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3 腐海のハナシ

 極一般的に地球の歴史とは、塵やガスから惑星としての成り立ち、大規模な地殻変動などを経て穏やかな海が生まれ、そこに生命が誕生した、となります。


 この最初の第一歩である生命の誕生には諸説紛々なんですが、分子レベルのあらゆる素材が落雷などの影響を受けて結合して何の根拠もなく、合成されていったことになっておるのですが。(ご都合主義だな、とは思うが、実際この実験を人工的に再現した実験もあったのですが、一個のアミノ酸すらできなかったそうです)


 地球外生命体を否定する分野としては今のところ惑星外からの隕石などに付着した微生物が繁殖したとする考えは、そもそも地球外からきた有機体そのものはどこから発生したのか?というトリタマゴにぶちあたるため、不問に付しているのが現状です。


 まあ、とにかく微生物は生まれたのであります、というあたりからかなり怪しい根拠のまま我々の歴史は始まっているのでありますな。それで豊かな環境の下で繁殖、進化を遂げていったと。


 これが生命40億年の最初の段階。そこからさらに35億年ほどかけてやっと生き物らしい生き物が生まれることになるのですが、これまでの間が原生代とかいわれる、ほとんど細胞だけの時代なわけ。地球の歴史のおよそ9割がせいぜい多細胞生物しかいなかった時代なわけです。


 ところがこれが6億年前あたりから突然(それまでを考えると突然だろうな)生物が進化し多種多様の海洋生物が生まれる。いわゆるカンブリア紀という生命起源の種の大爆発が起こった。

 このあたりで現代の主要な生命のもくが出揃ったとも言われているのですが、なにがきっかけとなって発生したのかはわからない。有名な三葉虫などもこの頃に分類されます。


そこからさらに3億年ほどのあいだに地球規模の生命大絶滅を繰り返し、生き残った種が地球生命の根幹をとりもってゆくことになりまして、おおよそこのあたりでは魚類や昆虫、両生類が発生して、中には陸上動物になるモノも現れることになります。


 おおむね恐竜の大絶滅の原因は隕石の衝突とされていて、ちょっとした大きさの隕石が地球に衝突すると核爆弾何千発程度の破壊力と後の影響力を持つとされており、地球の生まれたばかりのいたいけな生命たちにとって、それはそれは未曾有の大災害であっただろうことは想像に難くありません。


 これら生物の進化の過程による各種変化は種の存続が生存目的になっていることは確かでありまして。けして異常繁殖し自分達の種で世界を覆い尽くそうとは考えないし、自然世界ではそれを許すことはない。地球の歴史は恐竜時代まで主の交代劇を繰り返しながら、地球を苗床とし繁栄を重ねた来た歴史であり、もちろんその後の哺乳類時代になっても変化は絶えない訳ですが、長くなるのでここではさておき。


 意外と知られていないことなんですが、蜂の生態についてすこし。

私の家の屋根裏には蜂が営巣していたのだが、彼らは春にまず女王蜂単体で巣作りをはじめ、そこに卵を産み落とし臣下の者を育て、働かせて(いわゆる働き蜂)さらに大きな巣へと発展させる。これが最盛期になるのが秋、そこから冬にかけて巣で越冬するのかと思いきや、巣の中では新たな女王蜂が生まれ、その新女王蜂はお古の巣から巣立ち新たな巣を春から営巣するために屋外で越冬するのだそうです。

 

 つまり巣を含む蜂の1コロニーは一年限りで、寿命も一年であるということ。次年度には再び単体に戻るという1から始まり1に終わる仕組みで種の存続を続けている。(これは蜂が比較的昆虫類の中ではヒエラルキーの上方に位置している存在だからともいえる)

人間の視点からすると無駄な活動のようにも思えるが、蜂の場合は一生が一年であるというだけで、自身の血筋を確実に残すためには生殖能力のある女王蜂を維持管理する巣が必要で、ある意味蜂の巣というコロニーの1集団が一つの生き物と考えてもいいわけです。



 そんな慎ましやかな生活とは裏腹に我が物顔で地球46億年の歴史をたったの数万年の間の人類の活動で破壊しつくしてしまっている人類、という嘆きに近い声が囁かれる昨今、あるいはそんなことはもう数十年も前から各分野のSFで書きつくされてきた近代人類史だが、よくよく考えたら地球史レベルから見れば何度も絶滅しているのであり、実のところ今更でもなんでもないことがわかると思う。


 さらに言うと、マヤ暦などに代表される、人類絶滅の危機に瀕した大災害は既に4回を経て、次が5回目だという伝説もあるが、これは今回はさておいて。


 さて、蜂の生態、社会昆虫、むし といえば宮崎駿監督の代表作「風の谷のナウシカ」を思い浮かべずにはおれないでしょう。

 もちろん、ナウシカはアニメ映画版ではなく、原作版(全7巻)宮崎駿自身が書き下ろした長編傑作であります。


読んだ事がない人は是非読んでください。


 アニメ映画版は結局上映時間の都合上、かなり重要な部分がカットされ、蟲、腐海と人類の関係を土台に陳腐な叙情劇に終始している。もちろんああでもしなければ終わる事が出来ないのだから、映像化しただけでもよしとしよう(というかアニメ界においては革新的作品であったことは確か)


