第8話 別れはいつも突然に
その後もローサと直正は、いつものようなやり取りを繰り返して生活している。
日が経つごとに、直正が感じていた気まずさも少しずつ薄らいでいるような気がした。
だが、それはローサに対する感情が消えたわけではない。
むしろ、新しく芽生えた感情に戸惑っていた直正だったが、それを受け入れてしまったということができるだろう。
その感情が、自分の中にあって当然になっていた。居心地の悪さがなくなったのだ。
しかし、この恋が叶うことがないということを思い出す度に、直正の気分は沈む。
「ナオ、質問しても良いですか?」
もう聞き慣れて来たこのフレーズ。いつもの学校からの帰り道。今度は何を聞かれるのだろうか。
「風邪を引くとは、どういったものですか?」
直正は呆気にとられた。今までローサが質問してきたことは、どれも答えが難しく、考えさせられるものばかりであった。しかし、今回の質問は違う。
「ウイルスとかが体に入ったりして、体がだるくなったり、熱が出たりすることだよ」
何故、今になってそんなことを聞くのか直正には分からなかった。
「アンドロイドも風邪を引きますか?」
「えっ、うーん、分からないけど、引かないんじゃないか? 感覚もないんだし……熱いとか、寒いとか無いんだろう?」
ローサの質問の意図が分からなかった。
「はい……。でも、なんだか体の中が熱い“気がする”のです。体の節々から変な音が聞こえることもあれば、視界が不明瞭になることも、多くは無いですが時々あります。今までは、こんなことは無かったのに……」
「アンドロイドの風邪……? パソコンにウイルスが入るというのは確かにあるが……でもそれは人間でいうウイルスとはまた違うものだし、ウイルスが入ったからといってパソコンが風邪を引いたなんて言わないしなぁ……」
しかし、言われてみればローサの喋りも前ほどスムーズではなくなってきているように思われる。何が起こっているのかは分からなかったが、少しローサのことが心配になった。
「故障……とかかな? そういえば、もしローサが故障したら、誰に修理を頼めば良いんだろう? ローサは誰に作られたんだ?」
「……私は、博士に作られました。アンドロイド研究施設という小さな施設があり、そこで作られました。ですが、それがどこにあるのか分かりません。そして、何を目的としてアンドロイドを研究しているのかも詳しくは分かりません。作られてすぐ、テストとして社会へ送りだされたので……」
そういえば、ローサの経歴などを気にしたことは全くなかった。一体、ローサはどんな人に、そして何のために作られたのか。そしてテストはどんな基準で合格不合格を決めているのか。直正は何も知らなかった。
そんなことを話していると、どこからか懐かしい声が聞こえてきた。
「おーい、お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
それは、以前はぐれて泣いていたところを直正が助けた男の子だった。
「あ! 君は! えーっと、名前は確か…」
「そう君だよね!」
ローサが素早く答える。さすが、アンドロイドだけあって記憶力がいい。“記憶”というよりは、脳内に“記録”していたという方が正確であろう。ローサが積極的にそう君に話しかける。
「今日は公園で遊んでいたの? 一人?」
「うん、遊んでたの! でも一人じゃないよ! 安藤も一緒!」
公園の方を見ると、そこにはこの前出会った大学生ぐらいの若い男の人も確かに居た。
遠目から、こちらに向かってぺこりとお辞儀をした。
「仲が良いんだね」
「うん! 安藤は、いつも公園でサッカーしたり野球したり、鬼ごっこをしたりして遊んでくれるんだ!! 僕、安藤のこと大好き!!」
嬉しそうに安藤のことを話す姿から、本当にそう君が安藤のことを好きだということが伝わって来た。それを見ていると、直正はすごく暖かい気持ちになれた。
ローサも、いつもよりも饒舌な気がした。子どもが好きなのだろうか。
でも、ローサはアンドロイド。好き・嫌いといった感情はないはずである。
「それじゃあ、これからも安藤さんと仲良くね。もうはぐれたりしたらダメだよ!」
「うん、ありがとうお姉さん! じゃあね! お兄さんも、じゃあね!」
そう君はそういうと、元気良く手を振って安藤の元へと走って戻っていった。
「ナオにも、あんな少年時代があったのですか?」
「えっ? そりゃあ、あったよ。当たり前だろ?」
ローサは優しく、でも少し寂しげな目でそう君と安藤の方を見続けていた。
その姿は、直正の心に何か響くものがあった。でも、そういった出来事があると同時に、直正の胸はすごく苦しくなる。
抗えない現実と、自分の願望との間に押しつぶされそうになる。
そして、時々別れを考える。いつまでもこういった時間が続けば良いのだが、それはまずあり得ないだろう。ローサはテストの最中であるから、合格するにせよ、不合格になるにせよ、いずれテストは終了してしまう。そうなったら、ローサは一体どうなるのか。
自分の前から姿を消してしまうのか。そういったことを考えるとすごく気分が暗くなった。それは1週間後かもしれないし、1ヶ月後かもしれない。もっと長いかもしれないけれど、もしかしたらもっと短いかもしれない。先の分からない不安が直正を時々襲うのであった。でも、だからといってどうすることも直正には出来ない。出来ることは、今一緒に居られる時間を大切にして過ごすことだけであった。
「じゃあ、また明日」
直正がローサに言う。ローサはそれを聞いて、二コリと笑みを浮かべ
「はい! また明日!」
と元気良く言って別れた。それに感情が入っていないことは、直正は頭では十分に分かっている。そういう風に返事をするように、プログラムされているのだ。しかし、そうとわかっていても、嬉しいものは嬉しいのであった。ローサの時折見せる、素敵な笑顔に直正は惹かれていた。
――
「安藤! 明日は何して遊ぼうか?」
「そうだね、そうは何して遊びたい?」
安藤とそう君は、家に帰る途中だった。
そんな会話をしていたところに、ある人物が現れた。
「お久しぶりですね。“6号機”」
それは、アンドロイド研究施設の助手だった。
それを目にして、安藤は顔つきが険しくなる。そう君は、そんな安藤を見て不安を覚える。
「安藤……?」
「そう、悪いけど、先におうちへ帰っていてくれないか」