第3話 嘘とは何か
「いいかい、まずこのテストに合格するための絶対条件がある。それは、君が自分のことをアンドロイドであると言ってはいけない」
「はい。でも、私はアンドロイドです」
ローサはためらいも無くそう告げる。
「いや、だから、それを言ったらバレてしまうだろう! 君がアンドロイドであることが知れ渡ったのでは、テストは不合格になってしまうのだろう? そもそも聞かれないとは思うけど、もし万が一何か疑われることがあっても、私は人間だ! と言い張らなければいけないんだよ。そう言ってしまえば、君の見た目から君がアンドロイドだと分かる人間は居やしない」
「ナオの話の意味は理解できます。しかし、その発言は事実とは異なっています」
直正の必死の説得にも、ローサは淡々と答える。
どんなに説明をしても、理解は示すものの自分がアンドロイドであるということを言うのをローサは止めなかった。そうしていくうちに、直正の頭に“ある一つの仮定”が浮かび上がって来た。
「ローサ……君は、もしかして……」
「ってーなコラァ!!!!」
その仮定を確認しようと直正が言いかけた瞬間、近くから何者かの大きな声が聞こえてきた。
「痛ってーな!! あー、これ絶対骨折れたわー。あいたたたた……」
「すみません……すみません……」
直正とローサが声のする方へ向かうと、おばあさんが、若い男の人に絡まれていた。ちょっとぶつかっただけのことを、大袈裟に言っているのだろう。
小物のヤンキーだなぁと直正は思ったが、だからといって歯向かえるわけがない。
こういうタイプの人間は、逆上して何をするか分からない。何かされてからでは遅いのだ。おばあさんを助けてあげたいが、どうすることもできない。直正は困っていた。
「すみません……」
「すみませんで済んだら警察はいらねーんだよ!!」
そう言ってヤンキーが意気込んだ次の瞬間だった。
「でもその腕、折れていません」
ローサが、おばあさんとヤンキーの間に立ちはだかった。
「あ、あのバカ……っ!」
突然のことに、ヤンキーは動揺しつつもいちゃもんを言い続けた。
「折れてるって言ってんだろー!!」
「いいえ、見たら分かりますが、あなたの骨は折れていません。それは事実ではないですか。おばあさん、もう良いですよ。行って下さい」
そう言うと、ローサはおばあさんを先に帰した。
「このクソアマ……!!」
「おばあさんは謝っていました。それで今回の不慮の衝突の件は終わりなはずです。それに、あなたは何故腕が折れていないにも関わらず、腕が折れたと“事実とは異なること”を大きな声で言っていたのですか?」
相変わらずの調子で喋るローサに、ヤンキーの怒りがあがっていくのが感じられた。今にもヤンキーの血管の切れる音が聞こえてきそうな程だった。
「テメェ……舐めやがって!!」
そういうと、ヤンキーは辺りを見渡し、近くの家の玄関先にある物干し竿を発見した。それを手に取り、再びこちらへ向かってくる。直正は危機を察知した。
「まずい!! 逃げるぞ!!」
「えっ!」
そう言うと同時に、直正はローサの腕を掴み、追いかけてくるヤンキーから必死に走って逃げた。
しばらく街中を走り回り、途中で見つけた公園のベンチに二人で腰を下ろした。
「ふぅ……。あー、疲れた。ローサ、分かったよ。君は、どうやら“嘘がつけない”んだね」
「“嘘”?」
「うーん、嘘というのはね、事実とは異なることを、違うと分かっていながら言うことかな」
ローサは、その言葉の意味を自分の中でよく噛み締めて、ゆっくりと答え出した。
「成程。“嘘”というものを“事実と異なること”と定義するのであれば、確かに私は事実と異なることを言ったり、行動したりすることができません。
なぜなら、私がプログラムで出来ているからです。
正しいことは正しい、間違っているものは間違っているとしか区別できないのです。
嘘をつくということは、求められた答えと違う答えを返さなければなりません。しかし、事実と異なることを言えば、製作者はそれを誤作動と認識します。
間違っていると分かっていながら、あたかも正しいかのように言うことは、私達には出来ません。出来るように設定されていないのです」
直正は、ローサの言っていることがなんとなく分かったような、でも完全には分かっていないような、曖昧な表情をしていた。
とりあえず、今日の収穫は“ローサは嘘をつけない”ということだ。
このことを踏まえ、直正はローサに人間というものを教え始めた。
「ローサ……いや、7号機の様子はどうだ」
場面は変わり、ここはアンドロイド研究施設。博士が助手に質問をする。
「はい、博士。無事、高校への転入も済み、人間として順調に生活を始めているものと思われます」
「そうか。また何か分かり次第すぐに知らせろ」
博士は部屋中に備えられているいくつものモニターに、忙しそうに顔を向けながら助手に言う。
「……博士」
「……ん? なんだ」
助手は、博士の方をじっと見つめ、噛み締めるように博士を呼ぶ。
「7号機をテストに出して、本当に良かったのですか? 博士は7号機には……その、何と言いますか……特別な感情をお持ちでしょう。それなのに、メンティ・ローサなどと名付けて……」
助手がそこまで口にしたところで、それを遮るように博士が口を開いた。
「良いのだ。それ以上は、つつしみたまえ」
「……はい。申し訳ございません」