怠け者の戦士様
この話にお付き合いいただきましてありがとうございます。最初戦いの悲惨さを語る話にするつもりでしたのにどうしてこうなった?
とある世界のとある国にて、一人の戦士様はありました。
その戦士様はとても強く一度剣を抜けば竜をも切り裂き神々も切り伏せるほどでありました。
だけどその戦士様はとても怠け者でありました。ある時王子様は戦士様に聞きました。
「戦士、どうしてお前は働かないのだ?」
戦士様は答えました。
「私が出来るのは切り払い叩きのめす事だけです。私は唯叩きつけるだけの一振りの剣なのです、剣が振るわれた後と言うのは剣であるしかない私が言うのもなんですけど哀しい物なのです。王子様、私は怠け者である事がとても喜ばしく誇らしいのであります。貴方の父上である我が主様は今ある王様の中で最上と言っても良い王でありましょう。私と言う剣を前にして『この剣を抜かぬことこそ幸いなれば』と嘯いて苦労するのは最も愚かしく思えるでしょう。でも、主様は剣が齎す哀しさを厭い続けるのを私は幸いなるものとして一振りの抜かれぬ剣としてありたいと願います。次なる剣の主よ、願わくば我が抜かれぬ剣である事を!」
王子様は更に問いかけました。
「なぜ剣が抜かれぬことを願うのか?お主ほどの戦士ならば戦功数多にして誉れ高き位を得る事が出来るではないか!常に最強を求め刃を研ぎ続けるのが戦士たる在り方ではないのか?」
戦士様は答えました
「せっかく、働かなくても良い仕事についているのに仕事しろとは王子様は酷いことをおっしゃる。」
この戦士様の怠惰っぷりにあきれ返り王子様思わず王様から王位を奪い取って、とりあえず戦士様に仕事を割り振りました。
「戦士様、そこ計算違います。」
「事務官、では任せる。私は判子だけ押そう。」
戦士様を将軍にしてみたら事務官と軍師と副官に丸投げして働いていません。仕事を丸投げされて青筋立てている事務官とか模擬選でどんな案を出しても指揮官が突撃で無双して戦果を挙げてしまうバカ戦士様にむしろ戦士様対師団でもしてみるかと目が病んでいる軍師様とか、戦士様の存在が近隣国家を刺激しまくってその対応に追われている副官さんとか色々と問題がありました。
新王様となった王子様も色々と仕事に追われています。その忙しい様を横目に怠けている戦士様に殺意がわいてきます。色々と問題ある戦士様将軍を仕事をしていないことを理由に解任して相談役に任じました。
前に戻ったともいえます。ついでだから嫁さんを紹介して基本自宅待機としました。
戦士様は
「おおっ!夢の自宅警備員だ!」
と喜びました。ただし、その喜びは長く続きませんでした。紹介した嫁がしっかり者のお城の侍女長(候補)だったのです。この嫁を紹介したことでやっと引退して婿探しができると安心していた侍女長(45)が先に寿引退した小娘(27)に本気で人前でしてはいけないような恨めしい視線を送ったり、新王様に対してどうせ紹介するならば年齢的に釣り合う私を紹介すればいいのにと愚痴ったり………そもそも結婚願望があったのかとそっちのほうで驚いている新王様が熟練の侍女さん達の機嫌を損ねてしまったりと散々な有様でした。これも即位直後の混乱ということで後々には笑えるのでありますが今現状で新王様に必要なのは胃薬と休養と優秀な補佐官なのであります。
もちろん戦士様も家でゴロゴロしていたのが嫁さんの怒りを買って、箒で外に掃き出されるのであります。ちゃんとした仕事見つけて車で家に帰ってくるなと角立てて激おこなのです。
とぼとぼと、お城に向かう戦士様。その気になれば嫁さんの一人や二人素手でも制圧可能でありますが、それはそれ………嫁さんに勝てないのは男の宿命なのであります。
