるのを待たずに彼は踵を返してその場にしゃがんだ。


「ほら、おんぶ」


「えーと……」


「いいから。おんぶ」


「いや、でも……私、泥だらけだし……」


 突然の展開の連続に目を白黒させる私を見かねたのか、彼は首だけで振り返って優しい声でこう言った。


「大丈夫。俺がついてる、任せとけ」


 そう。スポーツ万能も頭脳明晰も、もちろん名家のお坊っちゃまも関係ない。いつだって彼は、私のヒーローなのだ。


 気がつけばあたりはすっかり暗く、境内の木々を揺らした風は頬の涙の跡をひんやりと優しく撫でてから、高くのぼった満月に吸い込まれるように空に消えた。





 それから私は必死に勉強に励み、この高校になんとか合格。念願であった彼の後輩という称号を得たのだった。

 色恋につられて進学先を決めることに抵抗がないわけではなかったが、県内でも有数の難関校ということもあり家族も大いに喜んでくれたので、私の後ろめたい気持ちは少しだけやわらいだ。


 こうして彼と肩を並べて登下校できる日々を手にした私は、この恋心を誰にも打ち明けられないまま、彼と同じ高校で過ごす最後の夏の終わりを迎えるのだった。





 文化祭も近づいたある日の放課後、私は人気(ひとけ)の少ない渡り廊下を歩いていた。


 昼休みにクラスメイトから渡された一枚のカード。

「なんか、頼まれた」と目をそらす彼女の、私に対するほんの少しの気恥ずかしさと、誰かの幸福を願うある種の祈りのような空気感を感じとった私は、丁寧に折りたたまれたそのカードの中に一体何が書かれているのかを察したのであった。


 体育館裏に私を呼び出した男の子は、やや緊張した面持ちで自分が野球部に所属する一年生であること、続けてクラスと名前をハキハキと名乗り、彼の思う私の美点をいくつか述べた後、締めくくりに一言「好きです。僕と付き合ってください」と頭を下げた。

 身長の割に少し痩せ型の体型に、色の白さと可愛らしい印象の童顔も相まって、第一印象では野球部員には全く見えなかったが、彼のよく通る声と誠実そうな眼差しは紛れもなくスポーツマンのそれだった。動作や姿勢からも、運動神経の良さが窺える。痩せマッチョというやつなのかもしれない。


 私には既に心に想う人がいること、誰かとお付き合いをするつもりはないことを、私なりになるべく丁寧に伝えると、彼は「ありがとうございました」ともう一度頭を下げ、肩を落として去っていった。


 その背中を見届けた私も、一度大きく深呼吸をしてから踵を返す。

 好きだと言われたこと自体はもちろん嬉しいが、こうしてみるとやはりなんとも気まずい。

 今までにも何度か、こういった呼び出しを受けることがあったが、好きだと言われた私がその時に考えることは決まって「もし目の前にいるこの人が『彼』だったら」というそればかりで、どうしても他の誰かに想いを割くということができないのだ。勇気を出して告白してくれた相手にしてみれば、とんでもなく失礼な女である。





 浮き足立った気持ちを落ち着けるため、別のことに頭を使おうと思いつき、図書館に入る。

 受付カウンターに座る司書さんに軽く会釈をして、新刊コーナーや流行の小説に児童文学、一部の生徒の要望で常設された名作漫画コーナーなど、様々な種類の棚の隙間を、縫うように進んでいく。

 我が校の図書館は高校のものとしては割と規模の大きい方である。昔は学校の図書室に相応しいささやかなものだったらしいが、世間で文豪と呼ばれるような人物が遺言状に「自分の母校に蔵書のごく一部を寄贈する」と遺したため、結果として学校の蔵書は3倍近くまで増え、今の場所にまるごと移築したのだという。

 百科事典コーナーの奥はひらけた学習スペースになっていて、自主学習や読書ができるように長机とパイプ椅子が並べてある。

 私は通路の突き当たり、窓際の席を見つけて問題集とノートを広げる。今日は数学の課題が出ていたはずだ。


やっぱり、私は彼が好き。


 進学校だけあって、放課後の図書館を利用する生徒は多い。

 それでいて図書館は静穏そのもので、聞こえるのは制服の衣ずれと足音、そして控えめなヒソヒソとした声くらいだ。

 問題集と教科書を睨むように見比べている男子生徒。文化祭の準備委員だろうか、一冊のノートを数人で囲んでしきりに何かを相談している様子の女子生徒達。中原中也やヴェルレーヌなどの、詩集ばかりを机に山積みにして夢中で読みふける者もいる。

