24 オオカミ少女
年を取ると昔のことなんか思い出すわけで、はてさて、自分が若い時は結局どうだったのよ?というと、決してほめられた若者ではなく、かなりいい加減で、変なこだわり持ってたし、自分はいけるとか根拠なく思っていたし、無意味に大人に反抗してた、と思います。
この若者特有のこだわりというものですが、大人になるとこだわりが薄れてゆくことはどうも確かです。こだわりというのはいわば興味や欲望とも直結しておりまして、そういうものが割と働く意欲や貯金なんかにつながったりするもんで、健全と言えば健全なんですね。
一説によると、あらゆる興味や関心というものは成長ホルモンを促し細胞を活性化させると言いまして、つまるところ子供がいろいろなものに興味を示しているのは実に理にかなっておりまして、逆に言いますと興味を失った時点で老化が始まるといっても過言ではないということです。
そういう意味では30から40歳くらいになると男性も女性もある意味落ち着きを得て、一定の生活サイクル、ライフスタイルを入手して日々を過ごしてゆく時間帯に突入してゆくのですから、このあたりで成長が止まり老化が始まってゆくというのも頷ける話ではあります。
ま、40歳を不惑と申しますから、昔から人間が落ち着いてモノを考えられるようになる平均がこのあたりだったのでしょう。
むろんながら、この歳になるまでに様々な経験を経て加速度的に成長する方も多く、成長度合いは千差万別でしょう。
「オオカミ少女」という有名なお話があります。「狼が来たぞー」っていつもウソ言ってる少女の話ではありません。山の中に捨てられた(であろう)赤ん坊が数年を狼とともに生活、行動していたという話です。
この話は後にウソだということが証明されていますが、寓話としては面白いお話だと思います。
当時アマラとカマラという1歳と8歳の少女が、インドのミドナプールという場所で発見されたとされており、生肉を食べ、暗闇で目が光る、牙があった、などとおよそ人の生態では考えられない記述があり、実にファンタスティックな展開となっています。
現に、彼女はそのお話では、16年の生涯を閉じるまでほとんど人間らしい尊厳や行動を見せなかったといいます。ちなみに年少のアマラに関しては保護されて一年ほどで死去しています。
カマラは最終的には二足歩行が出来、短い会話が出来たとも書かれていますが、それからほどなくして死去しているあたりは妙にリアルだなと、(作り話なら、後に更正して幸せになるとかしてあげてもいいもんだけど)思いますが、まあもののけ姫のようにはいきませんという事です。
彼女たちがいたことは事実ではありますが、重度の精神障害だったというのがもっぱらだそうで、狼云々は全て牧師の創作であったというのが大筋の真実だそうです。
では牧師がなぜこんな詐欺を働いたのか、真実のほどは定かではありませんが、まあそこは大人の事情という所で収めておいても良いかなと。
といいますのも
このお話を読む限りでは世話をしたという牧師が「オオカミのような怖い動物とされてるものでも種族が違う人間をここまで育てるのだよ」という種別を超えた愛や「子供を置き去りにするとオオカミのように育つかもしれないよ」という警鐘や、「幼児期の教育やしつけは子供が何も話さなくても聞いていないようでも大事なんだよ」という一般教育指針を判りやすく説いたものとしても良いでしょう。
0歳から3歳という時期は、人間の成長過程のうちもっとも重要な時期です。それは「脳の発達」において、大人の脳の80%が3歳までに発達するからです。まさに「三つ子の魂百まで」ってことで、この彼女の話が本当だとしたら、まさに頭の中はオオカミで一杯だったわけです。
その三歳児の脳をベースに今の我々は出来上がっていると思うと、親の影響というのはまったくもって無視できない重要なファクターなのだなと。
そして我々は80歳まで生きるとしたなら後の77年をかけて残りの20パーセントを埋めてゆく、と考えると、多少一年一年が薄っぺらくても大丈夫なような気がしますので気が楽です。
まあ、テストで100点取れることが稀なように、100%稼働できない不完全さが我々のどうしようもない脳なのかもしれませんが……でも少なくとも、みんな80点は取ってるって事ですよ。
えーと、何の慰めにもなりゃしませんか、そうですか。