あれ?お城の相談役という役職があったのはどうなのでしょうか?何もしないでお城の一室やら庭でダラダラゴロゴロしていたから、お城で養われているとしか思われていないのです。事実なので何も言い返せません。
そこで新王様に相談しておこうかと…………何事もできるものにお願いして任せる、それが怠け者の極意なのであります。どこの有能な上司様なのかと突っ込みを入れてはいけません。
それはさて置き、戦士様の莫迦な話を聞いた新王様助走をつけて戦士様の頬をぶち抜きます。今の今まで仕事しないでグータラこいていたのに困ったら泣きつく、大のおっさんが何言ってやがるんだ。こちとら、お前の尻拭いで大変なんだ(当の本人はもっと上品な語り口です)とブチ切れました。そばに控えていた侍女さんはグータラ亭主ぶりに新王様の目の前で説教するのです。侍女さんの剣幕にお付の騎士様は戦士様を見捨ててみなかったことにし自分の仕事に集中するのでありました。侍女さんの怒声を聞いた侍女長さんは熟練の侍女さん達と共に戦士様を説教するのでありました。新王様は突如始まった大説教大会に仕事どころではなくなったのでとりあえず書類とともにその場所から避難するのでありました。決して自分にも飛び火するのが怖いからではありません。国家運営が大事なのです。
だけどこの場所が国王の執務室であるとか主がだれなのかという突込みは誰もしませんでした。王たる者進んで危険に飛び込むべきではないのです。
とはいえ、嫁に出した侍女さん(27)の家庭内秩序の構築のためにも仕事を探すことにしました。探したのは実際に部下なんですがという突込みはさて置き、この馬鹿に頭脳労働させること自体が間違いであると信頼できる出入りの商人の所で荷物運びをさせることにするのです。
戦士様は働きました、脳筋なので体動かすことは苦にもなりません。山ほどあった荷物はあれやこれやという間に片付いていきました。商人さんは大喜びで割増しの日当を払うのです。
戦士様は手に入れた日当を手に家に帰りました。嫁さんにちゃんと働いてきたよと日当を渡すと嫁さんは
「お城の仕事はどうした!」
と箒を振り上げてたたき出すのです。そりゃそうでしょう、高給取りな戦士様が端金で喜ぶなんて…………生活するのにだってお金がいるのです。
叩き出された戦士様は新王様の所に逃げ込もうとするのですが侍女さん達に捕まって大説教大会となるのでした。少なくてももう少しやりようがあるのではないかと………
いくら先越されて寿引退したとはいえかつての同僚だったものそれが不憫であることには少々憤りを隠せません。もともと隠してないだろうとか大々的にしているだろうとかという男性諸氏の声は聞こえませんし出してはいけない事なのです。
侍女長さんは考えました。さすがにこの馬鹿につける薬がないのだからどうしたら良いのだろうかと。どこかで匙が投げられる音がしました。
とりあえずお城の仕事に参加してもらえばいいと相談役(一応)らしく参加しろとそのまま王様達が会議しているところに放り込むのでした。
お城の大臣様をはじめとして大貴族様や各地の領主様等が集まった会議の場であって、小難しいことを話し合っているのを聞いて脳筋で救いようがない戦士様が何ができるというのでしょうか?場所ふさぎでしかない戦士様は大臣様に蹴りだされてしまいました。彼等にしてみれば戦士様はダラダラしていて時折若手の騎士の訓練を見ていればよいと思っているのです。新王様の働け発言はよく理解できるのですが、彼らには邪魔なのでした。(主に作業的に)
叩き出された戦士様、家に帰っても叩き出される、お城でも叩き出される、抜かれぬ剣は誉れなる。と嘯いていても行き場がなければどうしようもありません。とりあえず友人の大祭司様の所に逃げ込むことにしたのです。
王都にある礼拝堂の一室にて戦士様の話を聞いた大祭司様…………