 皆、思い思いの放課後を過ごしているのだ。


私は土俵にあがることすらできない。

彼と私では、最初から勝負にすらならないんだ。

それでもこの想いを捨てる方法を私はまだ知らない。


 早々に今日の範囲分の課題を片付けた私は、そのまま家に帰ろうかとも考えたが、心にかかったモヤはまだ晴れない。

 窓の外では遠くで吹奏楽部のチューバが鳴っている。

 朝夕は冷え込む季節とはいえ太陽はまだ高く、結局私はノートを閉じることなく、英単語の書き取りに手をつけることにした。


今の彼はもう私だけのヒーローではなくて、みんなのヒーロー。

かたや私はいつまでも想いを引きずるばかりで、あの頃から前に進めず、ずっと立ち止まってる。

そんな二人が釣り合うはずもない。

せめて誰かに相談することができたなら、この絡まった心の糸を、少しはほぐすことができたかもしれないのだけれど。


 英単語で埋め尽くされたノートに少しだけ達成感を得た私は、シャープペンを走らせる手を止めてグイッと伸びをする。黒鉛で黒ずんだ右手の小指の付け根が今は誇らしい。

 ノートをめくる。


そもそも私が彼の事をこんな風に想ってしまうこと自体が間違いなのだ。

あるいは私達がなんてことはない、例えばただの同級生として出会っていたのなら、私も思い切って彼を校舎裏に呼び出せていただろうか。

うん。たとえそれで玉砕することになったとしても、きっと私は胸を張ってこの想いを伝えることができたはずだ。

私は彼が好き。彼の中に私への想いがあって欲しい。好き。

他の誰に好いてもらってもちっとも嬉しくなんかない。

彼の事が好き。彼の他に何もいらない。

私は彼を独り占めにしたい。

彼の事だけが好き。

大好き。

好き。

好き。





ふわっ。

 と、水中から急浮上するような感覚を全身に感じて、英単語帳に突っ伏していた頭をあげる。

 射し込む陽光が机に反射して、視界がホワイトアウトを起こす。

 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。辺りの明るさからして、それほど長い時間ではないはずだが。

 最近なにかと文化祭の準備に追われ、さらに今日は可愛らしい野球部員の呼び出しを受けた上、数学の課題に加えて頼まれてもいない英単語の書き取りまでこなした。気づかないうちに疲れが溜まっていたのだろう。

 私は小さく自省しつつ、この不名誉な姿を誰かに見られてはいないかと、眩しさに慣れてきた目で周囲を見渡そうとする。

 ふと左手に違和感を感じて隣の席に目をやると、晴れていく視界のモヤの向こう側に、さっきまでの私と同じような姿勢で彼が机に突っ伏して眠っていた。


「!!!!!!!」


 あまりの衝撃に飛び上がるほど驚く私。いや、事実飛び上がって驚いた拍子にパイプ椅子が、ガタッ!と大きな音を立て、一瞬、図書館が完全な静寂に包まれる。皆何事かと音の出所を探っていたが、やがて止まっていた時が動き出すように、それぞれが再び手元の作業に戻っていった。

 眠っていた彼もまた、至近距離で突然聞こえた異音に目を覚まし、ムクリと起き上がる。

 あるいは自分がまだ眠っているのでは、という可能性に思い至り、右手で頬をつねりたい衝動をこらえて、こういう時にはどう言うべきなのか、私は必死に言葉を探した。


「なんで、ここにいるの?」


 結局口をついて出たのは偶然にも、あの夏の夜と同じ質問だった。

 しかし彼からの返事は当然ながら、あの夏の夜とは全く違うものだった。

 それどころか、


「今日、部活……終わったし……」


 完全に寝ぼけた口調で、全くらちがあきそうにない返答を返してくる彼。

 べし。と、おもむろに頭をはたくと、なかなかにいい音が鳴った。加減をしたので音ほどの痛みはなかったはずだが、目覚ましの衝撃には充分な威力だったようで、彼はパッチリと目を開けて頭をさする。

 今度は落ち着いて、なるべくゆっくりとした口調で次の質問を投げかける。彼を認めてからずっと気になっていた質問を。


「なんで、私と手を繋いでいるの?」


 そう、彼の右手は隣に座る私の左手を今もしっかりと握り、二本の腕の結び目は机の上で一つの塊になって鎮座しているのだ。


「起きた時、驚くかと思って」


彼は悪戯めいた笑顔で悪びれる様子もなく、パッと手を離す。


「だとしたら作戦大成功でしたね」


「マジか、そりゃ見損ねたな……。いつの間にか俺まで寝てたか。お前が仏頂面のまま腰抜かして椅子から転がり落ちるところ、見たかったのに……」


「いや、そこまで面白い感じではなかったけれども……」


そう言った後で、あながち遠からずな反応をしてしまった自分を思い出し、心の中で歯噛みする。というか私、好きな人から仏頂面女だと思われてるのか……。



「どんな夢だった?」


「え?」


 だしぬけに彼に聞かれた質問にギクリとさせられ、平静を装ってつい表情を強張(こわば)らせてから、たった今言われたばかりの仏頂面という言葉を思い出して自分にウンザリする。


