第2話 アンドロイド
「えっ?! き、君がアンドロイドだなんて嘘だろう?」
「嘘? ……“嘘”とは何なのですか?」
その意外な質問に、僕は答えが咄嗟に出てこなかった。
“嘘”という言葉の意味が分からなかったわけではないが、改めてそう聞かれると困ったものだった。
「“嘘”ってなんだろう……? あ、いやいや、ところで、どうしてそんな君がこの学校に?」
ローサに聞きたいことは山ほどあった。しかし、直正の脳では現在の状況の処理が追いついていかなかった。
「今、アンドロイドはかなり人間に近い形まで作ることが可能になっています。そこで、そのアンドロイドがいかに自然に人間界で生活できるかを極秘裏にテストしているのです。私はその実験台のうちの一人です」
直正には信じられない話であった。しかし、思い返してみると確かにローサには違和感を覚えていた。
「そうか……確かに、そうだ。分かったぞ、ずっと感じていた違和感。
君の喋りは、“スムーズ過ぎる”」
「“スムーズ過ぎる”?」
ローサはよく分からないという様子で首をかしげた。
「そう。普通、どんな人間でも頭の中で言葉を選びながら話すから、時々言葉が詰まったり、どもったり、言い間違えたりするもんだ。でも君にはそれが一切ないんだよ。まるで、あらかじめ設定されているフレーズを発する機械のようだ」
それを聞いて、ローサは納得したような表情を見せる。
「はい、その通りです。私の脳の中には何億兆では済まない程の単語やフレーズ、対話のパターンが記録されており、その中からその場に最も適切なものを瞬時に選択、組み合わせ、それを言葉として発しています」
今までローサに対して感じていた違和感のもとが分かった瞬間であった。間違いの無さが人間として不自然だったのだ。普段から人間観察をしていたから気付けたことであった。
「でも、極秘裏にテストしてるってことは、自分がアンドロイドだなんて言ったらダメなのでは……」
「それもそうですね。でも、事実なので」
そういう融通の利かないところが実にアンドロイドらしいと直正は思った。
「それにしても、今のアンドロイドってすごいね。言われてからじっくり見てみても、アンドロイドには全く見えないや」
物珍しそうに、じっくりと直正はローサのことを観察する。
「私の体は、実際の人間の皮膚と同じ成分で作られた擬似皮膚を使ってコーティングされています。一応、怪我をすると血が出るようにも作られています。痛くはありませんが」
ローサが自分の頬や腕の皮膚を引っ張って直正に見せる。
「ということは、感覚は備わってないのかい?」
「はい。痛い、冷たい、熱いなどは一切分かりません」
「感情はあるのかい?」
「はい。正確には“感情のようなもの”が備え付けられています。
誰かにとって“大きくマイナスな出来事である”とプログラムが認識した場合は、目から涙が出るように設定されています。
人間のいう、“悲しい”という感情がどういうものかは私には分かりません。ですが、きっと周りの人間には私が悲しんでいるように見えます。
笑うも同じです。こっちはもう少し複雑ですが、例えば、何か突拍子もない出来事等が起こると、自然と口角が上がり、目尻は下がり、笑い声が出るように設定されています。本当に“面白い”とか、“楽しい”とかを感じているわけではなく、そういうシステムなのです。
だから、実際に感情があるわけではないので、まだぎこちないことが多々あります。やはり本当の人間のように自然に感情を表すことは難しいです」
直正にはどれも初めて聞く話ばかりで新鮮であった。アンドロイドの研究が、そこまで進んでいたとは思いもしなかった。
「ところで、今君がしているテストというのは、どうなれば合格できるんだい?」
「はい。私を作ってくれた博士達は、“人間の代わりとなるアンドロイド”の完成を目指しています。つまり、周りに私が人間だと思われたまま生活をすることができれば、私のテストは合格と言えます」
「も、もう僕は君をアンドロイドだと思っているけれど……」
言動に不安は感じるものの、見た目はどこからどう見ても人間である。もし、このテストに合格したらどうなるのだろうか。または、不合格の場合はどうなるのだろうか。直正はすでにこのアンドロイド研究に興味をもっていた。
直正が正体を知ってしまった時点で、不合格は決定しているはずであるが、彼女の様子に何の変化も見られない。まだ、合否判定をするであろう何者達かに、直正にローサの正体がバレたということが伝わっていないのだろうか。その仮定の元、直正はこのまま自分がこのことを黙っていれば、テストはまだ続けられるのではと考えた。
「よし、分かった。そのテスト、僕が協力しよう。君が人間であると周りに思わせるように、いろいろと僕が教えてあげる」
「教えてくれるのですか? 人間を?」
ローサの表情が少し明るくなった。ローサが直正に近寄り、手を取る。
「ナオ! 私は、人間になりたいのです! 人間を教えて下さい!!」
こうして、女性型アンドロイドと一人の男との物語がスタートした。