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第9話 最期の嘘


そう君は、何やらただならぬ空気を察して、小走りで先に家へと向かった。

残ったのは、安藤と助手の二人だけだ。


「あなたが私の前に現れた理由は、なんとなく察しはついているよ。

 私はもう……この舞台(ステージ)から退場しなければならないのだろう」


「理解が速いな6号機。しかしまぁ、君に安藤という名前をつけた覚えはないのだがね」


「だろうね。安藤は、そうが私にくれた名だ」



――二人の出会いは、ローサと直正が出会うよりも、更に昔に遡る。


「こんにちは。今日からこちらのお家でお世話になります、アンドロイドです」

「はぁ……」


安藤と呼ばれる6号機は、5号機の次に社会へテストとして出されたアンドロイドであった。舞台(ステージ)は“家庭”である。父親と母親は、良く分からないといった表情を浮かべている。

しかし、そこに食いついたのがそうであった。


「えっ!! 今日から一緒に住んでくれるの?! 安藤さんが?!」

「アンドウ…? いえ、私はアンドロイドです」

「やったー!! お兄ちゃんが出来た!! よろしくね! 安藤!!」

「アンドウ…? それは、私のこと…?」


こうして始まった安藤こと6号機の家庭での生活。完全にそう君の遊び相手にされていたのであった。


「安藤!! 公園に行こうよ!!」

「はい、分かりました」


安藤は、そう君と毎日毎日公園で遊んでいた。野球にサッカー、鬼ごっこ……ありとあらゆる遊びを安藤は経験した。すべて、そう君が安藤に教えたのだ。子どもは遊びの天才である。


「いつも悪いわねえ、安藤さん」


そう君の母親が、安藤に話しかける。安藤は、自分の膝でそう君を寝かしつけている。遊び疲れて寝ているのだ。


「そうは、安藤さんが来るまでは、全然外で遊んだりしない子だったのよ。公園に行っても、遊んでいる他の子をずーっと眺めているだけ。兄弟は居ないし、友達もあまり居なくてね。心配だったの。でも、安藤さんが来てから変わったわ。ありがとう」

「いえ、私は何も。なんだかこう、よく分からないのですが、私もそうと同じように明日は何をしようかなと考えてしまうのですよ」

「ふふ……それ、そうと遊ぶのが“楽しい”ってことよ」

「“楽しい”?」


安藤には“楽しい”というものがどういうものかは理解できなかったが、それは大した問題ではなかった。そう君と遊ぶことが出来ればそれで良いのだった――。



「安藤!! 誕生日おめでとうー!!」

「タンジョウ日? とは何ですか?」

「誕生日っていうのは、人間が生まれた日のことだよ! 今日は、安藤が家に来てからちょうど丸1年! 記念すべき日なんだよ! 安藤がいつ生まれたのかは分からないから、今日を安藤の誕生日にしようって決めたんだ!! おめでとう、安藤!!」

「タンジョウ日……人間が生まれた日……。そう、ありがとう!」


こんな日が、いつまでも続けばいいと思っていた。

しかし、そうではないということは、安藤も、そしてそう君も頭のどこかで分かっていた。



 ある日、安藤がそう君とサッカーをしていたときのことだった。

何かの弾みで、気がつかないうちに安藤は腕の皮膚を草か木か何かで切ってしまっていた。


「安藤!! 血が出てるよ!!」

「ああ、本当だ。でも痛くはないよ」


不安そうな目でそう君は安藤を見つめる。


「大丈夫? 嘘つかないでよ」

「“嘘”? ……“嘘”とは何なんだい?」

「“嘘”っていうのはね、本当の気持ちを隠すことだよ!」


安藤は、本当に痛くも何ともなかった。彼はアンドロイドだから、当然のことである。

しかし、心配そうなそう君の顔を見て、安藤は胸に違和感を覚えていた。

不快感とは少し違う、嫌悪感とも少し違う。


せっかく楽しそうにしていたのに、そんな顔にさせてしまった自分に対する自責の念。


「これが、“心が痛む”というやつなのだろうか……?」



――そんな過去の様々な出来事を思い出しながら、安藤は助手と対峙する。


「君たち研究者が私達アンドロイドにくれた欲求は、“人間の代わりになりたい”ということのみ。

その欲求をもとに、どうすれば人間に代わる存在になれるのか、私は周りの大人を観察していた。すると、大人たちは例外なく、どうにか子どもが幸せであるようにと懸命に行動していることが判明した。

そのことから、私が人間に代わるためには、子どもを悲しませてはいけないと考えた。

つ、つまり、人間は子どもを悲しませるようなことはしないのだ、と」


安藤は動きが少しずつ鈍くなっていった。体から、少し煙のようなものも出始めている。


「し、しかし……どうしてかな。いつの間ニか、その“人間に代わるためには”といウ部分がすっかり抜け落チ、子どモを悲しませたくなイとしか思っテいなカった……。


私は……プログラムされてイない、新たな欲求ヲ作リ出してしまってイタのだな……。

それハ、何も作り出セないアンドロイドとしては、ありエなイこと……。

ど、ドうりで脳ガ耐えられなイわけだ……」


だんだんと安藤の体からする機械の壊れるような音が大きくなっていく。

安藤が膝を床についたときだった。


「安藤……っ!!」


後ろから、子どもの声がした。そう君だった。


「そう……何故……戻ッて来た……。あァ……この世に神様ナンテいないのダ……。いたら、この子にこんナむごい仕打ちハしないだロう……。そう……ゴめンな……」


そう君の顔は涙や鼻水でいっぱいだった。唇を強く噛み締め、今にも血が出てきそうなほどであった。


「安藤……大丈夫だよ。僕は、これからも頑張れるよ」


その声を聞き、安藤は思うように動かない体をゆっくりと動かし、そう君の方を見た。


「ひ、表情と……言動が一致していない……。それは、君ガ教えてくれた“嘘”というヤつだな……。

ならバ……私モ嘘で返スこととしよウ……」


安藤は、そう君の方をしっかりと見て、二コリと笑ってこう言った。


「心配するナ……。必ズ……君の家へと帰ル。そシたらまた……一緒にサッカーをしヨう……」




〔エラー発生中。緊急事態により活動不能。6号機の機能を停止します〕




「新しい欲求を生み出したり、最後の最後で無理に“嘘”なんてついたりしなければ、もう少し長く動けただろうに……。

全く、人間の代わりになるだけでいいのに、どうしてどいつもこいつも人間になりたがるのだ。6号機……君は馬鹿な男だよ」



助手はそう呟くと、安藤を回収しようとする。そう君は、泣きながら家の方に帰っていった。


「さて、“アレ”をまきに行かなければ……ん?」


助手は、背後に誰かの気配を感じた。

後ろを振り返ると、そこには一人の男が立っていた。



「あなたは……アンドロイド研究施設の方ですか?」

「君は……7号機の?」




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