 あまり作品の事ばかり書くとそれだけで終わってしまうのですが、大まかにあらすじを描くと。

現在よりもはるかに未来の話、その時代より約1000年前の先文明の人類は争いにより地球規模で滅びの道を歩んだ。その後、人にとって有害な瘴気という毒ガスを放出する「腐海」という森が突然発生する。人類は住処を辺境へと余儀なくされ、細々と生き延びているという舞台設定から端を発する物語。人類には先文明が滅び去った後、あいまいな伝承と謎だけが残される、それが腐海であり、巨大な蟲と呼ばれる腐海を守る虫達の存在であった。これらの蟲や腐海と呼ばれる巨大有機体の脅威は、駆除を試みれば蟲たちによる甚大な報復と更なる腐海の広がりを助長するという、文字通り共存だけが人類の残された生きる術であった。


しかし、人類は人口を減らしながら滅びの道を着々と進む中、それでも愚かな人は残された土地を巡り争うことを止めようとはしなかった。


この作品の趣旨は「思い上がった人類への警鐘」であり、アニメ版でもかろうじてそこは死守しているといっても良いかとは思います。


そして作品中でキーとなる重要な設定にこのようなものがあります。(以下ネタバレ)


 腐海という森の極相状態(森が育ちきった状態)を超えると、石化して安定し清浄な砂へと戻るという設定があり、これは生命活動を終えた珊瑚などと同じであり、彼らは腐海のように毒を吸収するのではなく二酸化炭素を石化した体内に固定する。陸上の植物もまた同様ではあるが、こちらは燃料として使用されるケースが多いため、焼却された際再び二酸化炭素を大気に放出する。

すなわち海水の汚染は珊瑚の死滅を表し、なおかつ大気中の地球規模で二酸化炭素を吸収する能力の低下を表しているのです。


 現在でも、こういった植物の特性を利用し、汚染土壌の浄化をする遺伝子組み換え植物というものが研究されておりまして。植物を使った環境浄化技術ファイトレメディエーションといって今後注目を集めている分野で、土中の水銀、カドミウム、亜鉛などの重金属や石油化合物、窒素酸化物、放射性物質、内分泌撹乱物質(環境ホルモン)などの吸収、分解、あるいは緩和が期待されている。


 ファイトレメディエーションを含むバイオレメディエーションという分野は意外と歴史が古く微生物を使って各種の汚染物質を分解させる下水処理施設や水質浄化システム(バイオリアクター)など、あるいは堆肥化コンポスティングといった有用なものに変化させること、広義に酒、味噌、納豆、チーズなどもまたバイオレメディエーションの一つのカテゴリーであります。


放射能汚染地域にひまわりを植える、なんてのもそのひとつです。


 この中の特に植物を使った浄化システムであるファイトレメディエーションは汚染現場に根ざし、その植物自身が処理施設さながらの働きをすることで、(土中から根を通じて直接体内に取り込むという非常に効率のいい方法)コスト面などにおいて非常に期待されています。(汚染土壌を運搬し処理工場・現場に持ち込む必要がないため。)


 昔は遺伝子工学技術などがなかったため、経験則でこれらバイオレメディエーションを行っていたともいえるのですが、現在は人為的にそれらを改良し、汚染物質を取り除く役目のための生命体を生み出すという行為といったことが行われ(ている)ようとしているそうです。


 で、実はこのファイトレメディエーションという発想がまさにナウシカの作品世界の謎の根幹に直結しているというまことに皮肉な設定があるのですが、まさに作中で「人類、科学技術のおごり」が人の都合に合わせた生命体の創造として描かれております。


 かなりネタバレにはなるので、ちゃんと作品を読みたい人は以下を読まないでいただきたいのですが。


以下


 腐海そのものはつまりファイトレメディエーションの末の産物である、とされる。

そしてさらに、ここで同時に発覚する重大な事実が浮上し物語は終焉を迎えるわけだが、これが、千年にも長きに渡り汚染された環境と隣り合わせで生きてきた人類がもはや本当の清浄のなかでは呼吸さえ困難になり死に瀕するとされるという設定。実は作中の人類もまた汚染環境に合わせて(環境適応ではなく)体を人為的に改造してきたのである、と。


この『風の谷のナウシカ』にはそれら人類も含む生命を弄ぶことへのタブー視が全体をとりまく。


仮に現在研究中のファイトレメディエーションが実現し、地中をはじめとする大気中の有害物質などを「その生物」に固定できたとして、それが何らかの問題をはらまないとは思えないのですが。

腐海のように瘴気(毒ガス)を吐くとまではいかずとも、毒性物質を回収するツケは誰が支払うのだろうかとふと考えます。


人類史上いまだかつて、リターンに対してノーリスクという事象は皆無であり、いずれにしても何かを得るときには何処かの何かがどうにかなっているんであって。不老不死、永久機関や錬金術という夢のような話がいつまで経っても実現しないのは単純に考えて因果律のルールに反しているからであり、それをもってして人類はそろそろ悟るべきだと私は思います。


 人類史を紐解けば、日々進歩を遂げているその背景に、技術や経済の発展でより少ないリスクで多くのものが得られるようになったり、豊かになったりしてはいるのは事実であります。しかしながら、それが全て人類の英知と努力によるものかと言われるとあながちそうとは言い切れないんじゃないだろうか。

 地球という有限の枠内で新しいものを作り、古いものを捨てればその生産と処理に地球上のエネルギーを消費することになります。


人類は地球のエネルギーを消費することで生きながらえております。

人類以外の生物は自らの生存圏を確保しさえすればそれ以上増えることをしない。なぜならその行為は自らの種の存続を危うくするからであります。


地球上で自らが死滅する方向性へ生産活動をする生物は今のところ人間とウィルスぐらいしかいないだろうと思います。もっともウィルス自身が生物なのかという点では「?」なのですけどね。


ヒトとウィルスが自滅性の生き物であるという相似象に鑑みれば、すなわちウィルスは「人工物」と考えても良いだろうなとSF的に私は思います。



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