「夢?別に…。今日は特に夢とかは見てないと思うけど……」


 もちろん「あなたの夢を見てました」とは言えず、かといって咄嗟に上手な誤魔化し方も思いつかず、結局なんともいえない中途半端なはぐらかし方になってしまった。


「ふーん……」


「なんで突然そんなこと聞くの?」


「うん。いや、なんか…こう……。うなされてた、というか……泣いてた、というか」


 バッと素早く目元に手をやって確認する。大丈夫、涙を流したような様子はない。寝顔に加えて泣き顔まで彼に晒していたとしたら、さすがに笑えない。


「なんかそういう風に見えたってだけ。ちょっと気になってたけど、どうやら大丈夫そうだな」


 程よく日に焼けた、スポーツマン然とした顔で柔和に微笑む彼に見つめられ、私は先程の野球部員に感じたそれとは、また違った意味の気まずさを覚えて、思わず窓の外に目を逸らしてしまった。完全なる敗北宣言である。





 彼のあの笑顔はどうやら私の弱点のようで、ちょっとした言い合いで私が彼に本気で腹を立てても、全てを見通すようなあの顔をされると、最終的には全部どうでもよくなってしまうのだ。

 彼のそういう部分は、子供の頃から変わっていない。どれだけ速く追いかけても、いつも私の一歩先を歩いていて、息を切らした私が立ち止まって顔をあげると必ず、こちらを振り返って優しく笑っているのだ。


「もしかして……」


「ん?」


 私は窓の外に視線をやったまま、日が沈んでいくオレンジの空のグラデーションに見とれる振りをして、聞いた。





「もしかして、私が泣いてたから手を握ってくれたの?」





「……………………」





 彼は何も言わない。しかし、私はその質問の答えを知っている。

 彼はいつだってそうだ。いつだって困っている私のもとへ誰よりも早く駆けつけてくれる私のヒーロー。

 彼への想いはいつまでも私を(さいな)んで、私の悩みは尽きることはないが、その私の手を握ってくれるのもまた彼なのだ。


 今私が思い切って振り返れば、彼はきっと私を見て優しく微笑んでくれるだろう。それは私の求める最上の答えであり、喜びであり、私と私の想いに対する救いでもある。


 でも、私はそれを確かめない。確かめてはいけない。





「暗くなってきたね。そろそろ帰ろうか」





 絞り出すように、突き放すように、私は言った。


 あの日よりも冷たい秋風が、あの日と同じように頬の涙の跡を撫でた。





 机の上のノートや単語帳を鞄にしまって、二人で図書館を出る。

 軽口を叩きあいながら校門をくぐる頃にはすっかりいつもの二人に戻っていた。

 手は繋がない。微笑みは交わさない。代わりに、肩を寄せ合って、話に花を咲かせる。

 私達を知る人間には、二人は決して仲のいい恋人同士には見えないだろう。だがそれでいいのだ。


私は叶うはずのない恋をしている。

そして、きっと隣を歩いている彼も。


 いつものバス停でいつものベンチに座り、今日起きた出来事や聞いた事思った事を取り留めなく話す。夏の大会でホームランを打った野球部の期待のルーキーのことや、後輩のスポーツマンに想いを寄せるクラスメイトのこと、大学受験の準備と学費のことや、数学の課題が思いのほか難しかったこと。


私達のこの恋心が絶対に報われることがないということは、火を見るより明らかで、その約束された規定事実は、私の頭と胸の奥で今もまだ黒く燻り続けている。

それでも、今夜だけは全て忘れてぐっすりと眠れそうだ。


 二人の話題はバスを降りるまで尽きることはなく、気がつくと私は家の門の前に立っていた。

 彼が門扉を開いて入っていく。私もその後ろに続く。


優しい彼が私の想いに目を瞑ってくれるうちは、私もまた彼の想いに目を瞑ろう。代わりに何度でも、お互いの心の中で想いを伝えるのだ。













血の繋がりなんて関係ない。













私は、お兄ちゃんのことが大好き。













『お兄ちゃんのことが大好き』というタイトルです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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