「あの坊主(新王様の事)も少し見方が凝り固まっておるの。」
と苦笑いしています。
「どうにかならんかな?家にいても嫁さんに掃き出されるし、城だと侍女長さんに叩き出される。女性というものは竜よりも怖いものなんだな。」
「流石の戦士殿も女性には勝てぬか。まぁ、嫁さん貰ったんだから甲斐性見せないとな。儂なんか嫁さん達がまた増えそうだしな、見せ過ぎというのも考え物だが。」
この大祭司様とんだ生臭坊主です。役目自体は果たしているので清廉を貴ぶ若い修行者達に苦々しい顔されているのですがこれは別な話なのでおいておきましょう。もてない男の僻みなんてどうでもよいのです。
次の日、大祭司様は礼拝に来た皆さんの前で抜かれぬ剣のお話をされました。
「さて、抜かれぬ剣は誉れである。そして剣は幸いなのであろうか?違うのだろうか?」
剣士さんは問いかけに
「嘯いていても剣というものは振るわれる喜びがあるというもの。死蔵されるのはどうなのだろうか?錆びついてしまうのでは。」
町のおかみさんは
「剣士さんや剣振り回したら誰かがけがしちゃうじゃないかい!怪我する痛みとか残されたものの悲しみとか考えたことないんか?そりゃ獣とか盗賊とか退治してもらうのは大歓迎さ。そう考えるとだれか傷つけないというのが幸いなんじゃないかい?」
「うーむ、使われず無聊を過ごすというなれば、鍛えなおして包丁にでもしたらどうじゃ?」
鍛冶屋の親父が考え込んでみれば
「切れ味のよい刃物ならば剃刀なんて言うのも……」
髪結いの亭主(細くて長い)が希望を述べます。
「普通、剣に使われるのって切れ味よりも丈夫さを求めるから剃刀には向かぬぞ。」
「使わない剣だったら僕がほしいな。その件で強くなっていつかは戦士様みたいに。」
「坊や、強くなるためには体だけじゃなくて頭も鍛えなくちゃだめだぞ。」
「うん、体も頭も鍛えて強くなって戦士様みたいになるんだ。」
と話が離れていきます。百者百様、思うところがあってよいのです。大祭司様はそれぞれの意見の違いをほほえましく見ております。その根底には傷つかなくて良いという幸いがちゃんとわかっているところにあるのですから。
戦士様はハッとしました。自分は戦士で剣を振るう度に剣を振るう為に不幸が必要であることに、そして人々が剣を必要としていない事は平穏で幸いなのだと。意地を張って怠けていたけど、それは正しかったのだ。そして、自分のことを気遣ってくれたり道があることを示してくれたり導としてくれる者がいることに!
嗚呼、幸いなり。
「悟られましたな。」
「はい。働いたら負けで………」
「ちがうだろぉぉぉぉ!」
普段は温和で通っている大祭司様が思わず助走をつけて殴ってきました。戦士様は高く打ち上げられました。
「抜かれぬ剣である誇りというのはわかるが、そもそも城でダラダラゴロゴロ………今日日の猫だってもう少し働いておるわ!抜かれぬ剣を誇るならばそれらしく人民の範となるように姿勢を正しておくとかいざという時に備えておくとか、ダラダラゴロゴロするなとは言わんが見た目だけでも整えんか!」
大祭司様の説教は延々と続きます。肺活量と語彙と体力だけは有り余ってます。その説教は喩を変え言葉を変え、同じ内容を百もの語りで続けるのです。中には神々をも眉を顰め悪徳の輩でさえ引くような内容だったりしたりするのはご愛嬌です。
日が暮れるまで続いた説教で戦士様の頭の中は真っ白になりました。
「戦士殿、少しばかりたるんでいるようじゃからここで修行するがよい。」
戦士様は大祭司様に(無理やり)修行させられました。そして悟られるのでした。
「怠けるにも時と場所をかんがえて、怠けていることを悟らせてはいけないのだ」
と…………
どこかで匙が投げられる音がしました。
この話誰も幸せになっている気がしない(笑)