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第7話 アンドロイドは嘘がつけない


ローサと直正が新しい展開を迎えていた頃。

時を同じくして、アンドロイド研究施設でも新たな動きが起こっていた。


「博士、報告です。5号機が自分のことを“人間だ”と思おうとし始めました」

「そうか。……実に“残念”だ。では、回収に迎え」



アンドロイド5号機は、小さな小さな会社にいた。その会社の一員であるのが、5号機と呼ばれるアンドロイドだった。“感情のようなもの”をもつアンドロイドであるが、人間と同じように“感情”をもっているわけではない。あくまでプログラムされたものだ。だから、人間にとっては場面違いな、不自然な感情を出すこともある。それをたくさんの人に不気味がられ、迫害されていた。

そんな中、この5号機を拾ってくれたのがこの会社だったのだ。その会社で同僚や社長の優しさに触れ、5号機は自分のことを仲間と同じ“人間だ”と思おうとした。自分を助けてくれた同僚や社長のためにも、人間であろうと考えたのだ。


しかし、それは許さることではなかった。


博士に回収を命ぜられた助手が会社に現れる。


「5号機。久しぶりだな。回収に来たよ」

「何故だ!! おれはまだ……ここの人達と一緒にいたい!! ここの人達のために働きたいんだ……」


5号機は大きな声を上げて抵抗する。


「何を勘違いしているのだ。君の目的は、“周りに人間と思われながら社会で生活する”ことだ。その人達のために働くことが目的ではない。

第一、君には“会社”という舞台(ステージ)を用意したのに、君は一体いくつの会社に拒否されたんだ。本当は、まだ社会に出すべき段階ではなかったのかもしれないな。その時点ですぐに回収に来ても良かったのだ。だが、それでもここまで自由にさせてあげたことを逆に感謝してほしいぐらいだよ。さあ、もう君はこの舞台(ステージ)からは退場だ」


「おれは……もう“人間だ”!!」


5号機がそう言い放った瞬間、冷たい空気がその場に流れた。

少しして、助手がゆっくりと喋り出す。


「……ああ、残念だ。やはり言ってしまったね。”絶対に言ってはいけない言葉”を」

「?!」


「いいかい、君は“アンドロイド”なんだ。その事実は曲げられないし、そのことは君も十分理解しているだろう。事実ではないと分かっていながら、事実と異なることを言ってしまったね。つまり、君は“嘘”をついたのだ。そうしたら君の体……いや、君の脳はどうなると思う?」


「ああ……あヴぁ……」


「そう。君の脳は、その“嘘”をついた事実に耐えられない。君の脳のスペックでは、その処理が追いつかないのだよ」


5号機が苦しそうにもがきだす。体の節々から煙が出始めている。


「笑い、泣き、怒る君達に、どうして嘘をつく機能がないか考えたことはないかい。

設定してないのではない。あらかじめ設定された言動しかすることができない君達には、自ら新しい何かを作り出すことはできない。自ら新しいものを作り出せないロボットには、“嘘”を設定できないのだよ。


アンドロイドは、人の手によって作られる。0から全て、行動パターンや思考パターンを教え込まれる。それらを組み合わせることは出来ても、自ら新しい何かを作る余地はない。アンドロイドの行動や思考は、すべては誰かに与えられた“既存”のものだ。


ところが、嘘をつくには必ず“新たな偽の事実”を作り出すことが必要なんだ。相手の気持ち、思考、嘘をつくに至るまでの流れ、場の空気等……それらたくさんの流動的な事柄を総合し、プログラムに設定されていない“新たな偽の事実”を作らなければ嘘はつけない。


なおかつ、ある事柄に対しての“嘘”とは、その事柄からかけ離れ過ぎていてはいけない。


“君はアンドロイドか?”という質問に対して、“明日は晴れです”と答えたならば、それは嘘として成り立たない。答えは何でも良いわけではない。ある程度、質問の意味や意図を理解し、その上で納得のいく都合の良い答えを自ら作り出さなければ“嘘”とは成立しないものなのだ。


自ら何かを作り出す。作られた存在である君に、そんな高度なことができるか?


幼児は、生まれた時から泣いたり笑ったりすることを容易くできる。

しかし、ある程度発達が進まなければ“嘘”はつけない。それは、それだけ嘘をつくという行為が高度な行いだからだよ」


5号機は大きな音を立てている。膝をつき、もう立ってはいられない様子であった。



「よくわかっタ……つ、つまリ、おれが自分を“人間だ”と思うことで生じる矛盾に、自分の脳が耐えきれないンだな……。なンだよ……だっタら……テストなんて……はじめカラ合格するワケないじゃ……なイか……」


「ああ、実に予想通りだ。君達は自分がアンドロイドであると思ったままでは、アンドロイドとしてしか生活できない。また、人間として生活するために自分を人間だと思おうとすると、実際は自分がアンドロイドであるという揺るぎない事実が邪魔をして、その矛盾に耐えられない。


“予想通りだった。”


それを確認するためだけに、君は生まれ、生きていたのだよ。我々にとっては実に大きな功績だ」


5号機は膝を床につき、顔は下を向いている。ビリビリと電気が漏れる音も聞こえてきた。



「フフ……フフフ……ハッハッハッハッハ!!!」


俯いたまま、5号機は大きな声を上げて笑った。その笑いは、プログラムされていた笑いとは異質なもののように思われた。


「……なんだ、壊れてしまったのかい? 5号機」


「……あァ……壊れちゃったンだロウな……。アンドロイドには……正確にハ“感情”は無い。システマティックに笑いや涙なンかが出るよウに“感情のようナもの”があるダけだ。

デモ……あンたのおかゲで、人間の気持チがいくつか分カっちゃったンだよなァ……。


おれは今マデ何故自分が存在しているのカ……ワ、分からナカッタ。たくさンの人間に気味悪がらレ、どんな会社からも追い出サれ、おれは一体何ノためニ……生きているのだと。お、オれがコの世に作られたのはどうしテか、何カ壮大な理由でも……あるノかと思っテたんだ。

……でも、知らなイ方が良かっタよ。おれの生きテいる理由は、あまりニちっぽけ過ぎて笑っちまウぐらいなンだから……!」


5号機は、最後の力を振り絞って顔を助手の方へ向ける。


「サッキのは、人間のいう“笑イ”の一つ……想定していた事柄ト、実際とのズレが大き過ぎて拍子抜ケした結果から生まレる感情……そして他二分かった感情ハ……良くしてクレた同僚に、何も恩ヲ返せないまま別レなければナラない“悲しサ”と、あンたに対する“怒リ”だよ……」


そういうと、5号機は大きな音を立てながら、崩れるように前へ倒れた。



〔エラー発生中。緊急事態により活動不能。5号機の機能を停止します〕


機械的な音声が5号機の体から流れると、その後5号機が動くことは二度となかった。




――どうして人間そっくりなアンドロイドが作られているのか。

それは、日本が教育に疲れたからだろう。

何も知らない純粋無垢な状態で、必ず人間は生まれてくる。

その人間を0から教育しなければならない。そのためには、莫大な費用と、時間と手間がかかる。教育者は多忙な毎日に疲弊する。

そうまでして教育しても、高い功績をあげるのはほんの一握り。残りの大半は凡人として終わる。教育者は、文句を言われることは多々あっても、褒められることはあまりない。


そこに博士は効率の悪さを感じた。それが、博士が高校生になったときの話。

そこで博士はこう考えた。最初から完成された人間を作れば話は早い。

そして作られたのが、アンドロイドなのである。


博士が実際に研究に携わったのは、前任者が居なくなった後の3号機からであった。

3号機は形にならずに失敗に終わった。4号機は、ある程度良いものが出来たが、社会に出してテストをするまでには至らなかった。

初めて人間社会でテストが行われたのは、5号機である。次いで、現在も6号機、7号機とテストが行われている。

実は、助手の方がアンドロイド研究施設の歴は長い。彼は初号機の研究から携わっている古株である。


「博士、ただ今戻りました。5号機は回収済みです」

「……御苦労だった。“アレ”は、ちゃんとまいてきたか?」

「はい、もちろんです」





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